斬鬼アフレック
シリウス帝国南部 幽霊城から東に二十キロ離れた森
道らしい道も無い、幽霊城から東に離れた森にアフレックは居た。
もう、森に籠もって一ヶ月近く経つ。
スリーが旅立った数日後に、堂々と幽霊城から徒歩でこの森まで一人で歩いた。
途中から監視されている気がした。
アフレックは森に入ってから、監視を躱すように動いた。
食は森の中で獣や蛇を飼って繋いでいる。
水はなるべく上流の滝の上から取るようにした。
寝るのは必ず屋外にした。
雨の日だけ洞窟に入った。
洞窟で過ごす時は、持ってきた金槌と金属の杭を使って洞窟の天井部分に穴を開けた。
外の空気と同時に雨も入ってきたが、体は濡れないのでそれで良しとした。
洞窟の入口で火を焚かれた場合の対策だ。
もっとも、雨の日の森は湿度も高いためか、敵もその手は使ってこなかった。
森に籠もって半月を少し過ぎた頃、ようやく敵の監視を視認した。
あらかじめ用意していた小型の弓を使って、敵を背後から射倒した。
直後、倒した敵目掛けて矢や小さな飛び道具などが幾つも飛んできてとどめを刺した。
アフレックは姿を隠して敵の姿を探したが、敵も気配を消すのが上手い。
木々の中では、今は不利かもしれない。
木が少なく、少し開けた場所まで駆けて待ったが、敵はのってこない。
アフレックは唇を噛んだが、冷静にその場を退いた。
その翌日から、しばらく雨が続いた。
洞窟の中まで水溜まりが出来ているため、煙で無理矢理自分を燻り出すことは出来ないだろう。
水は何とかなるが、食料は携帯している保存食のみが便りである。
動かず、体力を消耗しないよう過ごした。
なるべく浅い眠りを多く取った。
深い眠りには落ちないように、自分の理性と精神力だけを頼りに過ごす。
アフレックの経験上、最も過酷な戦いをしている。
エラから離れ、一ヶ月が経とうとしている。
もう、エラの前であの集団と戦うわけにはいかない。
城は手練れが多いので、簡単には襲われないだろうが、自分やスリーが単独で行動すれば、敵は必ず狙ってくる。
それも、敵にとって有利に戦うことが出来る条件をアフレックは可能な限り整えた。
こちらが有利な位置で、あの集団が襲ってくるとは考えにくい。
だからこそ、不利な条件で敵を迎え、そして必ず討つ。
雨はまだ続いている。
この雨は転機になるかも知れないとアフレックは考えた。
気配の探り合いを数週間も続け、アフレックは精神も体力もすり減っている。
そして、雨の中で食料を確保しに外に出ていないことも、連中に監視されている。
雨があがった時、アフレックは洞窟から出ざるを得ない。
その時、敵は勝負に出るかもしれない。
アフレックは保存食の最後の一食分には、雨があがる気配を感じるまで手をつけなかった。
浅い眠りをくり返している内に、アフレックにとって不思議な変化があった。
たまに脳裏に浮かぶ追われる光景や、追われて逃げる夢を見ても、暴れたり叫んだりすることが無くなったのだ。
張り詰め過ぎて、麻痺してきたらしい。
克服したと言うより、明らかに麻痺した。
そんな自分に、アフレックは自嘲せざるを得なかった。
更に数日後、ついに雨があがった。
アフレックは最後の保存食を胃にゆっくり入れた後から、何かを感じていた。
敵が動いている。
数は数十人程度、散り散りに行動していたはずだが、少しずつ集まり始めている。
決戦の時が来たらしい。
アフレックは軽く柔軟すると、洞窟に隠しておいた棒を手にした。
軽く体を動かし、鈍っている感覚をゆっくり取り戻していった。
全身に血を漲らせ、アフレックは洞窟から駆け出た。
案の定、敵はもはや気配を隠さず追ってくる。
敵の矢や飛び道具を躱す自信がある距離で、アフレックはわざと何度も躓いたり、転んだりした。
矢や鉄の星形の飛び道具が何度か飛んできたが、上手く躱してまた駆けた。
木の無い開けた場所に再び来た。
崖を背に待った。
森の中から、次々に敵は姿を現した。
漆黒の出で立ちに髑髏の面を被っている集団。
アフレックが棒の両端を払うような素振りをした。
それは棒では無く、あのツインブレードだった。
アフレックが構えると同時に、敵は素早く集団で襲いかかってきた。
敢えて敵を引き寄せた。
敵の剣がアフレックに突き刺さりそうな刹那、アフレックが動いた。
一瞬で四人を斬った。
明らかに剣の腕がたつ敵が斬りかかってきた。
斬擊を何度も冷静に躱すと、アフレックはこれまで抑えていた何かを爆発させた。
その敵の体がばらばらになって、四肢も首も飛んでいった。
