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東部戦線の開戦

シリウス帝国とサラーム教国の国境付近


東部戦線自体は何年も前から戦闘状態であるが、その殆どの日数が膠着状態である。


戦争が始まった当初は、オセローの電撃作戦が功を奏し、シリウス帝国軍が大きく東進したが、サラーム教国は魔術師団や魔法騎士団、機械兵団などを繰り出して猛反撃に転じた。


兵の数と質ではサラーム教国に分があった。


国境まで押し戻されたものの、すぐに拠点を固めて膠着状態を保てているのは総指揮官であるオセローの力量であった。


自国の魔術師をかき集めても敵の魔術師団には敵わないことを悟ったオセローは、自国の魔術師達には結界を張らせ、軍にも守りに専念させた。


八万の大軍の堅陣に、現在二十万に膨れ上がったサラーム教国軍も手が出せず、一年近く戦闘らしい戦闘は起きていない。


オセロー自身は、最前線に来れない状態が続いており、自分の代わりを派遣したいのだが、生憎なことに自分の代わりになる人材も居なかった。


しかし、この膠着状態がオセローやサラーム教国側双方共に想像しなかった形で打ち破られる日が訪れた。


報せを聞きつけたオセローは、馬を何頭も潰す程に急ぎ東部戦線の最前線に駆けつけた。


オセローが到着した時、自軍の左翼二万が敵の右翼五万に突撃をかけていた。


オセローは慌てて、自軍の中央と右翼も併せて前進させた。


敵右翼には魔術師団と魔法騎士団も数千ずつ配備されて居たが、この日は殆ど生身のはずの自軍左翼が、敵右翼に大きな亀裂を入れ、更にその亀裂から敵右翼を四つに割ると、異常な強さでその一つ一つを各個に砕いていった。


