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敵と味方と

シリウス帝国東部 忍びの里


三十年ぶりよ再会は、お互いに殺気を堪えて抑えるところから始まった。


ハンゾウは、既にアフレック探偵社の一人がスリーと呼ばれる男で、それがムサシでは無いかという疑念を抱いてはいたが、目の前に三十年ぶりに現れたムサシは、間違いなく自分は敵であると目が語っていた。


二人の間にムラオサが入った。


『せっかく田舎に帰ってきて、ここで争いはなかろう。二人とも、ここでは仲良くせい。』


ハンゾウは何とか気持ちを抑えた。


『師匠の御言葉に従います。』


『ムサシ、お前もここではハンゾウと仲良くせい。今は兄弟子と弟弟子じゃ。良いな?』


『わかった。争いはしない。』


スリーはそれだけ言って小屋に入ってしまった。


『サスケが居ないようですが。』


ハンゾウは、この里の若手の誰よりもサスケが能力は高いと評価していた。


足りないとすれば内面だが、任務をこなすことで改善していくと踏んでいるので、今回誰よりもまずサスケを勧誘したかった。


『サスケは今回無理になった。大怪我をしてな、回復だけで半年はかかるじゃろうて。』


『サスケが大怪我?』


そう言いながらも、ハンゾウはサスケが大怪我をした理由を察した。


おそらくムサシがやったのだろう。


それをムラオサも感じ取ったらしい。


『あまりムサシに怒らんでやってくれ。本来ならわしやお前がサスケの欠点を直さなくてはならなかったのじゃ。それを、ムサシにやらせてしまった。』


『手荒過ぎますな、あいつにしては。』


『ハンゾウよ。三十年も経てば、大なり小なり人間は変わる。わしも、まさかあそこまでやるとは思わなんだわい。』


ムラオサはそう言うと、やはり小屋に入っていった。


とにかく、新しい忍びが一人でも多く欲しい。


ハンゾウは勧誘するために、自分の足で一件一件回り始めた。





サスケは手足の骨を折られたが、綺麗に折られていて、骨は砕けてはいなかった。


しばらくは高熱にうなされていたが、今は身動きが取れないだけで、意識ははっきりしていた。


スリーはサスケには、一切会おうとはしなかった。


サスケもスリーのことは口にしなかったが、スリーとしては流石にやり過ぎてしまったという後悔が多少はある。


スリーはたまにハンゾウの忍びを集める活動を見に行った。


かなり離れたところから盗み見ていたのだが、おそらくハンゾウはそれに気づいている。


それでも、ハンゾウはあまり気にしてはいないようだった。


ハンゾウが来て三日目の夜、ムラオサの小屋にハンゾウが訪ねてきた。


スリーは席を外そうとしたが、ハンゾウが手で制した。


『今夜くらいは、兄弟弟子で師と酒を呑もう。お互いの敵味方は今夜くらいは置こう。』


『さっすが、兄弟子ハンゾウの方が気が利くよねー!ムサシなんぞ、手ぶらで帰って来たんだから、パパは情けなかったぞ、ムサシ。』


『わかったよ。呑もう。』


三人で座って酒を呑んだのも、やはり三十年ぶりである。


『ハンゾウ、いつ里を降りた?』


『十五年前から少しずつ、何度か降りては修行がてら戦場を転々としていた。オセロー元帥に呼ばれたのは、ここ数年の話しだ。』


『ハンゾウは今でもわしに手紙くらいはちゃんとよこす。お前くらいじゃ、連絡もよこさんのは。』


『本当にお前、三十年も手紙すらよこさなかったのか?』


『うるさいな。無事だったんだから、別に良いだろうが。』


『呆れた奴だ。諜報部に戻ったら、お前の資料に書き加えてやる。三十年も家族に手紙ひとつ書かなかったとな。』


『そんなことして何の得があるんだよ。親父といい、兄弟子といい、本当にたちが悪い。』


『お前に言われたくないわ、薄情者。』


三十年前、里を出て行こうと決めた日もハンゾウと酒を呑む約束をしていた。


しかし、その前に里から出奔した。


あの時、ハンゾウと酒を呑んでいれば、おそらくハンゾウに出奔の意思を見破られていたに違いない。


その時、ハンゾウは自分を止めたのだろうか。


夜が更け、酔いが回ったムラオサは自室に戻って寝てしまった。


スリーはハンゾウの椀に茶をいれ、自分も酔い覚ましに茶を飲んだ。


酔ったまま寝たくは無かった。


酒を身体に残したまま翌朝を迎えるのは、もう辛い年齢である。


ハンゾウも同じように考えていたらしく、自分で二杯目の茶を入れて飲んでいた。


『何故、里を降りた?』


答える義務は無いと思ったが、三十年前に呑む約束を反故にしたのは自分である。


『女さ。』


『女?』


『惚れた女がいた。叶わぬ思いだった。それだけだ。』


『そうか。』


若い日の恋の思い出、たった一人の女のことがきっかけで、いま兄弟弟子は敵味方に分かれていた。


ハンゾウは、再び酒を呑み始めた。


やはり話すべきでは無かったのだ。


スリーは少し後悔し始めていた。


『ムサシ、酔いが回る前に言っておきたい。』


『言うなよ、ハンゾウ。若い日の思い出だ。こうなったのは、宿命かもしれんよ。』


『宿命か。そうかもな。そんな言葉を使う歳になったのか、お互いに。』


ハンゾウが席を立った。


『俺はあと三日だけ、この里に滞在する。その前にムサシ、お前は里を出てくれ。里を出たら、俺はお前を狙わなくてはならん。今回連れ帰る忍びを使わなくてはならなくなる。それは、お互いに避けたいはずだ。』


