決意
シリウス帝国南部 幽霊城
ガノンの口から語られた二十六年前の真相は、あまりにも帝国が発表している歴史とは違い過ぎたが、しかしその説得力には凄まじさすらあった。
『逃げ延びて、その後で挙兵しようとは思わなかったのかい?』
カレンの問いかけに、ガノンは力無く首を横に振った。
『わしは、今でもそうじゃが、リーファの死を引きずっておる。当時は逃げ延びることに精一杯で、とてもそこまでする気にはならんかった。それに』
ガノンがさらに悲しく視線を落とした。
『友の敵を討つどころか、逃げることに必死だったとき、帝国がわしの戦死を発表した時は、安心すらしてしまった。なんと、卑怯で浅はかな男だろうと、自分でも思う。それがガノンドルフの真実じゃ。どうか、わしをなじってくれ、見下して軽蔑してくれ。本来のわしは、生きている価値すら無い男なのじゃよ。』
机に両手をつき、頭を深々と沈めるガノンの瞳からは間違いなく涙が流れていた。
『その後のことは、皆も知っての通りじゃ。皇太子だったシリウスは、リーファを裏切って殺害した三人の協力のもと皇帝として即位し、共和制を廃止。この国は内戦を経て、今度は大陸を支配するための戦争を始めた。』
『リーファ元帥と部下の三人は仲が悪かったのですか?』
珍しくニナが聞いた。
『いや、そんなことはない。リーファ、マクベス、オセロー、リアスは間違いなく友情に近いもので結ばれていたはずだった。わしには今でも、あの三人がリーファを裏切って殺したというのが理解できん。』
『二十六年間、何故もっとまともな偽名を使わなかった?』
ケベックが質問したことは、皆が確かにと言いたいことだ。
本当に身を隠して雌伏するなら、もっとまともな偽名を使うはずだ。
ガノンドルフが名前を縮めただけで、何故二十六年もガノンドルフが生きていることを感知出来なかったのかも不思議な話しだった。
『まともな偽名を使わないからこそ、気がつかなかったのだよ。』
『ガノンドルフという名は珍しいが、ガノンという名前なら、イーリス公国ではありふれた名前だからな。』
ケベックも割と会話に参加はしている。
お互いに信頼関係は無く、会話に入ってくることに辟易もするが、うんざりする程しゃべるわけでも無い。
『逃げ延びて、今日まで挙兵しなかったのはここに居る人間達もわかっただろう。問題は、何故今更やる気を出したのか、ではないかな。右腕を貴様に飛ばされた私としては、それくらいは知ってから出ていきたいと思う。』
『わしも六十を超えた。先日まで名前や身分を偽り、傭兵稼業で生きてきた。なんとか生き延びてきたが、いずれは死ぬというのはこの歳になると嫌でもわかる。せめて、思い残すことは無くしておきたいと思った。』
『随分勝手じゃないか!』
カレンが机を叩き怒鳴った。
『あたしも闇で商いをするから他人のことは言えないけどね、あんたの人生最後の思い出作りのために、これから大層な人数が死ぬことになるんだ!』
『そうだな、その通りだ。』
『いかれてるわ!』
『言い訳はせん。今日、皆にこの話をしたのは、今ならまだ間に合うからじゃ。』
『間に合う?』
ロッカはまた話の筋が見えなくなりそうだった。
『わしは先日、オセローに手紙を送った。わしが生きている証拠と共に、今頃はオセローの元に届いているだろう。オセローは間違いなく、可能な限りの戦力を使って、わしを討ちに来る。』
『なんてことをしてくれたんだ!』
ビッグも立ち上がって怒鳴った。
『帝国が賊を討伐するために数百寄越すのと、俺たちを地上から消すために大軍で来るんじゃわけが違う!何万もの大軍で攻めてこられたら、俺らはひとたまりも無いんだぞ!』
『だが、今日か明日に攻めて来るわけでは無い。もし怖いなら、いや、こんな言い方はいけなかった。わしに巻き込まれることは無い。わしは、この城で奴等を迎え討つ。巻き込まれる前に退去してくれ。』
