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思わぬ防衛戦

シリウス帝国南部 幽霊城


イーリス公国軍が国境を超えて幽霊城に迫ってきた。


公国軍が南部に入ってくることは珍しくは無いが、大抵は幽霊城では無く、集落を襲って略奪行為を働く数十人単位の侵入である。


今回は明らかに様相が違った。


二千の軍勢で幽霊城を占拠するための侵攻である。


イーリス公国としては、西側諸国連合がシリウス帝国に敗れ、次に侵攻されるのは自分たちであると察した。


そこで、侵攻される前に最前線となる国境地帯に拠点が必要と判断した。


幽霊城は格好の拠点候補であった。


同じことを帝国も考えてはいたが、帝国中央よりもイーリス公国の方が幽霊城には近く、二千の軍勢のみ動員したため、動きは早かった。


ケベックから呼び出され、ピッキー、ドロスの他にも十人程度が会議室に集まった。


ケベックは用心深い男で、幽霊城半径約三十キロ程度の地点には斥候を常に配置して居る。


各々の斥候は、異変を感じると必ず狼煙をあげることになっているが、斥候を配置している正確な箇所はケベックしか知らない。


味方すら完全に信用しないからだ。


会議室の壁には賊が作ったとは思えない程、正確で精密な地図が張り出され、地形に関しても小さい字で細かい書き込みがされている。


その地図に赤い小さい紙切れを幾つも針で止めているが、それが敵の配置を現しているようだ。


『我々がこの城に依ってから、今回が恐らく最大の危機と言える。敵は二千の軍勢で、この城を恐らく包囲してくると思われる。』


ガノンの斥候として城に入り込んだピッキーとしては、完全に不運である。


城に入り込み、第三頭領にまでなったものの、ガノンとの連絡は未だにつかず、挙げ句の果てに敵となるはずのケベックと共に死なないために戦うしかない。


そもそも、今でこそ第三頭領と呼ばれてはいるが、戦の経験があるわけではない。


二カ月前までは闘技場で小銭を稼いで生き延びていた喧嘩屋に過ぎない。


相手を打ち倒せば済む闘技場とは違い、戦は殺すか殺されるかである。


内心では完全に浮き足立っていた。


『ヒヨコよぉ、お前どう思う?』


突然ドロスが話しかけてきて、ピッキーは内心ぎょっとした。


『どう思うとは?』


『俺はよぉ、まず打って出るべきだと思うんだよなぁ。』


こいつ馬鹿か、とピッキーは思った。


四倍の敵、しかも軍である。


打って出るという選択肢は無いように思えるし、ピッキーにも一目でそれがわかる状況である。


しかし、このドワーフはまったく空気を読まずに野戦の提案をしているのだ。


ケベックに根拠を問われても、ドロスは根拠は無いが打って出るべきだと思うと言い、会議室は呆れに包まれている。


この呆れが、幸か不幸かピッキーに冷静さを取り戻させた。


