プラネタリウム
先日磯崎からプラネタリウムのチケットを貰った。いいムードになるから彼女と行ってこいと言われたが、今の俺に彼女はいない。
「困ったな。しかもこれ結構高いし……」
田舎から東京に出てきた俺は別に星に困っていない。確かに都会暮らしの人から見ると満天の星は感動するだろう。
「よし、雪を連れていくか」
◇
久しぶりに雪音と山手線に乗り、池袋まで移動する。以前雪音は電車で痴漢にあっていたらしいので、電車は嫌かなと思ったけど、俺もまだペーパードライバーだし車の多い池袋を案内する力は無いので諦めてもらった。
「えへへ、ひろちゃんとデート」
「ニヤニヤし過ぎだろ……」
雪音は高校生になってからおしゃれをするようになった。クラスメイトにそういう子がいるらしく、私服もトレーナーにパンツではなく、スカートも履くようになった。
あまり雪音が可愛くなりすぎるとまた変なストーカーが来そうで心配だけど、年頃の子なのでモテても仕方がないと思う。いつまでも俺が過保護でいるわけにもいかないし。
「ねえねえ、ひろちゃん噴水すごいよここ!」
プラネタリウムの受付をする前に、エレベーター前にある巨大な噴水に雪音は興奮していた。年よりもかなり幼いのは変わらない。
「そっちは動物園が併設されているな。今度動物園にも来てみようか?」
「うん! 雪、カピバラさんが見たい!」
「確かここの動物園にカピバラは居なかったような……」
「がーん」
小動物好きの雪音にとって漫画で見ている可愛いカピバラが居ないのはショックだったらしい。
「ま、まあ……カピバラのいる動物園にいつか行こうな。ほら、プラネタリウム入場時間だから行くぞ」
小さな手をきゅっと握りしめ俺はチケット二人分を渡して中に入った。
ただの天体観測かと思いきや、CG技術の発展で音楽に合わせて物語が展開されていた。
星に関するエピソードが三部構成で流れ、それぞれの星に対する思いに感銘する。
「ひ、ひろちゃん……」
小声で雪音が突然話しかけてきた。静かな場所なので喋ると目立ってしまう。耳だけ傾けると、雪は左下に座るカップルをちょいちょいと指差した。
あー、なるほど。
暗闇の中でキスをしたり、肩を抱き合いいい雰囲気になるカップルが下の段に三組ほど。
それに、カップル用の座席も用意されているくらい凝った場所だった。俺達は自由席だから映画を見る感覚で座っていたけども。
隣で座る雪はイチャイチャするカップルが新鮮なのか、羨ましいと思っているのかプラネタリウムよりもそっちに集中していた。
「雪」
俺は隣に座る雪の手を暗闇の中できゅっと握る。ぴくりとこわばった雪音が驚いて俺の顔を見つめていた。
「プラネタリウム、なかなか来れないからしっかり見ておきな?」
小声でそう囁くと雪音は壊れた人形のように何度も首を縦に振ってカップルから空に視線を戻した。
こつんと頭を俺の肩に乗せてくる雪音が可愛い。頭を撫でたい衝動を抑えつつ、俺は彼女の小さい手を握る指先に力を込めた。
後日、磯崎からプラネタリウムについて聞かれたので、雪音と見てきたと伝えるとかなりがっかりされた。
……俺にあんなラブシーンのような展開を期待されても正直困る。




