忍びの里
シリウス帝国東部 山岳地帯 忍びの里
それは、突如として林の中から出てきた。
軽業師のように素早い連中に捕らえられそうになったが、とりあえず抵抗を続けた。
連中の動きは速く、飛び道具も使って来たが、全てこちらも使える技だ。
襲ってくる者達は、皆若い。
体力も勢いもあるが、技の精度に欠ける。
勢い任せに突っ込んで来た者を、もう数人蹴り倒している。
攻撃が突如止んで、林の中から年寄りの声が聞こえてきた。
『ムサシよ、何をしに来た?』
『ん、親父か?』
ムサシ、その名前で呼ばれる事自体が久しぶりである。
奇妙な感慨をスリーは覚えた。
『そうじゃ。三十年前に里を捨てたお主が、今更何の用じゃ?』
『墓参りさ。』
『冗談を言うな、ムサシ。貴様を里には入れんぞ。』
『そこを何とか頼むよ、ムラオサ。故郷を懐かしむ気持ちは、いくら風来坊の俺にだってあるんだぜ?』
『そうか。それならば、この男を倒してみせよ、ムサシ。』
凄まじい殺気と共に、何かが襲いかかってきた。
やはり若い忍びだ。
しかし、今までの連中とは違い格段に強い。
思わず銅剣を抜いて相手の剣を防いだが、二合で銅剣が折られた。
そのままの勢いで首に刃が迫ったが、間一髪で躱した。
相手の剣の質が良すぎる。
斬擊はアフレック程では無いが速い。
スリーは躱すのが精一杯である。
何とか間合いの外に出たいが、相手の動きも速く、それを許さない。
徐々に相手との間合いも狭くなっていく。
『貰った!』
渾身の横斬りがスリーの胴を完璧に捉えたかに見えた。
刃が捉えたのは木だった。
深く食い込んで刃が木から抜けなくなった。
空中からスリーの蹴りが相手のこめかみに入った。
否、これも木だった。
背後の木から腕が出てきてスリーの胴を後ろからがっちり摑むと、そのまま後ろに投げられ頭から落とされた。
寸前でスリーが両手を地に付け、激しく体を回転させて躱した。
三発の蹴りが同時にスリーを襲う。
二発は払ったが、一発があばらに入った。
折れてはいないが、ひびは入った。
相手の蹴りの精度が増した。
あばらを巧みに狙ってくる。
その蹴りを両腕で摑んだが、後頭部を蹴り抜かれた。
意識が一瞬飛んだが、無意識の一瞬でスリーも前方に転がりながら相手の側頭部に蹴りを入れていた。
相手が咄嗟に放った拳の突きに体全体で巻き付き、そのまま首を絞めながら倒れた。
うまく右の頸動脈を捉え、数秒後に相手は動かなくなった。
再び鋭い殺気が来た。
ムラオサが老人とは思えない身のこなしで飛んできた。
空中からの蹴りを三発、着地と同時に一発を放ってきたが全て躱した。
次の蹴りに合わせて跳び蹴りを放ったが、片手の掌でそれを止められ、足首を掴まれて投げ飛ばされた。
背中から木に激しくぶつかり、意識はあったが呼吸が出来ず、体が動かなくなった。
『甘いのう。三手先までしか読めんとは。』
まだ息が戻らない。
それでも立つしかないと思ったが、立ち上がろうとした瞬間に跳び蹴りを胸に喰らった。
『甘いっちゅうとるじゃろ。相変わらず頭が弱いんじゃから。』
その時、大きな叫び声と共に誰かが走ってきた。
黄色い塊が突っ込んでくる。
『ん?ヒヨコか、ありゃ?』
身長百五十センチ程度のヒヨコの外見をした目つきの悪い何かがムラオサに飛び掛かった。
ムラオサの鋭い蹴りが、おそらく胴に入ったが構わず突っ込んでくる。
ムラオサは目にも止まらぬ蹴りを四発胴、胴、頭、頭と打ち込んだ。
それでもヒヨコは頭突きを放ってきた。
両腕でムラオサは胸を守りながら、少し後ろに飛んだ。
ムラオサが更に一方的に十発ほど打撃を入れたが、ヒヨコは倒れず更に頭突きを狙ってくる。
頭突きに合わせて頭部を打ち抜く蹴りを入れたが、ムラオサの脚がきしむ音がした瞬間、ムラオサは慌てて飛び退いた。
『あっぶないのう。今のは流石にチビったわい。』
ヒヨコ男が更に突進してきた。
ムラオサは極力ヒヨコの攻撃を躱すことに専念した。
ヒヨコ男が宙を舞った。
そのまま頭部からムラオサ目がけて落下してきた。
激しい地響きがした。
地面が大きく抉れた。
