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屍族進撃開始

イーリス公国軍の軍部で改革があった。


といっても、これは元々改革する側からすれば行う予定だったもので、改革された側以外の混乱は特に無かった。


ただ、改革する側が改革を断行した際の機嫌がすこぶる悪かったため、改革の規模と速度と手段が苛烈を極めた。


改革の急先鋒として動いたのが、少し前にカレンに顔面を殴打されたばかりか、居残りを食った形になったイーリス公の公位継承権第一位であるポール・イーリスであることが、改革された側の不運であった。


ポールは手勢を率いて元帥府を初めとする軍部の機関を電撃作戦で占拠し、腐敗した軍部官僚や軍士官、将軍達をことごとく追放、もしくは左遷してしまった。


元々、イーリス公の伝達後にポールが事を順次行う予定だったはずなのだが、機嫌が極めて悪いポールの八つ当たり同然の暴発により、この事件は後に『ポールハンマー』と呼ばれることになる。


もちろんイーリス公はポールを激しく叱責したが、ポールの暴発が予想以上に軍の腐敗勢力を一掃したため、この場合は賞と罰を両方同時に行うことにした。


賞に関しては、ポールの元帥昇進である。


罰に関しては、ポール元帥の給金を無給とすることである。


ポール元帥本人は、公位継承権第一位であるにも関わらず、自らの住居を軍舎にし、食事も一般の兵士と同様に軍舎の食堂で摂ることにしたため、逆にポール元帥への支持と人気は凄まじい程に上がった。


元帥自らが軍舎の食堂で兵士と同じ食事をしはじめてしまったため、貴族出身の高級士官達でさえ軍舎で食事を摂る羽目になってしまったが、こういった背景も手伝って、イーリス公国軍の軍規は加速度的によく守られるようになった。


そのポール新元帥の元帥府に激震が走ったのは、ポール元帥就任から一ヶ月も経たない時である。


ポール新元帥は、少し前に略奪目当てでシリウスとの国境を侵して、幽霊城を攻略しようとした一派を、サラームとの国境付近に左遷したのだが、その一派が到着後に姿を消した。