アフレックが叫んだ。
同時に脳裏には、あの追われる光景が突如現れた。
だが、アフレックはもう追う者から逃げようとはしなかった。
ツインブレードを手に、追う者目がけてぶつかって行った。
同時に目の前が開けた。
現れる敵を片っ端からツインブレードで払い続けた。
敵の動きは素早いが、アフレックはそれより遥かに速かった。
払われた敵は次々に首が飛び、血飛沫をあげ倒れていく。
二十人程斬った時、敵が明らかに距離をとり始めた。
しかし、アフレックの突進がそれを許さなかった。
離れた距離に射た敵が弓を構えたが、腰から抜いた銅剣を投げつけて倒した。
出来た隙を突きに、別々よ方向から三人が一斉に刺しに来たが、アフレックが回転すると三人の首が飛んだ。
更に敵の懐に入り込み、次々に斬った。
何かが飛んできたが、刃で弾いた。
一斉に飛んだきたが、全て叩き落とした。
星形の飛び道具だった。
目にも止まらぬ早さで投げてくるが、どこを狙って投げてくるのかがわかる。
そして、攻撃されれば攻撃される程にアフレックの動きは速くなった。
斬ると思う前に斬っていた。
自分がどのように動き、どのように斬ったのかを把握するより速く斬っていた。
本能のみでアフレックは敵を斬り続けた。
気がついた時、敵はもう全員死体になっていた。
雨がまた降り始めた。
足下に自分が切り飛ばした敵の頭部の上半分があった。
髑髏の仮面も上半分だけになっている。
アフレックはその仮面を剥ぐと、雨で少し血を流し、自分の顔に着けた。
仮面を着けるのは久しぶりだが、やはりこの方が落ちつく。
そんなことを考えていたら、足に力が入らなくなり、前のめりに倒れた。
かろうじて這うことは出来た。
木の下まで来ると、あまり雨に濡れなくなった。
これで良い、少し眠ろう。
アフレックは久しぶりに深い眠りについた。
幽霊城には二日かけて戻った。
事情は特に聞かれなかったが、城に入るとガノンがやや呆れた顔をしていた。
『お前さん、いま自分がどれだけ酷い顔をしているかわかるか?』
『仮面を着けている。』
『そうではないわ。髭もずいぶん生えっぱなしで、おまけに頬も痩けとるぞ。』
『そうか。それは気がつかなかった。』
『とりあえず、風呂に入って髭を剃れ。だいぶ血を浴びたじゃろ?かなり臭う。』
『臭うか。自分ではわからんものだな。』
エラに会いたかったが、こんな風体で会うのも迷惑だろう。
ガノンの言う通りに風呂に入り、髭を剃った。
体が更に軽くなった気がした。
風呂から出ると、薄い布服が置いてあった。
その服は、休息を欲している体によく馴染み、その心地よさにアフレックは再び眠りに落ちた。
ガノンに叩き起こされた。
『まったく、近頃の若いもんはこんなところで寝おって。』
『あ、仮面。』
『仮面?』
『俺がしていた仮面は?』
『服と一緒に洗ったら返すわい。それより、めしじゃ、めし。』
ガノンに連れて行かれた部家には小型の鍋が置いてあった。
その鍋の中にスープ、米、細かく刻んだ肉や野菜、それに薬草が入っている様だ。
『今のお前さんが、いきなり肉だのパンだの食うと逆に体を壊すからな。今日、明日はそれで胃を慣れさせろ。』
『パンや肉で体を壊すのか?』
『お前さんは、かなり過酷な戦いを生き延びたのじゃろう?命を落とさずに戻ったのは良いことじゃが、だいぶ無理をしたな。戦いの中で体の形が壊れておる。』
『体の形?』
『体力を使い果たし、それでもなお戦い続けたのじゃろうな。一ヶ月前より遥かに筋力が落ちているのは一目でわかる。お前さんの無茶を支えるために、お前さんの体は筋肉を壊してまで無茶に付き合ったのじゃ。』
ガノンの言うことを完全に理解したわけでは無いが、自分の体が健康とは程遠い状態だと言われたのはわかった。
食事をすると、城内中央にある石造りの建物に案内された。
城を攻めた時はあまり興味が無かったが、四階建てで大きめな建物だった。
入ったその階の広めの部屋に入らされ、五つあるベッドの一つに寝かされた。
ベッドに案内した女は、確かウォルフの女だった気がする。
そこで思考は停止し、再び眠りに落ちた。
丸一日も眠り、目が覚めると昨日と同じ食事を食べた。
食べ終わり、ふと顔をあげると、部屋の入口にエラが居た。
『待たせたな、エラ。』
エラは声を出すことなく泣いている。
泣きながらアフレックに飛びついた。
『用事は終わった。一人にして悪かった。』
アフレックはエラの頭を撫でた。
エラの涙はしばらく止まらなかった。




