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暗躍する者

シリウス帝国西部の都市 アルザリ



街から出ようとして阻まれた。


行商の若い女に腕を掴まれた。


『旦那。どこに行くんです?そんな体で。』


アフレックは呆れかえった。


『スリー、お前、女にも化けられるのか。』


『さぁてねぇ。どれがあたいの本当の顔なのか、忘れちまったわよぉ。』


エラが居る時は、必ず小柄な中年男の姿で現れるが、エラが居ない時はいつも違う姿で現れるのがエージェントスリーのややこしい所だった。


絡んでくればわかるが、人混みの中で監視されたらアフレックでもわからなかっただろう。


『いい加減あきらめなさいな。あたいと副社長から離れようなんて野暮はさ。』


素顔を見られたということが、アフレックには不安だった。


何故不安なのかはわからないが、自分は素顔を見られてはならないというアフレックの直感が語る何かが、何年も前から強く脳に絡みついて離れない。


そして、アフレックにはそれより以前の記憶も無い。


きっと記憶が無いことと、素顔を隠さなければならない直感は絶対に関係があるとアフレックは確信している。


関われば、きっとろくなことが無い禍々しい何かが失った記憶の先にある。


時折見る暗闇を逃げ回ったあの夢は、おそらくただの夢では無く、失った記憶の断片だ。


これ以上、他人を関わらせてはいけないという強い勘がアフレックを人との関わりから遠ざけようとしている。


アフレックは一瞬の隙をついてスリーを振り払うと、人混みの中を駆け抜けた。


路地裏のような狭い道を幾つも抜け、ようやく人通りが無い場所に出た。


それでも、まだスリーの気配や視線を感じる。


先日の勇猛さとはまるで違う、汗まみれになって逃げ惑う金髪の青年の脳裏に、またあの暗闇を走る光景が焼き付くように降ってきた。


どちらが本当の光景かわからない。


誰かが襲ってくる気がした。


銅剣を抜いて叫んだ。


言葉を発することが出来ないから叫んだ。


でたらめに銅剣を振り回す。


誰かに襲われる。


後頭部に衝撃が来て、光が来た。




ベッドに寝かされていた。


視線を移すと、中年男の姿のスリーが居た。


アフレックは大きく息を吐くと、何があったのか理解した。


『荒事が苦手と言う割に、良い一撃を放つじゃないか、スリー。』


『すまない、旦那。』


スリーは本当に申し訳無さそうな顔をしている。


『尋常じゃ無いと思って、つい余計なことをしちまった。』


アフレックは静かに目を閉じた。


『スリー、俺はな・・・』


『旦那、何も言わなくても良いですぜ。大なり小なり、人には隠し事の一つや二つあるもんだし、そういうのが無きゃ人間じゃ無いさ。』


そうか、人間には隠し事があっても良いんだ。


アフレックの心に少し平穏が戻った。


だが、こうも思った。


自分に対して隠し事がある人間は、いったいどうすれば良いのかと。





エラの強烈な平手打ちを、スリーはとりあえず躱した。


なおも殴りかかってくるが、それもスリーが避けると、エラはブーメランを構えた。


『待った、待った、副社長。わかったから待ってくれ。』


『待ってじゃないわよ、この馬鹿!アフレックは怪我人なのよ!どうしてそんなひどいことしたのよ!』


『そ、それじゃあ聞きますけどね、旦那があの体のまま行方不明になっても良かったんですかい?』


エラは逡巡したが、縦にブーメランを投げてきた。


殺意は無いが怒りはこもったその一撃を、埒があかないのでスリーは胴で受けた。


『ぐえっ。』


『ぐえっじゃないわよ、まったく!本当は大して痛くもないくせに。』


『いやいや、俺も旦那も人間ですからね、一応。』


『うるさい!黙れ!』


言うだけ言って、エラは食事を持ってアフレックの部屋に入っていった。


エラが薄くだが、化粧をしていた。


アフレックの素顔を見てからだ。


