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新たなる戦略

イーリス公国首都シエラソルタ イーリス公の館


いつも温厚な老女であるイーリス公が、黙ったまま憮然としていた。


帰国したジャンが目の前で跪いているが、何も会話が無い。


ジャンの後ろで跪いているビッグは、着いて早々ついていないなと感じていた。


『人が増えましたね。』


ジャンが突如口を開いたが、イーリス公は依然として口を開こうとしない。


長い時が再び静かに流れ、その静けさがビッグの堪忍袋の緒をバツンと切った。


『無理だ!すまん!もう、無理だ!』


ビッグの大声に、ジャンもイーリス公も目を丸くしている。


『えっと!イーリス公!確かめておきたいことがあります!』


少しの間があったが、再び憮然とした表情になったイーリス公は、それでもようやく口を開いた。


『なんでしょう?』


『自分は、鉄仮面ウォルフからの援軍としてジャンと共にやってきたドン・ビッグというもんです。イーリス公に確かめたいのは、ジャンが帰ってきて怒っているのは、この国が滅びるからですか?』


『無礼だぞ!』


イーリス公の前に、ジャンが怒鳴った。


『あなたも無礼ですよ、ジャン!』


結局、イーリス公も怒鳴った。


『では、イーリスは滅びないとお考えですか?』


ビッグに問われて、憮然としながらもイーリス公が少しうつむいたように見えた。


『滅びないとは、言えません。』


静かだが、無力感と自責の念がこもった言葉だった。


『屍族の軍勢は、私達の防衛力を遥かに超えています。』


絶望的な状況を吐露したイーリス公の悲しい言葉に、場は静寂に包まれると誰もが思った。


『滅びません。』


ジャンが静寂を許さなかった。


『屍族風情に、イーリスを滅ぼさせはしません。イーリス公、イーリスは滅びません。』


イーリス公はジャンの強気な発言に少し驚いたようだが、やはり陰鬱さを拭いきれないのが明らかだった。


『ジャン、私は戦のことは大してわかりません。それでも、当たり前のことはわかります。戦はやはり数です。私は戦に関わる数字と計算を元に政治をしてきました。いま、数字も劣り、計算もたたない現状で国が滅ばないという答えが出ないのもわかっています。精神論だけでどうにかなるほど、戦は甘くはないはずです。』


戦は甘くはない、そのイーリス公の言葉を聞いたときに、ウォルフが自分を殴った時に放った言葉をジャンは思い出した。


敵は甘くない、味方も甘くはない。


『精神論ではありません。計算は立ちます。』


ジャンが真面目な顔をしている。


長くジャンと過ごしてきたが、ジャンが真面目な顔をするのをイーリス公は初めて見た気がした。


少なくとも、軍事に関しては間違いなく初めてである。


『不幸中の幸いですが、兄ポール元帥が五百の勇者隊と共に勇者の砦に籠城しております。』


『でも、長くは持たない』


『持ちます。補給と掩護があれば、あの勇者の砦は落ちません。そして、掩護に関しては算段がつきます。』


ジャンが巨大な地図を持ってこさせた。


イーリス全土の地形や街だけでなく、細かい道まで記してある精密な地図だ。


『勇者の砦は高くそびえ立つ山の上に立ち、城壁を突破することは不可能な造りです。砦の四方に門があり、内側から橋を出さない限りは、門に到達することすら出来ません。』


『おいおい、そんな城塞にお前の兄貴達はどうやって入ったんだよ?』


『地下だ。』


ジャンが砦が建つ山を指差した。


『山の内部が通路なんだ。倉庫にもなっている。岩で出来た門が幾つもあって、そこが味方の出入り口になっている。』


『そこを破られたら落ちるな。』


『いや、それもない。岩肌にある岩のどれかが門だと見破るのは不可能だし、仮に見破られたところで岩は岩だ。破ることも出来んし、そこに至る通路を先に潰してしまえば侵入は出来ない造りなのだ。』


イーリス公が軽く咳払いをした。


勇者の砦の存在と構造は国家機密なのだ。


『御心配なく、イーリス公。ビッグ殿は信用できます。ウォルフ殿も信頼に足る人物です。』


そう言うと、ジャンは砦の四方を一つずつ指差した。


『東側は森に覆われているが、これは敵の動きを制限するだけの存在だ。どこに隠れても、砦からは敵が見える。そう計算されて作っているのだ。北側は山岳地帯と平地の組合せだ。ただ、砦の高さから比べれば、高さなど無いに等しい標高だ。』


