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勝利からの急転

それからの展開は、ジョエキにはまるで不可解であった。


オズワルドの首をとったウォルフは、その首を上質な布に丁重に包むと、外に向かって走り出した。


しばらく走ると、先程逃走した帝国軍の二百弱とガノンの歩兵隊が向かい合っていた。


ウォルフは即座に戦いを辞めるように叫び、帝国軍の隊長にオズワルドの首を託すと、そのまま二百を逃してしまった。


『甘過ぎると思う。』


思わず呟いた一言、ガノンが睨みつけるようにこちらを見た。


あの老人は、おそらく自分のことが嫌いなのだろう。


『無益な殺し合いは好かない、それだけだ。』


いつの間にか兜を外していたウォルフが、わざわざ目の前に来た。


『背を見せたとはいえ、敵ではないか。敵の戦力は多少なりとも削いでおくべきでは無いのか?』


何故かムキになってしまった。


突如、ウォルフの左手が動いたので殴られると思ったが、ウォルフは何故か左肘をジョエキの肩に乗ってけきた。


『帝国軍とは数が違い過ぎる。二百程度削いだところで、勝率が上がると思うか?』


『いや、それは、ない。』


『俺もそう思う。』


とても妙な納得のさせられ方をして、ジョエキは少し悔しかった。



朝方、南下してきた帝国軍の合計二万は退却しはじめたと報告があった。


『追わなくてよろしいのか?』


ガノンがウォルフに尋ねた。


『好きにさせてやろう。こちらも疲労がたまっている。』


『二百は見逃しても良い数ですが、二万は後々の禍根になりかねない大軍ですぞ。』


『ましてや、精鋭五千もいるのに、か。』


『さすがに討っておくべきかと。』


朝日が登ろうとする方向をウォルフが眺めている。


『嫌な予感がするのですよ。』


不意にウォルフの口から出た一言に、ガノンは首を傾げた。


『おかしいですか?』


『おかしいと言えばおかしいのですが、少し違う意味ですな。』


『というと?』


『実は先程、アフレック殿も同じことを言っていたのですよ。』


今度はウォルフが首を傾げ、少し考え込んだ。


『スリーやロッカの話しを聞く限り、アフレック殿の嫌な予感はよく当たるらしいので、少し気にはしていたのですが。』


ウォルフとアフレック、顔貌は髪の色をのぞき、よく似た二人だ。


よく似た外見、強さ、寡黙さ、顔を隠したがることがあるという部分は確かに似ている。


しかし、発想や思考は全く異なる。


ウォルフが歩きだした。


アフレックと話すつもりだろうと、ガノンは思ったが自分はその場に留まった。


しばらくして朝日が顔を出した。


ウォルフとアフレックは似ている。


二人が互いに似ているという意味ではない。


かつて、自身が友と思った男と似ている。


強いて言うなら、その友は寡黙では無かったし、底抜けに明るかった。


リーファよ、お前なら今の私を見て何と言う。


ガノンは独り、朝日に向かって問いかけた。



イーリス公国 勇者の砦


徐々に屍族の数が増えてきていた。


屍族の注意を引くために、何かしら起こすつもりでいたが、その前に向こうが嗅ぎつけたらしい。


伝説の勇者イーリスと、その仲間達がかつて魔王を討ったという伝説がある。


その勇者イーリスと仲間達の子孫で構成された近衛部隊が勇者隊である。


といっても、ただの世襲ではない。


勇者隊の一員として認められるには、前世代の勇者隊員に並ぶか、それ以上の実力が無ければならない。


ポールも一時期勇者隊に所属していた経験がある。


ちなみに、ジャンは勇者隊員並みの実力があったにも関わらず、厳しすぎる規則や生活を嫌い、所属しないように逃げ回っていた。


ジャンを帝国領に送って良かったと、ポールは最近強く思う。


ジャンが非凡な軍人であることは、ポールが誰よりも理解していた。


面倒なことから逃げ回るくせに、変な部分で義理堅く、深いところで真面目である。


もし、今の状況を知られれば、ジャンは率先して先陣に立ち、真っ先に死にかねない熱さを秘めている。


イーリスは滅びるかもしれない。


しかし、再生する芽があれば、必ず復活出来ると信じている。


イーリス公とジャンがいれば、それは必ず可能である。


そのために、どれだけ時間を稼げるのか、どれだけ民を救えるのか、それは自分次第なのだとポールは思っている。


彼方にある山が黒ずんでいる。


