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会見

シリウス帝国南部 古代都市


集落の人口は一気に増えた。


初めは無理やり移住させられたように感じていた四つの集落の住人達も、修復さえすれば以前より良い環境で暮らすことが出来ると知り、抱いていた不安や不満は期待に変わっていった。


かつては集落そのものが無法地帯同然で、闇に覆われていたのが、今は我先にと自分が住む場所や環境をより良くするために、人々が知恵と力を尽くしている。


人口が数倍に増え、集落どころか街として生まれ変わり始めていることと、その活気にガノンは圧倒された。


あの暗闇に覆われた底辺の社会が、立派な人間の営みを抱く地として生まれ変わろうとしている。


それも、人々が増えてから数日しか経っていないのだ。


馬二頭連れのガノンは、混雑を避けて街になりつつある古代都市を外側から回ろうとした。


街の外の平地で、三十騎程度が調練をしているように見えた。


ガノンは強く興味を惹かれ、その三十騎に近づいていった。


十騎と二十騎に分かれての調練だが、十騎の方に一際異彩を放つ若者が居る。


非常に巧みに馬を操るが、派手好きなきらいがある。


ガノンが近くに来ると、その若者の合図で三十騎が動きを止めた。


『そこの若いの。わしと勝負せんか?』


『じいさん、申し訳ないが、俺はちょっと忙しい。それに怪我をするといけないので、離れていて欲しい。』


久しぶりに意地悪な闘争心に火がついた。


『その若いので無くても良い。わしと勝負しようという根性のある者はおらんか?わしを馬から突き落とせれば、わしがいま連れている馬をやるぞ。』


普通の馬よりも一回り大きく、逞しく、毛並みの輝きが明らかに違う馬を見て、騎兵ならば誰でも欲しくないと言う方が嘘になる。


三十騎全員が色めき立った。


『棒を貸してくれんか、若いの。』


先ほどの若者が、自分の調練用の棒をガノンに投げ渡した。


ガノンはそれを片手で受け取ると、少し距離を取ってから棒で一人を指した。


指された者もかなり自信があるらしく、馬腹を蹴ると棒を頭上で回しながらガノンに向かって馬を駆けさせた。


その騎兵の身体が大きく宙を舞い、地面に落ちた。


ガノンが次の騎兵を指したが、また向かって行った騎兵の方が馬から落とされ、その次の騎兵、更に次の騎兵も同じ結果になった。


『どうした、どうした。現役の騎兵が年寄り一人馬から落とせんのかね。なんなら、五人でかかって来たらどうかね。』


五騎がガノンに向かって来ると、ガノンは端の一騎に突進して突き落とし、馬首を返して更に一騎、死角を突いたはずの一騎の突きを躱して落とし、残った二騎は一瞬で同時に突き落とした。


