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傷癒えることなく

シリウス帝国南部 幽霊城


気がついたら生きていた。


死んだと思ったが、目が覚めると幽霊城内の自室に寝かされていた。


背後から受けた矢傷はかなり深く、しばらくは動けないと言われた。


ピッキーが少し痩せていたら、矢は心臓に届いていただろうとも言われた。


おそらくケベックが自分を消そうとしたのだろう。


出陣前の会議での発言や態度は、ケベックの警戒心を刺激するには十分過ぎたらしい。


射られたのは毒矢である。


それも、敵の只中で倒れたのだ。


間違いなく死んだと思った。


ドロスが周囲の静止を振り切り、自分を助け出した。


自分を担いで、敵陣を突破し、この城まで運んだのもドロスだった。


毒を受け、高熱が続いたが、何故か一命を取り留めた。


身動きが取れない状態でケベックが暗殺に来るとも思ったが、それも何故か来なかった。


目が覚めた翌日、ドロスが部屋に飛び込んできた。


中年のドワーフが顔をくちゃくちゃにして大泣きし、何を言っているのか聞き取れない時間がしばらく続いた。


『敵は、どうなった?』


『俺達が森で襲ってからよぉ、全然攻めてくる気配がねぇんだよ。』


『そうか。』


あの奇襲から一週間近く経つが、敵が近づいてくる気配が無い。


むしろ、撤退した可能性が高いという。


その後、散々どうでも良い話しを一方的にしておきながら、傷が深いんだから早く寝ろよと言ってドロスは戻っていった。


何かをドロスに言おうとしたが、何を言えば良いのかわからないまま終わってしまった。


その日の深夜、入口に気配を感じた。


いよいよケベックの刺客が来たかと思ったが、殺気が無い。


『誰だ、顔見せろよ。』


その声に反応して、一人の兵士が現れた。


確か、倉庫の門番をしている兵士だった。


『ピッキー殿、ガノン様の手の者です。』


『ガノンの?』


城に潜入してから初めてガノン側が接触してきた。


『合図がありました。数時間後にこの城は落ちます。』


『なに?どういうことだ?俺は何もしていないのに、何故城が落ちる?』


『当初の予定とは違いますが、十分にやってくださいました。』


そう言いながら、倉庫番の男は鍵束を取り出した。


ケベック、ドロス、そしてピッキーという三人だけが城内の鍵を渡されている。


ほとんど使わないのでピッキーすら忘れていた。


『当初はあなたと私達で、城門を中から開ける予定だったのですが、この鍵のお陰で水堀の中にある柵の扉が開けられます。』


『水堀?』


城は水堀で囲まれており、出入りをする際には城門前にある橋を降ろしていた。


敵がくれば、無論橋を上げてしまう。


水堀の先は足場となる地面が無く、城壁がそびえ立っているのは、この城が難攻不落を誇っている一つの要因でもあった。


『予定と違うと言ったが、ガノンは何故俺を潜入させたんだ?城門だけなら、お前らだけでも何とかならなかったのかよ?』


『ならないのです。城門には精鋭が常におり、我々では太刀打ちできません。それに、ケベックの矢が厄介でした。』


『ケベックの矢?』


『ケベックの矢は防げません。撃ってくる場所がわからなければ、ガノン殿でも難しいとおっしゃっていました。』


『そういうことか。』


ガノンは自分にケベックを暗殺させるつもりだったのだ。


しかし、暗殺するどころか暗殺されそうになった。


それでも鍵があるため、城の中には入れることになった。


『水堀と言ったが、水はどうすんだよ?』


『水はもう引いております。安心してお休みを。』


それだけ言って、男は消えた。


途端に胸騒ぎがした。


待てと怒鳴ったが、人の気配はもう無かった。


熱のせいか、瞼がまた重くなった。






城の堀に通じる川を堰き止め、堀の水位が著しく下げ。


前情報にある通り、城の中に通じる鉄格子の扉が水の中から現れた。