ピッキーは、戦のことはわからないが、これを喧嘩に例えて考え始めた。


喧嘩で大事なのは先手を取ること、先手必勝だ。


もし、闘技場の集団戦のように闘いが長引く時は、こちらの体力を温存し、敵の体力を奪うことを考える。


あとは、粘り強い者やしぶとい者が、二人など複数の敵から攻撃を防ぎ、一人でも多い人数で敵を潰しに行く。


相手の取り柄や有利、自信を奪っていくこと。


相手の弱い部分を攻め抜くこと。


それが出来ない時、ピッキーはひどく打ちのめされて負けたが、出来た時はひどい結果にはならなかった気もする。


自信という意味では、今日のケベックは難しい表情をしていて自信があるようには見えない。


『ケベック、これまで城を攻められた時も必ず籠城してたのか?』


ピッキーの問いかけに、ケベックは一瞬意外そうな顔をした。


『そうだ。まず籠城していた。』


『籠城して必ず敵は引いたのかよ?』


『いや、籠城しているうちに相手の指揮官が戦死して引かせたか、最後に打って出て撃退したかだが。』


『その時の敵は今より多かったか?』


『いや、千も居なかった。ピッキー、何が言いたいんだ?』


『そういうことなら、俺もドロスと同じで、まず打って出るべきだと思うぜ。』


会議室がどよめいた。


『二人ともどうかしてるぞ。敵は四倍だ。外で戦えば、すぐに囲まれて全滅する。』


『四倍の開きがあるからこそ、敵は襲われるとは思っていないんじゃねぇか。』


ケベックが黙った。


『敵は二千。絶対に勝てると思って向かって来るんだよなぁ?しかも、奴らは俺らが賊だと思って油断してやがるんだ。だから、のんびり構えて、俺達が縮こまるのを待っていやがる。』


『我々が籠城すれば、そう簡単に力ではこの城は落ちない。籠城こそ、敵がもっとも嫌う一手だと思うが。』


『籠城して食料が無くなるのを待つだけだとしたらどうだ?』


ケベックが再び固まった。


『ケベック、あんたが敵の指揮官だとして、俺達に籠城させたくなかったら、あんたならどうする?』


ケベックが少し考えこんだ。


『おそらく、そう、おそらくだが、兵力をわざと分散するだろうな。五百で勝てるくらいの数で分け、伏兵を使って討ち取る。そこで包囲も完成させてしまうだろうな。』


『だが、今回の敵は兵を』


『分けていない。確かにそうだ。かといって守りが固いわけでもない。』


ケベックの顔に自信が戻ってきた。


見えなかったものが見えたのだろう。


さっきまでとは違い、明らかに口調も調子づいてきている。


ケベックは壁に貼りつけた地図を睨むように見ると、城と進軍中の敵のほぼ中間に位置する森を指差した。


『この森だ。この森で奇襲をかける。先陣はピッキー率いる二百。この二百が森の中から通過中の敵に横擊をかけ敵を二分する。ドロスは第二陣としてピッキーが二つに割った後ろの方の軍を反対側から二百で攻撃しろ。』


