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南下の道中

シリウス帝国南部 集落群付近


百人の仲間を三人から四人に分けて南下させている。


南部の集落群を抜けたあたりで再集結するとウォルフは宣言していた。


その途上、たまたま集落を襲った賊を見かけ、後をつけた。


賊は三十人程だったが、アジトのような場所ではかなり酒が入るらしい。


夜中を待って三人だけで斬り込んだ。


久しぶりにウォルフが戦う姿を見たが、やはり強い。


ビッグは戦場とは違い、斧では無く護身用の銅剣を抜いていたが、三人倒したところで剣が折れてしまい、途中四苦八苦した。


ロッカはそのあたりをしっかり考えていたらしく、まず棒で戦い、打ち倒した敵の槍を奪って戦い抜いていた。


ビッグなど、最後は倒れていた敵を持ち上げ、向かってくる敵に投げ飛ばしてぶつけていた。


二十ほど倒したところで、残った敵は闇目掛けて逃げ去って行った。


問題はその後に起こった。


賊の住んでいた小屋のベッドに女が裸で縛り付けられていた。


傷だらけで、頬も痩けていて、かなり長い期間拘束されていた様だ。


ビッグとロッカは賊であったが、二人ともそれぞれ別の理由で強姦を嫌う。


特に怒りに駆られたビッグは、まだ息がある敵を皆殺しにしてしまった。


処刑を終えたビッグが再び小屋に入ると、ウォルフとロッカが何やらもめている。


ウォルフが突然、その女を娶ると言い出しロッカが慌てて止めているらしい。


さすがに唖然としたビッグが、訳を問いただしても、ウォルフは娶る、娶りたい、娶りたいと思ったから、としか言わない。


ビッグもロッカもますます混乱したが、とにかく女を湯に入らせて着る物をやり、家族が居るのかどうかをまず確認しようということで、ようやく意味不明なやり取りが終わった。


ビッグもロッカも強姦を嫌うとはいえ、道徳が完全に備わっているわけでもない。


二人としては、この後の旅路で賊に襲われたりした際に、女を守りながら戦うのは難儀であるし、なにより足取りも遅くなるのは避けたい。


金や食料をわけてやり、女はここに置いていこうというのが二人の意見だったが、やはりウォルフが聞く耳を持たない。


戦闘より遥かに厄介な自体が発生したとロッカもビッグも思った。


そもそも、連れて行くと言うならまだわかる。


何故、娶るなのか。


初めて見てから、娶ると発言するまでが三十数える間があるか無いか程度である。


普通踏むべき手順のうち、一も二も飛ばして、おまけに自分たち二人の存在まで頭の中から飛ばして、相手の女性の意思すら飛ばしている。


『娶る娶ると言いますがね、大将。こちらは逃避行中の身ですよ?』


『だから何だ?』


『何だって、こっちが何が何だか。』


そもそも、今日の今日までウォルフは女に関心を示さなかった。


どれだけロッカが薦めても、ウォルフは女を遠ざけ続けてきた。


それが、ここに来て何故か囚われていた女に強い拘りを見せる。


湯からあがり、服を着た女に家族の有無を聞くと家族は居ないと言う。


こうなると、ウォルフは完全にロッカとビッグの忠告を無視しだし、二時間程度の押し問答の末に三人の旅路は四人の旅路に変わった。





五日が経ち、集落の一つで続々と仲間が合流し始めた。


ウォルフ直属だった老兵達の準備ととりまとめが見事で、恐らく全員無事にこの地で合流できるだろう。


解せないのは、ウォルフが五日経っても例の女に手を出して居ないことだ。


かろうじて集結地点には早めに着いたが、山の中の獣道を通ったり、崖を登ったり降りたりの道で、やはり女は足手まといだった。


娶る娶ると言った張本人が、女にあまりにも手を貸さなすぎ、結果としてはビッグが女を背負って崖を登り降りするはめになった。


途中の山道で捕まえた蛇を焼いて、ロッカと二人で分けて食べながら、ビッグは不機嫌さを隠さなかった。


『もういっそ、こうなったらやることやってくれた方が、俺としても諦めがつくし、娶るなら文句は言わんがな。何で俺が背負って歩かなきゃならねぇんだ。普通、あいつが背負うだろ。』


