かまくら
今年の年末年始は母さんが久しぶりに連休を取れることになり、故郷の北海道で過ごす事になった。
ばあちゃんに会うのは何年ぶりだろうか。あまり刺激がなくて少しボケてきたらしいけど、俺達の事を前と変わらずニコニコ歓迎してくれた。
「ばあちゃん、ただいま!」
雪は慣れた様子でブーツを脱いでさっさとばあちゃんの家に上がっていた。
「雪ちゃんしらねぇ間におっきくなったなぁ」
「ばあちゃん、今年雪の所にサンタさん来なかったんだよ、雪、きちんとママの言う事聞いてお家の事やってるのに何でだろう?」
「ははっ。サンタさんもあちこちいってて忙しいんでねぇべか。忘れた頃に来るんじゃねぇかな」
「そっか! あわてんぼうのサンタクロースじゃなくて、忘れんぼうのサンタクロースなのかな! 良かった〜初詣でも同じお願いする所だったよ〜」
「お邪魔します……」
「弘樹くんも遠いとっからよく来たね、ゆっくりしてけや〜」
「はい」
やはり田舎の人は優しいというか、おおらかのようだ。ばあちゃんは俺にも雪と同じように優しかった。
「弘樹くん、なんかあっただか? 元気ねぇな」
「えっ……そ、そんな事ないですよ。久しぶりに北国の風に負けましたかね」
「んだか。ならいいけどよ。つれぇ事は我慢したらダメだ。ワシで良ければいくらでも聞くかんなぁ」
ばあちゃんは優しい。俺が少しよそよそしいのももしかしたら気がついていたのかも知れない。
雪にとってばあちゃんは本物のばあちゃんだけど、俺にとって北海道のばあちゃんは血の繋がりは無い。
父さんが仕事を言い訳に北海道にあまり行きたがらないのもそこに理由がありそうだった。
「弘樹くん、来年高校3年生なんだもんな。山神様が勉強の神様祀ってるけ、行っとくといいよ」
「へええ、あのバスで山登りした所ですか?」
山神様の神社はばあちゃんの家からバスで1時間ほど行き、途中から20分ほど歩いた先にある。
田舎はバスの本数が凄まじく少ないので少し遠いような気もするが、俺は気分転換も兼ねて旅気分で行くことにした。
いつもなら雪も行く、とついて来そうな雪だったが、ばあちゃんの体調があまり良くないそうで雪はばあちゃんに最近の様子を矢継ぎ早に語っていた。
──────
俺は慣れない雪道を抜けて山神様の所で無事お参りをしてばあちゃんの家に戻った。
すると見慣れない白い塊が家の真横に併設されていた。
「あっ! ひろちゃんおかえり! 見て見て、ひろちゃんと雪のお家だよ!」
得意そうな顔でスコップ片手に額の汗を拭う雪はとても満足そうな顔をしていた。
昨日までこちらは1m積もる程の雪が降っていたらしく、少し固めの雪がまだ家の横に残っていた。
いつもはばあちゃんが雪かきをして隣の公園まで運んでいたらしいが、腰も調子が悪く、今日雪と母さんでせっせと雪かきをしていたらしい。
なんだよ、俺にも言ってくれたらきちんと雪かきくらい手伝ったのに。ばあちゃんが何故あのタイミングで山神様の話をしたのかよく分からない。
俺は雪に手招きされるまま、カマクラと呼ばれる雪の塊の中に入った。雪を固めただけのそれは意外とあたたかさを感じる。いつの間に仕込んだのか、雪は中央に焚き火セットを置いていた。火をつけると中が明るくなり益々寒さを忘れる。
「うわ〜、意外とあったかくなるんだな、これ」
「そうだよ! なんかの本でかまくらの中で火をつけても溶けないって書いてたから見てて良かったね〜」
「そっか。かまくらは遮熱性が高いから溶けないのか。これが雪に関する水分含有量と空気の比率か……しかも静かって事は防音も兼ね揃えているのか。すごいよ、雪! これは確かに家だ!」
「う、うん?」
俺は物理法則について自分の目で再度確認出来た事に興奮していたが、雪は一時期北海道で暮らしていたのであまり理解していないようだった。俺の話に首を傾げている。
「弘樹くん、元気なっただか?」
ばあちゃんが重い腰をさすりながら外に出てきた。雪がかまくらを作ったと自慢している。
「あ、ばあちゃん。ありがとうございます。お陰で勉強の時に感じていた疑問が分かりました!」
「そっか、それは良かったな〜」
「ばあちゃん、何で俺が元気ないと思ったんです?」
「弘樹くんは雪ちゃんと違って大人になったなあと。まあ、色々嫌な事あったら、雪にぜーんぶ流しちゃいい」
「なぁにいばあちゃん。雪に全部流すのお?」
「雪ちゃんでねぇよ、嫌な事はまっさらな雪に流したらいい。寝っ転がって空でも見れば東京と違うよ」
ばあちゃんは俺がもしかしてクリスマスに相澤さんと別れてちょっとお互い嫌な気分になった事を知っているのだろうか。
でも雪にもそんな話はしていないし、会った瞬間からばあちゃんは何もかも俺の体調を知っていた。
「ばあちゃんありがとうございます。明日は俺も雪かき手伝いますね」
「はははっ。東京モンは雪を舐めてるからダメだ。張り切ってすっ転んで怪我しねぇようにな」
「ばあちゃん、雪も東京もんだよお」
「雪ちゃんは根っからの野生児だから大丈夫だべ」
「雪だって女の子なのに。もういいよ、ひろちゃん、ひろちゃんお風呂入ろ」
俺はばあちゃんの目の前でとんでもない事を言った雪の言葉に返答が分からなくなった。
「はぁ〜、東京モンはいつまでも兄妹で一緒に風呂さ入るんだか。うちは温泉のお湯引いてるから、ゆっくりあったまっておいで」
ばあちゃんは全く疑う様子もなく俺と雪にタオルセットを渡してくれた。え!? 何で俺が雪と風呂に入る展開になってんの。
「いやいやばあちゃん、雪と俺は風呂別々だから、先に雪に行かせて。雪かきとかまくら作りで疲れてるだろうから」
「ええ〜! せっかくひろちゃんとゆっくり大きいお風呂で遊べると思ったのにぃ……」
「なんも、うちの風呂さ2人くらい全然入れるから大丈夫だべ。ゆっくりしといで」
いや、風呂のサイズの問題ではなく、雪と入るって事が問題だと思うんだが。
こういう時に限って母さんは昔の同僚と飲みに行ってていないし。
結局俺はばあちゃんに押し切られたまま、凄まじく不本意なのだが久しぶりに雪と風呂に入る事になった。
普通に考えたらこの年で一緒に風呂に入るなんてやっぱり倫理的にも良くないと思う。なのに誰1人止めてくれない。
──何故この子は自分が年頃の女の子であるという自覚がないんだろう。
寧ろ、自覚が無いのは俺の方なのか?