17.夜明けと感触と
第17話「夜明けと感触と」
赤い巨体が轟音と共に倒れ、その活動を停止する。
辺りには静寂が訪れていた。
「はあ・・・はあ・・・」
「やりましたね。」
「やったわね。」
なんで余裕なのよ、この二人は。
私は討伐した魔竜にもたれるようにしてその場に倒れた。
もうダメだ。
体が動かない。
仰向けに倒れていると、リカちゃんがやって来た。
倒れる私に手をさしのべる。
「お疲れ様です、ミクリ様。」
「ありがと・・・よいしょっと。」
リカちゃんの手を掴み、起き上がる。
見ると、リカちゃんは目頭を押さえていた。
「あはは、安心で泣いちゃった?」
「いえ、目の乾燥が・・・」
「このやろう!」
この状況でさっきの反動か。
紛らわしい。
「さあ、勝利の余韻に浸ってる場合じゃないわよ。」
ティラの一言ですぐにまた気を入れ直す。
そうだった。
まだ下にモンスターが大量にいるんだった。
「でもどうする?ティラに向かって動いてるんだよね。」
「そうよ、だから考えがあるの。」
ティラは足元に魔方陣を作り出した。
それは塔の床をすっぽりと覆うほどの大きさで、中にも魔方陣がいくつかある。
魔方陣イン魔方陣だ。
「この塔、爆破しましょ。」
おいおいおい、ものすごい軽く言ったよ。
ちょっとコンビニ行きましょ。
位のノリで言ってきたよ。
「このまま待てばいつかは全部倒せるでしょうけど、いつになるかわからないし、それに汗を流したいわ。」
「汗を流すためにぶっ壊されるこの塔も不憫なもんだな。」
「大丈夫よ。魔竜との戦闘で傷んだってことにすれば。」
問題ない、とサムズアップする彼女に拭いきれない不安を残しつつも、
私は足元を見る。
魔方陣の輝きが増した。
もう少しで爆発するのだ。
「・・・そう言えば。」
リカちゃんがふと口を開いた。
表情はいつもの無表情だが、少し目が潤んでいる。
泣いた訳じゃないだろう。
どうせドライアイだ。
「爆破すれば、塔が崩れてモンスターが下敷きになって討伐できる、そのような策ですよね?」
「そうよ。我ながら完璧な策だと思うわ。」
「まあ、ごり押しに近いけどそれが最善だろうね。」
「私たちはどうなるのですか?」
「・・・」
「・・・」
「しまったああああ!!!」
完全に忘れてたらしい。
いや、人のことは言えない。
私も忘れてたから。
「ちょ、ティラ!解除、解除!」
「一度起動した魔方陣はもう解除できないのよっ!!」
「一か八か、ここから飛び降りますか?」
「このモンスターの群れのなかに!?」
下にはまだうじゃうじゃとわいている。
兵士たちは、まだずいぶん先の方にいる。
確実に魔方陣の爆発の方が早そうだ。
考えろ。
考えろ私!