ムラオサは上手く躱すとヒヨコ男の胴を後ろからがっちり摑み、後ろに投げて頭から落とした。
更にそのまま体を起こすと、再び同じ投げを見舞い、更に同じ投げを三度放った。
ムラオサは跳び起きると、渾身のしたり顔で言い放つ。
『わしのトリプルスープレックスはどうじゃ!』
それでもヒヨコは立ち上がった。
『え?立っちゃうの?』
ムラオサの目が点になった。
ヒヨコ男は唸り声をあげると、そのまま前のめりに倒れた。
『ムサシ、お前の仲間か?』
『いや、それは俺にもよくわからん。』
『ふーむ。』
『それよりどうすんだ?まだやんのか?やるなら俺はやれるぜ?』
スリーがゆっくりと立ち上がった。
ムラオサは少し考えたが、やがて首を横に振った。
『まぁ、久しぶりに親子喧嘩もしたし、わしも久しぶりにトリプルジャーマン出来たし、今日の所はこれで勘弁してやるわ。』
『随分、たちの悪い親子喧嘩を仕掛けるじゃないか、ムラオサ。』
『負けた罰じゃ、ムサシ。暫くはわしをパパと呼ぶが良い。』
『死んでも嫌だ。』
『ま、とりま、里で暫く休め。わしも腹減ったし。な、マイサン。』
ムラオサの、父親のこの忍びらしからぬ態度を懐かしいとスリーは思ったが、今は既に辟易し始めていた。
里に入り、夕食を食べ、先ほど自分と戦った若い忍びが自分の弟だと知って飯を勢いよく吹き、一日が終わろうとしていた。
ヒヨコ男はいびきをかいて寝ている。
『ムラオサちゃーん!』
小屋の外で若い女が二人でムラオサを呼びに来ると、風呂に入っていたはずのムラオサはほぼ裸で飛び出していき、若い女二人と何処かに消えた。
三十年前と何も変わらない父であった。
『改めまして、サスケと申します、兄上。』
先ほど自分に凄まじい殺気で襲いかかってきた若い忍びが茶を出しながら正座した。
『二十も離れた兄弟というのも、何か複雑だよな。』
『いえ、あの父ですから。』
真面目だな、と思った。
『兄上、早速で恐縮ですが、私の敗因をお教え頂きたいのです。』
サスケは胸から帳面を取り出し、筆を手にしてスリーの顔をじっと見た。
真面目すぎる、と思った。
『いや、勝敗は時の運もあるから、一概には言えないんじゃないかな。』
不真面目すぎる父と、真面目すぎる弟。
この二人としばらく一緒に居ると思うと、早くもスリーはアフレックが懐かしくなった。
幽霊城の死闘の最後、ヒヨコ男の悲劇を聞いて道中なるべく避けてきたが、今は早く起きて欲しいとも思った。
なおもスリーを見つめるサスケに、仕方なくスリーは語り出した。
『咄嗟に放った突きが全てだと俺は思う。』
『兄上に巻き付かれたあれですか。』
『お互いに徒手の武技を使いこなす者同士が立ち合うのだから、一手一手が駆け引きになってくる。現にあばらを痛めさせた後のあばら狙いと、そこからの頭部への蹴りは非常に良かった。斬新だし、裏をかかれた。だが、一瞬危機に陥ったからといって相手に手を無造作同然に出せば、摑んでくれと言うようなものだ。摑ませるならわかるんだが、掴まれたとすれば、これはもう勝敗は決したんじゃないかな。』
『兄上、感謝します!』
サスケは感動しながら帳面にスリーの言葉を書き込んでいる。
真面目で伸びしろもあるが、忍びには向かないとスリーは一瞬思った。
翌朝、ムラオサはおそらく寝ていないのだろうがご機嫌な様子で帰宅してきた。
真面目なサスケは、スリーが起きる前に朝の特訓に出かけていた。
ヒヨコ男はまだ寝ている。
今更ながら、服を着たムラオサが茶を飲んでいた。
そのムラオサに、スリーは懐から出した髑髏の仮面を渡した。
ムラオサは茶を置くと、仮面を被って立ち上がった。
『正義の味方ムラオサ!』
『真面目に話すぞ、親父。』
ムラオサは溜息をつくと、仮面をスリーに投げ返した。
『ハンゾウ一派のじゃ、それは。』
『ハンゾウ?あのハンゾウか?』
『他にハンゾウおるか?』
『この仮面を付けた連中に、俺も仲間もつけ狙われた。』
『へー、大変だったねー。』
『怒らせたいのか?笑わせたいのか?』
『いや、別に。だって、現にお前生きてるじゃん。だったら、今更心配することなくない?』
