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東から来た女商人

シリウス帝国南部 幽霊城に近い集落


集落を一つ乗っ取った。


五十の手勢をうまく隠すことと、幽霊城に近い集落であれば、監視も攻略もより楽に済む。


集落に入って、いきなり集落を支配していた者達を派手に斬り倒した。


力づくではあるが、力を示せば集落の者達は支配者の交代には文句を言わない。


この集落には、幽霊城側に情報を流す者も居たが、事前に洗い出して斬った。


幽霊城に送り込んだ斥候はピッキーだけでは無かったのだ。


これまでは、木製の盾と護身用程度の銅剣だけで部下に武装させていたが、決戦に備えて装備も戦法も今より質の高いものにしようとガノンは思っていた。


闘技場の騒動で奪った財が思いのほか潤沢だったため、東に使いを出した。


使いを出して半月後、一ヶ月以上かかるはずの道のりにも関わらず、その女商人は手勢百を引き連れて現れた。


年齢は見た目で三十後半程度だろうか、赤毛の髪を後ろで束ね、わりと美形な顔立ちにも関わらず、率いている手下の男達よりも男らしい性格のせいか、たまに女であることを忘れてしまう。


商人であるにも関わらず、腰にはいつも双刀を佩いていた。


『早いな、相変わらず。』


『船を使ったからね。早いし、厄介な連中にもバレずに済むだろう。結構、羽振りが良いんだって?』


『そこの小屋の中に並べてある。二、三人なら入れるぞ。』


『小屋の中に護衛なんて入れないよ。あんたが相手じゃ、護衛なんざ役に立たないさ。』


『ほう、信用してもらって有難い。』


口ではそう言っているが、女商人は外衣の内側に飛刀を数本隠し持っている。


ガノンほどではないにせよ、双刀を使わせれば中々強い。


手下の男達も一対一ではこの女には勝てる者がいないらしい。


小屋に入ると、女商人は並べてある財を見ながら、手際よく帳面に何か書き始めた。


『使いの話しを聞いてまさかとは思ったけど、想像以上に稼いだじゃないか。』


言葉の割には驚いた風も無く、女商人はガノンに帳面を丸ごと渡した。


『値に文句は無い。問題は』


『物価だろ?』


『さすが、カレンじゃ。』


そう言いながら、今度はガノンが女商人カレンの帳面に何か書き込み、帳面を返した。


ガノンが書いた注文を読むと、カレンの眉間に皺が寄った。


『茶でも飲むか?』


『そうだね。これは茶でも飲みながらゆっくり話しを聞かなきゃならないみたいだね。』


ガノンがあらかじめ煎じておいた薬草の茶を二つの椀に注ぎ、机に置いた。


カレンは椅子に座ると、茶には目もくれずガノンの顔を見続けた。


『あんたも座りな。』


『わかった、わかった。そう怖い顔するな。』


『何しでかすつもりだい?』


『今まで通り。しがない傭兵稼業さ。外征が増えて、戦の中身も激しくなるからの、わしも部下も極力死にたくない。だから、武装をよりしっかりとしたものにする。』


『傭兵ねぇ。』


『別に珍しい話しでも無いじゃろうよ。わしは現役の傭兵のつもりじゃよ、今でも。』


『で、どっちに付くつもりだい?』


『無論、金を多く出す側さ。』


カレンが鼻で笑った。


『嘘が下手過ぎるね、あんた。』


『何がだ?』


カレンが上衣の懐から何枚かの紙切れを出した。


そこには、ガノン一向の動きと幽霊城の情報が簡潔だが誤り無く書かれていた。


『ガノン、あたしは商人だよ?それも、表と裏の両方で商売する商人だ。自分だけが百戦錬磨だと思わない方が良いよ。蛇の道はへび。あんたのやってることは、表の人間は欺けても、裏の人間がその気になれば、一切通用しないやり方だよ。』


ガノンは表情を一切変えずに茶をすすった。


『コーエン将軍を知ってるかい?』


その言葉に反応し、ガノンが椀を置いた。


『知ってるも何も、南部では有名だった歴戦の将軍じゃろうに。最近は聞かんがな、共和派が活発だった頃は、内戦の鎮圧に功があった。良将じゃよ。』


『先月、討たれたよ。』


『なに?誰に?』


これには流石にガノンも驚いた。


『最近、ここほど南じゃ無いが、南部の血の道辺り一帯で討伐隊を何度か撃退してる賊が居てね。コーエン将軍が鎮圧に向かったら、なんと名誉の戦死を遂げちまったらしいよ。』


