クリスマス会
文化祭は大盛況に終わり、俺達のクラスは2年生の部で1番の売上を出したらしい。
お陰で俺たちは二次会用の予算まで算出してもらい、皆でカラオケ貸切で楽しんでいた。俺を覗いて……。
「あれぇ〜、弘樹歌わないの?」
「う、うん……二次会は乾杯だけして帰るな」
俺は大分時計だけを気にしていた。今日は12月24日なのだ。
彼氏彼女のいる面々は1次会で撤収して行ったが、俺と田畑はある意味男子チームを率いたので強制的にカラオケに拉致られていた。
ノリのいい田畑は女子らに手拍子や声を掛けられてかなりいいテンションに出来上がっていた。あいつはきっと酒が飲める歳になったらもっとヤバいテンションになりそうだと思う。
ちらっと時計を見ると20時になりかけていた。
「ねぇ弘樹。随分大人しいけど、何か用事でもあるの?」
「う〜ん……用事と言えば用事なんだけど……別に父さんが毎年こっそりやってくれているからいいと言えばいいし……」
「まどろっこしいわね〜。何、私といるの嫌なの?!」
酒が入っている訳でもないのに、何故か相澤さんは俺に絡んできた。今日はやけに短いスカートも履いているからちょっと目のやり場に困る。
「嫌とかそういう訳じゃないよ、俺音痴だから……」
「へっ? 弘樹って音痴だったの? じゃあ益々聞きたいわ、ほら田畑! 弘樹の歌入れて頂戴。デュエットでもいいわよ」
やばい墓穴を掘った。音痴なのは事実なのだが、出来れば日付が変わる前に帰りたい。
毎年俺の家では恒例行事があり、雪がサンタさんにお願いを書いた短冊(?)をツリーに飾るのだ。
今年は俺もまさか24日にクリスマス会をやるなんて思って居なかったのでギリギリまで参加するか悩んでいたくらいだ。
ただ、勿論相澤さんと田畑に強制的に連れて来られた訳で。断るとどっちも怖い。
「ほら、弘樹入れたぞ。相澤と歌えよ」
「はぁ……田畑、お前を恨むからな……」
無難なデュエットを入れられ、俺は音痴な歌声をクラスメイトに披露する事になったが、そこまで気にする音痴ではないと変な激励をされた。それなら笑われた方がマシだったような?
「ヤバい……ごめん、家の恒例行事やるから帰るな」
「何よう、付き合い悪いわねぇ……クリスマスって年に1回しか無いのよ。弘樹と一緒に過ごせるクリスマスは今年これが最初で最後じゃない。もう少し居てよ……」
「う、うん……分かったよ」
珍しくしおらしい相澤さんの寂しそうな顔に負け、俺はそのまま二次会に居残りする事になった。
色々な人の歌を聴きながら時計だけが気になる。多分、日付が変わらないと帰れないだろう。今年の雪のお願いはどうせ短冊に書いているはず。
あいつは中学生になっても未だにサンタクロースを信じていた。誰が言っても疑わない。
以前、親が書いた英語の手紙をずっと信用しているからだ。煙突の横に長靴で炭をつけたのも雪の疑わない心に拍車をかけていた。
「でも、七夕でもないのに、雪はなんでいつも毎年短冊を飾っているんだろう……」
「弘樹ぃ、今年は負けちゃったけどぉ〜、来年は女子が勝って弘樹だけと過ごすんだからぁ」
「わわっ、ちょっと相澤さん!? なんかテンションおかしいよ」
「来年は私と弘樹2人っきりでケーキ食べてクリスマス過ごそうね〜?」
「おいおい、誰だよ相澤をセルフ酔っ払いにした奴は」
「えええっ、由紀ちゃんはお酒なんて飲んでないわよ?」
「私は酒なんて飲んでないわよぉ〜。こういう空気じゃないと言えないじゃない。私は弘樹の事が好きだから〜、来年は2人で過ごすわよぉ〜」