『いつから忍びの里は帝国の手先になったんだ?』
『忍びの里はなってないよ。ハンゾウはなったけど。』
『ハンゾウはあんたの一番弟子だろう!』
『里で暮らすより、お金に不自由しないんだってさ。そんな風に言われたら、わしも止められ無いでしょ?』
『止めろよ!』
『何でよ?』
『忍びの技は金儲けのためのものなのかよ!』
『忍びを捨てたお前が何を言うか!』
凄まじい形相のムラオサに、一瞬スリーもたじろいだ。
『なぁんちゃって。まぁ、皆も大人なんじゃ。自分の道くらい自分で決めればえぇじゃないか。たまたま、お前がハンゾウの敵側に居るだけじゃないか。』
『あんたはそれで構わないのか?』
『忍びが戦に絡めば、結局はそうなる。すぐで無くても、必ずそうなる。それも忍びの宿命じゃろうて。』
スリーはどうにもはがゆかった。
自分の一番弟子で、しかも最も出来の良い男が
里を捨て、仲間を連れて帝国に仕えた。
本当は里を守って欲しかったのでは無かったのかと。
『そんなに納得いかないなら、ハンゾウに直接聞けば良いのに。』
『あのな、それが出来れば苦労しないだろ。』
『苦労しないよ。多分、来週あたり来るよ?ハンゾウは。』
『なに!』
あまりの展開にスリーは怒鳴りながらも、一瞬よろめいてしまった。
『新しく忍びが必要だって言ってたから、就職斡旋しに来るよ、ここに。』
『それを許可してるのか?』
『うん。だって、行きたがる連中多いし。もう、里にだけ拘る時代でも無いんじゃないの?』
茶をすすった後のムラオサの顔つきは、何かを達観したようだった。
昔と変わらぬ父であっても、髪は白くなり、皺は深く刻まれていた。
三十年も足を向けなかった。
父も故郷も、三十年前と変わらない姿のまま今も暮らしている。
そんな淡い幻想を抱いていた自分に気付かされ、スリーはそれ以上何も言えなかった。
ムラオサが自室で眠りにつくのと入れ替わりで、ヒヨコ男が起きてきた。
事情を飲み込むのに少し時間がかかったが、トリプルジャーマンの影響はさほど無いようだ。
『ドワーフの村がこっちにあると聞いたんだがな。そこに行きたいんだ。』
『方角は合ってる。ただ、ここから先は道案内がいるかもな。』
『案内なんざ居らん。道を教えてくれればそれで良い。』
『そうじゃない。ドワーフの村の途中で洞窟を抜けなきゃならん。ドワーフの奴等、用心深いからな。内部を色々掘り漁って、わざと複雑にしてるんだ。道を覚えている奴が一緒じゃなきゃ、とてもじゃないが無理さ。』
『そうなのか。厄介だな。』
『うちの親父なら、たぶんわかる。トリプルジャーマンの借りもあるんだから、案内してもらえ。』
しばしの沈黙の後、ヒヨコ男が意外なことを聞いてきた。
『あんた戻るのか?幽霊城に。』
お互いに幽霊城で口をきいたわけではないが、お互いの存在は既に認識していたらしい。
『少ししたら戻るよ。あそこには俺の仲間が居るから。』
言った後に、一言余計なことを言ったと思ったが、ヒヨコ男はそうか、とだけ言うと、再び部屋に戻って横になった。
『えー、わしが案内すんのー!?』
『トリプルジャーマン決めたんだから、そんくらいしてやれよ。』
明らかに面倒くさそうなムラオサだったが、道案内のことは了承した。
『そうじゃ、サスケも連れて行こう。あいつに道を覚えさせれば、今後はわし行かなくて良いし。』
『そうだ、サスケのことなんだがな。』
『なんじゃい?』
『あいつ、忍びに向いてないだろ。』
一瞬の間があったが、ムラオサは豪快に笑い出した。
『それ、お前が言っちゃうの?』
『確かに俺が言うのもどうかと思うがな。』
『でも、本人がやりたがってるんだから仕方ないじゃろ。』
『本心か?』
スリーの問いに、ムラオサは無言で茶を啜った。
『サスケは、来週ここを出るかもしれん。』
『ハンゾウ一派に加わるのか!?』
『わしは、サスケが忍びに向いておらんとは思わんよ。素質は上々、真面目で忍耐強い部分も良い。ただ、全てを言葉で説明出来なきゃいかんと思っているふしがある。』
『言葉?』