なにかこの状況を打開する策があるはず。
「・・・ティラ、爆発の威力は?」
「え?」
「爆発の威力、範囲、何でもいい。細かく教えて。」
「えっと、メインの爆発力は塔を破壊するくらいだから相当よ。でも、サブで周りに付けた魔方陣は、柱を破壊するためのサポートだからそれほどの威力じゃ・・・」
なるほど。
それなら崩れるときは真ん中から抜けるようになる。
「爆発は、ほとんどの衝撃は上に逃げるわ。」
「・・・それ、今のままじゃ確実に俺達死ぬよね。」
「わ、分かってるわよっ!だから何か策を考えなさい!」
「うん、今考えた。」
成功するかは分からない。
でも、ゼロよりイチだ。
やらないよりはいいもんね。
私は再度剣を持ち、倒れる巨体を斬りつける。
その巨体は斬りつけた周辺が凍りつく。
「ミクリ様、オーバーキルは惨めですよ?」
「違うって。とにかくこいつの下方を凍らせる。」
私は何度も巨体を斬りつけた。
斬る度に、その赤い鱗は白く染まっていく。
やがて、背中を残したほぼ全ての部位が氷結した。
「これでよし。リカちゃん、ティラを連れてイフリートの背中へ。」
「せ、背中にいけばいいんでしょ!自分で登れるわよ、それくらい!」
ティラは一人でイフリートの巨体をよじ登る。
途中、幾度となく滑り落ちそうになったが、自力で登りきった。
私とリカちゃんもその後を追う。
「よっと、二人とも登ったね。」
「ミクリ様、いったい何をお考えなのですか?」
「簡単だよ。布団がふっとんだ、ってやつ。」
二人の目が凍りつく。
それこそ、私の剣技のように・・・
「いやいや!ちゃんと理由があるんだって!ただシャレを言いたいだけじゃないって!」
「よかった。本当にシャレだけなら、あんたにも一つ魔方陣をつけてあげようかと思ったのに。」
「それこそシャレにならないんじゃ・・・」
「それで、そのビックリするほどつまらない、下らない、品のないシャレにどんな脱出方法があるのですか?」
「・・・ごめんなさい、ちゃんと説明します。」
もう視線がいたい。
そんなに下らなかったかな、私のシャレ。
「突然だけどさ、布団の下で爆弾を爆発させたら、どうなると思う?」
「どうって、上に吹き飛ぶんじゃないの?」
「そう、上に吹き飛ぶ。でも、布団の上側はほとんど損傷してないんだ。つまり、」
「・・・姫様の魔方陣による強力な爆発がイフリートの巨体を浮かす。」
「その通り。氷でコーティングもしたからバラバラになることはないだろうし、爆発の熱で着地のときには氷が溶けてると思うよ。」
「それなら、下のモンスターもクッションの代わりになって・・・でもそんなの、本当にうまく行くの!?」
「どんな結果でも、やらないよりはいいよきっと!」
魔方陣が光を強めた。
どちらにせよあまり時間はなさそうだ。
「いくよ二人とも!しっかり掴まって!」
すぐに凄まじい爆発が起きる。
耳が避けるのではないかという轟音と共に、私たちの体は魔竜の亡骸ごと天高く打ち上げられた。
・・・天高く?
「いや、飛び過ぎでしょおおおお!!?」
魔竜は爆風の勢いにのって城よりも遥か高くへ飛んだ。
それこそ、低い雲は突き抜けるほどに。
「ティラッ!これ強すぎないっ!?」
「魔方陣の数が多かったみたいねっ!かなり飛ばされてるわっ!」
「あっ、見てくださいっ!夜が明けますよっ!」
「リカちゃんっ!?風圧でそれどころじゃ・・・」
その瞬間。
上昇がゆっくりと終わり、次第に速度を落としていく。
リカちゃんの指差す先には、
彼方に見える朝日が、山や草原、眼下に広がる街を色鮮やかに照らしていた。
その光は、魔竜の凍りついた鱗に反射し、さながら宝石のように光輝く。
全てが止まったかのような美しい世界。
私たちはその光景に目を輝かせていた。
「すごい・・・何て綺麗な朝日・・・」
「初めてかもしれません。こんなに朝日が美しいと感じたのは・・・」
「ほんとだね・・・凄く綺麗。」
「そして、落下が始まるよおおっ!?」
「きゃあああああっ!!!」
「くっ・・・これは・・・速いですね・・・!」
息が出来ないほどの速度。
スカイダイビングってこんな感じなんだろうか。
いやいや!
変なこと考えてる場合じゃないよ!
「このままじゃ、クッションどころじゃないわっ!こいつもろともぺしゃんこよっ!?」
「爆破により散乱した塔の破片の餌食という死にかたも・・・!」
「不吉な選択肢増やすんじゃないわよっ!?」
爆破・・・そうだ!