そのことをからかいたかったが、しばらくそれが出来そうに無いのが残念だと思った。




街の下水道や墓場から魔物は消えたが、どうにも腑に落ちないことがあり過ぎる。


そもそも、あの獣のような魔物はどこから来たのか。


死人を操る魔術の存在。


そして、自爆した男の正体である。


スリーは長年各地を歩いてきた。


魔術を使う人間も多く見たが、死者を操る魔術など初めて見たし、そもそも聞いたことも無い。


しかし、先日の戦闘でアフレックは恐らく直感的にだろうが、死者が襲ってくることを予期して戦っていた。


それを操る者が居るのも確信していた。


『一度、調べてみるか。』


また、独り言を言ってしまった。


昔、何度も注意されたが治らない悪い癖だ。


屋根の上から轟音が聞こえた。


はっとして、アフレックの部屋に飛び込むと、アフレックとエラも窓から外を眺めていた。


スリーも窓から身を乗り出すと、何百もの飛翔体がかなり高く空を駆けていた。


『竜だな。』


アフレックがつぶやいた。


『竜って、ドラゴンのこと?ドラゴンがあんなに沢山で飛ぶことなんてあるの?』


『リアス将軍だろう。一度だけ見たことがある。リアス将軍の率いる竜騎兵だ。』


スリーは旅をしていた時に、帝国四天王のリアスが率いる竜騎兵団が都市を焼き尽くすのを見たことがある。


あんなものを止めるのは不可能だと感じたのを鮮明に覚えている。


大袈裟では無く、戦争の常識を覆した破壊集団であり、帝国どころか恐らく世界最強の軍団である。


『なんで西に飛んで行くんだろう?』


おそらく、皇帝が西側諸国を制圧するために切り札を出してきたのだろう。


西側諸国は滅ぶかもしれない。


『似ている。』


また、アフレックがつぶやいた。


『あの竜と、こないだの魔法使い・・・同じ何かがある。』


アフレックの表現は漠然としていたり、抽象的過ぎることがあるが、信じられないほど直感は当たる。


アフレックがリアス将軍の竜騎兵と、死人を操る魔術師に同じ何かを感じた。


そして、それらは共に時間差はあるが、帝国の西側に居た。


根拠や証拠は確かに無いが、それでも調べてみる価値はありそうだった。


嫌な予感がした。


殺気、間違いなく刺すような鋭いものを感じた。


『スリー!』


アフレックが突然叫んだ。


それより少し早く、スリーは机の上に置いてあった銅剣をアフレックに投げ渡した。


天井を突き破って何かが降ってきた。


漆黒の格好に髑髏の仮面を被った男が着地と同時に斬りかかってきた。


アフレックがエラを左腕で抱きかかえながら、右手の剣でそれを受けた。


アフレックの頭上にまた降ってきた。


スリーが跳躍して、その敵を蹴り倒して踏みつけた。


アフレックが一人を銅剣で叩き伏せたのと同時に、三人が入口から入ってきた。


『エラ!伏せろ!』


言いながらアフレックがエラを左手で下に伏せさせた。


三人一斉に飛びかかってきた。


スリーが飛んだと同時にいつの間にか抜いていた二振りの短剣を振るって二人を倒した。


アフレックは渾身の力で横に剣を払った。


敵の首が千切れ落ちた。


敵の気配はまだ消えない。


スリーが床に何かを叩きつけた。


光と煙と音が同時にきた。





スリーに引っ張られるまま、気がつけば地下下水道に居た。


エラはまだ放心状態である。


スリーはもうアフレックの直感を疑わなかった。


自分たち三人は、何か触れてはいけないものに触れてしまったのだ。


しかも、敵は自分たち三人が誰で、どこに住んでいるのかも把握していた。


そして、おそらくどこまでも追ってくる敵だ。


『エラ、大丈夫か?』


ぼーっとしていたエラが、アフレックに呼びかけられ我に返った。


『あいつら何なの?何で急に・・・』


エラに全てを話すべきなのか。


スリーはアフレックを見たが、アフレックはうつむいたまま何も言わなくなった。

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