『この世の理不尽や不条理を言葉で説明せよと言われても無理じゃ。そして、その反対に位置する出来事や可能性も然り。』
『反対のものって何だよ?』
『二度と戻って来ないはずだったお前が、ここに戻って来た。お前の背中を押した存在のことかもな。』
『さっぱりわからん。』
『こういうのは、言葉で理解する方が嘘臭くなる。そういうもんじゃと、わしゃ思いますよー。』
言葉で上手く説明せよと言われても無理だったが、スリーはムラオサが言うことを何となく理解はしていた。
『今度はただの怪我じゃすまんぞ、たぶん。』
スリーの言葉に、ムラオサが高らかに笑った。
『男はそうやって、強くなっていくもんじゃ。』
翌日、ムラオサがサスケを伴い、ピッキーをドワーフの村に案内しようとするのを、スリーが呼び止めた。
『サスケ、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ。』
『しかし、兄上』
『わしは構わんぞー。先に行っとるから、ちゃんと追いかけて来いよ。』
『わかりました、父上。』
出発するムラオサとピッキーを尻目に、スリーはサスケを伴って林に入って行った。
十分ほど歩き続け、ようやくサスケが口を開いた。
『何が目的なのです、兄上。こんなところに連れ出して。』
サスケ自身、スリーの行動に不信感が無かった訳では無かった。
しかし、次の瞬間にスリーから放たれた殺気の凄まじさは、サスケの予想と警戒心を遥かに上回った。
『こないだとは違い、咄嗟に腕など出したら死ぬ戦いだ。覚悟しておけよ。』
スリーの形相自体が全く別人に見える。
温厚そうだった顔つきが、今は悪鬼に見える。
臆したら負け。
昔からそう教わってきた。
その教えは体に叩き込まれている。
サスケが宙を舞い、飛び蹴りでスリーの頭部を狙った。
凄まじい拳の突きがサスケの顔面を打ち抜いた。
動きを読まれていたどころか、完全に見られていた。
口や鼻から血が吹き出し、地面にうつ伏せに倒れた。
『馬鹿にしてるのか?』
これまでとは違う、兄のどすの効いた声色に、サスケ自身は何故か体が震えていた。
『この辺で良いじゃろ。』
洞窟の手前まで来て、何故かムラオサが歩みを止めた。
『なんだ?休憩か?』
『ちょっとわしに付き合え、ヒヨコ。』
『ヒヨコじゃねぇ。それに、俺はなるべく早くドワーフの村に行きてぇんだ。』
『もったいないのぅ。』
『あ?』
『ま、わがまま言わずに付き合えって。それ知ってからドワーフの村行っても、たぶん損は無いって。』
辺り一面がいきなり霧に覆われ、前も後ろも見えなくなった。
その霧の中から、ムラオサがゆっくり姿を現した。
それも一人では無い。
十人以上もムラオサが居て、自分を取り囲んでいるのだ。
『じじぃ、なんのつもりだ?』
『知りたいか?知りたかったら、わしを倒してみろ。』
十人以上のムラオサが一斉に飛び掛かってきた。
明らかに先日とは動きも、技の威力も違うものだった。
先日はスリーの中に、里の者を殺してはいけないという意識もあったのだろう。
しかし、今のスリーは全く違う。
自分を殺りにきている。
容赦も何も無い。
攻撃を繰り出しても躱され、それを餌にしても餌ごと潰される。
駆け引き以前に実力差があり過ぎた。
先日のスリーは、命どころか此方に怪我も極力させないよう、心に枷を付けて戦っていた。
今日はその枷が無い。
顔面に立て続けに二発の蹴りを喰らったが、これも並みの人間なら死んでいる破壊力だ。
意識はとうに何度も飛んでいる。
何をしても躱され、返される。
心臓の鼓動が異常に早くなり、自分が何をしているのか理解するのも難しくなってきた。
外側に散漫していく気を必死で自分の芯に集めた。
一発、せめて一発だけでも。
スリーの姿が近づいてきた。
もう餌のような、駆け引きの攻撃は打たない。
激しく叫び声を上げ、渾身の一撃をスリーの心臓目がけて叩き込んだ。
当たった。
間違いなく当たった。
手応えも感じる。
『だから何だ?』
打った右手を取られた状態で、肘の一撃が降ってきた。
間違いなく、確実に右腕前腕が折れた。
叫び声を上げる間もなく、スリーの蹴りがサスケの左肩を振り抜いた。
