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年下彼氏 永原さとみ編 その三

作者: さくら おさむ

年下彼氏 永原さとみ編 その二の続編です。

その三を読む前に年下彼氏 永原さとみと年下彼氏 永原さとみ その二を読んで頂ける幸いです。

「あの、何が見えたですか?」


 マキノさんが私達の行動に理解できず、たまらず聞いてきた。

 当事者を置いてきぼりにしてしまった。

 いけない、説明をしないと。


「実は昨日今日撮影したところを全て英語でやれたらいいなと思った。いや、英語でやりたい」

 

 私は真剣な顔で二人に言った。

 

「でも、それは字幕で補うって事になっているはずですけど……」

「マキノさん、私も字幕で補えばいいと思っていました。ですが、二人の英会話を見ていた時に気付きました。これは字幕では到底できない」

「いえいえ、できますよ。海外の映画がなんて結構英語の字幕になっていますよ」

「でも、全てを伝えることはできません。全てを伝えたいなら、やっぱり字幕は止めた方がいいと思います」


 私は断言するとマキノさんはこれ以上言えなくなっていた。


「撮影は終わっているから、これもやりたいと言うのはいくらなんでも難しい……けど、さとみさんはそれをやりたいだよね?」


 慎太君の問いに私は頷く。

 それを見て慎太君は仕方ないなという顔をしていた。


「わかった。でも、一週間だけ時間をちょうだい。すぐにはいいプランが出せないから」


 それだけ言った後、マキノさんの顔を見て言った。


「マキノさん、来週は予定有りますか?」

「よ、予定ですか!? 予定はありません。時間空いています!」

「じゃあ、決まり。来週よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 顔を真っ赤になりながら、頭を下げていた。

 なんか、傍から見たら慎太君のデートの申し込みを受けた感じがして、少し面白くない。

 マキノさんは真っ赤な顔のまんま私達と別れた。

 やっぱり面白くない。

 すると、慎太君は私の側に来た。


「さとみさん、ごめん。不快な思いさせて」

「ううん、気にしていないよ」


 しまった、顔に出てしまった。

 これはあくまでも仕事だ。

 それなのに私用と仕事と混同してしまった。

 ああ、情けない。

 そんな事を考えていたら、慎太君が「ここで少し待っていてくれますか? すぐに戻ってきます」と言って、どこかに行ってしまった。

 三分ぐらいしたら、紙袋を手に戻ってきた。


「さとみさん、お待たせしました。」


 額に汗をかきながら言う。

 できる限り待たせないようにしてくれたと思うと嬉しくなる。

 そして紙袋に手を入れる。

 出てきたのは白いキツネのぬいぐるみだった。

 

「これ好きなのかと思って、お詫びにと思って買ってきました」


 あ、見てくれていたんだ。

 さっき、お土産屋さんでこの白いキツネのぬいぐるみが可愛いなと思っていただよね。

 まさか、プレゼントしてくれるなんて考えても思わなかった。

 私は白いキツネのぬいぐるみを見ながら笑顔になる。


「機嫌が直って良かった。このキツネのぬいぐるみ可愛いですからね」


 うん。確かにこのぬいぐるみは可愛いけど、どっちかというと慎太君からのプレゼントってところが嬉しいだけどね。

 紙袋を見るともう一体入っているぐらいの膨らみがあった。


「ねえ、その紙袋の中にもう一体入っているの?」


 その問いかけに慎太君は一瞬だけビクついた。

 やっぱり入っているんだ。

 少し渋った顔をしながら、中身を出した。

 出てきたのは茶色のキツネのぬいぐるみだった。


「なんか、見ていたら欲しくなってきたので色違いのを買ってしまいました」

「へえ、慎太君もこういうのが好きなんだね」

「そういう事を言われると思っていたから隠していたのに」

「ごめんごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないの」


 今度は慎太君が不快な思いになってしまったので、慌てて謝った。

 すぐに笑顔になって「いいですよ。気にしていませんから」と言ってくれた。

 二体のキツネを並べてみる。

 こうして見てみたら、仲のいいキツネ見える。

 なんだか、ほっこりしてしまう。

 慎太君を見ると同じようにほっこりしていた。

 私達は二体並んだキツネをスマホで撮った。

 そして、それを待ち受け画面にした。

 多分、他の人達が見たら何でこの待ち受けにしているだろうと思うだろうな。

 それを考えると二人だけの秘密ができたと思えて嬉しくなる。


 一週間後。

 私と慎太君、かなさんとともさん、そしてマキノさんは嵐山に居た。

 なぜ、嵐山に居るのかというと慎太君の提案である。

 二週間後には先週撮影された動画のプロトタイプが大都電気鉄道と我が社だけ限定で発表される。

 それには英語の字幕も載るだろう。

 そこで嵐山電車の観光動画英語バージョンを発表する。

 素材が有れば大都電気鉄道の人達に説得しやすい。

 ただ、これが成功するという保証は無い。

 大都電気鉄道側が私達の考えに賛同してもらわないと意味が無いからだ。

 この動画はそれだけ重要なのだ。

 私はみんなの前に出て挨拶をする。


「今日は忙しい中、私のわがままにお付き合いして頂いてありがとうございます。撮影終了後には打ち上げも用意しています」

「やった! 四嶋亭だ!」


 かなさん、勝手に店を決めないで。

 

「かなさん、それはいくらなんでも無理です。勘弁してください」

「やっぱりダメか」

「朝日、ダメに決まっているでしょう」

「言えばなんとかなるかなと思ったけどな」


 なんとかなることはありません。

 まあ、かなさんも本気で言っているわけではなさそうだ。

 マキノさんの方を見ると若干渋い顔をしていた。

 ……気持ちはお差しします。

 

「ともさんかなさん、時間が無いから撮影始めましょう」

「「はーい」」


 返事をするとすぐに準備を始めた。

 ともさんはカメラの調整、かなさんはマキノさんのメイクをした。

 慎太君とマキノさんは英訳された台本を読んでいた。

 三十分後、準備を終えて撮影を始めた。

 英語を喋る二人。

 先週と同じものを撮影しているのに全く違うものにみえる。

 これがバイリンガルの底力なのか……。

 なぜ、そこまで思わせるのかというと……。

 撮影を見ている周りの日本人はキョトンとしているが外国の方々(特に英語圏に住んでいると思われる人達)は感心していた。

 日本語の時はあんなに時間が掛かったのに、あっという間に終わってしまった。

 慎太君が私のところに来た。


「ねえ、予定より早く終わったから他の場所も撮影する?」


 確かにもう一か所か二か所ぐらい撮影する時間がある。

 

「時間はあるけど、台本が無いよ。さすがに台本と同じセリフにしないと違和感が出てしまうよ」

「大丈夫、台本なら持ってきてあるから」

 

 そう言いながら、深草稲荷と清水石八幡宮の台本二冊出した。

 用意がいいな……。

 もしかしたら、あの語学力ならすぐに終わると思っていたのだろうな。

 それを考えると慎太君はやっぱり頭がいい。

 打ち上げにもまだ時間があるので、深草稲荷に行くことにした。

 

 深草稲荷に到着。

 私は「リハーサルしますか?」と尋ねたら、慎太君とマキノさんはほぼ同時に「大丈夫、すぐに行けるよ」「大丈夫です。今すぐやれます」と返事が来た。

 すぐに撮影に移れるのはいいのだが、ほぼ同時に返事をしたのが少しだけ引っかかる。

 いかんいかん、これは仕事だ。

 余計な事を考えるのは止めよう。

 私は自分にそう言い聞かせて、撮影を開始した。

 やっぱりここでも外国の方々に注目された。

 撮影終了後には二人は外国人に囲まれていた。

 ちょっとしたスター状態だ。

 十分ぐらいしたら、二人が私達のところに来た。

 かなり疲れた様子だ。


「二人とも、大丈夫?」

「大丈夫だけど、疲れた」

「私もです」


 私は近くの自販機に行ってお茶を買って、二人に渡した。

 慎太君が一口飲んだ後に言った。


「深草稲荷の観光スポットの説明しているだけなのに、ここのおすすめお土産なんだと聞かれた」

「私はここから祇園に行くにはどうすればいいのかと聞かれました」


 英語を喋れるというのはメリットばかりじゃないだな……。

 二人を見ているそんな事を思ってしまう。

 

「でも、教えただよね?」

「一応ね。満足するのかわからないけどね」

「はい。私でもわかる場所で良かったです」

「なんやかと言っても、教えてあげるですから堅田君もマキノさんもいい人ですね」


 二人の返答を聞いて、ともさんは感心をしていた。


「うんうん、二人共よくやった。これでこそ私の部下だ」


 かなさんは慎太君とマキノさんの行動を褒めていた。

 ただ、マキノさんは我が社とは無関係なんですけど……。

 

「時間がまだあるから、清水石八幡宮に行きましょう」

「慎太君、清水石八幡宮は行くのはやめますか?」


 私の言葉に慎太君は驚く。


「何で?」

「色々考えたけど、さっきみたいに撮影が終わると外国の方々に囲まれるのは正直勘弁したいです」

「まあ、それは言えるね」

「それと本題からずれてきているから、ここで修正しないといけないと思いまして……」


 そういうと慎太君の顔が変わった。


「気付いていたですか?」

「今、気付いた」

「気付いたって、何かですか?」


 マキノさんは私達の話を聞いていたらしく、質問をしてきた。

 

「実はこの動画を作るきっかけなんですが、京都に来ている海外の観光客を大津に来て貰うという考えからスタートしました。ですが、現状は本来の目的とは違う方向に進んでいます」

「それは京都ばかり撮影している事ですか?」

「そうです。ですが、これは大都電気鉄道から依頼ですから仕方ないです」

「じゃあ、何か問題があったですか?」

「問題というほど大袈裟ではないですが、海外の観光客向けに作ったつもりが慎太君の女性ファンが増えるという事態です。知名度が上がったということに関しては成功しましたが、本来の目的という観点では失敗です」

「なるほど、そういうことですか」

「これに関しては僕の企画の煮詰め方に問題が有りました。もし、大津の動画を作成した時点で英語バージョンも製作していれば、結果が変わっていたかもしれないです」

「そんな事は無いですよ。私は大津の動画もいいと思います! 自信を出してください!」


 私の時と慎太君の時の反応が違うな。

 まあ、マキノさんの気持ちは多分……なんだろうな。

 だけど、それに関しては私は譲るつもりは無いけどね。

 