『あぁ。明日出ていくよ。』


『それと、ムサシ。すまなかったな。』


そう言って、ハンゾウは小屋を出て行った。


抑えていた感情がこみ上げてきた。


やはり、言ってはならなかった。


ハンゾウは気がついてしまったのだ。


スリーが惚れた女とは、ハンゾウの妻になる女だったことに。


二人の結婚が決まった日に、スリーは里を出て行ったのだ。


三十年前、たった一人の女への想いが、お互いの運命を大きく動かしてしまったのだった。





シリウス帝国東部 ドワーフの集落


数日間、宿屋で悶々としていた。


宿屋といっても、ピッキーが数年ぶりの客らしく、宿屋の看板は掲げていたが、まともな営業などしていなかった。


ドワーフというのは、無骨な顔つきの者が多いが、手先はかなり器用な民族らしい。


集落の人口は少ないが、近くにある忍びの里や他の部族の里に武具や工芸品が売れるので、裕福では無いが、住民達の生活は成り立っていた。


ドロスの祖母はまだ生きていた。


かなり高齢で、視力を無くしたらしいが生きていた。


初日の時点で、ピッキーはその事実を把握し、住んでいる場所もわかっていた。


しかし、ここまで来て躊躇してしまった。


会いに来た、それは間違いない。


しかし、会った時に何を話せば良いのかわからない。


結局、いつの間にか一週間が経ってしまった。


踏ん切りはつかなかったが、これ以上躊躇し続けるよりは良いかもしれないと考え、重い足を引き摺るようにしながら、ようやくドロスの祖母の家まで来ることが出来た。


ドアが無い小さい家だった。


恐る恐る、一歩だけ家の中に入った。


『どなたかね?』


家の奥の方から声が聞こえた。


わずかな足音でわかったのか、気配でわかったのか。


『どなたかね?』


そう言いながら、老婆は壁に両手をつけ、身体を支えながら奥から出て来た。


『ドロスかい?』


心臓が凍りつくかと思う一言だった。


逃げようかとも思った。


『ドロスなのかい?』


開かぬまぶたを此方に向け、何かを感じ取ろうとしている老婆の顔を見て、ピッキーは覚悟を決めた。


『俺は、ドロスじゃない。あいつの友達なんだ。』


『ドロスの友達かい?』


『そうだ。南部で知り合った友達だ。』


『ドロスの友達がここに何の用なんだい?あの子は元気にしてるのかい?』


声を震わせないよう、慎重に語りかけた。


『ああ。あいつは南部でいま大きな仕事をしているんだ。あんたのことが心配だから、見に来てくれと頼まれた。』


しばし沈黙があった。


嘘が見破られたのか不安だったが、老婆はにっこりと笑った。


『そうかい、そうかい。それならよかった。あの子は悪いことばかりして、ここに居られなくなったんだよ。でも、そうかい。立派に仕事をしてるんだね。』


『大きな仕事だ。あいつはいま街を造ってる。』


『あの子は力持ちだし、頭は悪いけど手先は器用だからね。』


『そうだな。あいつのおかげで、俺は命を救われたんだ。』


口から出ることは殆ど嘘だったが、ドロスのことなら何故か自然と嘘を言えた。


