ワールド・ワールド
連載の小説として考えたけど、上手く続けられる自信が無いから、取り敢えず短編で。
目が覚めた時、まだ、そこには何の変哲も無いように思えた。
僕は、いつものようにすぐ近くにある目覚ましのスヌーズと睨めっこしながら、そして眠気にギリギリまで身を任せるか、朝飯を食べるか、という事を天秤に掛けながら、布団の中で浅い眠りを繰り返していた。
ただ、二度目位のスヌーズで気付いた。
全く、自分以外の音がしない。
人の音、車の音、鳥の声、風の音。外は、普通に晴れていた。
大した事じゃないとは思えなかったけれど、でも、大それた事でも無いだろうと、まあ、偶然ある事だろうと思いながら、僕は体を起こして窓を開けた。
同じアパートに住む大学の友人の車が駐車場にあった。
電柱が立っていた。太陽の日差しが眩しかった。駐車場の先にはいつも通りに家が建っている。人は居ないが、まあ、この裏道に建つアパートの窓から見える広くない視界ではおかしくない。
ただ。
どうもおかしかった。
その視界が訴えるおかしさに、僕の体は一気に覚めていく。
そして、気付く。
……死んで、いる?
生物でないそれらの建物に対して、その表現はおかしいとも思ったけれど、それでも、その表現が一番合っていた。
太陽は生きている、と何となく分かる。
この朝、八時台の場所にあるし、自分に差し込んで来る光にはランダムさがあると、何となく分かる。
でも、その他からは全くランダムさを感じなかった。
原子そのものが止まってしまったような、絶対零度の世界に彷徨いこんでしまったような。某漫画のキャラのような能力がいきなり身に備わったみたいな。
……いや、でも、これはそんなものじゃない、と直感した。喜べるようなものじゃない。
充電に差していたスマホを手に取った。
電源は点いた。でも、圏外だった。
背筋が凍る。今まで、体感しなかった程の、恐怖。襲い掛かる、絶望。
……ふと、また目覚まし時計を見た。動いている。
どくどくと、心臓が早打ちを始める。頼むから、そうならないでくれ、と僕は、何よりも、本当に、一生のお願いだから、と強く願った。
僕は、時計を置いた。
時計はまだ、動いている。
そして、ゆっくり、ゆっくり、離れた。
――漫画の中で、時間を止めるという能力を持ったキャラクターが出て来る事があった。
しかし、厳密に時を止めるという事は、周りの空気さえも止まってしまうと言う事だ。だから、都合良く、自分だけが動けるように、自分の周囲だけは動くようになっている。
そんな考察を見た事があった。他にも、時を止めるのではなく、自分だけが物凄い早送りで動けるようになっている、とか。
でも、自分だけ物凄い早送りで動ける、という事は無い。体を起こした時、布団は普通に僕の体からずり落ちた。
そして、少しだけ離れただけで、時計は、止まった。
時計は止まった。
「……」
なんだ、これは。
なんで、こんな事が起きている?
靴を履いて、鍵を開けて、隣の部屋をノックする。返事はない。
「すいませーん! 誰か居ませんかー!」
この部屋だけじゃなくて、それ以上の遠くにも伝わるように、僕は大声で叫んだ。でも、返事は無かった。
片っ端からノックしてみる。全部、返事は無い。
何度も叫んだ。返事は無い。
途中からドアノブも回した。二階から一階へ降りてから、三部屋目で、ドアが開いた。
「あ……」
中に人が居たらどうしよう、と開けてから思った。中には生活臭があった。
雑多に散らばる雑貨。余り使われていないキッチン。しわくちゃな万年床。けれど、そこに人は居なかった。
「……え?」
下を見た。靴はあった。仕事用に履いているような革靴と、休暇用のスニーカー。両方ともある。
今日は水曜日。昨日は火曜日だから、仕事用の靴がある事は、二足以上持っている可能性もある。
そんな事思うのは気休めだと思っていても、そう思わざるを得なかった。
靴を脱ぐ手間さえも煩わしくて、そのまま部屋へ入り込む。
玄関から見えない場所に、会社用の鞄があった。財布があった。鍵があった。
人だけが、居なかった。
「……おいおい…………」
なんだよ、これ。
なんなんだよ、これ。
何がどうなったんだよ。
逆に、何で、僕だけが取り残されたんだよ。
本当に、取り残されたという表現が合っている気がしてならなかった。
でも、まだ望みを捨ててはいけない、と僕は自分に言い聞かせた。
僕だけが、本当に僕だけが、取り残されたのか?
それは、千人に一人単位か、万人に一人単位か。世界中で僕だけなんて、あり得るだろうか?
「……学校に、行こう」
そこまで規模は大きくない大学だけれども、避難場所にも確か指定されていた場所でもあるし、それにここ辺りのランドマークでもある。
僕は最低限の準備だけをした。ふと思って、物を遠くに投げてみたら、途中で宙に止まった。
「本当に、止まってるんだな……」
人が消えた事と、時が止まった事。どちらも、僕を混乱させるには大き過ぎる出来事で、準備をする内に落ち着き始めているような気がした。
それは、一線を越えてしまった、おかしくなってしまった、とも取れるかもしれないけども。
自転車に乗り、走り出す。自転車は動いてくれた。
車だったら、動いてはくれないだろうな、と思う。
自分の周りだけでしか、時は動かない。どういう原理なのかは分からないし、超常的な何かが起こったのだとしか思えないけれど。その、自分の周りの範囲は、結構狭かった。車の全体が動くまで大きくは無い。
とても小さい車なら動くかな、と思ったけど。
鈴を頻繁に鳴らしながら、ママチャリをゆっくりと走らせる。
町には人はおろか、動物も見当たらない。犬や猫、鳥もいない。植物はそのままあったけれど、虫さえもが見当たらなかった。
多分、物も腐らないだろう。食べるのには苦労しない。飢える心配はない。でも、それと生きていけるかどうかは別だ。
徐々に学校が近付いて来る。誰も、今の所は、見つからない。
チェーン店。コンビニ。
誰かが時が止まった後に何かをしたような痕跡も、何も見当たらない。
自然と足が遅くなる。
それでも、学校には着いてしまう。
僕は、好き好んで人間関係を広めたりとか、良く遊びに行こうとかする方の人間じゃない。でも、全く必要としてない訳でもない。
学校には、誰も居なかった。
半日、一日待とうとも、誰も来なかった。
目の前が真っ暗になる、という事は、こういう事なのだと僕は、初めて知った。




