老人とヒヨコ 3
集落を暴力で支配していた男が死に、その死に場所が支配者の権力の最も実益を伴うものであったことが、暴動を一瞬で引き起こした。
闘技場で行われる命がけの競技など生ぬるく感じられる程の凄惨な殺し合い。
そして、暴徒達のほとんどがガノンとピッキーの首を狙っていた。
さすがに数が数であった。
数百人にまとめて向かって来られては、ピッキーといえども勝ち目は無い。
逃げるしかないのだが、退路となるゲートの方向からも、やはり数百人の暴徒が殺到してくる。
盾と剣で武装した者が二十名程度、ピッキーと暴徒の間に割り込んできた。
明らかに暴徒とは違い、訓練を積んでいる兵士の動きである。
その二十名の指揮をガノンが執っていることに気がつくのに、少し時間がかかった。
ガノンと兵士達はあっという間に退路を確保すると、ピッキーを連れて、大して時間もかけずにゲートから表に出た。
更に、一行が外に出て間もなく、ゲートから火の手が上がった。
明らかに組織的で、計算されている行動である。
ガノンをはじめ、周りの兵士達は凄まじい速さで動き、指示を出し、それを受け実行していく。
その目まぐるしさにピッキーの脳はますます混乱した。
眠っていたわけでも気絶していたわけでもなかったが、次に気がついたのは馬二頭が引く荷車の上であった。
混乱が度を超しすぎ、脳が情報を受け付けなかったようだ。
目の前にはガノンが座っていた。
無論、ピッキーは未だに混乱していたし、ガノンに聞きたいことは山ほどあるのだが、わずか一時間足らずの間に自分に起こったことを、自分自身が全く整理しきれていなかった。
『わしの義勇軍だ。』
ガノンが表情を動かさずに話しかけてきた。
『五十人であの集落を襲い、あの集落の支配者達を殺し、その財産を奪って逃げたのだ。』
『奪って、逃げた?』
やっと言葉が出た。
『左様。殺して、奪って、逃げた。』
ガノンの面影には、闘技場で声をかけてきた時のような明るさが微塵も無い。
しかし、かといって残虐な人間や凶悪な犯罪者の顔つきでもない。
集落に居た種類の連中とは違った、深みのある闇がこの老偉丈夫から感じられる気がした。
『俺をどうするつもりだ?』
ようやく、不安が自分の思考に追いついてきた。
自分は連れ去られているのである。
『集落よりも国境に接している所に古い城があるな。幽霊城と呼ばれているやつじゃ。』
『幽霊城・・・』
その城のことは、ピッキーも知っている。
かつて国境防衛のために建てられたものらしかったが、南部の集落群付近が荒んでいるためか、防衛の価値無しと判断され、帝国には廃棄された城である。
誰も居なくなって年月が経つうちに『幽霊城』と呼ばれるようになったが、ここ数年は賊の拠点になっている。
族は国境紛争に対する自警団を自称しているが、やっていることは盗賊や略奪行為であり、帝国だけでなく他国のはみ出し者も集まって数百人規模の勢力らしい。
『その城を族から奪うつもりじゃ。』
『なに!』
闘技場で見たガノンの手勢は二十人程度だが、いま周りを見渡すと、先ほどガノンが言ったように、ざっと五十人が荷車の周辺を行軍している。
しかし、それでも族とは数が違う。
ましてや、今度は城を落とすと言う。
ピッキーには軍隊の知識は無いが、城の戦いであれば攻める方が守るより遥かに難しい上に、数も必要であろう。
ガノンの手勢がよく訓練された手勢だというのはわかるが、数百人が守る城を五十人で落とせるとは思えない。
『押し黙っておるが、無理だと言いたいのであろう。』
ようやくガノンの表情に明るいものが戻った。
『無理だぜ。さっきの暴徒と幽霊城の族じゃ、そもそも勝手が違う。族は何度か討伐隊を追い返したって噂も聞いたことがある。』
『噂ではなく、事実じゃよ。あの族どもは帰るところも無い札付きばかりが集まっておるからな。戦いになれば勝つしか生き延びる道が無い。並みの軍隊より士気が高い。』
『なら、なおさら』
『戦いらしい戦いになれば、だ。』
ガノンの鼻の穴が少し膨れている。
『エルフを知っておるか?』
『たまに森に住んでる人間に似た耳の尖った生き物だろ。』
『ドワーフは知っておるか?』
『背の小さい人間みたいな連中だろ。腕っぷしは強いらしいが。』
『そのエルフとドワーフが、あの城を仕切っておる。』
話しが見えなくなってきた。
エルフとドワーフが城を仕切っているからといって、自分がなぜ拉致されたのか話しが頭の中で繋がらない。
『三ヶ月であの城を奪う。貴君の力があれば楽に勝てる。協力して欲しいのじゃ。』
『城を奪う目的は何だ?あんたが族に成り代わるとして、それに何の意味がある?』
『族になりたいのではないわ。あの城を拠点にして、南部を丸ごと貰うのじゃよ。』
ガノンが何を言い出したのか理解するのに、また刹那の時間を要した。
『反乱か!』
『反乱では無い。帝国を完全に倒すのじゃ。』
恐ろしいことをさらっと言ってのける老人に、ピッキーは何故か惹かれていることに気がついた。




