バイトその1 ☆
「親父がぎっくり腰になっちゃって、うちはバイトさん雇ってないから大変なんだよ」
小野田の両親は長年レトロな雰囲気漂う喫茶店を経営している。
中でもお母さんの作る特製オムライスが絶大な人気で平日はサラリーマン、休日は若い子で賑わっている。
俺も何度か田畑と一緒に食べに行ったが、とにかく店の人気があり過ぎてとても長居出来なかった。確か、お父さんが女子高生にすごくモテるダンディなイケメンってやつなんだ。
何かの雑誌に特集された訳でもないのに、何故かクチコミで新規の女性客が増えるとか何とか。
「あちゃ〜、あんな人気店なのに親父さんが入院してんのか。でもよ、看護師もきゃーきゃー騒いでんじゃね〜の? モテるよな慎吾の親父さん」
「モテるとかモテないとか、それ所じゃないんだよ! 親父が入院中学だから暫く休みますって張り紙貼ってたのに、電話はひっきりなしで、母さんなんて『こんなにお客さんが待ってるならオムライスだけでも……』って頑張っちゃったから悪いんだ」
小野田はどうやら親父さんの代わりに学校が終わってから店番をさせられてるらしい。
「いやぁ〜参ったよ。お小遣いが欲しくて、接客くらい簡単だろうと安請け合いしたんだけど……」
息子が想像していた以上の店の忙しさに悲鳴を上げたようだ。俺はお店の雰囲気を思い出してだろうな……と心の中で呟いた。
「小野田、まだバイト募集してんの?」
「俺の身代わりに一日でもいいから誰か変わって欲しい……皿洗いと、客の注文取って運ぶだけでいいんだ。会計は全部母さんやるし」
俺は前々からバイトに興味を持っていたが、履歴書みたいなものを書いたり、雪にバレずにバイトする気合いがなかったので、まだした事がない。
この先修学旅行もあるし、将来に向けてもう少しお金を使えるように貯金もしたい。何よりも両親にあまり負担をかけずに大学に行くお金を貯めたいのだ。
「小野田ん所の喫茶店でバイトしたい。俺を雇ってくれないか?」
「マジか!! マジか!? そっかそっか、雨宮なら安心だよ。お前なら田畑と違って器用そうだし」
「……んだと慎吾!? 俺様だって接客くらいできるっての!」
ふてくされた様子で鼻を鳴らす田畑を見て、俺と小野田は全く同じ反応をした。
「いやさ、田畑ってなんか女子高生で可愛いお客さんが来たら口説いて遊んでそうじゃん」
「言えてる。確かにそれっぽいよな……」
「おいおいおいおい……小野田だけじゃなくて、弘樹まで何だよ……! 俺だって真面目にバイトくらいできらぁ!」
悲しみに暮れる田畑の声は無視し、俺だけが小野田に採用された。
その日の放課後、俺はそのまま小野田の家に行きお母さんと軽く話をして、1時間後にバイトをさせてもらう事になった。
「良かったわ、慎吾ったらもう飽きっぽくてダメなのよ。弘樹くんはお客さんが来たら好きな所に座ってもらうよう声かけて、座ったテーブルに番号が貼ってあるから、それとこれが伝票ね」
「はい」
「注文されたものは復唱して、注文の名前と数だけ書いてくれたら私の方で最後会計するから大丈夫よ。出来そうかしら?」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
俺は親父さんが使っていた黒いエプロンをつけ、上は慎吾の白いカッターシャツを借りてフロアに出た。
「雨宮って頭いいし面もいいから羨ましい……」
「こういうのつけた事ねえし……ちょっと緊張するなあ」
鏡を見ながら白い棒ネクタイシャツを整え、俺は緩んだ顔を引き締めた。初めてのバイトだ失敗はしたくない。
今日は父さんも休みだから雪が1人になる事もない。
「もしもし、父さん? 今日から友達のお店でバイトさせてもらう事になったんだ」
『そうか、良かったな弘樹。バイトは社会勉強だからな。お友達の所に迷惑かけないように……頑張れよ』
父さんの嬉しそうな声のすぐ後ろで雪がびーびー文句を言っているのが聞こえてきたので、俺はそのまま電話を切った。
何かする度にいちいち雪のご機嫌取りをしなきゃ行けないなんて面倒くさい。
俺が溜息をついているのを見た小野田は原因を悟りニヤニヤしていた。
「なんだ、雨宮の彼女か。大変だなあ、お姫様のご機嫌取りは」
「残念だけど妹なんだよ……機嫌取りっていうか彼女でも無いのにホント面倒くさい」
「まあ、妹だったらそのうち推しメンでも見つかったら勝手に離れんだろ、俺は一人っ子だから兄でも妹でもいる人が羨ましいよ」
そうだった。小野田は一人っ子なのに、こんなに両親が忙しく働いていても全然我儘は言わないし、誰かに評価をつけることも無く真面目で人当たりもいい。俺は彼に雪について愚痴った事を恥じた。
夜の6時から8時までがディナータイムのようで、今日は俺がバイトで入ってくれたから、と久しぶりにお母さんがディナーメニューも出したらしい。
別にネットにクチコミしている訳でもないのに、やっぱり人が来る。俺は不慣れな接客にもたついたが、特にトラブルもなく2時間のバイトを終えた。
「弘樹くん、今日は本当にありがとう! 常連のお客さんが凄く喜んでくれたわ。主人は結局腰の病気が見つかってまだまだ退院出来ないみたいなのよ。しばらくバイトに来てくれると凄く嬉しいんだけど……」
「俺で良ければぜひお願いします! でも、こんなに人気のあるお店なのに外からバイト募集しないんですか?」
「まあ……実は前にバイトの子が居たんだけど、ここって若い子が来る事が多いからどうしても色々ね……」
お母さんは口を濁していたが、成程。小野田が田畑を採用しなかった理由が分かった。
多分、今までも正規のバイトの子は居たんだろうけど、レトロ喫茶店で中の雰囲気が良い中で誰かを口説いたり、他にも何かトラブルがあったのかも知れない。
俺はそれから学校が終わってディナータイムの2時間と、土曜日はランチタイムから通しでバイトさせてもらう事になった。