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幽霊城の第三頭領

シリウス帝国南部 幽霊城



この城に潜入して、一ヶ月以上が経った。


この城を取り仕切るエルフのケベックは用心深い男で、非常に猜疑心が強い。


頭はかなり切れるが、笑顔の奥にある陰湿さと陰険さをピッキーは出会った瞬間から直感で感じていた。


本来、この城の仲間として迎えられるのは食い詰めた無法者か、逮捕されれば即死刑という犯罪者ばかりだが、ケベックが自分より頭が良いと判断した者か、いわゆるカリスマ性がある者は門前払いしている。


城に迎えられた後でも、そういった能力ある片鱗をケベックが認めた場合、不審な死を遂げるか行方不明になるかである。


ケベックが脅威と感じなくても、刃向かう者は牢に繋がれるか、やはり死ぬかだった。


腕っぷしの強さを認められたが、城の中で起こした喧嘩では極力加減している。


二番手の頭領であるドワーフのドロスと殴り合いになった際には、おそらく互角以上はやれると思ったが、あえて負けた。


ガノン老人が自分にこの城への潜入を託した理由が、今はよくわかる。


この城への潜入は、知恵者では無理であり、才能を感じさせる者でも無理であり、強すぎても無理である。


闘技場に居た時は、自分が一番強いに違いないと思っていたし、少なくともそうであると信じたかった。


しかし、その思いはガノンを見て打ち砕かれた。


上には上が居て、自分はあの老人には絶対に勝てないと思ってしまった。


そして、あの老人ではケベックに警戒され過ぎてこの城に入ることすら出来なかったかもしれない。


ピッキーは目立つ容貌の持ち主だが、その目立つ存在感とガノン程には警戒されない力量、無法者として生きてきた匂いのようなものがケベックを始め、城の連中を信頼させたし、溶け込むことも出来た。


