波乱の修学旅行その1
「ひろちゃん、ひろちゃん、修学旅行どこに行くの?」
最近雪がやたら修学旅行の日程について聞いてくる。ジェシカちゃんという友達が出来た事で、前よりも俺に執着しなくなった。
これで俺も前に進める。寂しい気持ちはあるが、お互いいつまでもここで立ち止まっていても仕方ない。きっと俺に彼女が出来たら雪も別の人を見つけるだろう。
「修学旅行は大阪、京都、奈良で2泊3日コースだな」
「ユキ、鹿せんべい食べたい!」
キラキラした目で俺に鹿せんべいを要望してきたが、確かあれは動物専用として作られていたはず。人間が食べて大丈夫なのか保証はないし、お土産に出来ない気がする。
「鹿せんべいは鹿さんのおやつだから、持ち帰りは多分出来ないよ」
「ええ〜っ! じゃあたこ焼き」
「たこ焼きは現地で食うから美味いんだよ。持ち帰っても冷めて美味しくないだろ」
「むぅ〜。じゃあ何があるの?」
雪は不満そうに唇を尖らせていたが、俺もくいだおれの街の事はあまり知らない。ただ、その場で食べ歩き出来るから美味しいのでは?
俺は持ち帰り出来るお土産になりそうなものがあれば買ってくると雪に約束した。
「ここが道頓堀かぁ、あのよくテレビで人が落ちる場所な」
「おいおい、変な殺人現場みてえな事言うなよ。あれだろ、なんか興奮すると飛び降りてニュースになってるやつだろ」
「ホントだ、張り紙ついてる。ここから落ちたらなんか怪我しそうだけど、よくみんな落ちるな」
修学旅行は初日大阪、到着してから半日自由時間となっており、翌日の京都研修についてチームで話し合い、夕飯と就寝予定になっている。
2日目は6人のチームで研修し、後に発表会をするので遊んでばかりも居られない。
俺達は大阪観光は女子らと行先が違ったので完全別行動としていた。この辺りは研修に入らないのが有難い。
俺は相澤さんと微妙な空気になったままだったので、出来れば必要以上は避けたかったし、あちらもきっと嫌だろうから離れて少しほっとしていた。
「折角のくいだおれ街だから、食べ歩き出来る所行くか」
田畑が周辺地図を開いている間に、俺と磯崎は携帯のカメラで珍しいものを撮影していた。道頓堀もニュースでしか見たことないし、くいだおれ人形も、あの看板にくっついているデカいカニのオブジェも初めてだ。
カメラで周辺を撮影していると、俺の方向にすごい速度で近づいてくる金髪の少女が居た。
「ハァイヒロキ! やっと逢えたね!」
「は……? ま、マリアちゃん!?」
「ンン、ジェシカ教えてくれて嬉しい。マリア、ヒロキと一緒にいる」
「……弘樹、お前相澤と雪ちゃんだけでなく金髪少女にまで手を出すなんて」
「お前、小学生は流石に犯罪だろ……」
「ち、違う! 俺の話を聞いてくれ!」
完全にドン引きしている田畑と磯崎。俺が弁明しようとしてもマリアちゃんは俺の胴体をロックしたままちっとも離れようとしない。
「彼女は雪の友達の妹さんで、俺とは無関係だ!」
「ヒロキ、マリアのダンナサンね! ヒロキFriendsヨロシク」
「旦那さんだってぇ!? お前……こんな可愛い子になんて事を……」
「ごめんマリアちゃん少し黙って、話が訳わかならない。そもそもマリアちゃんはジェシカちゃんの妹さんで、俺の旦那ではないんだよ」
「ノーノー、マリアヒロキの事好き。ヒロキもマリアの事好き。オールオッケー」
確かに好きか嫌いかというカテゴリーの質問ならば、雪の大事な友達の妹さんだしそれを嫌いとは言えない。だからって好きの捉え方が完全に違う。
「弘樹にこんな可愛い許嫁が居るなんてな。雪ちゃんと相澤に見られたら修羅場だぞ」
「証拠撮っとくか」
「だから違うんだって! 俺は勉強にここに来てるの、マリアちゃん邪魔するなら嫌いになるよ」
磯崎のカメラを振り払い、俺はマリアちゃんに真面目に返答した。
嫌いと言った瞬間、彼女の青い瞳が一気に潤む。
「ヒロキ……マリアの事嫌い……? マリア、カナシイ……うっ、うっ……」
いきなりわんわん泣き始めたマリアちゃんをどうしていいか分からず俺もオロオロしてしまう。子供のあやしかたなんて覚えていない。
雪とは3歳しか違わないし6歳以上離れている子をどうしろと。
『マリア! 迷惑かけるのはやめなさい』
「マミィ……」
遠くからこちらに気づいて寄ってきたのは多分マリアちゃんのお母さんだろう。八頭身の金髪美人のスレンダーな女性がこちらに頭を下げてきた。
『ごめんなさい、うちの娘が迷惑をかけました』
『こちらは研修というか勉強の為に来ているので、出来れば関係者以外は関わらないようにしてもらいたいです』
『分かりました。いくわよマリア』
「イヤイヤ、マリア、ヒロキと一緒」
『ヒロキさん迷惑しているから帰るわよ』
金髪の女性は完全に英語を話していたので、俺は知りうる限りの単語とボディーランゲージで対応した所何とか通じたらしい。
まだ泣いているマリアちゃんを腕に抱き上げて何処かへと去っていった。
「弘樹大先生がいて良かったな……俺達英語喋れねーもん」
「マジで弘樹様々だ」
磯崎と田畑が俺に向けて90度のお辞儀をしてきたが、そんな事よりも俺はマリアちゃんの出現に、この学生生活最後の修学旅行が嫌な予感の始まりのような……妙な胸騒ぎを感じていた。