傭兵アフレック
シリウス帝国南部 古代都市
途中、親切な男が馬を貸してくれたおかげで、三人は日没より遥か前に集落に着くことが出来た。
集落というより、最早街になりつつある。
僅か数日で一つの廃墟同然の集落が、古代の活気に溢れた頃の姿を再び現そうとしている。
新しく現れた支配者は、よほどのやり手らしい。
街に居住したい者は、街の入り口で住民登録をすることになっている。
その場所で、小さい耳輪を幾つかしている若者に馬のことを聞かれた。
まさか、盗難にでも遭った馬なのかと冷や汗をかいたが、正直に事情を話すと若者はそういうことかと言い、馬を繋げる場所を教えてくれた。
住民登録をする順番を待っていると、その若者が自分が乗っている馬の他にもう一頭馬を連れて駆けて行った。
困ったことが起こったのはその後だ。
住民登録をする場合、職業が必要になるらしい。
現在無職の者でも、今後街で何をするつもりなのかは答えなくてはならない。
農業か大工仕事か、とにかく適当に答えてやり過ごせば良かった場面である。
何を間違ったのか、それまで何も話さなかったアフレックが、スリーを差し置いて傭兵をやると言い出してしまったのだ。
運が悪いことに、その場にたまたま街の兵を統率する者が居たのだ。
頭にバンダナを巻いた、赤みがかかった虎髭の恰幅の良い巨漢である。
『傭兵かよ。幾らで雇われるつもりだ?』
『知らん。そもそも、幾らなら雇ってくれるのか知りたい。』
『また、よりにもよってウォルフが留守の時に厄介な奴が来たな。』
巨漢の指揮官はそう言うと、自分が率いる兵に調練用の棒を用意させた。
『そんなに雇ってほしけりゃ、腕を見る。構わねぇよな?』
『構わない。早く済ませよう。』
『一人でも倒せれば雇ってやる。倒した数で銭は決める。但し、一人と倒せなかったら、お前等二人とも大工仕事だ。』
アフレックはまともに話しも聞かず、棒を手に取った。
仮にも怪我をしているのだ。
並みの相手に遅れを取ることは無いだろうが、この逃避行で傷が裂けたこともある。
危なくなったら身を呈して止めねばならぬことに、スリーは少し憂鬱だった。
まず一人の兵士が出てきて打ちかかってきたが、受けも避けもせずにアフレックは一瞬で兵士を打ち倒した。
その一撃が尋常では無かった。
倒された方は白目を剥いて気絶してしまっていた。
巨漢の合図で次から次に兵士を打ちかからせたが、とてつもない速さで棒が兵士達を弾き飛ばしていった。
ビッグは目を細めて、長い金髪の青年が繰り出す棒の動きを見ていた。
目をこらしてやっと見えるか、見えないかという速さである。
しかし、棒さばきよりも、その金髪の青年の面影がちらちら気になる。
更に打ちかかろうとする兵士達を手で制した。
『おい、金髪。名前は?』
『アフレックだ。』
『アフレック。戦の経験は?』
『無い。』
『その武術はどこで身に付けた?』
『わからない。』
『わからないだぁ?』
『本当にわからない。気がついたら使えるようになっていた。』
『そりゃあ、また、厄介なのが来ちまったなぁ。』
ビッグはバンダナからはみ出た後ろ髪をばりばりとかいた。
たぶん、自分やロッカよりも強い。
下手をしたらウォルフより強いのでは無いか。
戦の経験は無いと言うが、命のやり取りは経験してるのだろう。
棒で相手の急所や顔面を打つことに全く躊躇が無い。
強いのだから雇ってやりたいが、果たして戦でどう使えば良いのか。
戦は団体行動の精度がものをいう場合が多々あるのだ。
強すぎて突出されすぎるのも問題である。
