女心は難しい
雪にジェシカちゃんというお友達が出来てから、俺に関わってくる事が急に減った。お陰で俺もこれで晴れてバイトに打ち込める。
寂しいが、雪も年頃の女の子だ。いつまでも兄離れ出来ないのは良くない。
「2日目にそのプランはキツいだろ。俺、金閣行きてえ」
「何言ってんのよ、銀閣寺と金閣寺は正反対にあるのよ、どっちかに絞らないといけないんだからここからは多数決よ」
「えぇ〜……学問の道とか行って何が楽しいんだよ……」
「バカねぇ、京都よ、京都! 風情あって景色も歴史も最高じゃない!」
「どう考えても女子の意見に勝てねえ……なぁ弘樹?」
「えっ、ごめん今超忙しい」
俺の修学旅行のチームは磯崎、田畑と俺。そして女子3人は何と相澤さんと、チームが一緒になって初めて会話した須藤さん、妹尾さんの3人だ。
今年は大阪、京都に1泊ずつ、最後は奈良を巡って東京へ戻るオーソドックスな修学旅行だ。
勿論、学校で居残りしてスケジュールを決めても良いのだが、何故かこいつらは俺のバイト先──もとい小野田のご両親の運営している喫茶店に集まっていた。
レトロな雰囲気であまりガヤガヤされるのを好まないそうなのだが、結果的に小野田のお父さんがかなりダンディで若者が多く、お母さんの作るオムライスが好評過ぎてランチ、ディナータイム問わず客が殆ど途切れない。
俺も何とか修学旅行の話し合いに参加したいのだが、あまりにも忙しそうなフロアを見ていたら身体が勝手に動いていた。
「私、清水寺に行きたい。映画や舞台になっているし、あそこに行くと結ばれるって言うじゃない?」
「えぇ〜、そういうのは違うと思うわよ。大体縁結びの神様なんてどこにでもいるんじゃない、ねえ? 弘樹」
「弘樹だあ!?」
相澤さんは先日のデートから俺の事を名前で呼ぶようになった。
元々田畑とかも呼び捨てで呼んでいるからあまり違和感無かったのだが、どうやら苗字と名前では大分違うらしい。
「弘樹、お前……相澤と」
「あ、うん。なんて言うか……お友達?」
「ちげーだろ絶対!!! ちょ、来い来い」
「……何だよ忙しいって」
俺は水の乗ったトレーをレジ横に置いてそのまま田畑に引きずられるまま入口の方まで連れて行かれた。
「お前……相澤と付き合ってんのか?」
「うーん。付き合うって程じゃないよ、上野動物園行ったくらいで」
「おいそれってめっちゃ普通にデートじゃねぇか!」
「だから、田畑は声がデカいって! 俺はそういう感じじゃないし……まだ」
「そうか、弘樹はまだセッ……」
言いかけた所で田畑の後頭部にはかなり強めのゲンコツが降ってきた。
「た〜ば〜た〜……アンタまた何変な事弘樹に言ってんのよ。いいからさっさと話し合いに戻りなさいよ」
「は、はぃ……」
首元を掴まれたまま田畑はグループの話し合いの場へと再び強制送還された。
やはり店のオフタイムはなかなか訪れず、俺は結局ほぼラストまで臨時バイトとして入っていた。最後に帰った客を見送り、テーブルを拭いていると相澤さんがそっと隣に来る。
「結局弘樹の意見全然聞けて無かったね。みんな帰っちゃったけど、私も残っていい?」
「いや、もう外暗いし帰った方がいいよ。てか、相澤さんはどうして残ってたの?」
「ん……弘樹が働いてる姿見てたら、なんかイイなって。もう少し見ていたくて……」
「そ、そうなんだ、それは有難う。でもまだ片付けもあるし、明日も学校だし早めに帰った方が──」
「弘樹くん、後はやっとくから大丈夫だよ。済まないね折角学校のお友達と大事な話し合いしてたんでしょう。今日は入ってくれて本当に助かったよありがとうね。お嬢ちゃん送って帰るんだよ、ここら辺外暗いし」
