老人とヒヨコ 1
シリウス帝国南部 地下闘技場
南部はとにかく治安が悪い。
他の三国全てと国境を接している為か、他の地域よりも荒れている。
まずまともな者なら南部の国境付近には住まないが、それでも幾つか大きな都市はある。
帝国としても、治安が悪くなりやすい南部だからという理由で人口を減らすこと、国の生産が滞ることを許容できる筈も無いため、かねてより南部は犯罪者の流刑地として人を送りこんでいる。
更生出来る者、才覚ある者、協調性を取り戻す者であれば南部の都市に住む。
しかし、そのいずれも叶わない者は結局のところ更に南の国境地帯に逃れ、都市とも言えないような荒れた集落群に住む。
集落は無法地帯であるため、当たり前に人が死ぬ。
喧嘩で死ぬ、飢えて死ぬ、犯罪で死ぬ、獣に喰われて死ぬ、国境を越えてきた敵に斬られて死ぬ。
数年前から集落を支配する者が現れたが、結局は犯罪者が支配者になっただけなので、法というほど整備された法は無い。
しかし、寄せ集めれば数千人規模の集落を運営しなければ利益にもならないため、支配者は支配者なりに考えるものである。
集落は古代の都市跡をそのまま利用しているが、この地下にはやはり古代の闘技場があった。
支配者はこの地下闘技場に目を付け、毎週金曜日の夜に興行を打ってみたところ、これが見事に当たった。
興行成績も優秀であり、住民達のガス抜きにはこれ以上無い催し物であるためか、犯罪により死ぬ者が減った。
人が集まり、商いが生まれ、娯楽は発展し、この集落でも更なる格差が生まれた。
いまや闘技場で闘う者は、命知らずの喧嘩好きか、人を人とも思わぬ犯罪者のみである。
白髪の厳めしい顔つきの老人が人混みを見て目を細めた。
闘技参加者の受付を行う場所で、数人を相手に大立ち回りを演じる者がいた。
その者が人間では無く、身長150センチ足らずの太ったヒヨコであることが、老人の目を捉えた。
とてつもなく人相の悪いヒヨコであるが、人の言葉を話している。
なにより、都市ではまず見世物小屋以外では見ないような風貌の者が居ても、この南部の集落では不思議なことでは無いようで、老人以外は誰一人として見向きもしなかった。
ヒヨコは数人の無法者にからかわれたらしいが、すぐに怒り狂い、彼等を投げ飛ばしたのだ。
『ヒヨコ殿。』
老人が声をかけると、つり上がった白目を剥いてヒヨコが老人を睨みつけた。
『ヒヨコじゃあねぇ。俺には名前がある。名前で呼ばなきゃ投げ飛ばすぞ、じじい。』
『これは失敬。貴君の名は?』
『まず、あんたが名乗れ。』
このヒヨコは中々の手練れである。
ヒヨコは挑発的な言動をしているが、自分相手に全く隙を作ろうとしない。
つまり、老人である自分のことを、見た目に騙されず手練れであると直感したのであろう。
老人はますます感心した。
『失敬、失敬。わしの名はガノン。一応歳は食っているが、そこそこの武芸者だ。』
『ピッキー・マルビンだ。』
ヒヨコの名乗った名前の冒頭部分に老人は吹き出しそうになったが、彼は真剣らしいので必死で笑いを噛み殺した。
『歳をとってはじめて自分の腕を再認識したくなってな、闘技に参加したいのだが、新参者はまずチーム戦にしか出られないと聞いてな。難儀しているのだ。』
『誰も仲間を連れてこなかったのか?』
『あいにく、人とつるむのは苦手でな。』
『ふーん。』
ヒヨコのピッキーは明らかに自分を値踏みするようにジロジロと見ている。
『武芸の種類は何だ?剣だけか?』
『いや、徒手も出来る。剣も得意だが。』
『ふーん・・・なら、手始めに俺があんたと組んでやるよ。』
想像より早くヒヨコが乗ってきた。
ガノンは誰が相手でも負ける気はしないが、勝ち負けだけが目的では無い以上、目的に適う人材を探していた。
ピッキーと名乗るこのヒヨコは、もしかするとガノンが求める人材である可能性が高い。
会って間もない老人とヒヨコは、三十分後には闘技場の入場ゲートをくぐっていた。
この日の催し物の前座である、タッグチームバトルロイヤルが始まろうとしていた。