もはやカレンもビッグも押し黙ってしまった。
ケベックは下を向いて笑ってしまっているし、ロッカは天を仰いでいる。
『攻めてくるなら、迎え討つだけのこと。有利なのはこちらだ。』
顔色ひとつ変えずに言ってのけたウォルフに全員が無論驚いたが、最も驚いたのはガノンだった。
『ガノン殿。いや、ガノンドルフ元帥。この城の頭領は私です。相手が討伐軍であろうと、四天王であろうと、この城に攻めて来る以上は目的が何であれ私の敵です。』
『いや、しかしウォルフ殿』
『そのために、こちらとしてはより早急に準備を整える必要がある。ビッグ、地下牢で休んでる間に仕事が溜まってるぞ。』
『正気かよ、ウォルフ。』
『もちろん。お前達と組んでなら正気だった時は無いさ。』
『ウォルフ殿。』
それまで無口だったアフレックが口を開いた。
『悪いが、俺もエラも追われる身で居場所が無い。俺達を狙ってくる連中も来るかもしれんが、俺達も城に残って良いか?』
『残るのは良いが、仕事は振るぞ。ビッグが三日もさぼったからな、人手が足りない。』
会議室が一瞬で笑いに包まれた。
ガノンは頭を抱えてしまっている。
『おめでたい連中だ。』
ケベックが不敵な笑みを浮かべながら呟いた。
『そういうあんたはどうすんだい、元頭領。話しが終わったら出ていくんじゃなかったのかい?』
ロッカの質問にケベックは立ち上がって会議室を出ようとした。
しかし、出る直前に立ち止まって再び不敵な笑みを浮かべた。
『お前等のような馬鹿の末路を見てみたくなった。それまでは残る。』
『末路を見届けるまで居たら、あんたも死ぬと思うんだけどな。』
『どうせ、死にぞこなって生きているだけだ。お前達が無惨に死ぬのを見てから死んだ方が、俺も気分良く死ねそうだ。せいぜい無様に死んでくれ。』
ケベックに続き、エラとアフレック、ニナも一階の診療所の準備のために戻っていった。
『本当にやるのかよ、ウォルフ。もし帝国軍が本腰を入れてきたら』
『入れてきたらじゃなく、入れてくる。これは間違いない。』
『ウォルフ殿、さっきはあんなことを言っておったが』
『城の改築を進めれば、落ちないようにはなるでしょう。問題はそこじゃないのですよ、ガノン殿。』
『あ、なんか嫌な予感が』
『なんだよ、ロッカ。』
突如、話しを遮ったロッカにビッグが話しかけたのは、ビッグ自身も更に嫌な予感がしてきたからだった。
『守るのが問題じゃ無いなら、攻める時って兄貴なら言いそうで。』
『うん、そうだな。』
ウォルフは何の引っかかりも無く言ってのけたが、聞いていた面々の認識は死ぬかもしれないという認識から、たぶん死ぬという認識に大きく舵をきった。
ガノンとしては、先程の会議室で自分の巻き添えになる人間を減らそうと試みたはずであった。
ところが、ウォルフの一声で流れが真逆に変わり、巻き添えどころか全員が巻き込まれるために飛び込んで来てしまった。
ビッグやロッカなどは、嫌々な顔をしてはいたものの、会議室を出ると各々の仕事に奔走し始めてしまったし、反逆とはまでは行かなくとも面従腹背くらいはやってきそうなケベックですら、ニナに薬草やら応急処置の仕方などを教え始めた。
利き腕が無いケベックは、言葉での説明が難しい時などは、横になったアフレックを実験台にしてまで応急処置の注意点を説明していたが、あれは素直に横になる方もどうかしている。
アフレックも、追われているとはいえ、平然とこの城に残ると言い出してしまったし、カレンに至ってはあれだけ文句を言いながら、自分の商いに関わると言って、あろうことか城内の部屋を勝手に一つ占拠してしまった。
カレンの言葉はガノンの胸にしこりを残した。
自分の願望のために、多くの人間が死ぬことになる。
武人として、常につきまとい無視出来ない現実である。