嘘だけでは無いが、その晩は老婆の家に泊まりドロスの話をした。


目の見えない老婆のために、薪を用意してやったり、邪魔な家具をどかしてやったりもした。


にこにことしている老婆を見ると、やはり本当のことを言うべきでは無いと思った。


そんな酷な真似は自分には出来ない。


この老婆の中だけでも、ドロスは生きていることにしよう。


そう決めた。


翌日、ドロスがいつか渡したがっていた高級な薬草を老婆に渡した。


それは本当の話だった。


旅立つ時に、ドロスの部屋から持ってきた物だった。


老婆はにっこりと笑った。


とても嬉しそうな笑顔に、少しだけ救われた気がした。


ピッキーも笑顔で別れを告げ、家を出ようとした。


『あの子は、死んだんだね。』


それまでの全てを打ち消す切なさが、ピッキーの全身を包み込んだ。


『そうかい。やっぱり、あの子は死んだんだね。』


違うと言ってやりたかった。


そんなことはない、安心しろ、ドロスは生きていて、南部で大きな仕事をしている。


そう言ってやりたかったが、もうそんなことを言える気力が無かった。


昨日は自然と口から出た嘘八百が、もう何も出て来ようとはしなかった。


そうなのだ。


自分には、この老婆と談笑する資格など有りはしない。


ドロスを死に追いやったのは、自分である。


なじられ、罵倒され、殺されても文句は言うまい。


『すまない、婆さん。俺は』


『良いんだよ。本当は昨日、あんたが入って来た時に気がついてはいたんだよ。あんたに辛い思いをさせちまったね。すまないねぇ。』


『違うんだ、婆さん。俺は』


『でもねぇ、あんたの言うこと、嘘だけど嘘でも無かったんだよ。』


ピッキーは、老婆の言うことが全く理解出来ず、言葉を詰まらせた。


老婆が杖をつきながら、ピッキーに近づくと片手を伸ばしてピッキーの胸に触れた。


『あたしは、確かにもう目が見えない。でもね、そのあたしにも確かに見えるんだよ。あんたの中には、ちゃんとドロスが居るんだね。』


触れられた部分が少しずつ温かくなってきた。


その温かみは、すぐに全身に優しく回った。


『あの子は死んでしまったけど、魂はあんたにちゃんと残せたんだね。魂を託して逝けたなら、あの子はあんたの中にまだ生きてる。あたしにはね、それが間違いなく見えるのさ。』


老婆はピッキーの手のような翼を握った。


『ありがとうね。あの子の人生を豊かにしてくれて。あんたのおかげだって、あの子も言ってるよ。』


天を仰ぎ見、宙を見つめる眼から、涙と共に抱え込んだ全てのものが流れ出ていくのを、ピッキーはいま感じずにはいられなかった。





ドワーフの長老の証言


『ちょっと良いかね、お客人。うん、そうじゃ、お主じゃよ、ヒヨコ。


お主、自分の親は知っておるのか?


それじゃあ、聞いたことも無いのか?


いや、何故にわしがこんな話しをするのかと言えばな、実はお主の親に心当たりがあるからなんじゃよ。


え?興味が無い?


それなら聞くが、自分でも妙だとは思わなかったのか?