しばし考えたが、だからといって雇うという答え以外は見つかりそうも無かった。
『街がまともに機能するまで、支払いは兵糧か物資になるぞ、アフレック。』
『食料は俺と連れの分を支給してくれれば、文句は言わん。そのかわり、医者を紹介して欲しい。』
『医者?お前、病気持ちか?』
『俺は大丈夫だ。ただ、連れを見てやって欲しい。』
そこに、ロッカとウォルフ、ガノンが馬で帰ってきた。
反対方向から、女がウォルフの名前を呼びながら走って来た。
『あれ?ウォルフが二人居る?』
言われてみてビッグは初めて合点がいった。
ウォルフとアフレックは神の色と髪型が違うが、顔立ちが似ているのだ。
『なんだ?双子か、お前ら。』
ウォルフとアフレックは互いの顔を見て首を傾げている。
幸いなことに、南部の集落にも医者は居た。
アフレックともう一人の男は医者に連れの少女を診てもらいたかったらしい。
ガノンは連れてきた大きい馬をウォルフに譲り渡すと言い出した。
かなり高価な馬に見えるが、今日会ったばかりの人間にやってしまうあたり、随分気前の良いおやじだとビッグは思った。
ウォルフは固辞したが、ガノンが随分押しの強さを見せ、ウォルフが折れた形になった。
ビッグは、ウォルフにアフレックの話しをした。
傭兵として雇うことも伝えた。
ウォルフは黙って頷くと、先ほど走って来た自分の妻の方に歩いて行った。
女は少しずつではあるが、ウォルフだけではなくビッグやロッカとも話しをするようになっていた。
ニナという名前らしい。
『俺が迎えに行ったら、あの二人随分仲良く喋ってたんですよ。』
ロッカが近づいてきて言った。
一瞬、ウォルフ夫婦の話題かと錯覚したが、ウォルフとガノンのことかと思い直した。
『かなり饒舌だったみたいですよ、ウォルフの兄貴は。』
『へぇ、あの言葉足らずがねぇ。』
ウォルフが饒舌に話すこと自体、あまり想像がつかない。
そう考えると、ウォルフによく似たアフレックも言葉は少ない。
表情などの印象を考えると、むしろアフレックの方が静かかもしれない。
『なぁんか、妬けてきませんかね?』
『何がだ?』
『俺達には無口な大将が、今日会ったばかりの爺さんには色々喋ってるんですよ。』
『それだけ、あのガノンとかいう爺さんには何かあるんだろうよ。』
『妬けるなぁ。』
『お前はあの爺さんに打ち負かされたらしいからな。』
ロッカが渋い顔をした。
『それ言ったら、あのアフレックとかいう傭兵はどうなんです?ビッグの兄貴は勝てないんじゃないですか?』
『さぁな。』
それだけ言って、ビッグは街の中に歩き始めた。
確かに、勝てない相手だろう。
そもそも、今日は奇妙な一日だと思った。
ビッグ自身、軍隊に居たことなど無いが、ロッカの腕は並みの賊はもちろん、軍との戦でも通用していた。
自分も何人かの兵士では太刀打ち出来ないくらいの強さはあるつもりだ。
ところが、ガノンは簡単にロッカを打ち負かし、アフレックには素直に自分では勝てないと思った。
そんな相手が一日のうちに二人も現れるものなのだろうか。
人が集まるとはそういうことなのかもしれない。
次から次に人が集まり、強い者が出てきた時、自分はここに居場所があるのだろうか。
そもそも、自分はあまり強く無いのではないか。
そんなことを考えながら、道に迷ったらしいガノンに遭遇した。
『おぉ、ビッグ殿。すまんが泊まれと言われた場所がな』
『爺さん、急で悪いが俺と立ち合ってくれ。』
『ん?』
ガノンが目を丸くした。
酔いが回るのが早い。
負けたせいかなとロッカが吞気に考えていると、ビッグとガノンが連れ立って歩いている。