「あの、結局どうするの?」

「清水石八幡宮に行くの? 行かないの?」


 ともさんとかなさんは私達のやりとりの長さにしびれを切らして聞いてきた。


「ともさんかなさんごめんなさい。清水石八幡宮は止めます。大津の坂本大社に行きます。いいでしょうか?」

「いいよ。一度撮影した場所だから返って助かる」

「うん。異議なし」


 ともさんかなさんは了承してくれた。

 私は慎太君を見た。

 優しい笑顔で頷いた。

 次にマキノさんを見る。


「大変申し訳ないですが、坂本大社の撮影に協力して頂けますか?」

「もちろん、引き受けさせて頂きます」

「ありがとうございます」


 私は深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。本当に助かります」


 慎太君はマキノさんの手を握りながら言った。


「い、いえ。これも仕事ですから」


 顔を真っ赤にさせながら言った。

 慎太君、そこまでしなくてもいいよと言いたいが言って場の空気が悪くなるのも嫌だなので黙っていた。


「坂本大社で撮影はいいけど、誰か台本は持っているの? 僕は持っていないよ」


 慎太君が言うと私はしまったという顔をした。

 そうだ、京都の撮影ばかり考えていたので大津の台本は無い。

 どうしよう? 家に取り帰っていたら撮影はできなくなる。

 頭を抱えていたら、マキノさんが私に尋ねた。


「永原さん、坂本大社の動画ってどこに上がっていますか?」

「このカードに載っているQRコードをスマホのカメラで撮っていただければ動画が見ることができます」

「そのカードを貸して頂けますか?」

「どうするんですか?」

「動画を見てセリフを覚えます」


 マキノさんの無謀とも言える発言に私は言葉を失う。

 

「それは可能ですか?」


 慎太君が私の疑問に思っていたことを代わりに聞いてくれた。


「堅田さん、大丈夫です。信じて下さい」


 マキノさんの真剣な顔にみんなが黙る。


「じゃあ、お願いします」

「お願いされました」


 慎太君のお願いにマキノさんは笑顔で応えた。

 うーん、やってくれるのは嬉しいけどなんか心の中がもやもやする。

 けど、慎太君の本当にやりたい事は悔しいけど私にはできない。

 この中ではマキノさんだけしかできない。

 私は自分の無力さを恨んだ。


 坂本大社に到着。

 周りを見ると前回よりも参拝者が多い。

 これも動画の成果だろうと思いたい。

 私は坂本大社の神主に頼んで撮影許可貰った。

 

「慎太君、マキノさん、セリフの方は大丈夫でしょうか?」


 私は心配しながら聞いた。


「さとみさん、僕は大丈夫ですよ」

「永原さん、私も大丈夫です」


 二人とも自信いっぱいの顔で言った。

 私達は撮影を開始した。

 幻想的な雰囲気の場所で飛び交う英語。

 

「やっぱり、あの二人英会話力凄いね」

「それだけじゃないよ。聞き取りやすくする為にワザと速度を少しだけ遅くしている」


 ともさんかなさんは二人の演技を見ながら感心する。

 やっぱり、そうなのか。

 私でも聞き取れると思っていたら、速度を遅くしていたのか……。

 しかも、嵐山の時と深草稲荷の時と同じ速度で喋っている。

 普通だったらバラバラの速度になるのに、それが全くと言ってもいいぐらい無い。

 なんか、悔しい。

 こんな事ならもっと英語を勉強しておけば良かった。

 撮影が終わると周りは人だかりができていた。

 

「あれって、堅田さんだよね?」

「本当だ。堅田さんだ」

「英語もできるんだ」

「私、外国語大学卒だけど、あんなにも流暢に喋ることできない」


 四人の女性が慎太君の事を褒めていた。

 自分がやったわけじゃないけど、嬉しくなる。


「相手の女の人もいいよね」

「うん。理想のカップルだね」

「美男美女。この言葉がぴったりはまる」


 うーん、やっぱりそう見えるのか……。

 世間の評価を目の当たりにすると胸が苦しくなる。


「そうかな? 私は違う気がする」

「え? あの二人を見て美男美女に見えないの?」

「違う違う。そっちじゃなくて、理想のカップルの方だよ」

「えー、違うの?」

「うん。動画だといいなと思うぐらい理想のカップルだけど、さっきの撮影だとなんか違う感じがするだよね」

「違うって、何が違うの?」

「うーん。言葉では説明できないだけど違うだよね」

「何それ」

「まあいいや。次はミシガンクルーズに行こう」


 四人の女性はその場を離れた。

 他の女性の人達は私達には近づかずにスマホのカメラで撮影していた。

 被写体はもちろん慎太君だ。

 慎太君は決して気取ることなく自然体にしていた。

 その自然体が女性に対して好感度が上がる。

 

「さとちゃん、まだ撮影するの?」

 

 かなさんが聞いてきたので、私は時計を見る。

 店の予約時間が迫っている。これ以上の撮影はできない。

 

「かなさん、これで終わりにします」

「終わった。で、どこで打ち上げするの?」


 あれ? てっきり、四嶋亭って言うと思っていただけにちょっとだけ拍子抜けした。


「永原、さすがに四嶋亭は無理って事はわかっているよ」

「そうだよ。うちの会社の給料じゃあ一人でも大変だよ。それが五人分となるとさとちゃんが今月生活ができなくなるよ」


 なんだ、わかっていたんだ。

 正直、ほっとした。

 もし本当に四嶋亭にしてほしいって言われたら、どうしようかと考えてしまった。

 私は慎太君とマキノさんを呼んだ。


「慎太君、マキノさん、お疲れ様でした。今から予約した店に行きますけどいいですか?」

「いいですよ」


 慎太君は快く返事してくれた。


「私も一緒に行ってもいいですか?」

「もちろんですよ。是非来てください」


 私はマキノさんを誘った。

 だけど、マキノさんはなんか渋っている。

 

「やっぱり、止めます」

「なぜですか?」

「この後、用事がありますのでこれで失礼します」

「マキノさん、待ってください!」


 私は大声で呼んだがマキノさんはそのまま走り去った。

 

「行っちゃったね」

「永原、どうするの?」

「電話はしてみる?」

「LINEで電話してみます」


 私は電話するが繫がらない。

 やっぱり、出ないか……。

 私達は仕方なく、マキノさん抜きで打ち上げになった。


 草津駅近くにある居酒屋。

 なぜ、ここで打ち上げにしたかというと酒を飲んでも電車に乗って彦根に帰れるからだ。

 ただ、ともさんとかなさんは「酔っても堅田君の家に泊まれるからね」と全く違うことを言われた。

 まあ、慎太君の事も多少なり気は使ったことは事実だけど、決して二人が思っている事は一切考えていない。

 私は立って挨拶する。


「今日の撮影、お疲れ様でした。色々、不手際が有りましたところこの場借りましてお詫びします」

 

 私は頭を下げてお詫びする。

 

「本当に皆様のおかげで無事に撮影が終了しました。ありがとうございました」


 私は再び頭を下げた。


「さとちゃん、堅い挨拶はここまでにして打ち上げを始めよう」


 かなさんは私の挨拶が長くなると思ったのか、早く切り上げようとしていた。

 正直私自身この手の挨拶は苦手で、喋っているとあれも言わないとこれも言わないと考えているうちに無駄に喋っていることが多い。

 だから、返って助かる。

 

「じゃあ、撮影お疲れ様でした。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 私の乾杯の音頭に合わせて三人は乾杯した。

 焼き鳥、枝豆、ビールと酎ハイを飲んだり食べたりしていた。

 ほろ酔い気分になった頃、ともさんがマキノさんのことを言った。


「ねえ、永原。あのマキノって言う女の人だけど、ちょっと注意した方がいいよ」

「それって、慎太君に恋している事ですか?」

「知っていたの?」

「ええ、まあ」

「あれは私でもわかるね。純粋をそのまま体現化したと言っても過言じゃないね」


 どうやら、ともさんとかなさんは気付いていたようだ。

 

「で、どうするの? さとちゃん」

「どうするとは?」

「だから、マキノさんの件だよ」

「うーん」


 かなさんに言われて、考えてみるが答えが出ない。


「永原、その様子だと何も考えてないな」

「はい」

 

 ともさんに的確な事を言われて、言い返す言葉が出ない。

 やれやれと顔をしながら言った。


「こんな言い方は良くないけど、マキノさんは注意した方がいい。間違いなく堅田君を狙っている。今は大人しくしているけど、絶対に思い切った行動してくる」


 酔っているとは思えないぐらいの真っ直ぐな言葉を突き付けてきた。

 

「撮影のシチュエーションとはいえ、必要以上に身体を密着させているんだよ。完全に永原を試しているとしか言えない。私だったら、撮影を止めてでも引き離すよ」


 そう言われるとそんなシーンが多かったな。

 

「自分が本命だから大丈夫と思っているととんでもないところから足元をすくわれる事になるよ」

「そうよ。本妻だから安心していたら駄目だよ」

「朝日、今真剣な話をしているから邪魔しないで」


 ともさんの真面目な話にかなさんがちゃちゃを入れたら、真顔で言われたのでさすがのかなさんも黙ってしまう。


「永原、余計なお世話かもしれないけど一応言っておくね。マキノさんをこれ以上調子にのせたら駄目。自分は堅田君の彼女だと全面的に出す事。それだけでもやっておくだけ相手が引くことあるからやっておいた方がいいよ」

「……わかりました」


 私はともさんの迫力に負けてしまい、一言だけ返事するのが精一杯だった。

 これも私のことを心配してくれているからの行動だろう。

 素直に聞いておこう。

 となると、次に行くのは……。


「堅田君」


 やっぱりだ。

 ともさんの矛先は慎太君に向けられた。


「堅田君はマキノさんのことをどう思っているの?」

「仕事仲間だと思っています」

「本当に?」

「本当です」


 こっちに来るとわかっていたのか、即答で返していた。

 

「そう言っているけど、本心はいい女だなと思っているでしょう?」

「それって、どういう事ですか?」

「知らないふりしてもわかっているだから」

「本当にわからないですけど……」


 慎太君の顔を見ると本当にわからないという顔している。

 だけど、ともさんは慎太君のわからないという顔がわからないみたいだ。


「だから! 永原よりスタイルがいいとか、美人とか思っているでしょ?!」


 そう言われると慎太君は気付いたようだ。

 そこまで言われないと気付かないのかな……。

 それとマキノさんの比較をするのに私を引き合いに出すのは止めてほしい。

 そんな事は自分自身が一番わかっているから……。


「確かにマキノさんは美人でスタイルはいいですね」

「やっぱり」

「でも、自分にはさとみさんという彼女がいますから関係無いですよ」


 屈託も言ってのけた。

 その言葉を聞いて、ともさんは二句を告げる事はできなかった。

 あそこまであっさり言われるとこうなるね……。

 ともさんは少し考えた後、言った。


「ここまで、はっきり言われたらそれ以上言う必要が無いね」


 よかった。どうやら、この問答は終わりそうだ。

 私はほっとした。

 と、思っていたらともさんが小さな声で呟いた。


「なんで、私には堅田君みたいな男に出会えないのかな?」

「え? 今、何て言ったの?」


 ともさんから出てきた言葉に私は思わず聞き返してしまった。


「だから、堅田君みたいな男に出会えないのかなと言ったの」

「あの慎太君は……」

「心配しないでいいよ。人の彼氏を取るほど、野暮じゃないよ」

「じゃあ、なんで?」

「さとちゃん、それは私から説明するよ」


 かなさんが話に入ってきた。

 本人から聞くより周りから聞く方が良さそうだ。

 実際にともさんは独り言を言いながら、一人の世界に入ってしまったからだ。


「ともちゃんの付き合った男性全ての人達がスタイルいい女性に取られた経緯があるから、少しだけ男性不信が入っているだよね」

「そういうことですか」

「それなのに堅田君があのような発言をしたから、ともちゃん的には羨ましいだろうね」


 だから、慎太君にしつこく質問をしていたのか……。

 でも、私のことを心配してくれるかあの質問してくれただろう。

 実にともさんらしい行動だ。


「でも、正直私もさとちゃんの事が羨ましいよ。あれだけの女性が目の前に居てもぶれないなんて、普通はありえないよ」

「確かにそれは言える」

 

