ライバル その2 ☆
俺は初めて救急車というものに乗った。マリアちゃんが俺の手を握りしめたまま苦しそうにしていたので、俺は関係者でも無いのだが、とりあえず彼女のお父さんに会うまでこのまま同伴という形となった。
「雨宮君と言ったね。娘を助けてくれて本当にありがとう。後ほどお宅へお礼に伺わせて下さい」
「い、いえ! 俺もマリアちゃんもただの図書館仲間みたいなものですから、お大事にしてください!」
気になっていた橋本先生の片腕とも言われる牧野先生にお会いできて光栄です! なんて勿論言える訳もなく、俺は憧れの先生に会った緊張で固まったままN大学附属病院を後にした。
彼女。癌って言ってたけど大丈夫なのだろうか……俺も浅はかに資料ばっかり読んでたけど、実際に症状が出てる人を見ると辛い。
「ただいま……」
かなり遅くなってしまったが、玄関に見慣れない女性の靴が置いてあった。雪のとはサイズが違うし、母さんは仕事用のスニーカーしか履かないので多分違う。
「あっ、おかえりひろちゃん!」
「ハイ! ヒロキ!」
リビングで出迎えてくれたのは、先程のデジャブと勘違いする程マリアちゃんによく似た金髪の女性が雪と並んでソファーに座っていた。
「雪のお友達さんかな、はじめまして」
「牧野ジェシカちゃんだよぉ、雑誌キャンmeの表紙に出てるモデルさん!」
「アタシ、ユキチャンと同じスクール。トレーニング仲間!」
牧野……だと!?
流石に出来すぎかも知れないが、あまりにもマリアちゃんに似てる。
「あの。失礼な質問だったらごめんね、ジェシカちゃんに妹さんはいるかい?」
「ohよく知ってるね、マリアいます。3歳下」
ジェシカちゃんは満面の笑みで俺の手を握りしめてきた。
「マリア、ヒロキの事大好き。いつもヒロキの話してました。ヨロシクオネガイシマス」
「はい? どうしてそんな話に……」
「マリアはヒロキ大好き、だから図書館行く」
なんてこった。何故かお姉さんにまで情報が筒抜けらしい。
でも俺はマリアちゃんと図書館でしか接点も無いし、一目惚れされる事は何一つしていない。そもそも図書館でよく見るなと思ったのはつい最近の話だ。
「ちょ、ちょっと待ったぁ〜! ダメだよ、ジェシカちゃん! ひろちゃんは雪のだもん!」
「とりあえず話が拗れるから黙って雪……お願い……」
「ええーっ! 絶対嫌! なんで勝手にジェシカちゃんの妹さんが出てくるの。雪のひろちゃん取らないで」
「ユキチャン、ヒロキと兄妹。マリアは違う。OK?」
「いや、全然オーケーじゃないって! そこに俺の意思は無いの!?」
「だめだよぅ! ひろちゃんは雪の!!」
「マリア、ヒロキ大好き。お願いヒロキ、マリアの気持ち受け取って」
雪は珍しく俺の腕にしがみついて離れないし、初対面のジェシカちゃんはやたら妹を推してくる。
しかもだ。雪よりも3歳年下の小学生を推されてもどうしろと!? ただのロリコン高校生の犯罪だろ犯罪!
とにかくこの空気がカオスだ。お願いだからこの状況をどうにかしてくれ……。
「あっ、お客さんだお客さん。はいはーい今出ます!」
幸運のベルが鳴ったと思い、俺は雪を腕から引き剥がして勢いよく玄関を開けた。そこに更なるカオスがあるとも知らずに。
「ヒロキ!!」
いきなり抱きついてきたのは先程N大附属病院で別れたはずのマリアちゃんだった。後ろには苦笑いしたままの牧野先生が立っている。
「うちの娘達がご迷惑をかけてすいません……これ、御家族と皆さんで食べて下さい」
俺は空いた手で牧野先生からお菓子の入った袋包を受け取り、先程まで活気なかったマリアちゃんの顔を見る。どう見ても病気には見えないような……?
「あの、牧野先生……マリアちゃんの病気って……」
「sit!! ダディダメよ、ヒロキはマリアのダーリンになるの」
ダーリン? どこまでも話が広がる彼女はある意味雪よりも強烈な予感しかない。
牧野先生が止めてくれると思っていたが、余程娘達に甘いのか咎める様子もない。
「済まない、雨宮君……そのうちきちんと説明させて貰うから」
「あら、お迎え来たみたいね、アタシも帰りマス。グッバイ、ユキチャン、ヒロキ」
「あ、あぁ、気をつけてジェシカちゃん。ほら、マリアちゃんも帰るみたいだから。何ともなくて良かったね」
「嫌、ヒロキと帰る!」
「マリア、わがままダメよ」
珍しくジェシカちゃんの言う事も聞かずにマリアちゃんは家の玄関前で駄々をこねていた。
よく考えたら、ジェシカちゃんは雑誌の表紙になるくらいの有名人なので、あまり家の前で騒がれてこれがスキャンダルに発展してしまうと非常にマズイ。
母さんは看護師なのでこんな事に巻き込まれたら仕事に差し支える可能性だってありえる。
絶対に両親に迷惑はかけられない……!
俺はもう半ばやけっぱち状態で泣くマリアちゃんの額にそっとキスをして背中をポンポンと落ち着くように叩いた。
彼女はハーフさんだし、ハグとかキスは多分許容範囲の挨拶のはずだろう。
「ヒロキ……! 嬉しい、アリガトウ、今日は帰るデス」
「そ、そうか、牧野先生がいらっしゃるから大丈夫だろうけど、気をつけて……あと、家で騒がれるとちょっと問題になりそうだから今後は無しでお願いしたいかな……」
「OK! 今度、マリア招待するね。バイ〜」
最後は投げキッスまでされたが、問題児を乗せた牧野先生の車は何事も無かったかのように去っていった。
これでトラブルが終わったと思いきや、一部始終を見ていた雪が鬼のような形相でこちらを見ている。
そもそも、俺は被害者なのに何故こんな彼女と二股現場を見られたような気持ちになっているんだろう。まだ彼女すら居ないのに。
ホント、誰か助けて。