『で、エスコートした美女はどちらに?』


ロッカはもはや、明らかにこの状況を面白がっている。


ロッカは美女と言ったが、ビッグから見れば普通の顔立ちの女だ。


女はウォルフが張ったテントの中で過ごしているが、ウォルフは同衾するどころか、女のいるテントに入ろうとすらしない。


『そもそも、あいつ娶るって言葉の意味わかってんのか。言葉の意味知らずに使ってんじゃねぇのか。』


『俺も最初はどうしたもんかと思ったけどね、この五日間でようやくわかりましたよ。』


『何がだ?』


『そりゃあ、ビッグの旦那には少し難問かもしれませんがね。ウォルフの兄貴にはもっと。』


『あ?』


『ほら、渦中の美青年が来ましたよ。』


ウォルフが緑色の髪をなびかせて戻ってきた。


老兵達数人を集めて何か指示を出している。


いきなりテントから女が飛び出してきて、ウォルフを平手打ちした。


女が何かウォルフにわめき散らしている。


『おいおいおいおい、ありゃあ一体何だ?ウォルフのやつ、何かしでかしたのか?』


『しでかしたというより、しなかったからじゃないかなぁ。』


『はぁ?』


女がなおもウォルフにわめきながら、拳でウォルフの胸を叩いている。


『惚れてたのは、ウォルフの兄貴よりも。』


そう言ってロッカは笑い出した。


『あー!』


ビッグも何か合点がいったようだ。


周りの老兵が女をなだめ、ようやく女がテントに引き返した。


ウォルフは呆然としているのを見て、老兵達も下を向いて笑ってしまっている。


『しかしよ、あの女は俺達が見つけた時は』


『力づくで弄ばれていた女は、男に一目惚れしちゃあいかんのですか?』


そう言われてしまうと唸るしかない。


あの女に対する勝手な先入観が自分にあり、そのせいで見るべきことが見えなかった。


改めてロッカが気がついた方向から見ると、ビッグとしてはウォルフの言動に怒るどころか、好感すら持てる。


『だか、だとしてもだ、ロッカよ。やっぱりウォルフは不器用で言葉が足りなすぎるぜ。一言多いヤツよりも分かり難い、面倒くさい奴だな、相変わらずよ。』


『聞こえてるぞ。』


ぎょっとしたビッグが向けた視線の先に、腕組みをしているらしいウォルフの背中があった。




夜までに百人の集団の約八割が集まっていた。


あとは先日の戦で負傷した者が居る組が遅れてはいるが、既に連絡は取り合えているらしい。


傷の状態もあるので、無理に急がず、遅れて合流しても構わないとも伝えてある。


ウォルフが新たに放っていた偵察が戻ってきた。


ウォルフは数組の偵察を更に南に放っていた様で、そのために彼らは騎馬だった。


偵察の報告を受けたウォルフは、まずロッカを呼び出して騎馬兵の指揮を託した。


当面は偵察が主な任務になるが、もともとの騎兵指揮者であるロッカが指揮をとった方が騎兵は早く動ける。


次にビッグが呼ばれた。


『この辺りだけでも、幾つか集落があるらしい。』


ロッカが地に線や丸を描きながら、位置関係を説明した。


『まず、この辺りの集落をまとめよう。』


『ふむ。』


ウォルフが指し示した集落は四つだが、ビッグは首を捻った。


『まとめると簡単に言うがな、この辺りの集落は掘っ立て小屋の集まりばかりで、物資も足りんだろう。まとめても、すぐに食いつめるんじゃないのか?』


『まとめるだけまとめたら、まずここに移動させたい。』


ウォルフが更に少し南にある集落を指さした。


『この集落は古代の都市を利用して人が住んでいる。中に空きはあるようだし、僅かだが生産能力があるらしい。何よりも、先日この集落を支配していた男が死んで、生き残った悪人共がこの集落の覇権を巡って、つまらない抗争をくり広げているそうだ。』