 この意見だけはさすがに認めるしかない。

 

「だから、さとちゃんも堅田君よりいい男と出会っても浮気しちゃダメだよ」

「しませんよ」


 全く、余計なことだけは言うだから……。

 確か撮影の打ち上げだったはずなのに、いつの間にか私と慎太君の仲について話になっている。

 今さら軌道修正もできそうもない。

 仕方なく二人が気が済むまでこの話をすることにした。


 打ち上げも終えてともさんとかなさんは家に帰った。

 私と慎太君は駅に向かっていた。

「さとみさん、これで撮影が終わりましたね」

「後は編集だけですね。なんとか、発表会までには完成させたいね」

「うん。まあ、一度編集したことありますから、この前よりは早くできると思います」


 自信たっぷり言っていた。

 うん、実に頼もしい。

 そうしていると駅に着いた。

 私はカードを出して改札口に向かおうとすると慎太君が私の手を握った。


「さとみさん、帰る前に一つだけ言っておきたいことがあります」


 その顔はいつになく真剣だった。

 私はそれを見て黙って慎太君の顔を見る。


「居酒屋の会話の件ですけどマキノさんが魅力的な女性です。ですが、僕はこの先どんな素敵な女性が現れてもさとみさんを裏切るような行為はしません。約束します」


 他の人達にも聞こえるぐらい声で言った。

 周りの人達が私達を見ている。

 少し恥ずかしい。

 いけない、返事しないと。


「うん、わかった。その言葉を信じる」

「それだけです。では、明日」


 それだけ言うと手を離して、慎太君は家に帰っていた。

 私は改札口をくぐり抜けてホームに居た。

 何人かの女性は私を見て、こそこそと話をしている。

 多分、あの現場に居たのだろう。

 だけど、私はそんな事は一つも気にしていなかった。

 頭の中はあの言葉だけが繰り返されていたからだ。

 何度思い出しても嬉しくなる。

 今日はこの出来事だけ十二分幸せだ。

 明日も仕事を頑張ろう。


 二週間後。

 私と慎太君は大都電気鉄道本社に居た。

 今日は大都電気鉄道のPR動画プロトタイプ発表の日だ。

 この発表会は大都電気鉄道の幹部が拝見する。

 つまり、この発表会は我が社の社運が掛かったプロジェクトだ。

 昨日なんか普段は滋賀支社に来ない社長が来て激励をした。

 激励してくれるのは嬉しいが別の仕事の納期が迫っている時に来られても迷惑なだけである。

 そんな事を考えていたら、大都電気鉄道の社長を始めとした幹部と思われる人達が続々入室してきた。

 私達は慌てて席を立つ。


「君たち、立たなくてもいいよ」


 社長が座るように促されたので、素直に座った。

 全員が席に座ると社長が言った。


「会議を始める前にあちらに居る人達を紹介する。堅田さんと永原さんだ」

 

 社長から紹介されたので私達は立ち上がって一礼する。

 結局立つことになるのか。


「京都大津電気鉄道のPR動画制作してくれて、今回は大都電気鉄道と嵐山電車の製作にも協力してくれた。お礼をさせてもらう。本当にありがとうございます」


 社長は立ち上がるとその場に居た社員全員が立ち上がった。


「ありがとうございます」


 私達に向かって一礼する。

 一流会社の幹部の人達に頭を下げられるとどうしていいのかわからなくてあたふたしそうだ。

 慎太君をちらっと見る。

 堂々と立っている。

 私とは全然違うな。

 社長が座ると全員座る。

 私達も慌てて座る。


「それでは会議を始める」


 その瞬間、一気に緊張感が高まった。

 

七条(しちじょう)、今回の議題を言ってくれ」

「はい」

 

 返事と共に女性が立った。

 多分、秘書だろう。


「今日は先日撮影した我が社の大都電気鉄道と子会社の嵐山電車のPR動画プロトタイプ版を見て頂きます。意見等は動画を見た後でお願いします。」


 それだけ言うと照明が消えた。

 天井からプロジェクターが出てきた。

 同時に壁が左右に開いてスクリーンが登場。

 さすが関西大手私鉄、設備が我が社とは比にならないぐらい豪華だ。

 映像が流れる。

 やっぱり、プロが撮影しただけあって画像は綺麗で編集は完璧だ。

 自分達が作った動画を今すぐ消したいぐらいの気分になる。

 動画が終わり、部屋が明るくなる。


「見てもらったが、意見はあるか?」


 社長が言うと何人か手を上げた。

 秘書が手を上げた人の名前を言う。

 指名された人が意見を述べる、それを社長自ら回答する。

 厳しい意見もあったが、それでも回答した。

 決して、問題を先送りしない。

 どこぞの政治家も見習ってほしいものだ。

 だいたい、意見が出揃ったと思ったところで一人の男性が手を上げた。



祇園(ぎおん)さん、どうぞ」

「この企画は外国の方々にPR動画とお聞きしましたが、字幕が少し多いと思いますがあれではせっかくの背景がほとんど見えません。これはどうにかなりませんか?」

「うーん、確かにそれは気になっている。が、セリフと同じにするとどうしてもあれぐらい長い文章になるからな。字幕を右から左に流す方法を一度やってみるか?」


 社長が腕組みしながら、背もたれに身体を預ける。


「あの、その件に関して僕からお話があります」


 慎太君がそう言いながら手を上げた。

 この空気で手を上げるなんて度胸が有り過ぎる。

 

「なんだ君は? 部外者は黙っていてくれないか」


 やっぱり、こうなるよね。

 すると、社長がトーンを落として言う。


上坂(こうざか)、会議を始める前に言ったはず覚えてないのか?」

「お、覚えてます。ですが……」

「ですが?」

「いえ、なんでもありません」

「意見を引っ込めるな」


 こ、怖い。圧力が尋常ない。

 本当に大都電気鉄道の社長なのかと思えるぐらい。

 上坂さん、恐る恐る言った。


「これは我が社の事であって、他社の人が口出すのはどうかと思うですが……」

「確かに堅田さんと永原さんは他社の者だ。だが、この二人の京都大津電気鉄道にもたらした利益は多いぞ。七条」

「はい。決算まだなので正確な数字ではないですが、今時点でも前年と比べると三割の利益増です」


 三割もあるんだ。てっきり、一割ぐらいだと思っていた。


「三割だけですか」

「あの路線で三割の利益を増やすとはあの二人なかなかやり手だぞ」

「あのPR動画なら、自分でもできます」

「じゃあ、なぜあの二人より先にPR動画を作らなかったのか?」

「そ、それは私の仕事では無いですから……」

「確かに上坂は車両が担当だからな」

「そ、そうです」

「だが、月一回の会議は会社をより良くする為にしているつもりだけど、上坂にはその辺が欠如しているな」

「……申し訳ありません」

「まあ、いい。いい機会だ、これを機に認識させておこう。月一回の会議は各部署の報告だけではなく会社に利益になるアイデア出し合う場だからな。みんなも覚えておくように」


 社長が言うと一斉に「はい」と返事が返ってきた。

 

「堅田さん、話を折らしてすまないかった。君の意見を聞かせてくれないか?」


 社長は普通の声トーンに戻して慎太君に振ってきた。

 切り替えが早い人で良かった。

 

「はい。実は字幕の件に関しては僕と永原は気になっていました。ですが、京都大津電気鉄道を製作した時点ではあれが精一杯でした」

「ということは、解決しただな」

「はい。一度、その動画を見て頂けますでしょうか?」

「もちろん、拝見させてもらおう」


 慎太君はパソコンを社長のところに持っていこうとしたら「どうせなら、プロジェクターを使おう。七条、堅田さんのパソコンを繋げることできるか?」

「OSがウィンドウズだったら行けます」

「自分のパソコン、ウィンドウズです」

「それなら大丈夫です」


 慎太君は七条さんに教えてもらいながら、準備をしている。


「永原さん」

 

 社長が私に話をかけてきた。

 何を聞かれるだろう……。

 

「このアイデアは誰が思い付いたですか?」

「これはしん、いえ堅田のアイデアです」

「ほう。堅田さんか」

 

 社長は慎太君を見る。


「ですが、きっかけをくれたのは永原です」


 慎太君は設定しながら話す。


「いくら、アイデアがあってもきっかけとそのアイデアを生かせる場所が無意味です。永原はそのきっかけをくれました」

「なるほど、堅田さんの言う通りだ」


 そう言いながら、社長は私を見て笑う。

 なんだろう?


「何かありましたか?」

「いやいや、なんでもないよ」


 と言いながらもやっぱり笑っている。

 気になるな……。


「社長、準備ができました」

「おう、意外と早かったな。もう少しゆっくりでも良かっただけどな」


 少し残念そうに言った。

 どうやら、なにか企んでいたらしい。

 そんな事を思っていたら、室内が暗くなった。

 プロジェクターに私達が撮影された動画が映し出された。

 映像はほとんど同じ。音声は全て英語。

 なんだか、映画館に居る気分になる。

 動画が終わり室内が明るくなる。

 会議室は静かなままだ。

 どうしよう?


