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ガノンドルフ

シリウス帝国南部 幽霊城


ウォルフ自らがカレンを取り調べると言って、小屋に入っていった。


赤毛の体格の良い女だと思った。


先日城を出たスリーという男より、カレンの方が身長は高い。


椅子に座らず、腕組みをして部屋の隅からウォルフを睨みつけている。


『何故、あんなことをした?』


相変わらずカレンは何も答えない。


『ビッグとは夫婦だそうだな?何故あんな真似を?』


やはり答えは無い。


ウォルフは頬のあたりを指で掻いた。


『質問を変えよう。何故、殺さなかった?』


カレンの頬のあたりがぴくりと動いた。


『ビッグに捨てられて、殺したいほど憎かったはずだ。なのに、殴りつけるだけで殺しはしなかった。剣を二振りも持っていたのに、殴るだけで剣を抜かなかった。剣を抜いたとしても、ビッグは抵抗しなかったはずだ。』


カレンの目つきが明らかに鋭くなった。


ウォルフはカレンの目の前に立った。


『まだ愛しているからだろ?』


カレンの平手が飛んできたが、ウォルフはその手を摑んだ。


荒療治が必要だと思った。


『あたしの心境を知ったように語るんじゃ無いよ!覚悟は出来てんだ!煮るなり焼くなり好きにしな!』


『ほう、好きにして良いのか。』


ウォルフは摑んだ手を巻き込むように、綺麗にカレンを投げた。


床に背中から叩きつけられたカレンは、一瞬息が出来なくなった。


ウォルフは右手で強くカレンの口を塞いだ。


『好きにして良いと言ったのはお前だ。覚悟も出来てるらしいな。気の強い女は嫌いじゃない。お前の体と顔に用がある。』


口を塞がれたカレンが何かを喚きたがって居るが、もがくことしか出来ない。


ウォルフの左手が、カレンの服の上部分を摑んだ。


みりみりという音がした。


カレンの目端に涙がみえた。


ウォルフが微かに笑みを浮かべた。





『見せたいものがあるって、何だ?カレンはどうした?』


だいぶ顔の腫れがひいたビッグを連れて、ウォルフは地下に降りた。


幾つかある地下牢の一番手前の牢まで来た。


牢の中は、置き場がない物資が山積みにされている。


ウォルフが牢の奥を指さした。


ビッグには暗くてよく見えないため、牢の奥まで歩いて行った。


物資の陰に縛られて倒れている人間がいる。


顔に麻の袋を被せられているが、生きている。


まさか、と思って袋を取ると猿ぐつわを噛まされたカレンの顔があった。


明らかに怒り心頭だ。


がちゃんという音がして入り口を見ると、ウォルフが牢の扉を閉め、鍵までかけている。


『ウォルフ!』


『二人とも、そこで仲良く頭を冷やせ。ついでに仲直りもしておけよ。』


『てめえ、謀りやがったな!』


『お前の女房だろ。男は守ると決めたら、ちゃんと女を守らないと後悔するらしいぞ。』


ウォルフがビッグの叫びを無視して立ち去ろうとしたが、再びこちらを向いた。


『言い訳は認めん。』


ウォルフが高笑いしながら地下牢を去って行くのを、ビッグはどうすることも出来ず、呆然と見送った。





『それで、地下牢に閉じ込めてしまったのですか?』


話しを聞いたニナは、すっかり目を丸くしている。


『あの二人のことは、あの二人以外に解決出来ないからね。』


ニナが淹れた薬草の茶を、ウォルフは涼しい顔をしながら飲んでいる。


『それより、地下牢に入れているエルフをこの診療所で働かせたいと、ビッグに詰め寄ったらしいね。』


別に責めているような口調では無いが、ニナもそれが受け入れられ難い要求だと言うことはわかっているだけに、肩肘に少し緊張が走った。


『アフレックの様子はどうだい?』


『あ、はい。アフレックさんは、だいぶ回復が進んでいるようです。私達とは明らかに回復する速さが違うので、正直びっくりしています。』


アフレックの武技を、ウォルフはまだまともには見ていない。


しかし、おそらく自分と互角以上にやるのかもしれないという気はする。


『ケベックは、地下牢のエルフは、素直にここで働くかな。』


『話しをしたのです、何度か。』


『ほう。』


ニナのことだ。


地下牢にまで、自ら食事を運んでいたのだろうが、ケベックがニナと話しをしたのが意外だった。


『あの人は、薬草や簡単な医術の心得はあるようなのです。その薬草のお茶も、ケベックさんに教わったものです。それに』


『それに?なんだい?』


『エラが心の病であることを、一瞬で見抜いたのです。会って本当に五秒ほどで。』


『心の病か。』


茶をすすりながら考えた。


牢から出たケベックが反抗する可能性や、何かしらの工作をする可能性、ニナやエラに危険を及ぼす可能性、色々と考えた。


『アフレックにしばらく護衛を頼もうか。』


『護衛?』


『うん、君とエラの。ケベックと一緒に働くなら、一応護衛はつけないとね。』


ニナの表情が明るくなった。


その表情の移り変わる様子が、ウォルフは好きだった。





三日間も閉じ込められ、夫婦共にあまりの怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら牢から出ると、真っ先にウォルフを探して城の中を歩き回った。