あの黒い塊こそが屍族の大軍だということは、すぐにわかった。


シャウール自ら乗り込んできたらしい。


『賢者隊!だいぶ遠いが行けるか?』


『お任せを!』


そう言うと、賢者隊と呼ばれた百人が砦の塀に登ってきた。


賢者隊は、勇者隊の中の百人で魔術を極めた最精鋭である。


百人の賢者達は杖を掲げ、一斉に屍族が密集している山めがけてそれを大きく振った。


百人の賢者から放たれた百筋の光が、音を立てて山めがけて走った刹那、巨大な火の海が屍族の黒い塊を激しく包み込んだ。


だいぶ焼いた筈だが、シャウール自身はこの程度では消えないだろう。


『ただで終わると思うなよ、シャウール。』


死地にあって、ポールの瞳はかつてないほど力に満ちていた。


山を焼き尽くす炎は、しばらく消えそうにない。



シリウス帝国南部 古代遺跡の街


ノートリアス城という名は相変わらずガノンくらいしか使っていないが、とにかく本拠地である城に向けて出立しようとした時、城に残っていたカレンから早馬が到着した。


イーリス公国が、屍族に侵攻された。


国境からはだいぶ押されたが、ポールが元帥となって最前線で防衛の指揮を執っているという。


イーリス公がカレンに知らせたのだが、ジャンには知らせないで欲しいという一文があったらしい。


それでも、ウォルフは逡巡することなく、ジャンにそれを伝えた。


『イーリスに戻る!俺だけで良い!許可が無くても俺は戻るからな!』


『一人で戻ってどうなるわけでもない。とにかく、落ち着かんか。』


取り乱すジャンをガノンがなだめているが、ジャンは今すぐにでも馬に乗ろうとしている。


鈍い炸裂音が響き渡った。


ウォルフがジャンのことを張り倒していた。


『取り乱すな、男だろ。』


ウォルフが思いのほか冷たく言い放ったので、ビッグやロッカ、ガノンすらも少しぎょっとしている。


『いや、すまない。声の出し方を間違えた。』


ウォルフの空気を読まない一言が、今度は一同を呆然とさせた。


『ジャン、一人で戻ってイーリスがなんとかなると本当に思っているなら、それはお前の思い上がりだ。恐らく、敵はそんなに甘くは無いし、味方も決して甘くは無いはずだ。』


ウォルフがイーリスを味方と呼んだことに、違和感は無かったが、不思議な感触はあった。


『それで大将、どうするかは決まってるんですか?』


ロッカが口を挟んできた。


ロッカも出奔しているとはいえ、イーリス出身だ。


『無論、イーリスに援軍を出す。イーリスから借りた五千は直ぐにジャンと共にイーリスに向かわせる。ビッグの部隊もイーリスに向かって欲しい。』


『俺もか!』


かなり意外だったのか、ビッグは目を丸くしている。


『今回の戦いで一番イーリスの力になれるのは、お前の部隊だ。』


『ちょっと待って欲しい、ウォルフ殿。イーリスに援軍を向かわせるのはわかるが、こちらも余裕があるわけでは無い。帝国軍はまた来るぞ。』


それも、以前より遥かに激しい攻撃になる。


口には出さないが、全員がわかっていた。


『その通り。だからこそ、事は急を要する。ガノン殿にも直ぐに出発して欲しい。』


なるほど、ジャンの軍師としてかと誰もが思った。


『ジョエキ、ガノン殿と一緒に騎馬民族の援軍を引き連れて来て欲しい。』


『なに?援軍?』


ジョエキも思わず聞き返した。


援軍を募ること自体よりも、明らかに自分を嫌っている老人と共に西に戻るという指示は、とても解せなかった。


それはガノンは勿論、他の者も同じだ。


但し、ロッカとビッグは驚いてはいたが、同時に吹き出しそうになってもいた。


『俺一人で行かせてくれ。あの爺さんは、俺のことを嫌ってるんだ。』


『知っている。だが、二人で行ってもらう。これは命令だ。』


『ウォルフ殿もお人が悪い。おい、ジョエキ。道中くだらん言動は慎めよ。気に入らなかったら殺すぞ。』


『こちらも気持ちは同じだ。ウォルフさん、俺しか戻らなくても、俺の責任じゃないからな。』


『そうはならんさ。それとロッカ』


我慢出来ずに吹き出していたロッカだが、名前を呼ばれて冷や汗が出た。


『申し訳ないが、帝国軍の補給拠点を全て焼いてきてくれ。』


『す、すべてとは?』


『血の道より南側の全てだ。』


『ああ、オズワルドの方が優しかったなあ。』


全員笑った。

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