13.スタートフェイズ
第13話「スタートフェイズ」
《王都バルドラン 見張りの塔》
塔の頂上へつながる螺旋階段には、モンスターは一体もいなかった。
好都合だ。
一気に上がらせてもらう。
「・・・見てたぜ。お前、本当にただの旅人か?」
頂上では、深紅の巨体が私達を待ち受けていた。
燃え盛る炎のような瞳がこちらを睨み付けている。
「ただの、ではないかもね。」
「だろうなぁ。ただの旅人は氷結剣技なんて使えねえ。」
「貧乏臭い旅人、だろ?」
「・・・てめぇ、上等じゃねえか。」
もうキャッチコピーだよ、貧乏臭いってのは。
・・・いや、もちろんものの例えだけど。
「ミクリ様、お気をつけを。奴は鱗を逆立てています。竜特有の臨戦態勢です。」
彼女の言うとおり、イフリートは赤く光る鱗を逆立てていた。
これが臨戦態勢、竜の逆鱗に触れるということか。
「そこの姉ちゃんは賢いな。その通りよ。もう油断なんてしねえ。」
「俺だって、もう剣の素人じゃないよ。」
「初心者ですね。」
「このタイミングでボケるの!?少しは空気読もうよ!?」
リカちゃんはまっすぐ視線をイフリートから離さない。
先の言葉、あれはリカちゃんが正しい。
虚勢を張ったが剣の扱いに慣れた訳じゃない。
私はゲームで見た出来そうな動きを真似しているだけだ。
ましてや相手は格上。
戦況は圧倒的不利だ。
「それじゃ・・・行くぜぇぇッ!!」
イフリートは翼を大きく広げ羽ばたく。
飛び去る様子はない。
だが、
「何て風圧・・・!!」
イフリートの翼の位置は私たちより上にある。
そこから繰り出される風圧に押し潰されそうだ。
「ほらよ!!!」
横から尻尾のなぎ払いがくる。
動けない・・・!!
「くっ・・・!!!」
とっさにリカちゃんが大剣を床に突き刺す。
尻尾は大剣もろとも、私とリカちゃんを吹き飛ばした。
「ぐあああっ・・・!!」
「ああぁぁっ・・・!」
しかし、私たちより先に尻尾が大剣を捉えたことによって、勢いが半減していた。
それでもすぐには立ち上がれない威力だ。
「おいおい、まだほんの一撃だぜ?もうおしまいかよ。」
私もリカちゃんも、立ち上がれないでいた。
ただの尻尾でこの威力。
これが魔竜。
強さの次元が違う。
「さて・・・お前らがもう戦えないんじゃ、面白くも何ともねえな。とっとと姫を連れて、ずらかるとするか。」
「くっ・・・!!」
リカちゃんが大剣にもたれるように立ち上がる。
ボソボソと呟いているのは、回復詠唱だろう。
『ミクリ様、聞こえてますか。』
脳内に直接話しかけてきた。
『今から、私の全力をもって、奴の注意を引きます。』
『注意を引くって・・・』
言葉の意味が分からない。
『・・・はっきり言って、私の剣では奴を倒せません。』
『そんな・・・!』
『奴を倒せる可能性があるとすればそれは、ミクリ様の氷結剣技。』
『でも、まだ完璧に扱えるわけじゃ!』
『私は王家に使える身。王家を守るためならば、少しの可能性にも賭ける覚悟があります。』
その口調は、とても彼女らしい、淡々としたものだった。
『ですから、私は刺し違えてでも、全力で奴を引き留めます。その隙に、強力なのを期待してますよ、ミクリ様。』
その言葉を最後に、彼女からの言葉は途絶えた。
彼女は既に詠唱を終えていた。
しかしその体にはまだ相当なダメージが残っているように見えた。
「・・・魔竜、イフリート!!!」
叫ぶ彼女の声が響く。
「ほう?なんだ姉ちゃん、まだやる気か?」
「王家を・・・姫様を欺いたその罪の重さを、思い知れっ!!!」
大剣を構え、突進するリカちゃん。
防御など度外視の攻撃的な構えだ。
「そんなに死にてえなら・・・お前から殺してやるよ!!!」
イフリートは彼女へ向け火球を放射する。
横に三連、とても避けられない。
「喰らうかあぁぁぁぁ!!!」
大剣を横になぎ払い、火球を切り裂く。
消滅する火球をくぐり抜け、イフリートの側面へ回る。
「チッ・・・ちょこまかと動いてんじゃねえ!!」
尻尾による一撃、横からくる。
大剣を大きく振り体の重心を上へ逃がす。
そのまま軽く飛べば大剣の重さで大きく飛べる。
イフリートの尻尾は空を切った。
跳躍の勢いを斬撃に込め、振り抜く。
「・・・!?なんて固さ・・・!!」
魔竜の逆鱗の強度は大剣の一撃を軽く弾く。
反動で重心が大きく傾いた。
「・・・しまっ・・・」
それを逃さずイフリートの爪が大剣を弾き飛ばした。
「ぐあぁ・・・!!!」
衝撃で体も宙に浮いてしまった。
もう一方の爪がこちらを狙っている。
・・・それでいい。
今、奴の注意は完全にこちらにある。
私が気を引く隙に、ミクリ様が、
「とか思ってんじゃねえだろぉなぁぁぁ!!!??」
私に爪が当たる直前、何かが爪を弾いた。
青く輝く瞳がこちらを見る。
「リカちゃん!いつの間にか地の文まで引っ張ってんじゃん!何死のうとしてんの!?」
危なかった!
呆然としてたら完全に持ってかれてた!
主人公としてあるまじき失態!
「何をしているのですかミクリ様!これでは作戦の意味が・・・」
「誰かが死ぬような作戦なんて、んなもん作戦でも何でもないっ!!」
イフリートの攻撃をしのぎ、宙に投げ出された彼女を受け止める。
その体はもうボロボロだった。
「作戦でなくても、何も失わずに魔竜に勝つ方法なんてこれくらいしか。」
「別に勝ちにこだわることない。最低でも負けなきゃいいんだよ。生きてれば、何度だって戦える。」
出来るだけイフリートから離れた私は、
彼女を塔の端に寝かせた。
「それじゃ・・・ダメなんです・・・姫様を・・・騙した、あいつが・・・私は・・・・・・許せない。」
彼女の声は震えている。
その目には、涙が溢れていた。
「それは・・・俺も一緒。だから今は、そこで見てて。」
彼女のもとを離れた私は、ゆっくりとイフリートに近づく。
「ケッ!ずいぶんと待たせてくれたなッ!!」
イフリートが爪を高速でこちらに突き刺す。
私はそれを、
「・・・!?バカなッ!?」
剣の切っ先で受け止めた。
切っ先に接した爪の先から、凍りつく。
「悪いけど、ここからはずっと・・・こっちのターン。」