「これが僕が出した答えです」


 慎太君は自身満々に言った。

 それに上坂さんがすぐに反応する。


「答えって、ただ、日本語を英語にしただけじゃないか?!」

「はい。日本語を英語にしただけです」

「そんな誰だってできる!」

「上坂、悪いだけど黙ってくれるか! 堅田さんの話はまだ終わっていないぞ!」

 

 社長が怒鳴った。

 上坂さんは社長の顔を見てぎょっとする。

 どうやら、逆鱗に触れたらしい。

 他の人達を見ると「ああ、やっちゃったな」という顔をしていた。

 この様子だとこの会議が終わった後、上坂さんはただではすまないようだ。


「堅田さん、話の腰を折ってすまなかった。続けてくれるか?」

「あ、はい。僕自身、字幕の件に関していろいろ考えていましたが、やっぱり翻訳して喋った方が見ている人にも一番わかりやすいと感じました」

「うーん、確かに実物を見せられるとその通りだなとしか言えないな」

「試しにいろんな字幕をやってみました。拝見してみますか?」

「是非とも見させてほしい」


 社長が言うと慎太君はすぐさまパソコンを操作し始めた。

 プロジェクターに動画が映し出される。

 三パターンの映像が出る。

 うーん、どれを見ても翻訳して喋った方が一番いい。

 

「どうでしょうか?」

「……決めた。プロトタイプはお蔵入りにする。改めて、翻訳バージョンを撮影する」

「え! 没にするですか?!」


 経理部長が驚く。

 無理もない。何百万円もかかった製作費がパーになるだから。

 

「没にしない。どこかで使うつもりだよ」

「それでも何百万円の製作費をどこから捻出すればいいですか?」

「京都大津電気鉄道で得た利益で製作すればいいだろう」

「あの利益だけでは嵐山電車か八幡伏見エリアのどっちらかしか撮影できません」


 それを言われると社長は腕を組んで考える。

 会議室は静まり返る。

 私は遠慮がちに手を上げる。


「永原さん、いい案があるかね?」


 私は立って言った。


「どっちか一つ選ぶとしたら、嵐山電車の方がいいと思います」

「ほう。その根拠は?」

「車両と駅が少ない方がやりやすいと思ったからです」

「それだけ?」

「それだけです」


 私が言うと会議室全体が失笑の渦になる。

 さすがにさっきの上坂さんみたいなりたくないので言葉を出す人はいない。


「いえ、永原が言っていることは間違いはありません」


 慎太君が立って発言した。

 

「確かに撮影費は同じですが、その後の広告に掛かる費用に大きく差が出てしまいます」


 今度は会議室全体がざわつく。


「撮影したら、動画を立ち上げてそれを告知しなければなりません。しかし、大都本線だけでも駅の数は嵐山電車の駅より多いです」

「確かに堅田さんの言う通りだ。駅が少ない方が広告費が抑えられる」


 社長は慎太君の意見に同意する。


「よし、嵐山電車の方を撮影するぞ」

「あの、より多くの人達に乗ってもらう為に考えがあるですけど……」


 私はなるべく社長の機嫌を損ねないように遠慮しながら言う。


「永原さん、遠慮なく言っていいですよ」

「わかりました。嵐山電車以外にも嵐山を通っている鉄道会社は他にもあります。駅やホームページの広告を見ても他社の鉄道に乗ってしまったら意味がありません」

「うーん、京都大津電気鉄道は競合する鉄道会社は無いから自然と乗ってくれたけど、今回はそうはいかんな」

「はい。ですので一つ仕掛けを入れたいですけど……」

「けど、どうしたかね?」

「今喋りながら思ったですけど、結構大規模な事をするなと感じまして……」

「永原さん」

「はい」

「もしかしたら、この案が失敗して我が社に損害を与えたらどうしようと思っているでしょうか?」

「はい」


 さすが、大都電気鉄道の社長。人を見る目が違う。


「そんな事は気にしなくてもいいですよ。損害が出るのは痛いです。けど、それを社員にやらせたのは社長である私だから、最終的には責任は私が取ることになる。だから、心配しなくてもいいですよ」

 

 優しく顔しながら言ってくれた。


「と言っても、損害を出すようなことはするつもりは毛頭も無いですよ」


 今度は笑いながら言った。

 

「それを聞いて安心しました。では、説明します。車両の室内にキーワードが見れるQRコードを載せます」

「キーワード?」

「はい。今回はキーワードを集めて全部揃えた人はプレミアムカーが乗れるきっぷプレゼントをするのはどうでしょうか?」

「プレミアムカー!? そんな安売りはできません!」


 私の提案にほとんどの幹部が反対した。

 

「待て、これはいいかもしれない」

「社長、お言葉ですか。プレミアムカーは我が社の看板商品ですよ。そのきっぷを安売りするなんて、認めることはできません」

「けどな、嵐山に観光した人達が大阪に行く時に我が社の電車を使ってくれたか?」

「あっ……」


 社長が言うと発言した幹部が黙ってしまった。

 確かに嵐山から大阪に向かうとなると京都の東側にある大都電気鉄道を使うよりすぐ側に走っている他社を利用した方が時間的にも金銭的にもそちら方がいいに決まっている。

 どうやら、社長はそれが気にいらないようだ。

 だけど、路線を新設また延長は今の京都では到底不可能。

 それなら何とかして大都電気鉄道の方に足を運ばせる方法を考えた方が早い。

 そんな事を考えたら社長が更に発言する。


「でも、プレミアムカーだけでは限界がある。もう少し、プレゼントの選択の幅を広げた方がいいだろう」

「それじゃあ……」

「永原さん、採用させてもらうよ」

「ありがとうございます」

 

 私は社長に向かって深々頭を下げた。


「おい、上坂。聞いての通りだ。車両の改装を頼んだぞ」

「改装と言われてもどのようにすれば……」

「さすがにこればかりは俺にもわからないな。永原さん、上坂にアドバイスをして貰えんか?」

「わかりました」

「よろしく頼みました」


 会議が終わり、私達は会社を出た。

 頼まれたにはいいけど、予想以上のプロジェクトになったな……。

 字幕を止めて翻訳する動画を流すだけの話がとんでもない方向に進んでしまった。

 

「さとみさん、大丈夫ですか? 顔色が良くないですけど……」


 あまりにも顔色が悪かったのか、慎太君が心配して聞いてきた。


「ありがとう、大丈夫だよ。ただ、話が大きくなったなと思いまして……」

「僕も正直な言うと同じことを思っていました」


 やっぱり、同じことを考えていたんだ。

 でも、慎太君は顔色を一切変えていない。

 駄目だな、私。もっとしっかりしないと。


「よし、こうなったらこのプロジェクトを成功させるぞ!」

「僕も協力しますよ」

「ありがとう。よろしくお願いね」

「わかりました」


 慎太君は笑顔で答える。

 私も笑顔になった。


 一か月後。

 嵐山電車の正式のPR動画がアップされた。

 日本語バージョンと英語バージョンが同時に配信。

 日本語バージョンは一日目で再生回数が一万回を突破。

 コメントを見ると慎太君のファンは予想していたけど、マキノさんに対してのコメントも多かった。

「今回の相手役がいい。(*^_^*)」「予算がアップしたのかな?」「よくこの美人、見つけてきたな」というコメントばかりだ。

 マキノさんが美人なのは認めるが遠回しに私の悪口を言われているような気がしてならない。

 英語バージョンは一日目の再生回数二千回。

 まあ、初めて動画上げた時に比べたら、かなりましな方だ。

 コメントを見てみると「この二人英語うまいな」「英会話教材にもってこい内容だ」「完全に英語圏向け作られている。中途半端なじゃないところがいい」と書かれている。

 他にも英語で書かれたコメントがかなり多く見られた。

 文章を見る限り、褒められているようだ。


「どうやら、始めの滑り出しは好調みたいで良かったね」

「まあ、あれだけ念入りに計画して製作したのだから成功して当然の結果だよ」


 ともさんとかなさんも褒めてくれた。

 すると、課長も側に来て言った。


「でも、よくあのアイデアを採用してくれたね。さすが、関西大手私鉄大都電気鉄道だね」


 確かにあのアイデアを通ったと思う。

 あのアイデアとはキーワードの事だ。

 さすがに車両ごとにQRコードを変えるわけにはいかない。

 そうなると製作費がいくらあっても足りないからだ。 

 だから、ある法則を利用して簡略化した。

 その結果、製作費を大幅に抑えることに成功した。

 もちろん、QRコードも一目でわからないように細工をしてあることは言うまでもない。

 おかげで各ソーシャルネットワークシステムの呟きがこんな感じになっている。


「おかしい。キーワードが揃わない」「詐欺じゃないのか?」「いや、詐欺では無い。ただ、QRコードのドットがほんの少ししか変えていないからわかりづらい」「キーワード、なんとか揃った。(^-^)」「本当か?! 法則を教えて下さい。<(_ _)>」「ごめんなさい。法則はわかりません」「これ考えた人、頭いいな」


 と、予想以上の成果が出ていた。

 考えた本人も少し厳しいかなと思っていたが、まさか詐欺と言われるとは思わなかった。

 とはいえ、社長に言われて製作したから私を恨まないでほしい。

 その代わりにキーワードを揃えた時のプレゼントはそれなりに物を与えられる。

 大都特急プレミアムカーのきっぷ、京都みやげ詰め合わせ、大都ホテルレストランディナーまたはランチの割引券、鞍馬電車で行く温泉施設利用券が用意されている。

 さらにキーワードを揃えたという証明を十枚集めると平日限定(但し、大型連休と京都三大祭り期間中は使用不可)大都ホテル宿泊券をプレゼントまである。

 一見、豪華そうに見えるが要所要所に大都電気鉄道の関連に金を使わせようとしている。

 あの社長しっかりしているな……。

 

「ただいま、戻りました」


 慎太君が帰ってきた。

 今日は嵐山電車PR動画のイベントに出演者として参加してきたのだ。

 少し疲れた顔をしてきたので、自販機にお茶を買って慎太君に渡した。

 慎太君はお礼をするとすぐに蓋を開けて飲んだ。


「お疲れ様です」

「ありがとう。慣れないことをすると疲れる」

「イベントはどうだった?」

「何事も問題無かったから良かったと思う。ただ……」

「ただ? ただ、何?」

「マキノさんと会話していると男性女性関係無く嫉妬の目線が来るのが嫌だった」

「そう言いながら、内心はまんざらじゃないの?」

「朝日さん、本当に嫌なですよ。僕はタレントじゃなくて、ただ一般男性なんですから」


 うんざりしながら言っているから、本当に嫌なんだだろう。


「これで終わりにしたいだけど、大都電気鉄道グループのPR動画を全てやらないといけないだろうな……」

「次はどこを撮影するの?」

「社長は大都電気鉄道の伏見エリアか鞍馬電車のどっちかにしたいと言っていた」

「この様子だと、まだまだ続くみたいだね」

「そうだね。こうなったら、全部やるよ」

「本気?」

「本気だよ。ここまで来たら、途中で投げ出すまねをできない」

「わかった。私も協力するから、何かあったら言ってね」

「ありがとう」

「あの」


 私達がそんな会話していたら、眉毛を引きつりながらともさんが尋ねるように言う。

 

「ここ会社だから、二人の世界を作るのは他でやってね」

「「すみませんでした」」

「まあまあ、これぐらいしておきましょう」


 かなさんは不機嫌なともさんを宥めた。

 そんな事をしていると電話が鳴った。

 慎太君が電話を取った。

 五分ぐらい話して電話を切った。


「堅田君、誰だったの?」

「課長、大都電気鉄道の社長でした。今日はイベントに行けなかったことのお詫びとPR動画のお礼の電話でした」

「他に用件は?」

「特に無かったです」

「クレームじゃなくて良かった」


 課長は安心したように言った。

 確かに取引先の会社の社長自らから電話をかけてきたら、大半はクレームだと思ってしまう。

 

「さて、仕事するか。溜まりに溜まっているからな」

 

 慎太君は机に付いて仕事を始めた。

 私達も仕事を始めた。

 あっという間、終業時間になった。

 私は慎太君の家で夕食を作っていた。

 いつもと違う仕事をしていたから、自分なりのごちそうをしようと考えた。

 ちなみに慎太君は入浴中だ。

 料理をしているところを見られるのは気にはしないが慎太君のことだから手伝いをしてしまうかもしれないからだ。

 料理ができたと同時に慎太君が風呂から出てきた。

 

「お先に。わあ、美味しそうだな」

「美味しそうだなじゃなくて、美味しいですよ」

「それは失礼しました」


 そんなやりとりした後、お互い笑ってしまった。

 ご飯を食べ終えて、慎太君が私に尋ねる。


「今日も泊まりますか?」

「今日はご飯を作りに来ただけですよ。それとそんなに泊まってませんよ」

「それは残念だな」


 うん? 意外とあっさり引いた。

 いつもならもう少し粘るのに……。

 もしかして……。


「慎太君、今日の私が……」

「ええ、知ってますよ。多分だけど、今日からのはずですよね」


 私の話を途中を遮って、慎太君は答えた。

 なんで、私の生理の周期を知っているの?!