ウォルフは城門の近くに居た。


『ウォルフ!てめぇ!』


ビッグは走ってウォルフに近づくと、そのままの勢いでウォルフを殴った。


ウォルフが派手に飛んだ。


なんとか立ち上がろうとしたウォルフに、今度はカレンの跳び蹴りが背中に入ってまた倒れた。


『立ちやがれ!ウォルフ!どうせ、大して効いちゃいねぇだろうが!』


ビッグがそう言うと、ウォルフは恥ずかしげに笑った。


もっと痛めつけてやりたかったはずだが、二人とも渾身の一撃を放ったことで、何故か少し冷静になってしまった。


『ご両人共、気は済んだかな?』


ウォルフが衣服に付いた土を払いながら立ち上がった。


『済んじゃいねぇが、お前、何で避けなかった?』


『ガノン殿が俺達に話しがあるそうだ。頭に血が登ったまま、会議という訳にはいかないからな。』


『可愛げの無い坊やだね!』


『カレン殿も同席して欲しいと、ガノン殿が言っていた。二人とも、飯の後で良いから会議室に来てくれ。』


何事も無かったかのようにウォルフは歩いて行った。


『なんだい、ありゃ。白けちまったよ。』


『あれがウォルフだ。俺もいまいちわからんよ、やつのことは。』


『ジョシュア!あんた、そんな得体の知れない奴とよく組んでたね、あたしを置いて!』


『舟が沈んじまったんだから仕方ねぇだろ!』


『あ、ところでビッグ。』


ウォルフが振り向いてこちらを見た。


『ビッグで良いのか?ジョシュアじゃなく。』


『てめぇ、ぶっ殺す!』


ビッグことジョシュアが、また走って行って渾身の一撃を放ったが、今度は躱された。






会議室には、ウォルフが首座に腰掛け、ロッカ、ビッグ、カレン、ニナが座ってガノンを待った。


周辺の巡邏を終えたガノンは、何故かアフレック、エラ、ケベックまで連れてきた。


『おい、ガノン殿。エラやケベックは流石に』


『エラをケベックと一緒に置いとくわけにはいかんしな。しかし、アフレック殿には聞いておいて欲しいことじゃ。』


『なら、俺を地下牢に戻せば良い。』


ケベックが誰も見ずに言った。


『そうだ、そりゃあいい。』


ビッグが立ち上がってケベックの方に向かおうとしたが、ガノンが間に入った。


『ケベック。わしが今から話すことを聞いたら、怖じ気づくかもしれんが、もし怖かったら聞く前に城を出て構わんぞ。』


『ありがたいな。なら、せめてもの礼儀に話しを聞いてから出ていくとしよう。』


ニナが困ったような顔をしたが、ガノンが手でニナをなだめた。


ガノンは全員が着席したのを確認してから、話し始める前に大きく息を吸い込んだ。


『まず、詫びねばなるまい。わしの名をガノンと呼ばせていたが、まだちゃんとした名を名乗っておらんかった。』


『ちゃんとした名?』


ロッカが首を傾げた。