お互いに手に調練用の棒を持っている。
最初はまたガノンに嫉妬する状況かなと思ったが、ビッグの顔の険しさが吞気な考えを吹き飛ばした。
近くで飲んでいた部下に調練用の棒を持ってこさせ、ロッカは慌てて後を追った。
二人は街の中心部の大きな邸宅跡地に入った。
ウォルフが街の行政の中心をそこにすると言っていた。
老兵達が事務的な処理をするため、その跡地には夜も灯りを点していた。
老兵達がまとまって出てきた。
『どうした?』
『ビッグ様とガノン殿が稽古をするとのことでしたので。』
稽古などという生易しいものになるわけが無かった。
ロッカはかつてビッグと敵として打ち合ったことがあるが、その時ですらあんな目つきにはならなかった。
『大将を呼んで来い!殺し合いになるぞ!』
老兵達がウォルフに伝えに走り出したのと同時に、ロッカは跡地に駆けて入った。
頑丈にできた男だとガノンは思った。
何度打ち据えても、すぐに立ち上がって向かってくる。
力も強く、頭も悪くない。
敢えて棒を二つに折って挑んできた。
得物は長い方が良いという者もいるが、それは長い得物を使う心得があるからこそで、短い得物を使い慣れている者なら、短い方が力を発揮する。
粗野な見た目と大きな体に似合わず、動きは遅くない。
最初、試しに相手の一撃を棒で受けてみたが、思ったより早く重かったため、少し手が痺れた。
無駄に打ち合うと体力を消耗してしまうと悟り、相手より早く打ち込み続けているが、中々倒れない。
途中から顔面を打つようにした。
顔面が腫れあがり、目が塞がってしまえば戦う気も失せるだろうと思った。
しかし、この巨漢は目がほとんど塞がっても、戦うことを辞める気配が無かった。
腫れて僅かしか開かない目から、熱い闘志を感じる。
『しぶといのぅ、おぬしは。』
声をかけたが、隙だと思ったらしく飛びかかってきた。
棒で腹部の急所を容赦なく突いた。
それでも、倒れなかった。
動かなくなったので、立ったまま気絶したかと思ったが違った。
振り下ろされた一撃をすんでのところで躱した。
惜しい、肩をかすめた。
棒では無く、斧だったらただでは済まなかったかもしれない。
殺意のこもった一撃に、ガノンは反射的にビッグの顎めがけて棒を振り上げてしまった。
上に振り抜かれた一撃で、ビッグはついに膝をついた。
しかし、それでも再び立ち上がろうとしている。
『やめろ!そこまでだ!』
昼間、馬上で戦ったロッカとかいう若者がこちらを睨んでいる。
『止めるな!』
ぼろぼろのはずのビッグが叫んだ。
『やめとけ、兄貴!これ以上は本当に死ぬぞ!』
ロッカの叫びを無視し、ビッグはそれでも立とうとしている。
『ロッカの言う通りだ。そこまでで終わりだ、ビッグ。』
全く別方向から、フルアーマーに身を固めた騎士が姿を現した。
『すまん、ビッグ。それにガノン殿。初めにまずこうするべきだったのかもしれない。』
騎士は剣を抜いた。
『ウォルフ殿か?』
騎士は何も答えないが、ロッカの反応からしてウォルフに間違い無いようだ。
フルアーマーの兜が声をくもらせていることもあるが、それ以上に昼間語り合った青年の面影もまるで無い。
冷たく、人を寄せ付けず、しかし闘志は滲み出ている。
ガノンも剣を抜いた。
『真剣勝負となれば、どちらかが死ぬかもしれんな。』
ウォルフは何も答えず、ただ剣を構えた。
ビッグが気を失って倒れた。
『ロッカとやら、すまんがこのでかいのを運んでやってくれんか。この場所はものすごく危なくなるのでな。』
戸惑うロッカを尻目に、ガノンも剣を構えた。