斥候達が膝下まで下がった水堀の中を、極力音を立てないように歩き、鉄格子の鍵が解錠されていることを確認した。


ビッグ、ガノン、アフレック、スリーの四人とガノンの手勢五十が水堀から侵入し、城門を開けて橋を降ろす。


ウォルフとロッカが八十人を率いて城内に侵入することになっている。


鉄格子から通路を抜けると、地下の倉庫に出た。


スリーとアフレック、ガノンが続き、三人の合図を待ってビッグが手勢と共に進む。


城内に潜入させた者の誘導を受けながら、城門近くまで来た。


近くにある小屋の陰から倉庫番をしていた潜入者が指でガノンに城門の様子を伝えている。


『いま、十人で城門を守っておるようじゃ。どんなに早くこの十人を倒しても、近くに鐘がある。これが鳴るのは防げそうにない。』


『かと言って、城門を無視して五十だけで最上階を目指すとなったら、上手くいくんですかい?』


スリーが口もとを隠していた手ぬぐいをずらしながら問いかけた。


ガノンは少し考えてから、ビッグ一人を近くに呼んだ。


『城門に十人。全員手練れじゃ。乱戦になる。』


『わかった。ガノン、あんたは五十を率いて最上階の近くまで進めるだけ進め。敵にぶつかりそうになったら、そこから俺達に合図をよこせ。』


『五十全てか?十人置いて行こうかと思っておるんだが。』


『アフレック、やれるか?』


『たぶん。』


『スリーもやれると言ってるから心配すんな、じじい。』


『言ってませんよ、俺は。』


『わかった。十人倒して城門を開けるまで、時間との戦いだぞ。』


『わぁってるわ。』


ガノンは手勢五十と共にもう一人の潜入者の案内で城内を進んで行った。


十分ほど待った。


暗闇の中、誰も喋らずに待ったため、かなり長く感じた。


小屋の陰に居た潜入者が城の中央にある建物を指さした。


四階建の建物の三階窓から火の光が円を描くように動いている。


『覚悟は良いな?アフレック、スリー。』


二人が頷くと、大きく息を吸い込んだビッグが立ち上がって城門の兵士目がけて斧を投げた。


一人に当たった。


ビッグはもう一振りの斧を振り上げながら突進した。


鐘がなり響いた。


スリーの投げた小さい刃物が二人に当たった。


アフレックはビッグより早く剣で一人の首を飛ばしていた。


ビッグも力ずくで敵の胴を斧で抉り飛ばす。


ビッグを背後から襲おうとしま敵をスリーが刺した。


ビッグが更に一人を真っ二つにした時、アフレックは三人同時に首を跳ね飛ばしていた。


三人で城門を開け橋を降ろすと、フルアーマーに身を包んだウォルフと、既に剣を抜いているロッカが早歩きで入ってきた。


『鐘を鳴らされた。上はガノンが何とかするそうだ。』


ウォルフは頷くと、ロッカが手勢を引き連れて駆けて行った。


城内中央にある四階建てに、この城を仕切るエルフが居る。


ガノンがそのエルフを討ち取るまで、極力敵と当たらず、生き残ることが任務だった。





三階のフロア全体には百程度の敵が居る。


鐘が鳴ると寝ていた敵は皆剣を持って、下に降りて行った。


上手くやり過ごした。


あとは四階にいるエルフとその手勢を討ち取るだけである。


ガノンが四階に駆けあがると、自分の後方で騒ぎが起こった。


『何だ?』


『後ろからドワーフが襲って来ました!』


『後ろの二十だけで対応させろ!我々はエルフを討つぞ!』


階段を駆けあがり廊下に出ると、廊下の向こう側から気配がある。


飛んできた矢をガノンが躱した。


三人程の敵が襲ってきた。


斬り伏せにかかると、また矢が飛んできた。


敵の一人の襟を摑んで盾にして防いだ。


更に数人の敵が向かってくる。


暗くてよく見えないが、廊下の向こうに間違いなくエルフがいる。


『斬り合いは任せる。わしはエルフを斬る。』


『しかし、矢が』


『居るのが正面とわかっていれば、躱せる。雑魚を頼むぞ。』