『正しくは、ガノンドルフという。それがわしの名前だ。』


一瞬の静けさがあった後、カレンが笑い出した。


『なるほどねぇ。つまり、あんた共和派か。』


『なんだ、そりゃ?』


目を細めて考えを巡らすビッグがカレンに問いかけると、カレンが席から立ち上がった。


『この帝国では、かつて共和派が帝政から共和制に政権を戻すために、あちこちで暴れ回ったのさ。その時、幾つかの共和派の集団が、死んだガノンドルフ元帥の名前を騙って戦ってたんだ。つまり、あんたは共和派の生き残りってことだろ。』


明らかに白けた表情のカレンの言葉に、ガノンは少し寂しそうに笑った。


『死んではおらんよ。ガノンドルフ元帥は、名誉の戦死すら遂げられず、おめおめと逃げ延びたのじゃからな。』


嘘にしては重みがある一言だった。


『嘘だ!』


カレンはそれでも吠えた。


しかし、動揺したからこそ怒鳴ったことは誰の目にも明らかだった。


『ガノンドルフは乱戦の中で行方不明となり、後に戦死と公表された。死体が見つからなかったからな。』


ガノンはそう言いながら天を仰ぐかのように天井を見上げた。


『共和派が擁した多くのガノンドルフは、皆が皆、血路を開いて包囲を突破したと言った。共和制を再び復活させるために、生き延びたと力説した。だがな、本物のガノンドルフ元帥の話しはそうでは無いのじゃ。そんな、格好の良い話しは欠片も無い。あるのは、卑怯と臆病と裏切りの話しなのだからな。』


目の前の老人がガノンドルフ元帥なのかどうかはわからない。


しかし、少なくとも、この老人は間違いなく計り知れない後悔と苦しい過去を抱えている。


『聞かせて頂けますか、元帥。あなたの話しを。』


ウォルフが立ち上がってガノンに言った。


ウォルフはガノンを信じた、それは全員に伝わっていた。


ガノンは再び大きく息を吸った。


『シリウス共和国にとって最後の夜、帝都で反乱があった。これは間違いない。しかし、帝国が公表したあの夜の真相と、わしの見た真相は大きく異なる。反乱を起こしたのは、おそらくベック元帥では無かったからじゃ。』


ビッグが慌てて立ち上がった。


『おそらく?いや、ちょっと待てよ、ガノン殿。ベック元帥が反乱を起こしていないと、あんた何故言い切れるんだ?』


『ベック元帥は、その少し前にわしの親友キーファ元帥を激怒させて殺されかけておる。元帥府包囲事件と呼ばれているが、その時のショックが元で、精神の均衡を著しく欠いておった。』


『だよな。だから、あの夜ベック元帥は発狂したまま反乱を』


『あの事件以降、ベック元帥に兵権など無かったわい。』


『兵権が、無い?』


『兵権が無い発狂した男に、どうやって帝都を火の海にするほどの反乱を起こせると思う?そもそも、元帥とはいえ精神の均衡に不安要素が多い人間に、国家が兵権を与えると思うか?』


