オズワルド2
おかしな気配があった。
気配というより、空気感に近かった。
オズワルドは突然目を覚ますと、起き上がって剣を握った。
すぐに、ドアがうるさくノックされた。
『起きている。どうした?』
『敵襲です!』
『すぐに皆を叩き起こせ!各部隊に伝令だ!』
『はっ!』
兵士が慌ただしく駆け去っていく。
やられた、敵の狙いはこれだったのだ。
オズワルドは急いで甲冑を身に着けようとしたが、全てを一人で装備するのは不可能だ。
脛当て、腕、兜、盾、剣のみの武装を整えて、闘技場の広場に向かった。
闘技場の広場はアリーナ形式の客席も、闘技に使っていた広場も、大量の松明があるため夜中にも関わらず明るかった。
兵士達も少しずつ集まり始めていた。
いま、この付近に待機させていた兵士は二百だ。
百人隊長二人は、既に広場に居た。
『わかっていることだけ報告しろ。』
『街の至る所で、突然敵軍が現れたと報告があったところです。』
『突然?外からでは無いのか?』
『有りえません。街の外に繋がる四箇所の防衛線は健在です。』
『街の外に伝令は?』
『既に出しております。将軍、直ぐに甲冑をお持ちしますので、装着してください。』
『百人隊長、お前の名は?』
『プッロ百人隊長であります。』
兵士達は武装を整えて、間もなく二百が揃う。
『プッロ、ここは死地だと思うか?』
『恐れながら申し上げます。将軍、ここはかつてない程の死地であると思います。』
『プッロ百人隊長の指示に従う。甲冑を全て身に着けるから、二人ほど手を貸せ。』
『はっ!』
その場はプッロに任せ、オズワルドは部屋に戻ると、甲冑を全て身につけて再び広場に戻った。
既に二百全ての点呼を終えたと報告があった。
『ここから一番近いのは、テベス隊二百だな。連絡はとれたか?』
『まだです。』
駆ければ数分の距離にいる部隊とすら分断されている。
馬の準備をさせようと思ったが、思い直した。
この街の道は狭いところが多いため、馬はなんの役にも立たない可能性がある。
『あれから、どこかの部隊と連絡は取れたのか?』
『いえ、向かわせた伝令が帰って来ません。』
分断され、少しずつ包囲されているのだ。
『将軍、テベス隊と一刻も早く合流しましょう!』
オズワルドは少し考え、首を横に振った。
『テベス隊と連絡が取れないということは、テベス隊とこちらの間を敵が分断することに成功しているということだ。近いが最も状況がわからないのなら、そちらに向かうことはかえって危険だ。一番最後に連絡が取れたのはどこの部隊だ?』
『北のゲートです。』
よりにもよって、一番遠くにいる部隊とは連絡が取れていた。
『北のゲートから、街の外にいる四千に伝令は十騎飛ばしています。それは間違いありません。』
そこを目指すしかないか、オズワルドが言いかけた時だった。
『敵襲!地下から敵がわいて来た!』
地下、完全に盲点だった。
この古代遺跡には、地下の通路が幾つかあった。
古代、このあたりに住んでいた者達は、宗教の違い等があり、地下に人が集まれる広間や、そこに至る通路を張り巡らしており、地下には墓地まであった。
ウォルフはこの古代遺跡を掌握した時点で、その地下の全体図を把握しており、オズワルドとの最終決戦もこの街で行うと決めていた。
敵は二万の大軍と帝国軍屈指の良将である。
野戦で完全に撃退するのは不可能だった。
ウォルフは巧みに、敵が補給線を構築するのを妨害し、この街の付近に到達する敵の数を五千にまで絞った。
途中で一度、軍と軍がぶつかる規模の野戦を仕掛けることで、オズワルドを完全に引くに引けない状態にまで誘い込んだ。
オズワルドが、戦術的勝利にこだわる将であれば、前進することは無かったかもしれない。
しかし、補給線を南部に構築するという戦略的な使命を帯びており、オズワルドは今後のことも考えた上で、南部制圧の橋頭堡でもあり、補給線構築の重要拠点でもある、この街を無視することは出来なかったのだ。
ウォルフは、野戦の後に自軍を全て地下に隠した。
街の人間すら、殆ど知らないうちにそれを実行した。
そして、街の責任者達には帝国軍が来ても抵抗する必要が無いと事前に説明した上で、物資の買い取り要求や、繁華街の出入りについての交渉を即座に行うよう指示していた。
いま、街の責任者の何割かはかつてウォルフが率いていた元老兵達である。
オズワルドは、それらの対応に追われたため、地下通路の存在を初日に発見するのが、時間的余裕の無さから不可能にされていたのだ。
夜の訪れとともに、地下に居たウォルフの軍勢は、オズワルドの部隊と他の部隊の連絡を遮断していき、状況の把握を不可能にした。
そしていま、この闘技場跡地に一千の兵を展開させることに成功した。
街の外にいる四千に伝令が到着したのとほぼ同時に、ジャン隊とロッカ隊の奇襲を加えていた。
あくまでも、四千の出動を遅らせることが目標なので無理はしていないが、敵にしてみれば絶え間ない攻撃に晒されている。
街の中の各部隊との連絡は、ビッグ隊とガノン隊が巧みに断っている。
ウォルフは闘技場の地下から四百の手勢と共に内部に侵入すると、大した抵抗も受けずに広場まで出た。
オズワルドの手勢二百は、整然と待ち構えていた。
四百ほどの完全に武装した敵が広場に入ってきた。
重装歩兵並みの甲冑に身を固めた四百だ。
その先頭には、フルフェイスの兜を被り、全身を甲冑で覆われた男が長い剣を抜き放って立っていた。
その傍らには、目もとを隠す仮面を付けた金髪の男もいた。
以前、野戦で自分を討ち取りかけた男だ。
弓矢を手にした青い髪の男も側に控えている。
フルフェイスの兜を被った男、そうか、この男か。
『鉄仮面か?』
オズワルドは思わず問いかけた。
これから殺し合う相手だったが、不思議と敵意は沸かなかった。
『そう呼ばれている。』
全てにおいて、負けているとオズワルドは感じた。
今、この瞬間の状況を、この鉄仮面と呼ばれている男は描いていた。
この状況を生み出すために、兵の動きも、野戦も、ここに至る全てを描き、その通りにした。
『オズワルド将軍、投降して欲しい。ここで、これ以上の殺し合いは無益だ。投降してくれれば、将軍も麾下の兵士達の命も、この鉄仮面ウォルフが保証する。』
おそらく、この男は嘘はついていない。
投降すれば間違いなく命は助かるだろう。
だが、それだけはオズワルドには出来なかった。
死地であり、絶望的な劣勢である。
それでも、敵の総大将が目の前にいる。
戦うという選択肢以外、オズワルドという軍人には考えられなかった。
『帝国軍の誇る精鋭達よ!このオズワルドと共に戦う者は盾を構えろ!そうでないものは、剣と盾を捨てて鉄仮面に投降しろ。俺は一切咎めん。』
誰一人として投降するものは無かった。
兵士達も同じことを考えているらしい。
しかし、自分の勝つ見込みが無い賭けのために、兵士達の命を浪費するのは、オズワルドの矜持が許さなかった。
国家の最精鋭と呼ばれる兵士達は、実力はさることながら、思考や思想が軍や国家優先になってしまっている。
戦場で、常に自分はそれを消費してきた。
死地に臨んでオズワルドは、人は自らがいかに生き、いかに死ぬか、そのために戦う権利があると思い始めていた。
『強行突破して、街の外に出る!』
二百の勇者が雄叫びをあげた。