 そんな事を思っていたら、更に話を続けた。


「二か月前僕の家に泊まった時、自分で言ったじゃないですか。今日は安全日だから……」

「それ以上は言わないで!」


 思い出した。盛り上がって、つい言ってしまった。

 そこから計算すれば、簡単に答えが出る。

 ああ、時間戻せるなら戻したい。

 

「正直な事を言うと知れて良かったと思っています」

「……慎太君のえっち」

「そういう意味で言ったわけじゃあありません! まあ、ほんの少しだけ入っていますけど……」

「やっぱり……」

「そこだけ取り上げないでください!」

「ごめんごめん。で、どういう意味なの?」

「自分は男なので女性の身体に関しては本当に高校で習った事とネットの情報でしか知らないですよ」

「まあ、私も男性の身体に関しては詳しい方じゃないですね」

「さとみさんとお付き合いしていく内に自分が持っていた知識は少し違うなと思い、そして気付きました」


 そう言いながら、私の側に来た。


「知識はあくまでも基本であって、全ての女性に当てはまるわけじゃないと」


 そして、私の両手を握った。


「さとみさんの事を大事にしたいから、もっとさとみさんの身体の事を理解しておかないといけないと」


 そんな事を考えていたんだ……。

 そういえば、ここ最近は私が体調がすぐれない時は代わりに仕事していたな。

 だったら、あの夜の行動も案外悪くはなかったかもしれない。


「もちろん、心の部分も理解したいと思っていますよ」

「ありがとう。私も慎太君の事を理解できるように頑張るね」

「じゃあ、今何を考えているか、わかりますか?」


 慎太君が突然質問をしてきた。

 多分、あれだろう。

 私は目を閉じた。

 すると、唇に柔らかい感触があった。

 私達はキスをした。

 何度もしているけど、何度しても気持ちがいいし、何度しても身体の芯から暖かくなる。

 三十秒ぐらい経った。

 私達は唇を離した。

 私は目を開けると真っ赤になっている慎太君の顔が見えた。

 きっと、私の顔も真っ赤になっているだろう。


「今日はここで止めておきます」

「何で?」

「そんな色っぽい顔で見られると自分の性欲が止められなくなりそうになりますから」

 

 え、そんなに色っぽい顔しているの?

 驚いた顔していたのか、慎太君は話を続ける。


「正直、その顔は僕を誘惑していますよ。生理じゃなかったら、間違いなく行動を起こしています」

「そ、そうなの?」

「はい。なんとか、踏み止まっている状態です」


 そうか、もし行動してしまったら、さっき言った言葉が嘘になってしまうからだ。

 本当に私には優しいだから……。

 ありがとう。

 だけど、これは口に出しては言わないよ。

 言うと調子に乗るからね。

 私は夕食を食べ終えて後片付けした後、自宅に帰った。

 慎太君は帰り際に「泊まっていけばいいのに」と名残惜しそうに言ったけど、「ごめん、やっぱり家に帰らないといけないから」と伝えると「わかった。身体には気を付けてね」と言われた。

 普通は帰り道は気を付けてじゃないのかなと思ったけど、心配をしていてくれる気持ちは伝わってくる。

 だから、こう返事した。


「うん、ありがとう。今は別々の家だけど、いつかここが私の帰る家になるように頑張るから今は待ていてほしい」


 予想外の返事に一瞬きょとんとした顔した。

 でも、すぐに理解して答える。


「そうなるように僕も頑張るよ」


 お互いの将来の約束をして別れた。

 唐突だったけど、いつか実現させたいと思った。


 二か月後。

 一か月前に上げた鞍馬電車のPR動画も好調。

 本当に飛ぶ鳥を落とす勢いというのは正にこの事を言うだろう。

 でも、全てがうまく行っているわけではない。

 この前も京都鉄道交通の勝さんが会社に来た。

 そして、慎太君にこんな事を言っていた。


「お願いします! どうか、京都鉄道交通のPR動画に出演してください! お願いします!」

「勝さん、無理です。既に僕の予定が決まっていますから」

「そこをなんとかお願いします!」

「でしたら、会社に言ってください。僕だけでは判断はできませんから」


 そんなやりとりがしばらく続いていた。

 多分、勝さんは上司から出演の承諾を貰えるまで帰るなと言われただろうな。

 結局、課長が二人の間に入って話し合いとなって本社で慎太君のスケジュールを調整してもらう事になった。

 帰る時、勝さんは慎太君と課長に対して頭を下げていた。

 

「やっと帰ってくれた」

「大変だったね」

「うん。課長が間に入ってくれておかげで助かった」

「それはいいけど。堅田君、調整はできるのか?」

「うーん、かなり厳しいですね。本当に予定が決まっていますから」


 真剣な表情で言った。

 どうやら、本当に調整が難しいみたい。


「本当に大都電気鉄道の社長が言った通りになったな」

「え、どういう事?」

「鞍馬電車のPR動画を作っていた時に社長が来て『君のおかげ順調に進んでいる。本当に感謝している』と言われて『いえ、そんな事ないです』と謙遜しておいたら『今頃、京都鉄道交通が悔しい顔をしているだろう。そして、堅田さんのところに来て出演して下さいと言ってくるだろう』と少しだけ悪人顔しながら言っていた」

「ということは、狙ってやっているの?」

「そうみたい。話すと長くなるから省くけど地下鉄東西線開通以前から京都鉄道交通さんにやられていたみたいで、仕返しの機会を伺っていた。で、今のその仕返しをしている状況だね」


 仕返しをするって……、社長としてどうなんだろう?

 

「仕返しって、具体的に何をしているの?」

「朝日さん、それは僕を京都鉄道交通のPR動画に出させない事です」

「え、それなの?」

「社長が言ったですよ」

「ああ、なんとなくわかる気がする」

「ともちゃん、わかるって何が?」

「堅田はタレントと比べるとイケメンじゃないけど、一般男性ならイケメン部類に入る。タレントだと現実味が無いだけど、堅田ぐらいの男性なら身近に居そうだからね。PR動画には最適な人材だ」


 ともさんがとある鉄道会社のホームページを開いて、動画を再生した。

 すると、とある施設が映し出された。

 男女の二人が出てきて、施設の説明を始めた。

 これって、私達がやっている動画とほとんど同じだ。

 

「それが今流行りつつある」

「ともちゃんの言う通り、他の鉄道会社も同じような動画が流れているよ」


 自分たちの動画を作るのに夢中になって、そんな状況になっているなんて知らなかった。

 調べてみたら、ほとんどの大手私鉄が取り入れていた。

 でも、どれを見てもどうしても二番煎じの感じが否めない。

 もちろん、どこの企業もそれなりの人材を起用している。

 けど、素人だからどうしても動きが堅い。

 中には慎太君やマキノさんよりもいい人材を起用している会社もある。

 多分、どこかの芸能事務所から雇われただろう。

 役者だけあって、動きがいい。

 けど、スタイルが良すぎるのでどうしても現実離れしてしまう。

 これらを考えるとやっぱり自分達が作った動画が一番バランスが良い。

 そうなると京都鉄道交通が慎太君を起用したいのは無理もない。

 もし、いや、間違いなく社長はそこまで見通して慎太君を起用したんだ。

 大企業のトップとなるとそこまで考えているのか……。

 多分、恨みのおかげでそこまで頭が回ると言った方が正しいかもしれない。

 

「ピローン」


 着信音が鳴った。

 それと同時に慎太君が部屋から出ていた。

 また、マキノさんからメールが届いた。

 最近、マキノさんからのメールが多い。

 一応、撮影に関してのメールという事は知っている。

 慎太君はそこは包み隠さず教えてくれるし、メールも見せてほしいと言ったらメールを見せてくれる。

 ただ、メール内容が日が経つに連れて親しくなっていく。

 少しずつだけど距離を詰めてきている。

 この事に慎太君が気付いていない様子だ。

 正直、この手の女は手強いわ。

 過去、友達がこの手の女に男を奪われた事がある。

 しかし、周りから見たら心変わりされても仕方ないと言われてしまった。

 あまりには残酷な話だ。

 さすがに自分にはそんな事は無いと思っていた。

 けど、今それが現実に私の側に起きている。

 なんとしても阻止をしなけば。

 

 半年後。

 大都電気鉄道グループのPR動画撮影が全て無事に終了。

 最後のイベントも無事に終了……はしなかった。

 慎太君が「僕の出演はこれで最後です。皆さん、応援ありがとうございました。これからも大都電気鉄道をよろしくお願いします」と言ったら、イベントに来ていた女性から「辞めないで!」「もっと続けて!」等と言われていた。

 中には涙ぐむ人も居た。

 なんだか、アイドルグループの解散コンサートに見えてきた。

 別れを惜しみつつ、慎太君とマキノさんはステージの外にはけて行った。

 そこには今さんが居た。


「お久しぶりです、堅田さん。そして、お疲れ様でした。打ち上げを用意してありますので、ご案内いたします」

 

 と言われて、私達は打ち上げ会場に向かった。

 打ち上げ会場。

 一流ホテルで打ち上げなんて、どこまで太っ腹なんだ。

 社長の挨拶が終えると私達の側に来た。 


「堅田さん、マキノさん、そして永原さん本当にお疲れ様でした。大都電気鉄道の為に尽力を尽くしてくれまして、感謝の弁しかありません。本当にありがとうがざいました。できれば、もう少し一緒に仕事をしたかったけど、これ以上は無理強いはできないからね。残念で仕方ないよ」


 社長は名残惜しそうに言って、二人から離れていた。

 慎太君は元の場所にも戻るだけだけど、マキノさんはこのPR動画をきっかけに東京にある大手プロダクションから声がかかり、東京に進出を決めた。

 これには東京で挫折した私にとっては羨ましいとしか思えなかった。

 でも、成功してほしいとも思った。

 だって、このPR動画で一番頑張っていたのは誰よりもマキノさんだからだ。

 これが友達だったら、もっと素直に応援できただけどな……。

 どうしても、慎太君の件が絡んでくるから素直に応援ができない。

 こんな自分、なんか嫌だな……。

 そんな自己嫌悪に落ちていた。

 私は気分を変える為にロビーに向かっていた。

 一番奥にあるソファーに座って考える、こんな自分を変える方法を。

 そんな事をしていたら、慎太君とマキノさんがロビーに来た。

 そして、私の一つ手前にあるソファーに座った。

 私は慌てて隠れる。

 

「堅田さん、お時間頂いてごめんなさい」

「別にいいですよ。ところで、話ってなんですか?」

「はい。どうしても、堅田さんだけに伝えたい事がありましたので」


 ごめんなさい、マキノさん。

 ここに部外者が居ます。

 こうなると出るに出れない。

 見つからないことを祈るしかなかった。

 

