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雪の誕生日


 もうすぐ雪音の誕生日だ。

 毎年家族で祝っていたのだが、今年は父さんが仕事、母さんは夜勤が入っていて俺と雪二人きりになってしまう。

 友達を呼んでもいいと伝えたが、元々仲良しだった子とクラスが変わってしまい、すぐに予定を合わせるのは難しいんだとか。

 せっかくの一大イベントなので、俺はサプライズで雪音が大好きなケーキを買うことにした。受け取りは当日にして、あとは誕生日プレゼント。

 下手に残るものだとあいつは勘違いして四六時中つけそうだから、しっかり食べるものがいい。


「ひろちゃん、バイト増やしてるのー?」

「ん? ああ、今月だけな」


 友達の喫茶店で数回働かせてもらえば雪音の誕生日ケーキを買うのは簡単だ。

 プレゼントはどうしようかと悩んでいると、クラスの女子からいい化粧水を勧められたのでそれを買うことにした。

 そう言えば、雪音は化粧どころか保湿も何もしていない。よくもまああの肌を保っているなと感心してしまう。


 3回増やしたバイトの甲斐あり、俺は雪音の誕生日にケーキとプレゼントの化粧水をゲットした。

 早く帰りたい時に限って電車のトラブルで定時に帰れない。きっとまた雪音が不安がると思い、電車で遅れるとだけメールして俺は人身事故が片付くのをただひたすら待った。


「マジかよ……」


 電線まで絡まっている影響で完全に交通手段はおしゃか。明日まで復旧しないと虚しいテロップが流れたので、俺はぞろぞろと駅の方角まで歩く人波に乗り掛かった。


「もしもし、父さん。ごめん今客乗ってる?」


 父さんは仕事中だが、やはりこの人身事故の影響であちこち走り回っているらしい。流石にお願いできないと諦めて家まで走ることにした。

 ケーキは先に手に入れていたけど、これを持ちながら走るとぐちゃぐちゃになってしまう。

 けれども歩いて二時間ほどかかる家まで走らずに早く帰るのは難しい。今も雪音はひとりで誕生日を待っているのだ。


 ケーキは崩れても美味しいのは変わらない。そう思い直した俺はがむしゃらに走った。テニス部を引退したせいで体力はかなり落ちていたけど、それでも結構頑張って30分くらいは早くついたと思う。


「た、ただいま」


 ぜえぜえ息を切らせて玄関を抜けるとリビングだけほんのり電気がついていた。2階は暗かったから、雪音はリビングにいるのだろう。


「雪、誕生日おめ──」


 待ちくたびれて眠っているのか、雪音はソファーで小さく背中を丸めて眠っていた。起こすのはかわいそうだけど、誕生日を祝えない方が後から怒られそうだ。


「雪、ただいま」

「あれ、ひろちゃん!? 良かったあ、人身事故で電車動かないって聞いたから!」

「うん、明日まで復旧しないってさ。だから急いで帰ってきたけど……誕生日おめでとう、雪」

「ううううう! ひろちゃあああん!」


 あ。


 雪音に抱きつかれた反動で持っていたケーキの箱がぼとりと落ちた。もちろん中のケーキは走ったり今落としたせいで原型を留めていない。

 どうせならワンカットサイズのケーキを買えばまだ良かったかも知れないのに、きっと雪音がロウソクふーふーしたがると思ってホールにしたのが間違いだった。


「あーあ、ぐちゃぐちゃだ。ごめんな」

「ううん! 嬉しいありがとう。ひろちゃん、これにロウソクつけて」

「はいはい」


 とりあえずゆっくりしたかったけど、日付が変わってしまうのでゆっくりも出来ない。俺は準備していたライターとロウソクをつけて雪音の前にぐちゃぐちゃになったケーキの残骸を置いた。せっかく有名なシェフが作ったものなのに残念だけど、本人は全く気にしていない。

 念願のロウソクふーふーのイベントを終えたところで雪音はケーキを大きくカットして俺の分と二つ仕分けた。


「やっぱりケーキは美味しいね」

「このケーキ、期間限定らしくてちょっと高いんだよ。味わって食えよ」

「あ、でも本当は雪、もっと欲しいプレゼントがあったの……」


 なんだよ、欲しいものがあるならもっと早く言えばいいのに。一応聞いてみると雪音はほんのりと頬を赤らめた。


「ひろちゃんが雪のおっぱい大きくしてくれると嬉しいなあ」

「いや。雪のおっぱいは牛さんが大きくしてくれるから、俺は力不足だよ」

「おかしいなあ、磯崎さんは牛さんにそんな力はない、ひろちゃんが知ってるって言ってたよ?」


 おい、磯崎……!

 あの文化祭で雪音にそんな余計なことを吹き込んだのか!

 まずい、今までのらりくらりと牛さん信者の雪音をかわしてきたけど流石に限界か?

 

「ひろちゃん、おっぱいはどうやったら大きくなるの? 誕生日プレゼントに欲しいよ」

「いや、それはなあ、人の体型って生まれつき決まっているから、俺にはどうしようもないんだよ」

「ぶー。磯崎さんの嘘つきい」


 不満そうにケーキを突く雪音だが、結局ケーキの美味しさに負けておっぱいの悩みなどすぐにぶっ飛んでくれた。


 ──さて、俺はあと何年雪音を欺けるだろうか。それまでに頼むからいい人を見つけてほしい。

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