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ムンプス

 いつも一緒に起きるはずの雪音が起きて来ない。

 同じ部屋で苦しそうに眠っている雪音の身体を揺すると、全身滝のような汗をかいて顔をしかめていた。


「雪音……?!」


「ひろちゃん……首が痛い!痛いよぉ」



 診断は”流行性耳下腺炎”とのことだった。所謂いわゆるおたふくかぜだ。


 母さんは雪音を病院に連れていくため午前中の仕事を休んだが、家に誰も居なくなってしまうので、今日1日だけでも入院するかと医師に勧められたのだが、雪音が絶対入院したくないから帰る!と駄々を捏ねたらしく家に帰宅した。


 額にそっと手を当てると燃えるように熱い。

 雪音は痛い痛いと言いながらずっと泣いていた。

 俺に出来ることは、泣く雪音の背中をさすって、少しでも落ち着かせることしか出来なかった。



 ――翌日。

 雪音の熱はなかなか下がらず、泣き喚く度に時間を空けて解熱剤を使っては寝るを繰り返していた。


 潜伏期間があって、今日1日を超えたら多分落ち着くだろうと言われていた気がする。


 おたふく風邪っていうものは、ワクチン接種が決められている物では無いので、学校で流行したら簡単にウィルスを貰って来てしまう。

 今更だが、母さんは俺の顔をじっと見て予防接種をしていたかどうかの不安を口にした。


「弘樹は予防接種していたかしら?」


 雪音の母子手帳を見ていた母さんの質問に、俺は歯磨きをしながらう~んと考える。


「……わかんないけど、父さんがそういうの管理してた気がする」


「そうね、弘樹の母子手帳も見てみるわ。学校、気をつけていってらっしゃい」


 俺は家の中でも食事以外はマスクをつけられて生活をしていた。

 今日は雪音の為に仕事を休んでいる母の見送りを久しぶりに受けながら、玄関で靴を履く。


「行ってきます」


「あーん。うあーん!ひろちゃぁん……ひろちゃん…!!」


 ……遠くで雪音がまた泣いている声が聞こえて、後ろ髪を引かれる思いはあったが、心配だからと言って一緒に居ても治る病気ではない。

 まして自分まで移る可能性があるので、基本的に接触は良くないと言われている。


 雪音はおたふく風邪については予防接種をしていなかったらしく、今回クラスで流行ったことで、誰かからウィルスを貰ったようだった。

 一方の俺は、母さんが調べた母子手帳によると、しっかり予防接種をしていたそうだ。




「ただいま~」


5限目の授業を終えて急いで帰宅すると、母さんが仕事用スーツに着替えて困った顔をしていた。


「あれ、母さん仕事?」


「……後輩がトラブル起こしてるみたいで、私じゃないと後処理出来ないのよ……片付けて夕飯までには帰るから、雪音のこと見てもらってもいい?首のところに冷たいタオル巻いてるから」


「うん、わかった」


 自分に雪音を治療することは出来ないが、タオルの交換と側に居てやることは出来る。

 ゆっくりと寝室に足を向けたが、気配で察したのか雪音がゆっくりと目を開いて首を少しだけ動かす。

 俺と目が合うといつものように、天使の微笑を向けてきた。


「ひろちゃん、お帰り」


「まだ首痛い?」


 俺は自分のランドセルを勉強机の上に置き、布団の上で横になっている雪音のタオルを外す。

 熱の所為で既に温くなっているそのタオルを手に取り、プラスティックの桶に入っている氷水に、もう一度タオルを浸す。


 結構水を絞ったもののタオルが冷たかったのか、一瞬だけ雪音はひゃあと声を上げた。


 よく見ると、雪音の耳の下から首にかけて全体的に真っ赤に腫れている。

 顔もいつもよりも何だか丸くなって別人のような気がする。

 俺がまじまじとその変貌を見るのが気に入らなかったのか、雪音は不貞腐れたように布団を顔まで引き上げた。

 真っ赤になった顔で俺の方をちらりと目線だけ動かしてくぐもった声でぶつぶつ言う。


「……あんまり見ないでよぉ。恥ずかしいんだから」


「こんな痛そうな病気にかかるなんて災難だな」


 災難と言いつつも俺が何時までも笑っていることに対し、雪音はぷぅと頬を膨らませて益々機嫌を損ねた。

 布団を少しだけ広げてその空いたスペースを左手でばしばし叩く。


「ひろちゃん、隣!」


「はいはい……」


 駄々っこのお姫様の言う通り、弘樹は布団を開けて雪音の隣にごろんと横になった。

 俺が隣に来た事で少しだけ安心したのか、幸せそうに雪音が微笑む。


「雪音……お前の布団狭いし、シーツは汗っぽいし、首のタオル冷たいんですけど」


 悪態をつくと、隣で雪音は幸せそうな寝息を立てて眠っていた。

 その幸せそうな眠りを起こすのも可哀想だったため、俺は腕枕をしながらその柔らかい髪を撫でる。


「早く治れよ。雪音がいないと、登校時間つまんねーじゃん」



 気が付いたら一緒に眠ってしまっていたらしい。

 起きたのは夜遅くだったが、母も仕事を終え、父も仕事の合間をぬって夕食を取りに帰っていた。


 ――久しぶりに4人が揃う家族の食卓。

 雪音のおたふく風邪に、ほんの少しだけ感謝した。

(首が痛いと雪音がいうのは放散痛です)

2016.8.1(11.27改稿)

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