布陣
シリウス帝国 オセロー元帥府
南部の諜報は壊滅しているが、更に南にあるイーリスの諜報活動は確実に稼働している。
帝国南部のルートは、叛徒の影響で使えないため、連絡は西側諸国を経由して行われる。
かなりの日数を要するが、今はこれしか方法が無い。
補佐官ウェーバーが、届いた報告書を会議室で読み上げている。
普段であれば、どんな悪報であっても表情ひとつ変えないウェーバーだが、いまは口の中の渇きに必死に耐えながら、なんとか口を動かしている。
今回の報告は、これまでの悪報とは比べものにならない程に悪い知らせだった。
なにより、会議室に居る面々もこれまで以上である。
オセローが居るのはいつものことだが、軍部の責任者としてアムレート元帥、四天王筆頭マクベス元帥が揃い踏みしている。
入り口と天井の高さの問題で、リアス元帥は入室していないが、既に麾下の部隊を招集し、出陣の準備を整えているという。
なにより、ウェーバーを緊張させている人物が、ウェーバーの報告を聞いた上で、質問し返してきた時、ウェーバーの心臓はとまりかけた。
『ウェーバー補佐官、この報告書はイーリスを出発してから、どの程度の日数が経過している?』
『十五日前になります、皇帝陛下。』
昼夜を問わず、各都市間の早馬をリレー形式で走らせた。
普段の情報であれば、十五日という速度は悪くない。
しかし、今回の情報に限っては、五日で到着して欲しかった。
皇帝の顔は仮面で隠れていて見えないが、やはり怒っているのだろうか。
ウェーバーは、これまでの人生で、いまが一番気まずい瞬間だと思っている。
『なんというか、全てが最悪の噛み合わせで動いていきますな。』
マクベスは、とりあえず何か言っておこうという顔で発言した。
戦略そのものに興味が無いことは誰の目にも明らかである。
『南部が叛徒の支配下にあり、その叛徒が異常なほど手強い。サラームは政変が起きたが、付け入る隙も無く、逆に戦力が増強してしまった。そして、サラームに降った屍族の大軍がイーリスに侵攻している。』
言い終わると、皇帝シリウスは大きく溜息をついた。
屍族とサラームのイーリス侵攻が、一年前であればそこまで深刻な話では無かった。
確かに、南部は荒れており、帝国の支配力が強かった訳ではないが、支配出来ない訳でも無かった。
一年前に、屍族がイーリスに侵攻していれば、シリウスも確実に大軍を南下させ、イーリスに侵攻したであろう。
イーリスの国家としての命脈を絶った後に、屍族ともぶつかるだろうが、リアスの竜騎兵団を当てれば勝算はあるだろうし、それで手に余るのであればオセローを投入すれば良かった。
リアスとオセローがイーリス領を完全掌握し、イーリス領側からサラームに逆侵攻をかけつつ、東部戦線からアムレートを侵攻させる。
仮に西側諸国が侵攻してきたとしても、皇帝シリウス自ら防衛の指揮を執れば良い。
しかし、今はそれが出来ない。
一年前ならば、支配する旨味もなく、ただ放置しておくことでイーリスからの侵攻を無条件に防いでいた荒野の地を、まさか短期間で治める者が現れるとは誰も予想しなかった。
今はイーリスに侵攻するにしても、叛徒達を突破しなければならない。
叛徒の制圧に手こずれば、イーリスが屍族の手に落ちる可能性すらある。
イーリスの滅亡は、サラームの増大でもある。
増大したサラームは、帝国の総力を注いでも打ち倒せないかもしれない。
苦戦すれば、屈服させた西側諸国が反旗を翻す可能性もある。
『屍族がいずれ攻勢に出ることは、わかっていたことだ。』
皇帝の一言に、ウェーバーは思わず出そうになった声を抑えた。
不思議なことに、マクベス、オセロー、アムレートが皇帝の発言に眉一つ動かさないことだ。
『わかっていたとは、どういう』
ひょっとしたら、自分は知ってはならない重大な何かを知りかけているのかもしれない。
もし、本当に知ってはならないことであれば、このあと自分はオセローに葬られ可能性もある。
しかし、ウェーバーはそれでも知りたかった。
『ウェーバー。それを知って、無事に天寿を全う出来ると思っているのか?』
オセローの温度の無い言葉が、後悔と共にウェーバーに突き刺さった。
『おい、あまり脅かすな。味方を殺してどうする。』
マクベスが少し笑いながら言ったが、ウェーバーにはその笑いすらも恐ろしいものに見えた。
『シャウールが攻勢に出るとは考えていなかったが、屍族が攻勢に出ることはわかっていたのだ。』
皇帝の言葉に、オセローが一瞬驚いたように見えた。
イーリス領東部 サラームとの国境より二百キロ地点の勇者の砦
伝説の勇者・イーリスが、その昔魔王の軍勢を防いだと言われる勇者の砦。
イーリスでは古くから伝説上の砦ということになっていたが、実在の砦であることは王族と一部の軍関係者のみが知っている。
勇者イーリスの時代からあるのかはわからないが、この砦の防衛能力はかなりのものだ。
サラームによる本格的な侵攻に備え、この砦の存在は秘匿され続けてきた。
砦の存在を知られているか否かで、戦局は大きく変わると信じられてきたからだ。
森に囲まれた山の上にある砦。
この砦に、元帥であるポールは勇者隊五百と共に入った。
この一帯の住民は、既に軍が避難させている。
その軍は、避難民と共にイーリス公に託した。
兵士達も士官たちも、この戦いに耐えられる程の精神力は無いだろう。
ならばイーリス公と市民を守ることに専念させる。
勇者の砦と勇者隊で、一日でも長く耐え抜く。
それが、イーリス公とイーリスの民を護る最善手であるとポールは知っていた。