『数は?』


『一番大きな派閥で二百は居ないらしい。』


『毎度毎度、数だけ見れば俺達は足らんな。』


『こういうのは長引くと厄介だ。長引くと長引くだけ余分な連中が出てくる。』


『それも毎度のことだけどな。』


『歩兵の戦闘員五十のうち、今回戦線参加出来るのは三十八。これを十九人ずつに分けるぞ。』


『おいおい、ますます頭数が足りないだろうが。』


『集落四つを落とすのに日数をかけたくない。二日で四つを落とし、三日目に古代都市の跡地を落とす。』


『無茶な計画に聞こえるんだが。』


『集落四つを二日で落とすのは無茶では無い。死ぬほど忙しいだけだ。』


『古代都市の方はでかい派閥だけで二百だろ?これは無茶だろ。』


『それも別に無茶では無い。賭けの要素が強いだけだ。』


『そういうのを無茶だと言うんだぜ、普通は。』


『今回は多分そこまで苦戦はしない。問題は更にその次だ。』


それっきり、ウォルフは黙って紙に編成を書き始めた。


『なぁ、ウォルフよ。』


『どうした?』


ウォルフは顔も上げず、紙に編成内容を書き続けている。


『今日はちゃんとテントの中で寝るんだぞ。』


ウォルフの手が止まった。


『総大将が外で寝てたら、他の者も落ち着かんだろう。それに』


ビッグはあえて言葉を区切ってうつむくウォルフを見た。


『これは年長者からの忠告だが、女を待たせる男は、後々必ず後悔するもんだ。惚れたのかどうかは知らんが、あの娘を守りたいと思っちまったんだろ?』


うつむいたまま、微かにウォルフの首が縦に動いた。


余程恥ずかしいのだろうか、ウォルフの耳が少し赤くなった気がする。


『守ると決めた以上、男は女を守るもんだ。でなきゃ、必ず後悔する。』


『守ることと、その、男と女の関係になることは、違うんじゃないか?』


ウォルフが顔を上げて言い返してきたが、目がビッグの方向を見ていない。


明らかに顔は赤い。


戦場では逞しいと思ったが、今は口下手で不器用な青年が目の前にいるだけだ。


『あの娘は不幸だったし、現に不幸だ。不幸から救い出すのは、守る者の責任だろうが。』


『過去は消えないだろ。』


『お前、本当に頭が固い野郎だな。一発殴られなきゃわからんのか?過去は消えんが、それより幸せな未来が積み重なれば幸せになるかもしれないだろ。実際そうなるかならないかは別だが、そうなるように戦うのが男の役目だ。あの娘に惨めな思いをさせてるのは、今はお前だからな。言い訳は認めん。』


編成内容は明日伝えろと言い残して、ビッグは去るふりをした。


ふりをして、少し離れた木陰に隠れてウォルフの様子を窺った。


しばらくうなだれていたウォルフだが、重々しい足を引きずるように自分のテントの側まで歩いた。


テントの幕を女が開いた。


深呼吸が二回ほどできるくらいの間、女もウォルフも見つめ合っていたが、意を決したウォルフがテントに入り、幕は閉じた。


ほっとして木陰から出ると、他の場所からも何人か老兵達が出てきた。


同じことをしていたらしい。


老兵達はビッグを見て、頭を下げ去って行った。


『お節介なおやじ共だ。』


ウォルフがさっきまで居た場所に、酒瓶が置いてあった。


老兵達の誰かが置いていったらしい。


ビッグは酒瓶を手に取った。


あんな偉そうなことを言ったが、自分には本当は言う資格など無いかもしれない。


お節介な巨漢は、今も胸の奥に残るつかえを酒で押し流そうと試みた。

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