折れはしなかったが、肩は外れた。
更に膝下を横から蹴り払われた。
綺麗に折られたのがわかった。
サスケは立ち上がることが、もう出来なかった。
『お前はここに置いて行く。』
スリーの言葉を、サスケは薄れそうな意識の中で何とか耳にした。
『ここに残れば、お前の体は獣に処理されるだろう。それが嫌なら、自力で里に降りて来い。良いな?』
スリーはそれだけ言うと、非情にもサスケを置いて自分だけで里に降りて行った。
普通に歩いても十分はかかる林の中である。
この体では無理だと思った。
諦めよう、そう思うと不意に涙が溢れてきた。
嫌だ、諦めるのは嫌だ、悔しいのだ。
激痛と遠のく意識と、吐き気とが常にあったが、サスケはそれでも這い続けた。
襲われては頭突きで飛ばし、蹴り飛ばし、体当たりで突き飛ばすことを繰り返している。
相手の攻撃に力強さも感じないが、倒されても倒されても立ち上がってくる。
『やはり成長過程のまま止まっておるか。』
十人以上いるムラオサの誰かがそう言った。
成長過程という言葉が引っかかるが、とにかく
戦いの最中である。
一対一でやりあっても、おそらく自分より格上の者が、魔術を使って十人以上になっている。
緊張感を解くわけにはいかなかった。
『お主、自分の出自が気にならんのか?』
背後で何かが動く気がしたが、振り向くと誰も居ない。
守ろうと身構えるが、十人以上のムラオサの姿が見えなくなった。
白い霧の中で声だけが聞こえてくる。
『もし、おぬしが鳥人族なら、ヒヨコの外見のままになるのはおかしい。』
『鳥人族?』
近くに敵の気配だけは無いのを確認して、ピッキーはようやく口を開いた。
『話しくらいは聞いたことあるじゃろう?鳥の外見、翼と腕がある。無論、空も飛べる。おぬしには間違いなく鳥人族の血が流れておる。』
『知らんなぁ、聞いたこともない。』
『しかし、鳥人族はヒナの姿を経て、立派な鳥の姿になるのじゃが、お前さんはならなかったようじゃのう?空も飛べんじゃろ?』
『何が言いたい?』
ピッキーはいささか苛立った。
自分でさえよく知らない自分の生まれについて語られるのは、やはり良い気持ちはしない。
ましてや戦闘中に待たされる格好だ。
苛立つのも無理は無いが、相手の術中にだけは落ちないように、ぎりぎりのところで冷静さを保とうとしてもいた。
『混血じゃよ、おぬしは。』
聞き慣れない用語が出てきて、一瞬理解に苦しんだが、混血という単語をなんとか理解した。
『まぁ、後のことより、まずは』
直後、両方の羽を掴まれた。
見ると地面から腕が生えてきて、それが徐々に全身になり、ムラオサの全貌になった。
片方の羽を一人のムラオサが抑えている格好である。
音も無く目の前に現れたもう一人よムラオサが静かに言った。
『ちょっと痛いかもよ?』
両方の羽が千切られるような感覚があった。
耐えきれず悲鳴を上げた。
気がつくと、石造りの建物が並ぶ村の前に倒れていた。
『ドワーフの村に着いたぞぃ。』
慌てて立ち上がるとムラオサが居た。
両方の羽に違和感を感じる。
まさか千切られたのかと思い、一瞬冷や汗をかいたが、ちゃんと羽はあった。
『ん?羽が大きくなった?』
『少しだけな。頑張ったが、それ以上は伸びんかったわ。』
『伸ばしたのか?羽を。』
『ほんの数十センチじゃから、その羽を使って飛ぶとかは無理じゃろうが、人を殴ったり、ものを投げたりくらいの自由度は増したじゃろ?』
自分の顔の前まで余裕で羽が来ると言うのは初めての体験だった。
『じゃ、わしゃ帰るからの。』
『ちょっと待て。帰りはどうする?洞窟を抜けた記憶が無いんだ。』
『無いだろうよ。気絶してるお前さんを、わしがここまで運んで来たんじゃから。』
『だから、元の帰り道が』
『帰るつもりがあるのか?』
そう言われると、ピッキーも言葉に詰まってしまった。
『ま、帰らないなら、わし必要無いし。仮に帰ることになっても、たぶんなんとかなるから大丈夫。へっちゃらじゃ。』
胡散臭い老人の、胡散臭い発言と共に、ヒヨコ男は置き去りにされた。




