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 犯罪というものは、犯罪行為自体に目的があるものと、犯罪行為に直接は関係がない、一見して目的がこれと分からないものと、二つに分けられる。この二つは混在することがあるし、はっきり分離していることもある。


 たとえばスリなら、お金が欲しくて財布を()るなら前者。所有者に気づかれないように財布を掏るスリルを求めているなら、後者という具合に。


 大抵は、お金が欲しくて財布を掏っていたら、そのスリルにはまってしまって抜けられなくなるものだという。スリという行為によって、自分に自信を持ってしまうことも厄介なところ。


 パブロはまさにその典型で、お金に困っているわけでもないのに不必要なスリ行為を繰り返した。顔役の忠告を無視した悪事は、いつしか警察の目に留まり、刑務所に送られることとなった。


 運よく刑務所を出ることは出来たものの、それでも財布を掏ることはやめられない。


 今度捕まれば、絶対に刑務所からは出られない。だからパブロは自分の罪を、かつては共に悪事を働いていたロベルトになすりつけた。




 ロベルトの話は、本人が善人に見えるぶん、やけに信憑性を感じさせるものだった。


 それでもわたしは彼の話を真に受けたりはしなかった。もちろんロベルトの言葉を信じていないということを、あからさまに顔に出したりはしなかったけど。


 あの日、パブロがわたしに近付いてきたのは財布が消えた後のことだった。


 食堂で働いていた期間、ポケットに入れていた財布やハンカチが無くなっていることに気づくのは、パブロがわたしの肩を叩いてきたり、近づいて話しかけてきたり、彼がわたしに対して何らかのアクションを起こしたあとと決まっていた。


 パブロはあまりもったいぶらずに、種明かしをくれた。


 人は一度に二つのことを認識することは出来ないから、何か注意を引くことをひとつだけ仕掛けてしまえば、財布を掏ることは容易いのだと。


 そう言って、パブロは必ず、掏ったものはわたしに返してくれた。


 あの日、わたしの注意を引くようなことを仕掛けてきたのはこの、ロベルトという男だった。パブロじゃない。だからわたしの財布を持っているのは、間違いなく、今目の前にいるこの男。


 でもどうしてこの男は、パブロがわたしの財布を掏ったなんて、そんな嘘を言うのだろう。警察に捕まるのが怖いから? あれからもう三ヶ月近く過ぎているのに、どうして今更?


「信じてないんだね」


 ロベルトは困ったように笑いながら、呟いた。


 考えていることが顔に出てしまっていたらしい。


 わたしは頭の中だけで結論を導きだすことを、諦めた。


「どうしてわたしにそんな話をするの?」


 ロベルトは頬づえをついて、視線を机の上に落とす。


「パブロの顔の傷、あれ、誰につけられたか知ってる?」


 首を横に振って見せると、ロベルトは憂いを帯びた表情を浮かべた。


「あいつの母親はどうしようもない人で、息子が犯罪に手を染めてるっていうのに男を取っ替え引っ替えして、遊び歩くような人なんだ。パブロは刑務所に入る前はよく母親の遊び相手に金を握らせて、もう母とは関わらないでくれって、懇願して回ってた」


 これは、わたしが聞いてもいい話なのだろうか。答えを出す暇は与えられず、ロベルトは間を置かずに話し続ける。


「見せしめだよ。母親の興味を引きたくて、ああいうことをしてしまうんだ」

「じゃあ、自分で……」

「人の関心を全部、自分の方に集めたいんだろうね、あいつは。だから嘘をつく。君の大事にしていた財布を掏ったのは自分のくせに、あたかも手助けしたかのように演出して。もしかしたらパブロは自分でも、もう何が嘘で何が本当か分かってないのかも……」

「もういい。やめて」


 ロベルト。この男は気味が悪い。


 どうしてこんな風にもっともらしい口調で、パブロを貶めようとしているのか。その本心が見えないから、なおさら恐ろしい。


 そのあとどんなやり取りをしてロベルトを店から追い出したのか、もう思い出せない。


 わたしはすがるような気持ちで、アニタさんに助けを求めた。


「パブロは本当に、ロベルトの言うような人なのかしら」


 アニタさんが洗った食器を受け取って、布巾で拭きながら、呟いた。絶対に違う。そう思いたいけど、でもわたしはパブロのことを知らなすぎて、どちらを信じても正しい判断ではないような気がしてしまう。


 アニタさんがパブロと知り合ったのはパブロが刑務所を出てからのことで、それ以前のことは全く知らないらしい。だから彼女が、わたしが求めている答えをくれるわけはないのだけど……。


「本人に直接聞いてみるのが一番だと思うよ」


 アニタさんの言葉はもっともだけど、そんなことをしたらパブロに嫌われてしまうかもしれない。でも、このままではわたしの中で、よくないイメージだけが広がっていってしまう気がした。


 わたしは寄宿学校の先生たちのことを思い出していた。


 彼女たちはまだ人生の半分も生きていないような生徒たちが、常に何かよからぬことを企んでいる詐欺師だと決め込んでいる。


 わたしは常々思う。


 先生たちは本当に、ロマンチストだなって。


 スカートの丈が少し短いだけで、いやらしいことを企んでいるものと決め込んで。髪の毛が少し乱れているだけで、その子の将来を悲観して。


 果たして世の中はそれほどまでにドラマチックだろうか。


 パブロの人生は、わたしには到底理解できない域にあるのだろうか。


 お芝居や小説で見るような、手の届かない絵空事?


 人の噂話なんて、実際にふたを開けてみればひどくつまらない真実しか隠されていないから、だから尾ひれなんてものが付くんじゃないの。


 きっとそうに、決まってる。


 だからきっと、パブロはロベルトが言うような、嘘つきではないって信じたい。

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