『後ろ?前は攻撃しなくて良いのか?』


『五百の兵力で全てが可能なわけではない。後ろか前かどちらかを攻撃しなければならないなら、間違いなく後ろだ。その方が、他の敵が駆けつけるのに時間がかかる。』


ドロスの問いに、自信を取り戻したケベックは胸を張って答えた。


『それに、中央から後方にかけて敵の物資がある可能性がある。おそらく後方だろう。』


『物資?食い物か?』


『そうだな。主に食料だが、野営のテントや予備の武装、攻城用の道具等もある可能性がある。これらは極力焼くぞ。』


『焼いちまうのかよ、勿体ねぇなぁ。』


『おやおや、そんなことを言って良いのか?』


渋い顔のドロスにケベックが意地悪な笑みを向けた。


『私も敵の後方を百で襲う。弓と投石の後、後方の物資を燃やす指揮をとる。これがどういうことかわからんか?』


『さぁ。』


『城が空になる。敵を襲ったら走って戻って来ることになる。ドロス、森から城まで走るから覚悟しておけよ。』


『げっ。俺もピッキーも太り気味だからなぁ。城まで走れるか心配だなぁ、おい。』


会議室が笑いに包まれた。


どちらにしても、ついてないとピッキーは思った。





急ぎで城中の者が戦支度をしている。


食料は一日分のみなので、個々の兵士で携帯できる量、それも火を使わなくても食べられる者に限った。


城で留守を務めるのは過去の戦で腕や脚を失った兵士のみ十人程度で、残りは全員奇襲に参加する。


ケベックが短時間で中々の予定と道順を組んでいた。


夕方頃に出発し、深夜に草原地帯で仮眠をとる。


早朝進軍する際に、仮眠に使った掛け布団代わりの布などは、後ほど留守の兵士に回収させるので置いて行く。


戦闘用装備も必要最小限の軽装備である。


日中のうちに行軍中の敵に奇襲をかけ、混乱する敵を尻目に全力で走って撤退。


途中休憩できる水場はあるが、二日かかる道程を往復一日強の超強行軍である。


しかし、無事に敵の物資に火をつけることができれば、敵は進軍を停止するか一旦後退するとケベックは読んだ。


思惑通りに進めば、帰還後に少し余裕を持って敵を迎え討つことが出来る。


たかが自信、されど自信である。


自信という気持ちの上がり下がりで、ケベックという男の能力は良くも悪くも激しく変わる様だ。


それが、ガノンとの違いだろう。


最近、ドロスが作ってくれた自分専用の装備を部下に着けてもらいながら、戦は初めてだと思い出した。


戦の敵はどの程度強いのだろうか。


敵の持つ剣はどの程度まで斬れるのだろう。


殺されたくなければ、殺すしか無い場に赴くことに、早くなった鼓動は止まりそうに無かった。


『兄弟、俺が作った装備はどうだ?』


ドロスは装備の出来具合が気になるらしく、自分の準備を急ぎで整えてやってきた。


頭は悪いが、手先は器用で物を作らせたら右に出る者は居ない。


ピッキーの身体の大きさなどを目印付きの紐で何ヶ所か測ると、余った甲冑やらを掻き集め、それらを改造したものをピッキーに渡した。


胸当てだったが、後ろにマントも付いている。


『もっと、全身を守らなくて大丈夫なのか?』


『最初は俺もそう思ったがよぁ、お前の甲冑はそのくらいが良いと俺は思うぞ。』


『そうなのか?』


『兄弟、お前は動きがすばしっこい。すばしっこいのはだ、それだけで立派な武器だし防具なんだ。元々ある良さってのは、物が奪って良いもんじゃ無いのさ。』


妙な説得力に感心させられているうちに、ドロスはまたあとでなと言い戻って行った。


自分のことを兄弟と呼んでいた。


そうだ、兄弟が居るのだ。


そう思うと、少し怖さが遠のいた。





奇襲は成功した。


ドロスは仕掛けるのが少し早かったが、ドロスが突っ込んだ場所には、敵の五百人隊長が居た。


身長より高く飛び上がり、馬上に居た敵の五百人隊長を斧で縦に真っ二つにした。


ドロスが仕掛けた箇所の敵は一瞬で大混乱に陥った。


その響めきを合図にピッキーは恐怖を置き去りにするつもりで突っ込んだ。


身体が異常に高揚しているのがわかる。


闘技場の時とは比べものにならない速さで突進すると、何人かの敵を豪快に跳ね飛ばし、列の反対側に抜けて転んだ。


勢いがつきすぎた。


背後から反応が早い敵が剣を振り下ろしてくるのを感じたが、後ろに宙返りしながら敵の頭部を蹴り潰した。


盾を構える前の敵の胴に突進して頭突きを入れる、横から来た斬擊を飛んで避け、短い足で横蹴りを入れる、着地を狙った敵の槍を空中で避け、着地と同時に頭突きを胴に入れ、後方に派手に飛ばした。


猛牛の様な闘いぶりに味方は異常に活気づいた。


後方で火の手が上がった。


ケベックがうまくやっている。


味方が敵を斬っていく。


その味方が敵の壁にぶつかると、ピッキーがその壁を崩し、崩れた壁を味方が斬っていく。


ドロスの部隊が撤退していく。


引き時だろう。


次の瞬間、背中に矢が来た。


刺さった痛みの後に、気味の悪い刺激を感じた。


『撤収!』


それでも、ピッキーは叫んだ。


叫んで、力が入らなくなった。


目の前が暗くなる。


最悪だ、やはりついてない。


ケベックの奴、さては俺が邪魔になったか。


それから何も考えられなくなった。


身体ごと深く暗い何かに落ちていった。

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