『中央と右翼は、それぞれ前の敵を押せ!押し切らなくても構わん!とにかく味方の左翼には死んでも近づかせるな!』


オセローが珍しく怒鳴り、味方も必死に敵を押した。


中央軍四万は敵中央十万にやはり押され始めた。


覚悟を決めたオセロー自身が中央の陣頭に立った。


中央軍を指揮していた将軍達は、敵の勢い以上にオセローが陣頭に来たことに驚いたが、オセローが剣を抜いて自ら敵に斬り込んだのを見て完全に凍りついた。


『全軍突撃だ!元帥閣下を死なせてはならん!突撃!突撃だ!』


味方と敵の境目に巨大な火柱が立った。


敵の騎士団が炎と共に吹き飛んだ。


『突き崩せ!』


オセローが鬼の形相で怒鳴る。


中央軍は大きく崩れたが、前軍と後軍を入れ替えて反撃に転じた。


前に出てきた後軍は機械兵団である。


鉄で出来た人型の兵器で、大きさも戦い方も様々な型式がある。


サラームの魔術師達が魔力を吹き込み、この傀儡が動いているが、硬く力強く、死なない分かなり厄介な敵である。


まず両腕に回転する何かが付いている機械達が回転体を動かす。


飴玉のような鉄球が雨のように降ってきて、次々に味方を倒していく。


オセローは自ら味方の最前に立ち結界を張った。


そこを目がけて、両腕に剣を装着している機械が徐々に近づいて来た。


『重装歩兵!』


オセローの一喝で重装歩兵部隊がオセローを囲むように陣を組み、巨大な盾で防壁を作った。


ぶつかった。


重装歩兵部隊の槍が、盾の隙間から機械兵の顔面を砕いていくが、機械兵団はお構いなしに押して来る。


オセローも奮戦するが、重装歩兵の脇を悠然と進んだ機械兵達が味方を崩し始めた。


しまった、と思った。


しかし、まず左後方が少しずつ前進してきた。


左を押し込んだ機械兵達の体が次々に四散していく。


『マクベス!』


居ないはずのマクベスが大剣を振るい、機械兵団の両腕と足を切り飛ばしながら歩兵を押し戻させている。


次に右に押し込まれたはずの味方が猛反撃に転じた。


上空を飛翔体が飛び抜けた。


『リアスまで!』


『よお、元帥。珍しく肉体労働か?』


無口なマクベスが笑顔で話しかけてきた。


『ここは良い!左翼に行け!』


『俺もそう思ったが、必要無さそうだ。お前の方が苦戦していたからな。貸しだぞ。』


『よく言う!今まで手伝いもしなかったくせに!』


『アムレートも来てるぞ。』


『なに!』


『右翼だ。』


リアスが上空から右翼を眺めているのが見えた。


『そんな所で高みの見物をするな、リアス!働け!』


マクベスが大笑いした。


『ほお、まだ元気が残ってるじゃないか、元帥閣下。その元気を他のことに使って欲しいですな。』


『貴様!』


そこで怒鳴るのを止めると、深呼吸したオセローが信じられない程の雄叫びをあげながら敵に斬り込んだ。


快勝だった。





帝国軍は退却するサラーム軍に対し、勢いが凄まじい左翼と、アムレートが加勢した右翼の猛追撃により六十キロ以上の後退を余儀なくされた。


元帥でありながら返り血塗れのオセローは、普段とは想像もつかないほど血走った眼で左翼に馬を駆けさせた。


『オセロー殿!』


アムレートが馬を飛ばしてオセローに追いついてきた。


『何故東部にお前がいる、アムレート!』


今日のオセローは近年稀に見る程に怒鳴ってばかりである。


『怒鳴らないでくださいよ、オセロー殿。私だって命令で動いたんですから。』


『嬉々として来たくせに、よく言う!』


アムレートが舌をだした。


左翼の陣に着くと、リアスもマクベスも既に居た。


そして、リアスとマクベスの前には皇帝シリウスその人が馬上に居た。


『陛下!』


オセローが皇帝に対して明らかに怒っている。


マクベスもリアスも下を向いて笑いを堪えている。


『最近、体調が良かったものだからな。』


皇帝シリウスは、赤い仮面を着けている。


無論、表情などわからないが、その口調が明らかに言い訳がましいことが、マクベスとリアスを、ある意味震えさせている。


『体調が崩れたらどうなさるおつもりか!そもそも、マクベス!お前もお前だ!陛下のお側に居たくせに、何故お止めしない!何故近くに居ない!』


『待て、元帥。俺は止めたが、陛下が行くと言われた以上、臣下としてだな』


マクベスは顔が完全に笑ってしまっている。


『ほう!なら、陛下のお側でずっと陛下をお守りするべきだろうが!』


『それは、あれだ』


マクベスが一旦深呼吸した。


『お前が苦戦してたから』


そこまで言って、結局マクベスは堪えきれずに笑い出してしまった。


リアスもつられて腹を抱えて笑っている。


突如、オセローが前のめりに倒れた。


アムレートが慌てて駆け寄って、オセローを抱き起こした。


『息はありますが。』


『あるだろうさ。寝てるだけだ。』


『寝てる!?』


『たぶん、また数日寝てないのさ。お前は初めて見るだろうが、俺もリアスも、もちろん陛下も何度も見ている。』


『戦場ですよ、ここ!』


『寝てない上にあれだけ動けば、普通なら死んでるさ。』


皇帝もマクベスもリアスも、もう誰も笑いを堪える必要は無くなった。


『久しぶりに来たが、やはり戦は楽しいな。体調が良い日はまたやろう。』


『陛下、オセローがまた倒れます。』


『やはり私が左翼など楽なところをやったからかな。オセローが中央で苦戦してしまった。次は私自ら中央に当たるか。』


『陛下、オセローが死んじまいます。』


三人がまた大笑いした。


アムレートは何も言えずに驚いている。


あの左翼の戦い方も、勢いも、強さも尋常では無い。


アムレートは用兵家としては帝国随一は自分だという自負があった。


それが、先ほどの戦闘で少しだが確実に揺らいだ。


そもそも、あの皇帝が戦場に出るということ自体聞いたことが無かった。


しかし、アムレートが到着した時、左翼の騎兵は縦横無尽に動いて敵を粉砕し、その戦闘に居たのは間違いなく皇帝シリウス自身だった。


『おう、アムレート。竜の上から見ていたぞ。お前もお前の部下も滅法強いな。』


リアスが誇らしそうな笑顔で言った。


リアスがこんな顔をするのも珍しい。


『調練中の兵士のうち、どのくらい連れて来た?』


『五千ほど。全て連れて来たかったのですが、騎兵のみしか間に合いませんでした。』


聞いたマクベスも少し意外そうな顔をした。


『五千であれほどの突破力か。麾下の将軍達は?』


『オートンとアーネストのみ付いて来れました。』


『麾下の将軍達も育っているようで何よりだな。』