戦はどんなに上手にやっても、人が死ぬ。
自分という存在は、結局いつも無数の死体の上に立っている。
ひょっとすると、その罪悪感が自分の中にあったからこそ、この歳まで家族を持たなかったのかもしれない。
軍に入ってから、戦しかすることが無い人生だった。
他人が見たら、救いようが無い人生だと思うだろう。
そんな人生でも、最後の望みが二つだけあった。
二十六年前の因縁に終止符を打つことと、せめて名のある相手と戦って死にたいということだ。
一つだけ疑問が沸いた。
ウォルフと立ち合った時、何故ウォルフは自分を殺そうとしなかったのだろうと。
『あんたも馬鹿だねぇ!そんな計算で物を動かしてたら利益なんてあがんないだろ!』
『利益はあげなくて良いんだよ!金を使うのが仕事なんだから!』
『いくら使うのが目的でも、そんな勘定でやってたら帝国軍が来る前に金が無くなっちまうよ!』
『お前ががめつすぎるんだよ!』
『甘いこと言うな!そんなんだから店一件潰れるんだよ!』
『潰れてねぇよ!』
『あたしが潰さなかったんだよ!』
『だから、乗ってた船が沈んじまったんだから仕方ないだろうが、それは。』
『ま、いいさ。あんたが居なくなったおかげで、我がカレン商会は規模も売り上げも好調過ぎて休む暇も無いからね。』
『おい!カレン商会って、俺の名前消しやがったのか、お前!』
『消したさ。行方不明で生きてるか死んでるかわからんような男の名前は。』
『ロッカ!笑ってないで、この女どうにかしろ!仕事の邪魔だ!』
夫婦喧嘩というものを間近で見て、ロッカは文字通り腹がよじれる程に笑っていた。
『この女って、兄貴の奥方でしょう。』
『奥方?奥方ってガラかよ、こいつが!』
『はぁ!?あんた、また診療所送りにされたいのかい!』
『あ、やるなら二人で勝手にどうぞ。俺は戻りますんで。』
ビッグが何か言おうとしたが、笑いすぎて喉がおかしくなる前に素早く退散した。
牢から戻って、毎日あんな状態である。
喧嘩ばかりしているので、物が流れなくなるのではないかと心配していたが、物は相変わらずしっかり流れている。
ロッカは賊などやっていたが、実はイーリス公国の下級貴族出身である。
下級貴族ではあったが、そこそこ裕福な環境で育ち学校も出ている。
馬術は遊びとして嗜んでおり、整った顔立ちもあり、兄弟達同様に社交界に出れば、華のある生活も出来たはずであった。
しかし、ロッカは不良の道に堕ち、気がつけば些細な喧嘩で人を殺めてしまった。
素直に家族に相談すれば、金で解決してくれたのだろうが、反発心旺盛なロッカのプライドはそれを許さなかった。
自分の始末は自分でつけたかった。
結局家族に別れも告げずに逃亡し、西側諸国を放浪した後にシリウス帝国に入り、そこでも不良青年として悪事に明け暮れた。
しかし、女にだけは危害を加えなかった。
悪事を好んだし、人を殺すことに対しても何の感情も抱かずに出来るようになってしまったが、女性にだけは紳士であった。
そんな日々を送っていたロッカは、その日も些細なことで因縁をつけ、流れ者相手に喧嘩をした。
完膚なきまでに打ちのめされた。
それが悔しくて、翌日もその男を見つけて挑んだが、やはり負けた。
その翌日、さらに翌日と連日のように殴り倒され続けた。
七日目に負けた後、動けないところを捕らえられた。
知事の女をロッカが寝取ったことへの報復だった。
死刑の判決を受け、町の中で縛り首にされそうになった時、兵士達を蹴散らしてロッカを助け出した者がいた。
あの流れ者だった。
ロッカは何故自分を助けたのか男に尋ねた。
特に理由は無いが見て見ぬふりは嫌だったからだ、と男は答えた。
その男がウォルフだった。
絞首刑にされて終わるはずだった命が、ウォルフのおかげで続いているのだ。
どうせ人間はいつか死ぬ。
それならば、生きている間はウォルフのやることに付いていくのも面白い。