「は、はい。では先に上がらせてもらいます」
俺は小野田のお母さんに礼をして店を出た。こないだと同じように相澤さんは俺の腕にそっと寄り添ってきた。
やばい、これが彼女ってやつか、なんか変な感じだ。意識するとどうしていいか分からなくなる。
「田畑に変な事言われたでしょ、まさか私の昔の話聞かされたとか?」
「いや、全然。『相澤と付き合ってんのか?』って言われただけだよ」
「そ……弘樹は、私と付き合うのは嫌?」
「そ、そんな事はないよ。ただ、俺女友達って今まで経験無いから、正直どうしていいか分からないだけで」
「弘樹、すごくモテるのに気づかないんだ。中学の時もチョコレート沢山貰ってたでしょ?」
確かにチョコレートは貰っていた。でも俺は甘いものがあまり好きじゃなくて、バレンタインデーってのは困る。
大量に貰うチョコレートの処理に困り、毎年父さんと雪に全部食べて貰っていた。甘いもの大好きな2人はとても幸せそうな顔をするから、俺はそういう意味で貢献出来た事は嬉しかったけど。
「ほらまた悩んでる。弘樹って私と一緒に居ても誰か違う人の事考えてるよね」
「そうか、ぼんやりしてる時に無意識なんだけど雪の事考えてちゃうんだ」
「ゆき?」
「ああ、俺の妹だよ。元々は雪音って名前なんだけど、あいつ俺と初めて会った時からユキって言うから、ユキが名前みたいなもんでね」
どうも雪の話をするとフワフワした雪が俺の中に沢山出てきてしまい、勝手に顔が綻んでいた。
ただ、それは相澤さんにとってあまり良いものでは無かったらしく、すごくムッとされた。
「なんだ。妹さんの名前だったんだ……私の事由紀って呼んでくれたと思ったのに!」
「やっぱりさ、何となく名前で呼ぶのほ申し訳無くて……俺の事はどう呼んでもいいんだけど、ほら、相澤さん羽球部のエースだし人気あるから」
「私は、弘樹に名前で呼んで欲しかった!」
少し感情的に声を爆発させた相澤さんはそのまま俺に背中を向けて走り去ってしまった。
本来なら追いかけたり何かした方が良かったんだろうけど、追いかけた所で俺は女の子の取り扱いが分からない。
修学旅行が同じチームなので、険悪にならなきゃいいなとただそれだけを願い俺もとぼとぼと帰路に着く。
「おかえりひろちゃん! 今日はビーフシチューだよっ!」
俺が修学旅行の話し合いで最近遅いのを知っている雪は温め直しが出来るメニューを作っていた。
「あれ、雪はまだ食べて無かったのか?」
「うん! ひろちゃんがもう少しで帰って来るかなって。待ってて良かったね〜」
「なんだよ、修学旅行の話し合いで遅くなるから先に食べてていいって言ったのに……」
「雪はひろちゃんとご飯食べたいの!」
「はいはい……ありがとうな」
一緒に食卓に座り、雪は嬉しそうに俺と自分のトレーを持ってきた。お腹が空いていたのか無言でパクパク食べている。
喜怒哀楽の激しい雪を見ていると飽きない。
相澤さんもこれくらい素直に表現してくれたらもう少し上手く付き合えただろうか──?
「……いや無理だな。雪は特殊過ぎる」
「なぁに?」
「いやなんでもない、いただきます」
「雪はひろちゃんの事が大好きだよ?」
ストレートに言われた雪の言葉に、俺はビーフシチューを喉に詰まらせて一瞬むせた。
よく考えてみたら、俺は相澤さんに好きとも嫌いとも告げていないし、相澤さんから彼氏になってくれないかとは言われたが、ハッキリ好きだと言われていない。
もしかしたら俺の考えすぎなんだろうか。空回りする悪い癖が出ている。
はあ、女心って難しい……。
明日はあまり深く考えないでみよう。