リアスが何度も頷いている。


『アムレート。』


皇帝がいきなりアムレートに話しかけた。


『急に呼び出してすまなかったな。オセローとアムレートの両元帥のおかげで、私もだいぶ楽が出来た。』


『はっ!ありがたきお言葉です、陛下!』


『ただ』


皇帝は少し言葉を区切った。


『少し物足りなかったがな。』


皇帝はそう言うと笑い出した。


マクベスとリアスも笑っている。


昔はこんな日ばかりだったのだ。


マクベス、オセロー、リアスの三人も、若く明るく、目の前の日々をただ純粋に生きていた。


その純粋さを三人から奪ったのは、他ならぬ自分であるとシリウス自身は思っていた。


『また、笑いたいな。皆で。』


マクベスもリアスも、少し何かを思い出したのか、微かな笑みを浮かべた。


その笑みは、どこかに少し悲しげな何かを滲ませているようにも見えた。


『ところで、陛下。それに二将軍。いつまでもここに居ては、その、兵士達が気の毒かもしれません。』


アムレートの言葉に三人とも周りを見回した。


周囲の兵士達がひたすら堅くなって動けずにいた。


皇帝と四天王が戦場の最前線に揃い踏みしている。


今日の大勝利よりも驚くべき伝説の面々が目の前に居る。


皇帝が周りの兵士達に手を振った。


一瞬の間の後、凄まじい響めきが平原に鳴り響いた。


オセローは、まだ目を覚まさなかった。






気がつくと皇帝シリウスの仮面を被った顔が目の前にあった。


幕舎の中の寝台に寝かされていたオセローは、慌てて寝台から落ちそうになったが、皇帝自身がオセローを支えた。


『陛下。』


『すまなかった。お前には無理をさせてばかりなのに、今日は少しはしゃぎ過ぎたな。今後は自重するから許せ。』


『いえ、そんなことは。』


何故自分が寝ているのか、オセローはいまいち把握出来ていなかった。


『倒れたのだ。寝ていなかったのだろう。』


『倒れた?そうでしたか、元帥としてあるまじき失態でした。』


『そんなことはない。普通の人間なら死んでいてもおかしくない。無事で良かった。』


東部戦線はこの勝利でしばらくは保つだろう。


オセローは、皇帝シリウスの力が無ければそこまでの戦果をあげられなかった自身の非力に臍を噛む思いだった。


『今日は運が良かった。戦の流れも皆の奮戦でこちらに傾いた。それだけのことだ。』


皇帝が自分の内心を読んだかのように言った。


オセローは黙って頭を下げた。


『気分はどうだ?』


『はい、大丈夫です、陛下。』


オセローの調子が回復してきたのを確認した皇帝は、懐から何か包みを取り出した。


『これが本当に届いたのか?』


皇帝が包みを開くと、古い旗が折り畳まれていた。


ガノンドルフの旗である。


『面目次第もございません。』


『何を謝ることがある、オセロー。』


『ガノンドルフを、私は討ち漏らしていました。』


皇帝が仮面の内側で溜息をついた。


『私、リアス、マクベスの三人が居ながらにして、討ち漏らしてしまいました。』


『謝る必要はない。』


『しかし』


『私はむしろ、少し安心したのだ。』


皇帝の意外な言葉に、オセローは少し驚いた。


『あの男が私とけりをつけたがっている。二十六年前、もしお前達がガノンドルフを討っていたら、私自身がけりをつける機会を永遠に失っていたかもしれん。』


オセローが少しうなだれた。


『それとは別に気になることがある。サラームの国境を越えたあたりから、私の体に力が漲り続けている。』


『力が、ですか?』


『もしかすると、このサラームに居るのかも知れぬな。』


『居る?陛下、それは』


『そのまさかだ。』


皇帝が口にしたことが、もし本当であれば、それがいかに危険なことなのかをオセローは誰よりも理解していた。


『陛下、今すぐ帝都にお戻りください。もし陛下の予想が正しければ、ここは非常に危険です。』


『そうだな。しかし、まさかサラームとはな。』


『東部戦線は押し込んだ現在の状態で膠着させ、軍事的な行動は南を中央に行うべきかと。』


『サラームを捨て置くわけにもいくまい。』


『忍びを動かします。』


皇帝はオセローの諜報機関があまり好きでは無い。


正々堂々と戦い、そして勝つというのが皇帝の価値観で、暗殺や陰謀による勝利を是としない部分がある。


しかし、その価値観のみでは限界があるのを悟っているのも、やはり皇帝自身である。


少し前にサラームで政変があった。


長年サラームを支配してきた二大派閥が、救世主と呼ばれる男が率いた新派に政権を奪われている。


『救世主の暗殺か。』


『恐らくは、その救世主こそが陛下の天敵となり得る男かと。』


皇帝は大きく溜息をついた。


幕舎を出る前に皇帝はすまぬ、とだけ言った。


オセローは久しぶりに心に痛みを感じた。






サラーム国内は敗戦の報せにまず混乱したが、首都で騒ぎが治まると、各地での混乱も次第に収束した。


これまで二大派閥が支配していた教国を、いきなり現れた新派が支配したが、権力を完全に掌握する速度は周囲の想像を遥かに超えていた。


二大派閥の重鎮達が秘密裏に粛清され、大獄と呼ばれる騒ぎにより、政府や行政内よ二大派閥構成員達は、容赦なく捕らえられ牢に入れられた。


本来、行政に関わる者が軒並み逮捕されれば政治は一気に混乱するが、救世主の選んだ重鎮達は即日行政を掌握し、それを健全に運営していたため、その順調さがむしろ異常な程であった。


救世主は新たな教皇として君臨し、ネブカドネザルと名乗った。


教皇ネブカドネザルは、教国の歴史上類を見ない程に宗教的な存在感を発揮することになる。


この男は、死を超越しているという。


三年ほど前に突如としてサラームに現れたこの男は、少しずつ弟子を増やしていき、サラーム各地を回った。


その際、彼は何人もの死者を復活させたという。


噂は広がり、その噂が広がった地域でも彼は死者を蘇らせた。


瞬く間に信者を増やした彼は、いつしか救世主と呼ばれ、身分の差を問わず彼の信者は増えていった。


サラーム教の二大派閥は、本来対立関係にあったが、救世主に対しては手を組み、ついには彼を亡き者にするために軍を派遣した。


しかし、派遣した軍までもが救世主に従い、ついに教皇を交代させてしまった。


教皇ネブカドネザルとして君臨し、権力の全てを掌握した男が本気で動き出すまでには、まだしばらく時があった。

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