ガノンが盾を左手で掲げながら駆けた。


飛び出してきた敵は無視して、真っ直ぐ駆けた。


ガノンの後ろで斬り合いが始まるが、矢はガノン目がけて飛んでくる。


盾に深く矢が突き刺さるが、ガノンは気にせず前に駆けた。


エルフの顔が見えた。


既に弓を構えている。


ガノンが前に転がると、そのわずか上を矢がかすめた。


立ち上がるより前に剣を振り上げた。


エルフの右腕が弓ごと飛んだ。






エルフを討ち取った合図の鐘が四階から鳴り響いた。


『よく聞け!お前らの頭領のエルフは鉄仮面ウォルフ一党が討ち取った!終わりだ!降伏しろ!』


返り血まみれのビッグが叫んだ。


すぐに戦闘は終わらなかったが、ガノンが四階の窓から弓を持ったエルフの右腕を放り投げると、敵は次々に武器を捨て始めた。


ロッカが降伏した敵を一カ所に集めるため駆け回り始めた。


ウォルフはすぐに城門を閉めさせた。


戦闘は終わったが、忙しいのはこれからだ。





三階に降りようとすると、まだ騒ぎが収まっていない。


『ドワーフがまだ粘っているのか?』


『いえ、それが』


問われた兵士が困惑している。


武器を手に三階に降りると、ピッキーが居た。


ピッキーが味方であるガノンの部下達を突き飛ばしている。


『ピッキー殿、味方じゃ!』


しかし、ピッキーは暴れるのをやめない。


背中に受けていたであろう傷は開き、血が噴き出しているが、激しく暴れている。


何人かの兵士がピッキーを押さえようとしたが、体当たりで倒された。


『よせ!そのヒヨコに近づくな!』


兵士達がピッキーから急いで離れた。


人影が居た場所にドワーフが仰向けで倒れていた。






血だまりの中倒れるドロスに駆け寄った。


さっきまで這うようにして進んでいた。


高熱で体は何倍も重く感じ、背中には激痛が走り続けていた。


しかし、ドロスを見た瞬間、逡巡している暇は無かった。


『ドロス!俺だ!無事か?』


『兄弟、か?』


『そうだ!ピッキーだ!』


『兄弟・・・お前、無事か?』


『無事だ!』


『敵はどこ行った?俺、俺は・・・何も見えねぇんだよ、兄弟。』


ドロスの首と胴から血が流れ続けている。


『敵はもういねぇよ!お前が皆追い払ったんだよ!』


嘘をつくのは苦手なはずだったが、考えること無く嘘をつけた。


『俺な、兄弟、鐘が鳴って、酔っぱらってて、部屋から出たんだけどよ、武器を持って来るの忘れちまった・・・また、馬鹿なことやっちまったよ』


『しゃべるな!いま医者が来るから!』


『兄弟、何も、見えねぇんだよ。』


『夜なんだから見えねぇに決まってるだろ、馬鹿!』


『そうか・・・夜中だもんな・・・兄弟、お前が無事で良かった』


胸が潰れる気がした。


物音がして、嫌な予感がした。


這うようにして部屋から出た。


寝かされていた二階から三階に上がった。


物音が大きくなってきたので、倒れたい気持ちを必死に抑え、廊下を進み続けた。


階段の近くまで来た時、ドロスが素手で兵士達相手に戦っているのが見えた。


ドロス、と叫んでしまった。


ドロスが振り向いて、その背後から兵士達の剣が次々にドロスに当たった。


何故、自分はあの時に声など出してしまったのだろう。


『俺が、俺が声なんかかけたから!』


『兄弟、それは違うって・・・俺はお前に会えて嬉しかったんだよ、良かったよぉ。』


ドロスの目から光が消えていく。


自分が触れているドロスの体から何かが消えていく。


『ドロス!しっかりしろ!』


ドロスの口からかすかに何かが漏れてきた。


『ばあちゃん、いま、帰った、よ。』


ドロスがかすかに息を吸い、目から完全に光が消えた。


必死に何度も何度も呼びかけた。


ドロスはもう何も答えなかった。



城中に悲痛な叫び声が響き続けた。

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