そして、サラームとの国境に配してある砦がことごとく落ちた。


それも、ほぼ同時に落とされた。


イーリスも諜報機関を持っており、その諜報機関はサラームにも潜入していたのだが、サラームの正規軍は間違いなくイーリスには向かって居なかった。


しかし、サラームとの国境は現に侵されていたし、侵攻は続く気配があった。


間もなく、元帥府により衝撃的な情報が届いた。


侵攻してきたのはサラーム正規軍では無く、シャウール率いる屍族の大軍であった。


ポール新元帥は、就任直後にしてイーリス公国史上最悪の危機に立ち向かうことになった。



イーリス公国元帥府


元帥府にある会議室には次から次に情報がもたらされていたが、その情報の全てが、会議室に居る面々を失望させ、絶望させていくものであった。


屍族の数はとにかく多かった。


確認出来ているだけでも二十万は優に超えている。


国境を越えてから、屍族は真っ直ぐにイーリス公国の中心に向かうのでは無く、村落群を確実に一つ一つ落としている。


そして、それを止める手だてが無かったのだ。


イーリス公国の正規軍は全軍を合わせても十万には届かず、それらを横に幅広く侵攻する屍族の大軍に充てても勝ち目は無い。


ましてや、屍族は生きる兵士と違い、睡眠も食事も必要無く、その体を完全破壊する以外に沈黙させる手段が無い。


性別も関係なく、死の恐怖も無く、頭部を刎ねられようが、腕や脚を失おうが、自我も無くただ敵の生命を絶つために動くのである。


まともな戦のやり方で止められる敵では無かった。


『屍族が我が中央都市群に進撃せず、国境付近の村落群を一つ一つ丁寧に落としているのは、どういう訳だ?』


将軍の誰かがそんな発言をしたが、ポール元帥にはわかりきったことだった。


村落群を一つ一つ落として、殺戮した住民を屍族化して自軍に加えているのだ。


軍部改革で不正を行う一派を一掃したが、イーリス公国自体は争いが他国に比べて少なかった。


軍の役割も、せいぜい賊徒討伐くらいなもので、大規模な戦役は数十年前まで遡る。


シリウス帝国が共和国と呼ばれていた時代、イーリスはシリウスに対して優勢に戦いを進めていたが、最後は大惨敗を喫した。


その頃から、少しずつ軍は弱体化していった。


改革後に残った将軍達はもちろん、ポール元帥も他国との戦役は殆ど経験が無い。


そこにきて、いま攻めてきているのが屍族である。


並みの軍人であれば、既に大混乱している。


そして、現に大混乱しているのだ。


『とにかく、早馬を飛ばして周辺村落群の住民に対して、速やかに避難するように伝えるのだ。』


『しかし、それで襲う村落群が減れば、そのぶん屍族の侵攻を早めることになりはしませぬか?』


『大馬鹿野郎!』


不埒な発言をした将軍を怒鳴ると同時に殴り飛ばした。


『民を守らずして、何が軍だ!この大馬鹿野郎を牢に入れろ!顔も見たくない!』


扉の近くに居た兵士達が、殴り飛ばされた将軍を引き摺って連れ去った。


口にこそ出さなかったが、将軍達の何割かはポール元帥に殴られた者と同じ気持ちだった。


ポール元帥自身も、そのこと自体は勘づいていた。


『とにかく、各軍は避難民の受け入れ態勢を整えろ。避難民をどこで迎えるか、どこに寝泊まりさせるのか、物資の調達と配布、軍のやるべきことは山ほどあるはずだ。』


将軍達は各々返事をすると、速やかに元帥の執務室から駆け出た。


やることが明確になれば、人は速やかに動ける。


しかし、その速やかに動いた将軍達の殆どが、この先の戦では役に立たないだろうことを、ポール元帥は痛感せずには居られなかった。


ポール元帥は、改めて傍らに弟ジャンが居ないことを残念に思った。



イーリス公国 イーリス公執務室


『ひとつだけ気になることがあるのです。』


現状の報告を終えたポール元帥が、再び口を開いた。


イーリス公にしてみれば、我が子同然に育てた甥に、とてつもない苦労を背負わせてしまったという負い目がある。


しかし、この未曾有の危機に対抗する元帥がポールで良かったという安堵感もある。


その安堵感が、イーリス公の罪悪感をより強いものにしていた。


『屍族が数を増やしている、これはわかります。しかし、何故なのかがわからないのです。』


『何故なのか、ですか?』


イーリス公はそう言いながらも、自身もポールが口にしたことに疑問を覚えた。


数は既に此方を凌駕している。


この上、更に数を増やす理由、そのために時間をかける理由がわからなかった。


『屍族の王シャウールは、決して知恵が無い訳ではありません。むしろ、国境侵攻の様は戦略的にも理にかなったものでした。此方が迎撃態勢を整える前に、かなり深い侵攻が可能だったはずです。しかし、それをせずに少しでも数を増やすことに時間をかけております。』


『なるほど。つまり、通過地点なのでしょうね。』


『通過地点?』


ポール元帥が怪訝な顔をしながら、地図を再び眺めた。


『イーリスを蹂躙すること、滅ぼすことは、屍族にとっては途中経過に過ぎないのでしょうね。おそらく、真の目的は』


イーリス公の言葉にポール元帥が目を見開いた。


『シリウス侵攻!』


『ポール。いえ、ポール元帥。あなたも私も、とてつもない時代に重責を背負ってしまったわね。』


ポール元帥は静かに目を瞑った。


ポールはまだ齢三十にも満たないが、本人にとって最悪の時期に元帥にしてしまった。


イーリス公の明晰な頭脳は、イーリス公国の民とポールを救う手だてを導きだそうとしていた。


『御心配には及びませぬ。』


目を瞑ったままのポールが、静かに口を開いた。


『これも運命です、イーリス公。ジャンが鉄仮面の元に行って、むしろ良かったのかもしれません。』


それまでの短気や猪突では無く、冷静に己の死を覚悟したポールの言葉に、イーリス公は胸を抉られる思いがした。


『ポール、死ぬことならいつでも出来ます。生きることを考えようとは思わないのですか。』


そう言いながらも、イーリス公自身わかってはいた。


ポールの静かな覚悟が決して揺るがないであろうことを。


『勇者隊の出陣を許可して頂きとうございます。』


勇者隊は、イーリス公国にとって伝説の勇者である英雄イーリスと共に魔王を討った一行の子孫とされる者達で構成された、イーリス公の近衛である。


『勇者隊を率いるつもり?』


『私自身が勇者隊を率いて、屍族を止めます。』


『勇者隊は確かに精鋭。それでも、僅か五百の部隊に過ぎないのですよ?』


『まともな戦をしても、屍族は止められませぬ。そして、他の将では屍族に太刀打ちは出来ないでしょう。』


ポールの言葉がもっともであることを、イーリス公は痛感していた。


しかし、やはり我が子同然に育てた甥を、それがたとえ軍人だとしても、死なせたくは無かった。


『運命ですよ、母上。』


はじめてポールが自分を母と呼んだ。


ポールの開いた目は悲しい程に澄んでいた。


ポールがイーリス公を母と呼んだのは、これが最初で最後であった。

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