自分達が知っている歴史が、目の前で崩れていく。


会議室にいる面々の興味は、もはや嘘で塗り固められた歴史ではなく、その先にあるものに移り変わっていった。


『わしは陰謀に加担した側では無い。だから、陰謀に関わった者の全員を知っているかと聞かれたら自信はない。ただ、少なくとも四人はわかっておる。』


『その四人とは?』


『オセロー、リアス、マクベス、そして当時皇太子だったシリウス。』


『皇帝シリウスと帝国の四天王・・・これは、また大物の名が。』


ロッカなどは圧倒されてしまっている。


『あの夜、わしは郊外で暴動の気配があると聞き、手勢を率いて自ら鎮圧に向かってしまった。本来なら部下に任せなくてはならんことだが、発狂しているベック元帥との無意味な会話に疲れ果て、少し解放感が欲しかったのじゃ。郊外をくまなく捜索したが、暴動の気配は無く、わしは適当に帰ろうと思っておったが、突然皇帝陛下の居城から火の手があがった。』





二十六年前 シリウス共和国帝都 深夜


ガノンドルフの部隊が到着した時、既に皇帝の居城は炎に包まれていた。


ガノンドルフは部隊長のコーエンに命じ、周辺住民の避難を誘導させた。


その直後、ガノンドルフは炎の後ろに飛翔体を見た。


『リアス!』


飛翔体は元帥府に向かって飛び去っていこうとしていた。


ガノンドルフは部隊を戻すべきか迷ったが、結局は自分の護衛のみを引き連れて元帥府に急ぐことにした。


元帥府までは馬で五分程の距離であったが、既に大火の様相を呈し始めていたため、混乱する人混みにより馬は思うように進めず、元帥府に到着した時には、やはり元帥府も火の海であった。


ガノンドルフは護衛数人に生存者の救助を命じると、自らはリアスを探した。


『生存者が、リアス将軍が郊外に向けて飛び去ったと言っております。』


『ベック元帥は御無事か?』


『いえ、リアス将軍自らの手で討たれたとのことです。』


ガノンドルフは五人の護衛のみを連れ、再び郊外に馬を走らせた。


この時、元帥府にいた生存者が生きていればガノンドルフは汚名を被らずに済んだかもしれない。


しかし、唯一の生存者はこの数時間後に息を引き取ったのが、ガノンドルフの不幸であった。


郊外に出た瞬間、何者かに行く手を遮られた。


『マクベス!』


無事か、と問いかけようとしたが、殺気が肌を刺した。


マクベスは既に背中の大剣を抜いており、目には必殺の意思をたぎらせていた。


自分を守ろうとする護衛を、ガノンドルフは手で制した。


『お前達では無駄に死体が増えるだけだ。目当ては俺か?マクベス、誰に頼まれた?』


マクベスは何も答えなかった。


『リーファ元帥か?』


容疑者として口に出したく無い親友の名を、ガノンドルフは悲壮な気持ちで口にした。


『リーファ元帥と話しをさせてくれ、マクベス。俺ならリーファを止められる。俺はこの身に代えても、リーファを守ってみせる。頼む、マクベス!』


『既に手遅れなのです、元帥。』


ようやくマクベスの口が開いた。


『リーファ元帥は、もうこの世にはおりません。私が斬りました。』


ガノンドルフの脳内で、何かが切れる音がした。


ガノンドルフとマクベス、剣の腕はマクベスに分がある。


しかし、親友を殺害した相手を、しかも裏切りによって殺害した相手に対して、ガノンドルフの剣も凄まじく、この日は帝国最強の剣士であるマクベスを相手に互角の戦いを繰り広げた。


そして、ガノンドルフの剣がマクベスの大剣を折った。


大剣を折られたマクベスは、副武器としていた剣を抜いて戦ったが、怒りに燃えるガノンドルフの剣がマクベスに対して優勢になり始めた。


突如として、マクベスとガノンドルフの間に炎が降ってきた。


決着がつかないことに苛立ったリアスの乱入だった。


更に、森の中から矢の雨が襲いかかった。


オセローも指揮する手勢が放ったものだった。


ガノンドルフと護衛の兵士は必死に戦ったが、ついに護衛を全て討たれたガノンドルフは血路を開いて逃げざるを得なかった。

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