「そうですか。で、何でしょうか?」

「はい。あの……」


 そこから、黙ってしまう。

 静かな時間が流れる。

 二人がどういう風にしているのか私にはわからないが、マキノさんが緊張しているのは見えなくてもわかる。

 きっと、自分の思いを伝えるだろう。

 普通なら割って入ってそれを阻止するのだが、あえてそれはしない。

 私は慎太君を信用したい。

 絶対に他の女の子に行かない事を。

 

「私、マキノアリサは堅田慎太さんが好きです。もし宜しければ、私とお付き合いして下さい」


 言った。

 ついに言った。

 思っていた以上にストレートな言葉だった。

 完全に慎太君の事を見抜いての言葉だ。

 完璧ですよ、マキノさん。

 とはいえ、伝えた後の息遣いが荒い。

 相当、緊張していたんだな。

 後は慎太君の返事だけだ。


「マキノさん」


 慎太君が喋る。

 私は胸の鼓動が早くなる。


「お気持ちはとっても嬉しいです」

「それじゃあ!」

「ですが、そのお気持ちは受け取ることはできません。本当に申し訳ありません」

「頭を上げて下さい。わかっていたことですから」


 どうやら、慎太君はマキノさんに対して頭を下げているようだ。

 確かに人の好意を無下にしたのだから、頭を下げなればならないだろう。


「ごめんなさい。でも、どうしても自分の気持ちを伝えたかったから……」

「それはけじめをつけるという意味ですか?」


 慎太君が聞くと辺りが静まった。

 二分三分の沈黙後、マキノさんが喋った。


「今考えてみましたが違います。私は堅田さんの彼女になりたかったからです。でも、それは無理だとわかっていました。堅田さんの側には永原さんという彼女さんが居ますから」


 それを言った後、更にトーンを一つ上げて言う。


「それでも、万が一いや億が一でそれは私の思い過ごしであって、堅田さんはフリーだったらチャンスがある。言わずに終わることができないと思ったからです。でも、思い過ごしではなかった」


 最後の一言はさっきと同じトーンに戻っていた。


「ああ、やっぱり現実は厳しいな。堅田さんみたいな男性はなかなかいないのに。いたと思ったら、彼女持ち。私って、本当に男運無いな」


 少しだけ投げやりになって言っている。

 

「堅田さん、お時間頂いて申し訳ありませんでした。でも、おかげですっきりしました」

「本当に申し訳ありません」

「そんな謝らないでください。これは私の一人相撲みたいなものですから」


 少し間を置いて、更に喋る。


「そうだ、これは言っておかないと。永原さんに伝えておいてください。今回の撮影は私を全面に押し出してくれてありがとうございました。おかげで、私の知名度が上がり東京の大手プロダクションから声がかかり夢の一歩を踏み出すことができました。本当にありがとうございました」

「それは本人に直接言った方が喜びますよ」

「そうしたいですけど、どうしても……無理なんです」

「無理?」

「はい。悔しいです。何もかもうまくいっている永原さんが。もちろん、私が知らないところで努力をしているとは思います。それはわかっているのにうまくいっている永原さんに嫉妬してしまうです」


 私がうまくいっている?

 そんなこと無いだけどな……。

 大都電気鉄道の撮影の台本だって、結構苦労して書いただけどな……。


「わかりました。その感謝の気持ちを永原さんに伝えておきます」

「ありがとうございます」


 マキノさんは立ち上がった。


「それではこれが本当に最後です」


 それを言うと一つ咳払いしてから言った。


「堅田さん、永原さんと末永くお幸せになってください。それでは短い間でしたがお世話になりました。本当にありがとうござました」


 それだけ言った後、足音が聞こえた。

 どうやら、席を離れたようだ。

 足音が完全に消えた。


「やっぱり、形にしないと駄目なのかな……」


 形に?

 どういう事だろう……。

 私には慎太君の言葉の意味がわからない。


「大事なことだから、慎重にやらないと……」


 気になって仕方ない。

 私は立ち上がって聞こうとしたら、遠くから声が聞こえた。


「堅田さん。ここにいましたか」

「社長。何かありましたか?」

 

 私は慌てて再び隠れる。

 

「実は堅田さんを我が社に引き入れようと思いまして、ここに来ました」

「ヘッドハンティングですか?」

「その通り。もちろん、待遇は優遇するよ」


 大都電気鉄道の社長が直々に慎太君が誘いに来た?!

 

「想像以上の待遇ですね」

「どうかね?」

「部下が怒りますよ」

「その時は黙らせるまでだ」


 そんなに凄い待遇なの?

 その誘いに乗るかな?

 私は不安になる。

 慎太君が会社から居なくなるのを。


「申し訳ありませんがお断りさせていただきます」

「これでは不満かね?」

「いえ、違います。待遇とかじゃなくて……」

「じゃあ、何かね?」

「正直な話なんですか、PR動画を作るきっかけを作ったのは永原なんです。ビワイチで成功をして京都本社から次の企画を考えてほしいと頼まれた時に京都に来ている観光客を大津に来て貰えればいいのにという言葉を聞いてPR動画を作ることになったです」

「なるほど、永原さんがこの企画をきっかけを作ったと言いたいですね」

「はい」

「うーん」


 と社長が言った後、沈黙する。

 どういう状態なんだろう?

 融和的な状態だろうか?

 それとも対立的な状態だろうか?

 気になるが顔を出すわけいかない。

 それが三分ぐらい続いた。

 そんな事を考えていると社長が喋った。


「堅田さんの言いたいことはわかります。ですが、少し勘違いしているみたいですね」

「勘違いですか?」

「そうです。きっかけは大事です。ですが、それを実行できる行動力が私にとっては大事だと思っています」

「それはそうですね」

「うちの社員はきっかけは作ることができるけど、実行となるとなんやかんやでやらずに終わることが多い。正直なところ失望しているところもある」


 なるほど、その行動力を買いたいだな。

 確かに慎太君の行動力は良いところだと思う。

 自分の欲求が絡んでくると更に行動力が高くなるのが難点だけどね……。

 

「その行動力を買いたいですか?」

「その通りだ。来てくれるか?」


 社長が言うと今度は慎太君が沈黙した。

 待遇の話から説得に移る。

 本気で引き入れようとしている。

 どうするの? 慎太君。


「決めました」


 唐突に慎太君が喋った。


「来てくれるか?」

「いいえ、お断りします」

「何が不満かね?」

「待遇面、必要としている理由は申し分ありません。ですが、自分には今の会社を離れるわけにいかない理由があります」

「もしかして、永原さんのことですか?」

「そうです」

「そうか。やっぱり、堅田さんを口説くには永原さんも口説かないと駄目か」


 どういう意味?

 私もヘッドハンティングされるのかな?

 

「残念だ。こんな優秀な人材を目の前にして諦めなけばいけないとは」

「申し訳ありません。たくさん、お世話になったのに仇にしてしまって」

「仇にはなっていないよ。十分に我が社に貢献してくれた。本当にありがとうございました」

「一つ質問していいですか?」

「いいですよ」

「なぜ、永原が出てきたですか?」

「ははは」


 慎太君の質問に社長が笑う。


「なんで笑うですか?」

「笑ってしまってすまない。予想外な質問だったからね」

「予想外な質問?」

「なぜ永原さんが出てきたって事だよ。撮影の時と撮影の合間の時の顔が違うからね」

「そんなに違いますか?」

「全然、違うよ。撮影の時は営業スマイルだけど、撮影の合間の時に永原さんと一緒に居る時は自然な笑顔になっているからね。ああ、堅田さんと永原さんはできているだなと感じたよ」


 それを聞いて私は顔が真っ赤になった。

 多分、慎太君も同じ状態だろう。

 

「今さら、恥ずかしがることはないだろう。あんなにいちゃいちゃしていて」


 それを言われると返す言葉が無い。

 まあ、仮に返したらそれはそれでここに隠れていた事がばれてしまう。


「時間だ。これ以上宴の席を外すわけにはいかないからね」


 それを言うと社長が席を立つ音が聞こえた。


「堅田さん、永原さんと結婚する時は連絡を下さい。できるだけ出席はするようにするけど、駄目な時は他の方法で祝福させてもらいますよ」

「わかりました」


 え、結婚?

 しかも、今わかりましたって言ったよね……。

 そこまで考えているの?

 急な展開に戸惑ってしまう。

 でも、知らないふりをしないと。

 ばれたら、ここで盗み聞ぎした事がわかってしまう。

 うまく乗り切らないといけない。

 なんか違う意味での緊張感が出てきた。

 取りあえず、今はここに居ることをばれないようにしないと。

 息を潜める。

 とにかく静かにする。

 

「さて、僕も戻るとするか」


 そう言って、慎太君は立ち上がった。

 どうやら、ばれずに済んだ。

 こんな事なら一番始めに出ておけば良かった。

 私は再度ソファーに座った。

 さっきの出来事を振り返る。

 やっぱり、マキノさんは慎太君のことが好きだった。

 この撮影が終わったら素直に引くと思った。

 ところがまさか告白するとは思わなかった。

 私という存在を知っていながら。

 幸い、慎太君が断わってくれたから良かった。

 正直、あれだけの美人はそうなかなか居ない。

 普通だったら、迷わずマキノさんの方を選ぶだろう。

 でも、慎太君は私を選んでくれた。

 嬉しいな。

 今鏡を見たら、絶対に顔が緩んでいるだろうな。

 結婚か……。

 いつかするだろうと思っていたけど、実際に現実になると思うと嬉しさ半分不安も半分だ。

 子供は何人産もうかな?

 最低二人は欲しいな。

 でも、三人でも四人でもいいかな?

 慎太君のお義母さんとうまくやっていけるかな?

 変な意地悪されたりしないかな?

 その時は慎太君守ってくれるかな?

 まだ、プロポーズもされていないのにこんな事を考えるなんて少し早すぎるかな?

 けど、準備はしておいてもいいよね。

 いつでもプロポーズを受け入れるようにしておかないと。

 私は取り敢えずの結論を出して打ち上げ会場に戻った。

 

 打ち上げも終わり、私達は草津行き新快速電車の中に居た。

 いつもなら会話があるのだが、今日はお互い黙っている。

 慎太君は何か言いたそうにしているが言えずにいる。

 私が喋るとあの件を口に出しそうで喋れずにいる。

 こんなに会話をしないのは付き合ってから初めてだ。

 そんな事をしているうち草津に着いた。

 私達は電車を降りた。

 まだ、米原方面の電車は来ない。

 来るまで待合室で待っていた。

 

「あの」

「はい」


 慎太君がついに口を開いた。

 いよいよ、言ってくれる。

 

「後、何分で電車来ますか?」

 

 あ、そっち。


「後、八分ぐらいで来ると思う」


 私はがっかりしながら言う。

 考えてみたら、プロポーズなんてそう簡単にできないよね。

 そんな事をしていたら、米原行きの普通電車が来た。

 仕方ない、今日は諦めよう。

 別に今日じゃなくてもいい、チャンスいくらでもある。

 立ち上がると慎太君が喋る。


「さとみさん」

「はい」

「えっと、今日言いたかった事があったですけど……、どうしてもいい言葉が出なくて……。時間を頂けませんか? 必ず、伝えますから」

 

 それって、今日はプロポーズはしないって事?