「爆破だよ、ティラっ!」
「ええっ?」
「だから爆破だよっ!爆破で落下の勢いを少しずつ殺すんだっ!」
「・・・!」
私がそう言うとすぐに、ティラは魔方陣の発生に集中する。
わずか数秒で一つ目の魔方陣が完成し、即座に爆発する。
一瞬、体の浮遊感が無くなったが、すぐに戻る。
「ダメっ!止まらないっ!」
「何度もやるんだっ!止まるまで、何度もっ!」
「・・・ええい!こうなったら魔力の底までやってやるわっ!!」
ティラは魔方陣を大量に発生させ、次々と爆発させる。
爆発の度に、少しずつだが確実に速度が落ちている。
「姫様っ!もうすぐ地面ですっ!」
「ティラっ!もっと火力をっ!」
「分かってるわよっ!!!」
連続する爆発、迫る地面。
やがて、巨体が地面と衝突する轟音と共に、私たちは魔竜の背中から投げ飛ばされた。
二人とも受け身の姿勢をとれていない。
私はとっさに手を伸ばし、二人を引き寄せる。
そして、地面へ転がり落ちた。
数秒ぶりだが酷く懐かしく感じる。
「いたた・・・こんだけ吹っ飛ばされて無事とか、どうなってんだこっちの体の構造。」
私は起き上がろうと体を動かそうとするが、二人がのし掛かっているので起き上がれない。
二人を退けようと手を動かしてみるが、なにかに押さえつけられて動かないでいた。
私はそこから抜け出そうと手に力を入れた。
そして、両手になにか柔らかい感触。
「なんだ、これ。」
何度も掴んでみる。その度に餅のような柔らかい感覚が手に伝わる。
瓦礫、ではなさそうだ。
「い、いやあああああっ!!!」
「がふぅっ!?」
ティラの叫び声と同時に私の体は横から来たものすごい衝撃によって吹き飛ばされた。
そして瓦礫の山に不時着する。
「ど、どどどどどこ触ってんのよっ!!」
「・・・死んで詫びてください。」
二人とも、胸を押さえてこちらを睨み付けている。
ありゃりゃ、胸さわっちゃったか。
「あ、ごめんごめん。不可抗力でさ。」
「な、何でそんなに落ち着いてられるのよ変態っ!!」
「・・・姫様、下がってください。この変態クズ男は私が抹殺します。」
リカちゃんがゴミを見るような目で大剣を構えている。
確実に殺す目だ。
「ちょちょ!何でそんなに怒ってるの!?胸さわっただけじゃん!?」
「・・・リカ、殺しなさい。」
「承知しました。」
余計に怒らせてちゃった!?
なんで?
私、女なのに・・・
「あああああああ!!!」
絶叫し、リカちゃんの攻撃を避ける。
その切っ先は性格に私がもといた場所をとらえていた。
「ちょこまかと動かないで下さい、変態クズ男。殺せないじゃないですか。」
罵倒を浴びせてくるリカちゃん。
そのサディスティックな目、ドMじゃないけど目覚めそうだよ。
「いやいや!これは説明すると長くなるというか、日頃の癖というか!」
「癖になるほど日頃から触っているんですか。とんだクズ男ですね。」
クズ男。
そうなのだ。
私はこの世界ではそうなのだ。
・・・いや、クズって所じゃない。
「男」なのだ。
見た目は男、頭脳は女なのだ。
「待って!リカちゃん!話をきいて・・・」
避け続ける私のからだがとたんに動かなくなる。
体が、魔方陣で拘束されていた。
「て、ティラ!?」
「今よ、リカ!」
「承知っ!」
待って待って待って待って!?
武器は置いてるから、殺す気はないみたいだね!?
でも、さっきイフリートとやったときよりも殺気のこもった溜めしてない!?
もう全身からオーラがにじみ出てるんですけど!?
そして、オーラは全て、彼女の拳に集中し、
「害虫は、駆除です。」
「いや、ちょ、ま、ぎゃああああああ!!!」
その日、
戦場と化していた王都バルドランに響いた鈍い音は、
王国のモンスター撃退の知らせとなり、
兵士たちに勝利の夜明けを告げ、
大いに戦に貢献したはずの、
一人の少年の気絶を招いたのだった。
氷の剣士編 fin
to be continue...