退却
そこからは何がどうしてと、上手く説明出来ないことの連続だった。
前進していた敵の重装歩兵が隊列を固めたまま、下がりはじめていた。
オズワルドは再び陣頭に立ち、一千騎でその重装歩兵の側面を突くために進んだ。
その重装歩兵の背後から、突如数十台の荷車が突進してきた。
藁を積み込んだ荷車に、敵はこちらとぶつかる直前に火を放った。
オズワルドの馬は、向かってくる炎に畏怖して激しく暴れた。
オズワルドはなんとかこらえたが、味方の先頭集団は大きく乱れた。
背後から、先程の数十騎が再び襲ってきた。
大きな被害は出なかったが、後方集団も対応に追われて、オズワルドの一千騎は大いに乱れた。
良将オズワルドは、それでも混乱を最小に抑えて反撃体制をとった。
その時には、後方を襲った数十騎は逃走した後だった。
大きな騒音が聞こえた。
振り向いたオズワルドは絶句した。
重装歩兵に迫っていた右翼一千が、逆に押し崩されようとしていた。
『伝令を飛ばせ!全軍突撃だ!』
同士討ちが発生する可能性はあった。
それでも、もう逡巡している時ではない。
遊軍一千を自らが率い、少しずつ敵を削ぐつもりだった。
無理をせず、少しずつ敵を削り、有利な状態を作っていくつもりだった。
完全に敵の方が上手だった。
巧さで敵が上だというなら、もう力に頼る以外に無い。
敵の重装歩兵が全力で撤退し始めた。
逃げたところで、人の足と馬の脚である。
そのうち追いつき、あとは破壊するだけである。
今度は全軍が混乱したのがわかった。
オズワルドは唖然とした。
何故かはわからないが、全軍が敵を目前にして急停止したのだ。
混乱する味方を尻目に、敵は悠然と退却していった。
『かなり暴れたが、損失はほとんど無いでしょうね。なにせ、あいつら強い。』
ロッカの報告というか、愚痴のような報告を聞き、フルフェイスの兜を外したウォルフは微かに笑った。
『帝国の最精鋭という。混乱させただけでも立派なものさ。しかし、そんなに強かったか?』
『あいつらは、強い。』
アフレックが答えた。
アフレックが強いというなら、本当に強いのだろう。
ただし、アフレックが浴びた返り血もかなりのものである。
再編成をする際に、アフレックはウォルフの副官待遇としてウォルフの部隊に配属させていたが、ロッカやジャンの部隊と行動してもらうのも良いかもしれないとウォルフは思った。
『まったく、危うく殺されるとこでしたよ。』
ジャンがいつの間にかやってきていた。
『あのヒゲのおっさん、強いのなんの。』
『珍しく逃げてばかりじゃなく、敵将の首を狙ったらしいじゃないか、第二殿。』
ロッカのちょっかいに、ジャンが過敏に反応した。
『おい、第二殿ってなんだ?』
『第二公位継承者殿だからさ。』
『やめろよ。こっちはあんなの願い下げなんだ。遊んで暮らせる貴族で良かったのに、生まれる先を間違えたんだ。』
『遊んで暮らそうなんて発想がそもそも間違っているからさ。生まれる前からそんなことを考える不届き者を見つけたら、誰でも苦労させたくなるじゃないか。神ってやつもたまには仕事するらしい。』
『礼儀も弁論術も半端だな。あ、誰かさんは下級貴族出身だもんなあ。自由で羨ましい。』
『やるのかボンボン。』
『おもしろい、下級貴族。』
『やめんか、お前たち。そろそろ殴るぞ。』
やはり、いつの間にか近くに来ていたガノンに威圧され、二人はすっかり萎縮して黙り込んでしまった。
ビッグも馬に引かせた荷車に乗って寄ってきた。
『いつものことだが、相変わらず肝を冷やしたぜ。うまくはいったが。』
『おい、貴重な馬をそんなことに使うのか?』
ガノンの一言に、ビッグは得意そうに笑った。
『俺は馬術はいまひとつなんでな。これ、どうだい?』
『これとは?』
『これだよ、これ!上手く使えば戦車になると思わねぇか?』
『車輪の軸に刃を付ければかなり使える。』
ジョエキが一言、ぽつりと言った。
確かに有用とは思ったが、その発想がすぐに出てくる残虐性に、ガノンは少し引っかかるものを感じた。
『いや、西側では一時期そういう兵器が流行ったことがあったそうだ。それに対する対策も錬られてしまったから、あまり見かけないが、こちらの戦闘では使えるかもな。』
ジョエキは西側の騎馬民族出身だという。
馬術と騎射の腕から、それは本当なのだろう。
『敵が猛追してくる可能性はありませぬか?』
ガノンは話題を変えた。
『無いな。日も暮れるし、敵も疲れ切っている。』
ウォルフが見向きもせずに答えた。
その通りだ、まだ余計なことを言ったとガノンは思った。
ここからが骨が折れる、気を引き締めねば。
また、後ろでジャンとロッカが揉めている。
気晴らしに二人を殴りに向かった。
大敗北に近かったが、損失は百騎程度に留まっていた。
考えたいことは山程ある。
自分は何を間違えたのか、敵はどこまで想定していたのか。
陣立て、編成、戦術、全てをじっくり振り返りたかったが、いまはやるべきことが多かった。
アムレートが鍛え抜いただけあって、心身ともに精強な兵士達ではあったが、敗戦で士気を落とすわけにもいかない。
アーネストとの合流も考えたが、斥候の報告では、もう少し進めば、敵が使っていたと思われる補給地点があるという。
罠を疑ったが、伏兵は居なかった。
とりあえず、補給地点を抑え、士気の低下を防いだ。
補給地点に残された物資は、多くもなく、少なくもない量で、五千が飢えるのは防いだが、進軍するとなると心許なかった。
古代遺跡の街までは保つだろうが、そこに物資が無い場合は数日間は飢える。
オズワルドは繰り返し斥候を放ちながら、慎重に進軍を続けた。