 ちょっとだけがっかり。

 でも、大事なイベントだからどうしても譲れないだね。

 

「わかりました、延期は認めます」

「ありがとうございます。そして、ごめんなさい」


 慎太君は真剣な顔で言ってくれた。

 

「待てるからね。じゃあ、明日」


 それだけ言って、私は電車に乗った。

 今日の出来事をお母さんに言った。

 すると、笑いながら言った。


「やっぱり、さとみは母さんの子だね」

「どういう事?」

「同じ性格の男性を好きになるってところが」

「えっ!? お父さんってそんな性格だった?」

「そうだよ。もちろん、あなたたちの前では見せないわよ。父親の威厳に係わるからね」


 知らなかった……、お父さんが慎太君と同じ性格だったなんて……。

 驚いているとお母さんが話を続ける。


「経験者から言わせてもらうけど、気長に待った方がいいよ」

「どういう事?」

「お父さんは私にプロポーズをするのに一年かかったからね」

「一年?!」

 

 一年って、いくらなんでもかかりすぎだよ!

 お父さん、何をしていたの?


「なんせ、いいプロポーズしたいからいろいろこだわったからね。お父さんは」

「何をしたの?」

「それは内緒」

「ええ、教えてよ」

「駄目。でも、私には勿体無いぐらいのプロポーズだった」

「そうなの?」

「そうだよ」


 そう言うとお母さんは嬉しそうな顔をしていた。

 余程、いいプロポーズだっただろう。


「よく一年も待ったね。他の人にしようと思わなかったの?」

「結婚相手はお父さん以外考えられなかったからね。それだけお父さんが好きなのよ」


 まさか、ここでお母さんののろけを聞かされるとは思わなかった。

 まあ、夫婦だからいいだけど。

 お母さんは嬉しそうな顔から真顔になって言った。


「だから、さとみも堅田さんの気持ちを尊重しなさいよ」

「わかった」

「それとプロポーズをされるぐらい交際が進展しているなら、一度は家に連れて来なさい」

「何、慎太君を見定めるの?」

「そんな事はしないわよ。ただ、見てみたいだけ」


 それは母親としてどうなのかな……。


「でも、お父さんは気にしているのよ。一年以上お付き合いしているのに一度も顔を見たことが無い。一体どんな人なのか見てみたいって」


 うーん、意図的に会わせないようにしていたけど、さすがにこれ以上は無理かな。

 

「わかった。近いうちに紹介するって、お父さんに伝えておいて」

「伝えておく」


 できれば、プロポーズを済んだ後にしたかったけどな……。

 少し予定より早いけど会わせよう。

 下手に延ばすと慎太君の印象が悪くなるかもしれないから。


「あ、そうそう。お父さんは和菓子より洋菓子が好みだからね」

「どういう事?」

「何を言っているの? 少しでも堅田さんの印象を良くしておかないといけないでしょう」


 お母さん、私の心を読んでいるの?

 

「あのね、私とお父さんはさとみの味方だよ。さとみは幸せになってほしい。けどね、お父さんは堅田さんがさとみを全てを任せてもいい人物か見たいのよ」


 それを言われると会わせるしかない。


「それが父親。役割だから仕方ないのよ」

「父親って、大変だね」

「母親も大変なんですけどね」

「母親が大変じゃないと言ったわけじゃないだよ。もちろん、お母さんは大変ですよ。毎日ご飯を作ったり、洗濯をしたり、買い物もしたり……」

「別に気にしていないから、それ以上言わなくてもいいよ」


 慌てて言い訳する私にお母さんは遮るように止めた。

 お母さんはお茶を一口飲んだ後言った。

 

「夜も遅いから、寝るね」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 そう言って、それぞれの部屋に行った。


 それから三年半後。

 七月七日、七夕。

 私達はなぎさ公園に居た。

 慎太君は夜空を見ながら言った。


「やっと、終わったね」

「本当。始めた時は三年で終わるかなと思ったけど、奇跡的に終わらせるのができたのは慎太君の名前が世間に浸透していたおかげだよ」

「そうかな? さとみさんが全面的に協力してくれたおかげだよ」


 三年ぐらい前、私が自動車税をコンビニに納める時に「銀行のATMから直接納めるできたらいいのに」と言ったら、「そうだよね。現金を出して納めるのはめんどくさいね」と慎太君が言った。

 それがきっかけでATMで納税できるシステムを作ることになった。

 システムを作るのは難しくない。

 大都電気鉄道の経験があるからだ。

 問題は今回はお金が動くから、セキュリティ対策を万全にしなければならない点だ。

 慎太君はホストコンピューターに登録されていないQRコードは即窓口またはコールセンターに通報するシステムを作った。

 私は「QRコードの読み取り機を付けるなら、手のひら静脈情報の読み取り機も付けた方がより完璧になるよ」と言って、ATMの試作機まで作ってしまった。

 よく会社もこれを許してくれたと思ってしまう。

 この企画を滋賀県に持って行った。

 滋賀県はこの企画に乗ってくれて、そのおかげで近江銀行と琵琶湖銀行を紹介してくれた。

 近江銀行は乗ってくれた。

 琵琶湖銀行は親銀行の主導で別の銀行の合併があったので、残念ながら今回は見送りになった。

 けど、琵琶湖銀行の担当の人が「素晴らしいシステムですね。今回は合併があるから見送りますが、合併が一段落したら、導入させていただきます」と約束を取り入れることができた。

 それを会社に伝えたら「億単位の契約をあっさり成功なんて……僕の立つ瀬が無い」営業課の人が泣きながら言われ、ATMの製造した会社に伝えると「どんな交渉すれば、そんな事ができるですか?」不思議がっていた。

 確かに億単位の取引は普通は早くても半年はかかる。

 それをほぼ即決でやってしまった。

 これも慎太君の実力なんだと思ってしまう。

 でも、まだ全部終わっていない。

 ここからが正念場だ。

 慎太君はこの企画を考案した時に「今は納税の大半はコンビニで済ませているから、どうやったらコンビニ銀行を説得できるだろうか?」と言っていた。

 けど、コンビニ銀行を動かすのは容易では無い。

 慎太君は考えるがなかなか答えが出ない。


「先に自治体と地元銀行を説得した方いいじゃないかな? 下地ができているなら、コンビニ銀行も動いてくれるかもしれない」 

 

 私は確証も無い発言した。

 さすがに無責任すぎるかな?


「そうか。その手があった。確かに基本的には地元銀行に納税をするのが普通だから、地元銀行がATMで納税できるようになったら、コンビニ銀行も動くに決まっている」


 慎太君は名案が出て喜んだ。

 まさか、無責任の発言からアイデアが出るなんて予想外だった。

 でも、この話は魅力があったとしてもはたしてどこのコンビニがやってくるだろうか……。


「さとみさん、大丈夫ですよ。一つだけありますよ」

「あるのは知っているけど。ある方法使えばキャッシュレス納税できますから、この話に乗ってくれるかな?」

「あっちじゃないですよ。今度、新規参入する銀行があるですよ。そこに話を持って行きます」

 

 知らなかった、新しい銀行ができるなんて……。

 慎太君はいつその情報を入手しただろう?

 本当に感心するな。

 

「ところでどこにあるの、その銀行?」

「東京に本社があるレーソン銀行だよ」


 レーソン銀行本社。

 受付で慎太君の名前を言うと即幹部クラスの人達が三人来た。

 

「今日はレーソン銀行に来てくれて、ありがとうございます」

「こちらこそ、新規参入の準備があるのにも関わらず対応してくれてありがとうございます」


 という挨拶が済ませると早速商談に入った。

 実はレーソン銀行も目玉になるものが無くて困っていたようだ。

 話をすると好感触だがやっぱりATMの改造費の話になると顔が渋る。

 やっぱり、駄目かな?

 そこにレーソン銀行の頭取が来た。

 一通り話をすると頭取から質問が来た。


「初めはどこでやるですか?」

「滋賀県です」

「滋賀県か……」

 

 一言だけ言ったら黙った。

 沈黙が続く。

 怖い、会社のトップが静かにしているのが怖い。

 頭取が幹部達に向かって言った。


「この企画やるぞ。」

「本気ですか?」

「本気だ。滋賀県なら東京と大阪に比べて店舗数も少ない。話題性もある。それに店員の負担軽減につながる。デメリットもあるがそれを凌ぐメリットが多い」


 頭取は私達に言った。


「では、明日からよろしくお願いします」


 頭取は右手を差し出した。

 慎太君も右手を出して握手した。

 もちろん、私も握手した。

 ここからこの企画が加速度を上げて進行した。

 多分、私達が企画した中で一番早いスピードだ。

 キャッシュレス納税のシステムが完成した。

 三か月にわたる社内テスト、更に県内の職員を使ってテスト、そして更に三か月間一部の県民の協力得てテストをした。

 この県民の協力得てのテストは一番緊張した。

 これでバグが発生したら、一気に会社の信用が急降下してしまう。

 幸い問題無く無事終わった。

 滋賀県内の近江銀行とレーソンにキャッシュレス納税対応ATMが設置された。

 

「ここまでは順調進んだけど、知名度をどうやって上げるの?」

「さとみさん、大丈夫ですよ。既に準備は終わってますよ」

「え!? もう終わっているの? どういう風にやるの?」


 私が聞くと慎太君は説明した。

 近江銀行の方は滋賀県内で有名な漫才コンビ大衆食堂さんにPRをお願いして、レーソン銀行は同じ滋賀県内いや日本全国で有名な西村貴志さんにPRをお願いしたようだ。

 完璧過ぎるまで宣伝内容。

 雑だけど、絵コンテまで書いて説明してくれた。

 どうやら、自分がPRをしない為にあらゆる手段を取るみたいだ。

 確かにこれを放置しておくと自然の流れで慎太君になってしまうだろう。

 それだけはなんとかして阻止したかっただね慎太君。

 私もそうならないように協力するよ。

 それで私は思い切ったことをした。

 それは四月中在阪民放四局でキャッシュレス納税をPRすることだ。

 広告費は大幅に使ってしまったが、県民に広く認知されることができた。

 それと同時に他府県にも広まってしまった。

 会社には問い合わせが殺到。

 私達はシステムが大詰めなのでという理由を盾にして、問い合わせに関しては全て会社に押し付けた。

 