俺達は未成年なので勿論酒なんて持ち込んでいないし、注文すらしていない。しかし明らかにテンションのおかしい相澤さんを心配し、俺は椅子から立ち上がった。
「ちょっと、相澤さん……なんかテンションおかしいし、家まで送るよ」
「おう、なんか変だからそうしてやってくれ。悪ぃな弘樹」
田畑はまだ盛り上がっている場を維持する為に抜けられない。
俺も丁度家に帰る口実が欲しかったのでこれ幸いにと相澤さんを抱えて店を出た。
薄暗い明かりの中で相澤さんはいつもの調子に戻ったが、俺を見つめる視線は違っていた。
「ねぇ弘樹。私たち付き合っているのに、何で先に進まないのかなあ」
「先に……って」
「磯崎達なんて何処まで行ったか知ってる? サッカー部のマネージャーと部室の裏でかなり際どい事までしてたのよあいつ。F組に彼女も居るのにサイテー」
それは田畑から又聞きで聞いた話だ。可愛いマネージャーに告白されたのはいいけど、本命の彼女とはキスから先に進まないので、お互い勉強の為に……とか何とか言ってたような。
まさかそんないかがわしい行為までしていたとは。
「私と弘樹なんて──キスすらしてないじゃない? 私の事は嫌? 嫌いなら嫌いでもうハッキリ言って欲しいの。じゃないと、私も進めない」
相澤さんが変なテンションだったのは宙ぶらりんな反応しかしない俺のせいだったのだろうか。
しかし嫌いではない人に嫌いと言うのも心苦しいし、好きかと言われると友達や人間性は好きだが、恋愛対象として好きかと問われるとそこの返答もしかねる。
「……ごめんね相澤さん。俺、きっと女の子の対応が上手くできないんだ。俺は相澤さんの事嫌いじゃないけど、今は薬剤師になる為に勉強を優先したい。それが嫌なら俺じゃなくて他を探した方がいいと思う」
俺にとっては可能な限り最大の誠意を尽くした返答だった。来年からクラス編成にもなるし、相澤さんとは違うクラスになるのは目に見えている。
彼女が先に進む為に俺ではなく他を探した方がいいと言うのが正直な意見だった。
「ふぅ……弘樹って真面目よね。分かった、もう諦めるよ……クリスマスに振られるなんてショック。でもさ、私とは『友達』でいてね?それだけは約束してくれる?」
「勿論。相澤さんは最高のクラスメイトだよ」
俺は必死に涙を堪える相澤さんに最低の態度をしたような気がして、胸が傷んだ。
音を殺して帰宅した俺は電球で煌びやかに飾られているツリーの前にしゃがんだ。
毎年恒例の雪が書いた短冊はやはりぶら下がって主張している。──だから、サンタさんが短冊を読むかって話なんだが。
それにしても中学生にもなったのにクラスでサンタクロースは本当に存在しているのか? という話題くらい出ないものなのか。
俺は中学になる前に真実を知ってショックだった反面、空想の中ではこれからも存在し続けると考えると何となく嬉しかった。
しかし万年ストレートの雪にはこれが通用しない。毎年短冊に書いたお願いを叶えて貰ってきたからだ。
「さて、今年の雪の願いは……」
『おっぱいを大きくする方法が知りたいです』
「……」
俺は見てはいけないものを見たような心境で、そっと短冊を元に戻した。
雪に、今年のクリスマスプレゼントは届かないかも知れない。しかし後でサンタさんが来なかったとだだをこねられる前に、代わりの何か買ってやるべきなのだろうか?
それとも肉体的な願望は叶えられませんと返事を書いた手紙でも添えるべきなのか?
俺は先程彼女とお別れした事も忘れて何とか雪のご機嫌を取る方法を考えていた。
これから冬休みなんだから、クリスマスプレゼントが届かないと面倒くさいんだよ……!