第2話 喫茶店と勉強
「あー分からん」
問題集に顔を伏せる。どうやら俺の集中力は切れてしまったようだ……。
「行き詰ってるねぇ」
そう声をかけてきたのは行きつけの喫茶店「ハトネ珈琲店」の店主の『鳩根沙也加』さんだ。彼女は大学卒業後、祖父が経営していたこの店を継いだらしい。美人でスタイルも良くて憧れのお姉さんって感じだ。
「ここが分からないんですよ、関係代名詞。そもそも日本語にない文法を理解できる方がおかしいんですよ!」
「キレてもしょうがないでしょ、ここは目的格が欠けているから”Whom”よ、中学レベルからやり直した方が良いんじゃない? そんなんじゃ高学歴どころかFラン大学にだって合格しないわよ」
たしかに中学校をあまり行ってないだけあって、中学レベルからやり直した方が良いのかもしれない、そんなことを思いながらため息をついた。
「よし! 私が教えてあげよう。こう見えて大学時代、塾講師のバイトしてたんだからね、教えるのは得意よ、というか教員免許持ってるし。ちなみに得意科目は英語と社会科目。」
沙也加さんは得意げに答えた。
「マジですか? 助かります!」
これは好都合だ。親からは勉強をサボって喫茶店でずっとスマホを弄ってるんじゃないかと疑われていたが、勉強を教えてもらっていると言えば、ある程度信用してもらえるだろう。
「今日みたいな平日のお昼から夕方くらいまでなら面倒見てあげる。どうせお客さんもあんまり来ないからね……」
と少し悲しそうに笑った。
そんな他愛もない会話をした少し後、”チリン”とドアにかけられているベルが鳴った。
「いらっしゃい、また来たのね、これであなたも常連さんよ」
入店してきたのは、ギターケースを背負った中学生くらいの女の子だった。
「ミルクティー……」
そう一言言って彼女は奥の席に座った。
彼女は色白で金髪まではいかない茶髪のロングに、かなり明るい茶色の目。目鼻立ちもはっきりとしている。ハーフだろうか? そんな事を思いながら俺はコーヒー(ミルクも砂糖もたっぷり)を飲み干した。
それからサンドウィッチを頼み、一時間ほど沙也加さんに中学レベルの英語の問題を出され続けた。その結果、どうやら俺は中学レベルは六割ほどしか理解出来てないらしい……。
「まさか、中学英語がこんなにも難しいだなんて……」
「私も流石に驚いたよ、ここまで出来てないなんて――これでよく高校英語の問題集に手を出したもんだ。単語も中学レベルからやり直しね……」
沙也加さんは呆れるようにそう言った。
「そういえば、さっき来てた中学生くらいの女の子ってよく来るんですか?」
そもそも平日の昼過ぎに中学生くらいの女の子が喫茶店に来るなんて、よくよく考えればおかしいわけだ。なぜなら普通は学校に言っているからだ。まあ、同年代の大半が高校生をやっている俺自身が言えたことではないけれど……。
「ああ、あの子ね、最近よく来るのよ、平日の昼過ぎに来るなんて変だから、この前思い切って学校に行ってないのかって聞いてみたのよ、そしたら『不登校なの』とだけ言って詳しいことは教えてくれなかったの、まあ不登校の理由なんて人に言いたくないわよね」
その気持ちは俺には十分理解できた。俺の場合中学時代の不登校の原因は単に小学校に比べて急に集団行動だとか五分前行動だとかいう軍隊みたいな生活に耐えられなかっただけだけど、自分が《《普通》》じゃない理由なんて人には言いたくないだろう。俺でさえ『なんで高校辞めたの?』なんて聞かれると少し返答に困ってしまう。
「へえ、そうだったんですか、なんかすっごい美少女の中学生が来たから気になっちゃって……」
「何、一目惚れ? たしかにあの子ハーフっぽいし、超美少女よね、私も一目惚れしちゃいそう」
少しからかうように言った。
「まあ、今日はもう勉強に疲れたので帰ります。勉強付き合ってくれてありがとうございました!」
「そう、また来てよね、みっちり勉強の面倒みてあげるから」
「はは……じゃあまた」
俺はそう愛想笑いをして店をあとにした――