更に向かおうとする五騎を、先ほどの若者が制した。


若者は他の騎兵から棒を受け取ると、ゆっくりとガノンに向かって馬を近づけた。


ガノンが軽く突いてみせると、若者はそれを棒で払い、鋭く突いてきた。


ガノンは馬上で上体を大きく反らしてそれを躱すと、少し距離を置いた。


ガノンのあまりに見事な動きに、見ていた騎兵達が唖然としている。


今度は若者が完全に手綱を放し、棒を両手でしっかり構えて向かって来た。


突きが来たが、ガノンはあっさり躱した。


続けざまに三回、早い突きだったが、ガノンは全て棒で防いだ。


若者の馬が後ろ脚だけで竿のように立った。


馬が前のめりになるのと同じ呼吸で、若者が渾身の力でガノン目がけて棒を振り下ろした。


若者が宙を飛んでいた。


『お前さんは多少やるようじゃが、その馬術では貴族の競技だ。実戦ではまだまだだな。』





脇腹を押さえたロッカが連れてきた老人がテントに入ってきた。


椅子を薦めたが、何故か目を丸くしている。


老人は我に返ると椅子に座った。


『いや、申し訳ない。ちょっと古い友人に似ていたもので、驚いてしまった。』


『私がですか?』


『ええ。しかし、その友人はもう居ないし、何より髪の色が違いました。』


『まあ、この髪の色は珍しいかもしれませんね。』


ウォルフは緑色をした自分の髪を指先でつまんで言った。


『ロッカとうちの騎兵に稽古をつけてくださったそうで。』


『いやはや、恐縮です。若い頃を思い出して年甲斐も無くはしゃいでしまいました。無礼の数々、御容赦願いたい。』


謙遜しているが、この老人は強い以前に只者では無い。


常人が持たないような図太さを持っている。


『私はウォルフと言います。そこにある甲冑を着ていることが多いので、鉄仮面などと言う人もいますが。』


『これは申し遅れて失礼致しました。私はガノンと申します。この街より南にある集落の者です。』


『敬語は結構ですよ、ガノン殿。私はたぶん、あなたよりもだいぶ年齢が下ですので。』


ガノンが笑った。


『ウォルフ殿。お気遣いありがたい。いきなり本題から入らせて貰おう。』


笑っていたガノンの表情が途端に真顔になった。


『幽霊城を落としてどうするつもりじゃ?』


ウォルフは指で机を叩きながらガノンを見続けた。


『それにお答えするとして、そちらはどうしたいのです?』


『諦めて欲しい。おの城には先客があるんだ。』


『先客?』


『わしじゃよ。』


ガノンの目つきは鋭い光を放っていた。


おそらく、殺し合いも辞さない覚悟があるのだろう。


ウォルフは椅子から立ち上がった。


『少し馬で駆けませんか、ガノン殿。』


『城の話しをしに来たのだが。』


『城の話しをしに来て、ついでにロッカ達と遊んだのでしょう?それなら、私の散歩に付き合ってくれても不都合は無いでしょう。』


ガノンが微かに笑い、椅子から腰を上げた。





何故ここにいる。


最初に見た時、そう思った。


それから思い直した。


古い友人が生きているはずは無いのだと。


先ほどのロッカという若者と違い、このウォルフという男の馬術はそつが無い。


しかし、おそらくロッカよりも実戦では戦える馬術だろう。


乗っている馬の質は良くないが、上手く馬と呼吸を合わせ、駆けてはいるが馬の体力を無駄に使うような乗り方もしていない。


『ガノン殿は軍隊に居たことがおありで?』


『遠い昔にな。』


『やはり、ロッカの馬術では敵わないわけだ。』


向こうにもこちらの馬術を見られていた。


見ることにかまけて見られていたことに意識が向かなかった。


これも、老いというものか。


『ウォルフ殿も軍隊に?』


『いえ、実は昔のことは覚えていないのです。』


『ほう。』


情報を隠しているわけでは無さそうだ。


ガノンはウォルフに興味を更に持った。


『三年より以前の記憶が無いのですよ。』


ガノンが言葉を返そうとすると、ウォルフが手で制した。


遠くの一点を見つめているが、そちらに向かって馬を駆けさせた。


ガノンもウォルフの背を追って馬を駆けさせたが、ウォルフの馬はそこそこの脚しか無いのにやはりよく駆けた。


ウォルフの見ていた先に三人の旅人が居た。


一人は少女で、顔色が悪い。


『この先の街に向かわれるおつもりか?』


二人の男のうち、年長の者がそうだと答えた。


もう一人、若い男が居るが、この若い男も隠してはいるが怪我をしているようだ。


ウォルフは馬を降りると、自分の街への道のりを教え、これに乗って行きなさいと馬を渡してしまった。


年長の男は遠慮したが、ウォルフが更に勧めると、若い男と少女を馬に乗せ、礼を言って去って行った。


馬はやや駆け足気味だったが、年長の男は馬に遅れず走ることが出来るようだった。


『よろしいのかな?』


余計なことと知りながら、思わず問いかけてしまった。


『馬を譲ってしまったら、徒歩では街までだいぶ距離があるじゃろう。それに、あの三人は訳ありかもしれん。厄介事を街に持ち込むかもしれんぞ。』


『訳ありでしょうね、きっと。しかし、あの三人の抱える厄介事を恐れていたら、城を獲るなど考えられませんよ。その方が、後々さらに厄介ですから。』


ガノンは静かに目を瞑った。


馬も達者にこなし、おそらく剣もかなりの使い手であることは、武技が巧みな者だからわかる何かで気がついてはいた。


しかし、この若者はそれより遥かに深い。


ウォルフが振り返った。


『帰りのことは、正直忘れていました。』


ガノンは高らかに笑った。


こんなに愉快に笑うのは、何年かぶりだった。


『城を落とすのを諦めろと言うなら、我々は諦めても良いと思っています。手間も省けますから。』


『手間とは?』


『討伐軍が来たとき、もちろんガノン殿とガノン殿の部下が戦うのでしょう?』


『おいおい、つれないことを言うなよ、若いの。守るなら数が多い方が楽じゃろうが。』


『攻めるのは少ない方が楽なので?』


『嫌味な奴じゃな、ウォルフ殿は。攻め取るのも数が多い方が楽じゃろう。』


『それなら、一緒に攻めた方が確率は高いのですね。我々の百と、ガノン殿の五十と。』


部下の数を明かしてはいない。


全てお見通しだったわけか。


『いつ気がついた?わしの居る集落にわしの兵が居ることに。』


『斥候の報告で、支配者が居る集落で手勢が居ない集落がありました。集落に支配者が居て手勢が居ないなどあり得ない。おそらく住民に紛れて隠している。手勢を丸ごと隠してしまうなど、並みの支配者では恐ろしくて出来ませんよ。』


隠して、誤魔化すつもりが上を行かれた。


全て隠したことが仇になったらしい。


『しかし、逆に隠した五十をどう見つけた?』


『五人毎に行動する者達が十、それも姿勢や体つきが明らかに違うのですよ。かなり鍛え上げた精鋭なのですね、ガノン殿の部下は。』


『そういうウォルフ殿こそ、コーエンを討っただろうに。』


『あれは運に恵まれました。初めからお互いの軍と軍で対峙していたら、おそらく勝てない相手でしたので。』


ウォルフが何か悲しげな目をして向き直った。


『敵ながら、惜しい立派な指揮官だったと思います。』


ガノンが目を瞑った。


ありがとう、そう言いたかった。


これほどの男との戦で死ねたコーエンが、少し羨ましかった。

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