もし自分が鳥なら鳥人族として飛べるだろうし、そもそも外見だってヒヨコでは無く、もっとましな


待て待て!わしが悪かった!悪かったから首を絞めんでくれ、死んでしまう!


ふーっ・・・死ぬかと思ったわい


いやいや、違う、喧嘩など売らんし、馬鹿にしてなどおらん


ただ、昔わし等がサラームに居た頃の話しじゃ


若いドワーフが鳥人族の者と恋に落ちて駆け落ちした事件があっての。


何百年に一度か二度、そういうことは起きるんじゃが、あれには流石に驚いた。


噂によると、その二人の間には子供も産まれたらしいが、いや、あくまでも噂じゃよ。


お主の腕力や体格は、明らかにドワーフのそれじゃ。


しかし見た目は鳥の仲間じゃ。


ひょっとしたら、お主は、と思ったわけじゃよ。


ん?鳥人族の集落?


この山の上にも住んでおるよ、崖の上じゃが。


だが、もしお主がそういう出自の者だったとしたら、きっと恨まれておるから、間違っても行かない方が良いぞ、うん。


おい、ちょっと待ちなされ。どこへ行くのじゃ、お客人。


おい、行くな!おーい!』






シリウス帝国東部 忍びの里


一晩の後、スリーは別れも告げずに里を出た。


ゆっくり歩き、林に差し掛かった時、気配を感じて立ち止まった。


『出て来いよ。』


ため息まじりにそう言うと、林の影からぬっとムラオサが出て来た。


『三十年前と同じ過ちを、お前はまた繰り返すつもりかね、マイサン。』


『過ち?』


『自分でそうやって敷居を高くして、また三十年戻れなくなるつもりか?学習能力無いのう、相変わらず。』


『戻るかどうか以前に、三十年後にこの里があるのかもわからんがな。』


『あと三十年、わしが生きていると思っておるのか。』


珍しく、ムラオサの目が真剣だった。


皮肉を言ったつもりだったが、三十年後にこの里はあるのか、父は生きているのか、自分が帰る場所はあるのか。


無かった時、自分は別れを告げなかったことを心の何処かで後悔しながら残りの人生を生きるのか。


ムラオサは、いま父として大切なことを伝えたかったのかもしれない。


『達者でな、親父。それと、次に会う時は敵だぞ、ハンゾウ。』


木に溶け込んでいたハンゾウも姿を現した。


『敵同士になってしまったのは仕方が無い。それも忍びの宿命だ。せめて、お互いに逡巡することなく、この里に恥じぬ戦いをしよう、ムサシ。』


遠くに松葉杖をついて、じっと息を殺している者が居るが、敢えて声をかけなかった。


『良いのか?サスケに声をかけんで。』


『文句があるなら、直接言いに来るべきだ。』


『厳しいのぅ、おっさんになると。』


『まだおっさんじゃねぇ。』


そう言うと、三人に背を向け片手を挙げてから歩き出した。


『昔は自分の方が遥かに強い自信がありましたが、あいつ相当強くなったのですね。』


『わしも驚いたわい。初めからサシでやり合ったら敵わなかったかもしれん。』


『そんなにですか?』


ムサシがこの里に戻って来た際の戦いでは、まず複数の忍びをいっぺんにぶつけ、更にサスケをぶつけ、最後に自分が勝負を決めに行った。


しかし、ムサシは長く戦い消耗していたし、途中から殺気を切らしていた。


いや、殴りつけにいった時はムラオサ自身も殺気があったが、途中から自分に殺気が無くなり、ムサシも殺気を消したのかもしれない。


お互いに対等の条件のまま、殺す気でやり合えば結果はどうなっていたのか。


ムサシの敵となるハンゾウに、それは言わないでおこうと思った。


『三十年ぶりに親子喧嘩が出来て何よりです、弟子としては。』


ハンゾウもムラオサの意図を察し、それ以上ムサシについては語らなかった。


ムラオサが、もう一度振り返って道の先を眺めた。


ムサシの姿はもう見えなかった。

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