この城を頼った理由を尋ねられた時、闘技場で暴れて集落の支配者を殺したこと、追われて逃げたことを話した。


もちろん、ガノンの存在は伏せたが、暴れて支配者を殺した力量と、権力への無欲さが、自分をケベックの猜疑の的の外に置いた。


とにかく、今は溶け込むことだ。


出来れば三ヶ月でひと区切りつけたいとも思っている。


鋭い矢の音が聞こえてきた。


ケベックは、一日に一回は弓の練習をしている。


恐ろしく達者な腕の持ち主で、この城に敵が攻めて来た際も、自分の弓だけで何度か敵の頭領や指揮官を討っている。


殴り合いならともかく、戦場で立ち向かえば自分は確実にこのエルフに殺されるだろう。


ガノンなら、このエルフの矢を躱せるのだろうか。


そんなことをふと思ったが、すぐやめた。





ドロスがやけにピッキーというヒヨコ男を気に入っている。


一度、殴り合いになったらしいが僅差でドロスが殴り勝ったらしい。


それで仲が良くなり、今では二人で毎晩飲み明かしているというから蛮人共の考えることはわからない。


ケベックは、ヒヨコ男のことを調べさせたが、確かに嘘はついていないらしい。


信用しきれない部分はあるが、そもそも自分は他人を信用することが絶対に無いのだから、ちょうど良いバランスなのかもしれない。


ケベックとしては、王になろうという程の野心も無いが、叛徒でありながら今より安定的に自分を守りたいという願望はある。


始めはこの城だけで十分だと思ったが、この城だけでは物資が足りなくなる可能性が出て来ている。


そうなると、生産性のある場所を勢力下に置きたいが、それもまた兵力が要る話しで、結局は兵を率いる存在が必要になる。


ドロスは腕っぷしは強いが、頭が悪すぎる。


ヒヨコ男は、ドロスほどの腕力は無いにせよ、おそろくただの馬鹿では無い。


自分ほどの知恵は無いにしても、戦わずに逃げるという選択肢も取れる奴だ。


そういう人材が、ちょうど欲しいと思っていた。


何よりケベックにとって好ましいのは、ピッキーが人間では無いということだ。


ケベックは人間が嫌いだった。




ケベックに呼ばれたから、何事かと思えば頭領をやれと言われた。


ケベック、ドロスに次ぐ三番目の頭領らしい。


人の上に立ったことなど無いと一度は断ったが、それでも良いからやれと言う。


変にかどが立つのも良くないと思ったので、仕方なく引き受けた。


本当はガノンに相談したいところだが、ガノンとはまだ連絡が取れない。


焦る気持ちを必死に抑えた。


いま、ここで焦ってしくじったら、絶対にケベックの疑念を招く。


潜入して欲しいとは言われたが、まだ具体的に何をするのかは言われていない。


それなら、今は流れに身を任せて逆らわないことだ。


その夜もまた、ドロスと飲み明かした。


ここ数日、ピッキーはドロスに不思議な感情を抱いている。


ドロスは頭は間違いなく悪い。


しかし、他者を疑うということをあまりしない。


少なくとも、一度打ち解けた相手のことは疑わない。


ドロスはピッキーを相変わらずヒヨコと呼ぶが、何故かドロスに言われると腹が立たないのだ。


最初にドロスと殴り合いになった時は、やはりドロスがピッキーをヒヨコと呼んだのがきっかけだったが、その後二人で飲み明かすようになると、ドロスが自分をヒヨコと呼ぶ響きに、自分を見下している感じが全くないことに気がついた。


ドロスが自分を友達と呼ぶことに、ピッキーは背中がくすぐったくなるような感覚をいつも感じている。


『ところで、ヒヨコよぉ。お前、家族は居るのか?』


『家族?』


久しく聞かなかった言葉だった。


聞いたとしても、自分には縁が無い言葉だ。


『知らねぇな。俺は一人で生まれて、一人で生きてきた。』


『そりゃあ、おかしいぜ、ヒヨコよぉ。』


『何が?』


『だってよぉ、親がいねぇのに、俺もお前も生まれるわけがねぇんだからよ。きっと親は居るし、家族も居るにちげぇねぇよ。』


確かにそうだ。


親が居なければ、自分が生まれてきたわけがない。


ただ、少なくとも親の記憶は無い。


誰かから育てて貰った記憶も無い。


いつも吊り上がったままの凶暴な目つきのまま、酒をあおって考えないようにした。


しかし、ドロスの言葉が何故か自分の胸に刺さって離れない。


『俺はよぉ、親父もお袋もいねぇが、ばあちゃんはいるんだよ。』


『ほう。まだ生きてるのか?』


『きっと生きてるさ!』


髭面の中年ドワーフはいきなりそう叫ぶと、ピッキーと変わらぬ程度の体を丸めて、今度はむせび泣きを始めた。


『会ってないのか?』


『あぁ。俺は悪いことばかりして、村に戻れなくなっちまったからよぉ。ばあちゃん、会いてぇなぁ。』


なんと声をかけて良いのかわからない。


自分には家族が居ない。


だが、ドロスには家族が居るが会えない。


そういった感情はわからないはずだったが、何故こんなに自分の胸が重くなるのか、ピッキーはうつむきながら少し混乱していた。


『会いに行こう、いつか。』


思わぬ言葉が自分の口から出たことに、言葉を発したはずのピッキーが驚いた。


『ばあちゃんにか?』


『そうだ。この城のことで、ケベックが色々考えてやがるが、その色々が片付いたら二人でお前のばあちゃんを迎えに行こうや。』


『迎えに?ばあちゃんをか?』


『そうすりゃ、毎日ばあちゃんに会えるじゃねぇか?』


『おお!そうか!そうだよな!ヒヨコ、お前頭良いんだな!』


頭が良いと言われたのは生まれて初めてだが、他者の家族のことで口出ししたのも生まれて初めてだ。


どうも、今日は調子がおかしい。


酒のせいだろうか。


ドロスは、一人で納得したように笑顔で何度も頷くと、豪快に酒をあおっている。


『ヒヨコよぉ、ありがとうな。』


『どうした?いきなり。』


『俺だけじゃあ、こんな名案は思いつきもしなかった。俺は一生恩にきるよ!』


『大げさな奴だ。』


何かを隠すようにピッキーも酒をあおった。


『お前も俺の家族だからな!』


コップの酒は飲みきったが、ピッキーは顔を上げたまま動けなくなった。


『俺もお前も家族なら、寂しい気持ちも半分になるだろ!』


ピッキーはまだ顔を上げたままだ。


当分、顔を下ろすことは出来そうに無かった。

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