コーエンほどの男が賊に討たれたというのは信じ難いことだった。


『しかも、コーエン将軍を討った奴はわりと近くにいる。』


『どこだ?』


『あんたがこないだ襲った集落だよ。そいつは近くの集落の連中をそこに引っ張ってる。あの古代都市は、もう集落じゃなくて街になるよ。』


コーエンを討ったばかりか、集落の住民を一つにまとめた。


ただの賊の発想では無い。


明らかに領地を築こうとする者のやることだ。


しかも、コーエンを討ったのが先月だとして、この一ヶ月で領地を築き始めたとすれば、異常な行動力である。


しかし、解せないのは領地を築いたとして、どう守るつもりなのかだ。


この辺りは、他国がその気になればすぐに戦争が起こる。


更に叛徒となれば、北からは帝国の追討軍が降りて来る。


領地を守る防衛線を構築出来なければ、領地を築いても簡単に失ってしまう。


頭の中に南部の地図を広げ、ガノンは思案してみた。


幾つかの集落を一つの集落、それも古代都市を利用したような、街としての基礎が何かしら備わっている場所に集めると、北と南を結ぶ線が現れた。


更に東と西には荒野が広がり、北側に血の道、南端に幽霊城がある。


『なるほど、狙いは同じか。』


幽霊城を攻略しようとしている者が、他にも居た。


『で、どうすんだい、ガノン。あんたの出方で、こっちも覚悟決めるつもりなんだ。』


『なるほどな。』


ガノンが苦笑いした。


ガノンが、その賊と敵対するつもりならカレンはガノンを見切るつもりだろう。


物を売らないことは無くても、売る内容や量、価格に明らかに違いを出してくる。


そして、此方が落ち目と踏んだ瞬間、繋がりを絶つ。


それが、裏の世界で商売をする人間の厳しさである。


一方で、ガノンの出方次第ではカレンは可能な限りの優遇はしてくれるだろう。


敢えてガノンを量るために、コーエンを討った連中の情報を渡してきた。


此方は相手の居場所を知っているが、相手は此方の存在を知らない。


相手を討つなら絶好の機会を渡してきてはいるが、そこに簡単に飛びつくようなら切り捨て対象になる。


『明日にでも散歩に行ってみるかな。』


『どこに?』


『少し北に行ったところに古代都市がある。遺跡見物がてらな。』


カレンがにやりと笑った。


『年寄りの足じゃ、そこまで歩くの大変だろ。良い取り引きが出来たことを祝して、あたしから餞別あげるよ。』


カレンに外に出るように促されて小屋を出ると、カレンの手下が二頭の馬を曳いてきた。


二頭とも普通の馬より一回りほど大きく、逞しい体つきをしている。


『でかいな。サラーム馬か?』


『ああ。サラーム教国産のれっきとしたサラーム馬さ。帝国もこないだ五千ほど裏の道から仕入れたらしい。二頭ともあんたにやるよ。』


『後々高くつきそうで怖いな。』


『わかってるじゃないか。』


カレンが再び書いた帳面の内容をガノンに見せた。


ガノンは黙って頷いた。


『あたしが、次に来る時まで無闇にあのお宝共を減らすんじゃないよ、ガノン。』


カレンの部下が、大きな木箱や麻の袋を大量に小屋の前に置いていき、ガノンの財の二割程度を代わりに持ち出して行く。


食料と武装は揃った。


あとは、コーエンを討った連中との話し合い次第で今後の展開が変わる。


はたして、どんな連中なのか。


ガノンが二頭の馬に近づいていった。


片方の馬が大人しそうな、優しい目をしている。


自分はこちらの馬が良いと思った。





船を隠している場所までの道程は夜の闇に紛れて進むことにした。


林にさしかかった時、誰かが自分を呼んだ。


木陰から自分を呼んだ黒い旅装の男は、いつものように顔を隠して現れた。


カレンはその男の方を見ずに会話を始めた。


『見て欲しいものがある。』


『なんだい?また戦の情報かい?』


『ここから北に五十キロの古代都市にいる賊の話しだ。』


『おあいにく様。その情報は既に入ってるよ。』


『なら、これもか?』


男が紙をカレンに渡した。


紙を見たカレンの顔が鬼になった。


『確かなんだろうね?』


『あとは本人に確認して貰うしか無い。ただ、俺もその街を見てから来た。俺は間違いないと思う。』


カレンの表情は未だ鬼だが、ちゃんと報酬は渡そうとした。


『いや、金は要らん。今回は食料と薬を分けて欲しい。』


『薬?何の薬だい?』


『傷に対する痛み止め、あとは眠れる薬が欲しい。三日分で良い。』


『後ろにあるから好きなだけ持って行きな。』


言葉が終わるより早く、男は消えていた。


コーエン将軍を討った賊は、もしかすると今後の相場や物価、そして自分の商売を大きく左右する可能性がある。


それは、少なくとも先程まで、カレンにとっては商売のためだけの対象だった。


男が持ってきた情報により、これは深い私怨が絡む一件になるかもしれない。


もし、この情報が正しかった時、自分は商人として正しい判断を下すことになるのか。


それとも、破滅することになっても自分の感情で行動することになるのか。


かろうじて残っていた一握りの理性が、今日のところはカレンを船に乗せた。

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