ロッカはいつしかそう思いながら生きるようになっていた。
しかし、そう思う度に胸騒ぎもするのだ。
ウォルフはいつも自分の想像を超えていく。
それが、極みに達した時、ウォルフも自分も今まで通りの人間で居られるのかと。
新しく城に入ってきた連中は勿論だが、城に住む古参の者達も自分に声などかけてこない。
薄情だとも思うが、それはエルフも人間も同じようなものだし、そもそも他人に期待したことなど無いのだから、人が寄りつかないのは鬱陶しさが無く、むしろ過ごしやすかった。
ケベックは、サラーム教国にあるエルフの森出身である。
幼少の頃は周囲が期待するほど物覚えが早く、活発だった。
それが青年期に入ると、悪い方へとずれ始めた。
エルフこそが最も賢く、最も強い種族なのだから、自分達の種族こそが国や世界を牽引するべきなのだと思い始めた。
同時に、サラーム教国においても政の中心に居る人間を嫌悪した。
賢くもなく、強くも無い者に支配されているという思いが、ケベックの内面の暗く黒いものを膨張させていった。
それが暴発し、悪事に走るようになると、ケベックはエルフの恥と呼ばれるようになった。
憎悪は同じ種族であるはずのエルフにも向くようになっていった。
何故賢く強いのに、人間中心の社会に甘んじようとするのか、中心の座を奪いにいかないのか理解が出来なかった。
ある日、近くの村に居た人間の娘を捕まえて、力づくで自分のものにした。
前から顔は知っている女だったが、何故か気にくわない女だと思っていた。
翌日、女が自殺したことを聞いた時、急に涙が溢れ出し震えが止まらなくなった。
気がついてしまった、自分が人間の娘に恋をしてしまったことに。
悪事を働き続けるケベックは、ついにエルフの長老達により森から追放されたが、直後に自分から様々な力が失われていくのを感じた。
腕力は低下し、魔力も失われ、そして性欲が無くなった。
森の庇護を失ったことが原因だった。
森から離れ、あらゆる能力の低下に戸惑ったが、記憶したことと弓の腕前は失わなかった。
なんとかシリウスに流れ着いた後は、頭脳と弓の腕で賊の首領になった。
周辺の賊に打ち勝っては併合し、幽霊城に住み着いてからは、帝国の討伐軍も打ち払った。
失った力や欲に反して、強くなってしまったものもあった。
権力欲と保身への強すぎる拘りだった。
いつしか、自分の脅威になるかもしれない者は粛清するようになった。
しかし、それとガノンドルフに右腕を斬り飛ばされ、全てが終わった。
以降、この世に執着も未練も無いが、自分を負かした人間が斃されるのは見ておきたい。
本当なら連中に協力などしたくないが、地下牢にただ居るのも暇を持て余し、退屈なのだ。
それならば、診療所くらいは手伝っても良いとまだ思える。
それに一緒に働くのもニナやエラだ。
味方とも思わないが、あの二人なら男共と違って敵とも思わない。
ケベックは、診療所で働きながらも夜は必ず自分の足で地下牢に戻って寝た。
最早、誰もケベックを囚人とは思わなかったが、ケベック自身は診療所を手伝ってやることとウォルフ一党として生きることを分けて考えていたし、自分が敗れた後にあっさりとウォルフ一党に加わった五百の元手下への複雑な感情が自分を地下牢に向かわせた。
地下牢に行く途中、必ず大きな石の前を通る。
ウォルフ一党との戦闘で死んだもの達が、その石の下に眠っているらしい。
ドロスもいると言う。
生きているときは、力が強いだけの頭の悪い部下としか思わなかったが、居なくなってからは何故か毎晩思い出す。
大きな石の前には、毎日新しい花が備えてあった。
誰が備えているかは知らなかったし、知らないようにしていた。
その日の夕方、ニナとエラが石の前に居た。
二人とも、新しい花を持っていた。
足早に通り過ぎ、見ないようにした。