『砦の東側と北側が激戦地になるのね。』


『間違いなく。そして、ここからは戦略の話しです。』


戦など死なない程度に戦えば良い、今まではそうだった。


今回だけは命を賭けても守りたいものが、ジャンにはあった。



シリウス帝国 オセロー元帥府


オセローが自分の執務室に、諜報機関の人間と魔術研究機関の人間を一度に呼ぶことは珍しい。


しかも、今回呼ばれているのはハンゾウ、ウェーバー、そしてネルソンの父ピトである。


オセローはピトを嫌悪している。


魔術に関しては大陸随一の実力者である。


温厚篤実な性格の持ち主だが、魔術の研究や発展のためなら犠牲者を出すことも躊躇しないという酷薄な一面も持っている。


年齢や体調を理由に、首席補佐官のまま魔術学院を創設して有能な魔術師の育成にあたることになったが、オセローがピトを魔術研究機関から遠ざけたのは明らかだった。


帝国の要人でありながら、サラームでもシリウスでも魔術の禁忌に触れ続けてきた危険人物として諜報機関には監視されている。


いつか、この老人の暗殺命令がオセローから出る可能性がある。


ウェーバーは、その命令が出た時のための準備だけはしている。


だが、討ち取れる自信は無い。


『オセロー元帥からお招き頂けるとは、珍しいこともあるものですな。』


魔術師のローブに身を包んだ老人は、椅子に座るとにこやかな顔でさらりと言った。


『お前の息子から、私とウェーバーに手紙が来ていてな。』


表情も声もいつもと変わらない無機質な印象だが、オセローは不快なのだということがウェーバーには感じ取れた。


『陛下のお考えが示されたので、南部と東部の戦略を練り直すことにした。』


戦の戦略となると、諜報機関も魔術研究機関も、本来は一線を引いた立場にある。


ピトが懐から一通の手紙を取り出して、オセローの机にゆっくりと置いた。


『ネルソンからは、私も手紙を貰いましてな。内容は元帥のものと概ね同じと思いますが。』


『魔坑石のことか?』


『それもありましたが』


ピトは言葉を区切って、ハンゾウとウェーバーを横目で見た。


『禁忌のことか?』


『左様。』


オセローが禁忌と確かに口にしたが、それが具体的に何を意味するのかはウェーバー達にはわからない。


ただ、顔色の悪いオセローの目つきだけが異様に鋭くなった。


知らなくていい事は、知らないほうがいい。


『東部戦線をアムレート元帥が担当するのは伺いましたが、我々は南部の話しをすればよろしいですか?』


ハンゾウがようやく口を開いた。


ハンゾウも、ウェーバーと同じことを思ったらしい。


『南部の諜報活動を再開したい。そのために独立した諜報活動機関も南部に置きたい。』


『独立した機関、ですか。』


全てに目を通さなければ気がすまないオセローにしては、珍しい決定をしている。


『サラーム、西側諸国、イーリスの諜報活動は活きている。叛徒が支配下に置く南部地域だけは、優秀な諜報の指揮官と、迅速な決断が必要だ。』


もっともだと思った。


こちらの指示が南部の諜報員に届く前に、諜報員が消される事態が発生したのだ。


帝都まで情報が届く速度と、帝都から指示が届く速度を叛徒達は遥かに上回っている。


南部には南部の諜報活動を指揮する者が必要で、同じ南部に指揮系統があれば、敵に襲撃される前に撤退命令を出すことが出来る。


『ハンゾウに行ってもらおうと思う。』


『承知しました。』


ハンゾウがあまりにもあっさり了解したことにウェーバーは少し驚いたが、ハンゾウ以外に適任者は居ないだろうと思った。


『サラームについては、魔坑石を実戦段階に移す。魔術研究機関の総力を挙げて、アムレートの元帥府に届けて欲しい。』


『数は?』


『五千だ。三十日で用意しろ。』


『これは、また無理難題を。』


何を五千用意しろと言われたかは知らないが、無理難題を言われた側の表情は相変わらず笑っているようにも見える。


『無理でもやるのだ。お前は皇帝陛下に対して負債を抱えていることを忘れるな。』


ピトが笑顔に見える顔のまま、ゆっくりと頭を下げた。

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