 五月、キャッシュレス納税がスタートした。

 近江銀行は年配の方々、レーソン銀行は会社員などの現役世代に好評だ。

 滋賀支店で働いていたら、レーソン銀行の頭取が来訪されてきた。


「堅田さん永原さん、こんにちは」

「こんにちは。今日はどのようなご用件で?」

「滋賀県内のレーソンを視察した。ついでに寄らせてもらった。どの店のお客様、店員に好評だ。取り入れて正解だった」

「それはありがとうございます」

「で、これを全国に設置することに決めた。だから、堅田さんには我が社に出向してもらうよ」


 頭取の突然の発言に私は立ち上がって言う。


「出向って、急に言われても困りますよ!」

「そう言われてもな。開発者がいないとこのプロジェクトは進まないだよ」


 それを言われると黙ってしまう。

 確かにあのシステムは開発者だけしか扱えない。

 というか、開発者のみしか扱えないように慎太君がしたんだ。

 お金が動く為に開発に使用したパソコンは一切ネットに繫がらないようにしてある。

 仮にオンラインができてしまうとどこかでウイルスを感染される恐れがあるからだ。

 更にそのパソコンには数分毎にパスワードが変わるようになっている。

 そのパスワードが見れるのは慎太君だけ。

 私もシステムを作る時はパスワードを聞かないと作ることもできない状態だった。

 そうなると慎太君を出向してもらわないと困るということになる。

 

「あの一つお聞きしていいですか?」

「いいぞ。遠慮なく聞いてくれ、堅田さん」

「全国展開をすると言ってましたが、期間はどれぐらいの予定をしていますか?」

「二年ぐらいを目途にしているよ」

「二年は期間が短すぎます。滋賀県だけでも一年もかかったですよ。もう少し、お時間を頂けませんでしょうか?」


 さすがの慎太君もこれには異を唱える。

 確かに期間が短すぎる。

 自治体との交渉だって、まだなのに……。


「自治体との交渉はうちの社員たちにやらせる。堅田さんは気にせずにシステム作りにしてくればいい」

「と言われましても、一人では無理です。せめて、永原とやらせてください」


 音量こそ普通だが、かなり厳しく言っていた。

 すると、頭取は言った。


「乗らなかったか」

「見え見えなんですよ」

「そうか。もう少し考えてから攻めるべきだったな」


 頭取は最後には笑いながら言った。

 私を始めここに居る全員が何の会話をしているのかわからなかった。


「あの、話が全く見えないですけど……。私にわかるように教えてくれませんか?」

 

 さすがにこのまま放置することができずに私は話を切り出した。

 

「そうだな。私から説明しよう。実は我が社の社員を堅田さんの仕事の手伝いをさせて、堅田さんが作ったシステムデータを貰おうと考えていただけど、堅田さんは見抜かれたってことだよ」

「本当に油断も隙も無いです。この機会ですから言っておきますけど、このシステムは永原と二人で作ったものです。誰にも公表しませんよ」

「釘を刺されたか。仕方ない、ここは素直に引き下がろう」

「そうしてもらえると助かります。自分も取引先とけんかしたとなると社長からクビを宣告されますから」


 本当に一時期はどうなると思ったけど、どうやら無事に済んだようだ。


「じゃあ、これで失礼するよ」

「もうお帰りになるですか?」

「これ以上滞在は君達の仕事を邪魔なだけだからな」


 そう言って、頭取は退室した。

 と思ったら、「ああ、そうだ。一つ言い忘れていた」と言いながらこちらを見た。

 

「この件はいろんなところで宣伝しておいたよ」


 それだけ言って、本当に退出した。

 うーん、嫌な予感がする。

 できれば知りたくなかったな。

 慎太君の顔を見る。

 嫌な顔をしていた。

 やっぱり、同じ気持ちなんだ。

 この予感外れてほしいな。

 私は真剣に祈った。

 だが、その祈りは叶わなかった。

 次の日。

 会社に取材の問い合わせが殺到した。

 それは通常の業務が支障が出るくらいに。

 さすがにこの状況に社長が出たが、取材に来た人達は私達を取材したいとのことなので社長は早々に退散して私達が対応した。

 これが二か月も続いた。


「この取材が始まった時は半年ぐらい続くと思った」

「本当。僕も本当に人前に出るのは金輪際お断りしたいです」


 慎太君は固い決意を示すように言った。

 確かに今回は芸能人まで使ってまで宣伝したのに、結局は人前に出てしまったから意味が無い。

 正直な事を言うと私も慎太君が人前に出てほしくない。

 今回は芸能事務所から声が掛かったからだ。

 幸い、慎太君は申し出をお断りしていたから良かった。

 だけど、心配になる。

 今は私の彼氏でいてくれるけど、これ以上周りが慎太君をちやほやするともしかしたらと思ってしまう。


「さとみさん。一応念のために言っておきますけど、僕は周りがどうこう言われても自分は自分の気持ちを変えるつもりはないですよ」


 慎太君のその一言は私の不安を一瞬で吹き飛ばした。

 

「ありがとう。その一言で心が楽になったよ」

「それなら、良かった」


 慎太君は笑顔で答える。

 私も笑顔になった。


「この二年間、さとみさん大変だったね」

「うん、そうだね。でも、慎太君が頑張っているからなんとか私も頑張ることができた」

「それは僕も同じですよ」


 本当に慎太君が頑張っていることをわかっていたから、私も頑張ることができた。


「でも、一番辛かったのはさとみさんに会えるのが一か月に一度だけことですね」


 もう、またそんな事を言う。嬉しいけどね……。

 実はこの二年間私達は別々の場所で仕事をしていた。

 慎太君は東日本地域、私は西日本地域。

 一緒にやることもできたがそれだと時間がかかりすぎるので、思い切って別々で仕事をすることにした。

 そのおかげで二年で済ませることができた。


「まるで、彦星になった気分です」

「うーん、なんとなくそんな状況というわかるけど……」

「わかるけど……、何かおかしいですか?」

「それを肯定すると自分は織姫だって言っているのと同じになるでしょう。さすがにそれはできない」

「僕はさとみさんを織姫だと思っていますよ」


 それを聞かされて、私は顔を赤くする。

 周りに人が居なくて本当に良かった。

 

「一か月に一度しか会えない。だけど、会える日は嬉しくて仕方ないです。まるで、織姫と彦星みたいだなと感じたんです」


そういう言われると確かに状況が似ている。


「でも、仕事とはいえ会えないのは辛いです」


 慎太君は真剣な顔で言う。

 私は黙って聞く。


「好きな人とは一緒に居たい。だから……」


 慎太君はスーツのポケットから小さな箱を出した。

 そして、蓋を開ける。

 中には二つの指輪があった。


「これって……」

 

 私は驚き、言葉を失う

 慎太君は背筋を伸ばし、はっきりした声で言った。


「永原さとみさん、僕の織姫になって僕と一緒に幸せな家族を作ってください。お願いします」


 織姫に指輪に家族……、プロポーズ?!

 突然の事に頭が少し混乱する。

 慎太君は私の様子を見て首を傾げた。


「あの、プロポーズをしたつもりなんですけど、伝わりにくかったですか?」

「ううん、伝わっているよ。ただ、突然の事に少し戸惑っただけ」

「それなら良かった。もし、伝わっていなかったから大失態ですよ」


 安心したように言う。

 私はこんな事を考えていた。

 結婚した人達にプロポーズの事を聞くと大半の人達はプロポーズされるという雰囲気がある言う。

 誕生日か付き合い始めた日かクリスマスなどのイベントは特にその雰囲気があると聞いた。

 私もそんな雰囲気の中でされると思っていた。

 だけど、意外な形でプロポーズされるとは思わなかった。


「慎太君、プロポーズの返事をする前に一つだけ聞きたいことがありますけどいいですか?」

「いいですよ。どんな質問でも答えます」


 慎太君は真っ直ぐな視線で私を見ている。

 これなら大丈夫と私は確信した。


「なぜ、今日プロポーズをしようと決めたですか?」

「実は大都電気鉄道のPR動画の打ち上げが終わった後、言おうと思ったですけどいい言葉が出なくて延期しましたよね?」

「はい。あの時はがっかりしましたよ」

「それは申し訳ありませんでした」

「それはいいけど、質問の答えになっていないよ」

「それは申し訳ありませんでした」

「謝らなくてもいいから、答えてよ」

「はい、わかりました。あれから、自分だけにしかないできないプロポーズを考えていました。でも、なかなかいいアイデアが出なくて困っていました」


 好きな人にプロポーズの為にここまでするんだ。

 男の人は大変だな。

 慎太君は話を続ける。


「そんな事を考えながら、半年経った時にチュートリアルのラジオを聞いていたら『カップルのプロポーズのシチュエーションと言えばクリスマスとかバレンタインなどあるけど、個人的には七夕も悪くないと思うだよね』みたいな事を言っていた。その時、これだ!と思ったです」


 笑顔で言う。難関だった関門を突破したから嬉しそうだ。

 七夕の日にプロポーズ、確かに他の人はやっていないような気がする。


「だけど、レーソン銀行の件があって一年目の七夕は仕事。しかも、お互い遠く離れたところ居る。電話で伝えることも考えたけど、やっぱりこういう大事な事は面と向かって伝えないと駄目だと思い止めました」


 そういえば、去年の七夕は何かそわそわしていたけど、これが原因だったのか。


「でも、今日伝えることができました。三年間、待たせてごめんなさい」


 最後は私に深々と頭を下げた。

 気にしていたんだ。

 いつか伝えると言ったきり、伝えることができなかったことに……。

 私は深呼吸をする。

 考えに考えてくれたプロポーズ、ここはしっかり返答しなきゃ。

 

「堅田慎太さん、私を織姫に選んでくれてありがとう。この先の人生を私の彦星として一緒歩んで下さい。そして……」


 幸せ過ぎて涙が出て来そう。

 でも、この言葉は言わないと。

 私は一度涙をハンカチで拭いた後、はっきり言った。


「一緒に幸せな家族を作りましょう」


 それを言った後、私はお願いするように頭を下げた。

 頭を上げると慎太君はほっとしたのと嬉しさが入り交じった顔をして、右手は握り拳を作っていた。

 人生最大のお願い事が通じただから気持ちがわかる気がする。


「さて、結婚式場や新婚旅行の行き先を決めないと」


 慎太君は意気込むように言った。


「それも大事だけど、一番最初にやることがあるでしょ?」

「わかってますよ。まずはお互いのご両親の対面ですね」


 良かった。もし、これで子作りって言ったらプロポーズを取り消そうかと考えてしまった。

 慎太君は私にこの先から結婚までのプランを喋っていた。

 かなり具体的な内容だった。

 どうやら、結婚情報誌などで調べていたみたい。

 多分、一年ぐらい前から読んでいただろう。

 言っていないが結婚式から先のプランもあると思う。

 確信は無いけど、慎太君なら持っている。

 私もできる限りそのプランに応えれるように頑張りたい。

 慎太君は私の左手を繫ぐ。

 この行動は何度もしているが、これからは少し意味合いが変わる。

 それはこの先の人生は慎太君と共に歩く。

 一緒に幸せな家族を作るために。

 そう思いながら私はこの最高の幸せを噛みしめながら歩いた。

 

やっと、完成しました。

読んで頂いたと思いますが失敗作です。

正直なところ、この作品を作るモチベーションが無くなっていまして未完成まま次の作品を作ろうと考えていたこともありました。

が、やっぱり完成させないとこの作品に出てる登場人物がかわいそうな気がしたので、なんとかモチベーションを高めて完成させました。

やっぱり完成させると達成感が出ますね。

でも、次の作品はもう少しましな作品を作るようにしたいです。

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