オムライス2 ☆
「ひろちゃんおかえり〜!」
俺は帰宅早々出迎えてくれた雪の姿に、持っていたショルダーバッグを玄関でぼとりと落とした。
な、なんつう格好してんだ!! 誰だこんな風に雪を作ったのは!?
「ただいま……ってそれどころじゃない。きちんと服を着なさい服を」
「着てるよぉ、ねーねー、可愛い? ひろちゃんが好きなメイド服だよ! 彩ちゃんが作ってくれたんだ」
「そ、そうか……よ、良かったな。でも家で来たら目のやり場に困るから……じゃなくて外でもそんなの着たら困るけど」
ああもう上手く言えねえ! また例の彩ちゃんか! しかも俺はメイド服が好きだなんて一言も言ってない。
どうして麻衣ちゃんと言い、彩ちゃんと言い、雪の友達はぶっ飛んだ子が多いんだろう。妹の友達に難癖つけたくはないが、雪はバカが付くほど純粋だから知らない間に色々と騙されそうで今後が不安しかない。
雪が着ていたのは下着が透けて見える程薄い生地で作られた白黒のメイド服だった。エプロン部分は既製品なのか布地がしっかりしている。
一体何故雪がこんなコスプレをしているのか、思い当たる事と言えば……
「磯崎か……」
あったよ、思い当たる節がひとつだけ。
俺は友人の1人である磯崎が先日田畑の家の近くに出来た洋食屋兼メイド喫茶で写真を沢山送ってきた事を思い出し、がくりと頭を下げた。
ここまでクオリティの高いメイド服を作ったと言うことは、多分雪もお友達と行ったのか、それとも彩ちゃんという子が行ってきて作ったのか。
どちらにしても俺の心臓には良くない。
「雪、そんな服外で絶対着るなよ。変な子だって誤解されるから」
「でもでも、あのメイド喫茶って所ではみんなこんな格好してたよ?」
「あっちは仕事でそれを着てるんだ。雪が家でそんな格好してたら、父さん泣いちゃうだろ……」
真面目に仕事をしている父さんの新しい娘は何とメイド服のコスプレをして兄を誘惑しています!
だなんて全然笑えねーし、父さんの仕事にも影響してしまいそうだ。絶対にそれだけは避けたい。
上手く言い訳ないか考えているうちに、腹の虫が鳴り、程よくこの格好特有のオムライスがキッチンから出てきた。
ん? 何かいつもと違う。
「ハート、でかくないか?」
「あのお店のハートマークがこんな感じだったよね?」
「俺、1回しか行ってねーし、味も田畑と磯崎のせいで全く覚えてねーんだけど……」
ケチャップで描かれた巨大なハートマークの中に小さいハートマークがさらにある。
何だこれ、マトリョシカかよ。崩していいのか、塗りつぶすのが正解なのか相変わらず分かんねえ。
「う、わっ!?」
「ひろちゃん、美味しい?」
「ケチャップつくから、離れろって……!」
まさかの雪が背後からぴとっとくっついてきた。流石に食べてる時にくっつく事は無かったので俺は動転して変な声を出してしまった。
反応が不服だったのか、雪は何だか珍しく難しい顔をしている。
「おかしいなあ……お店のおねーさんはお客さんにピッタリくっついてニコニコしてたのに……」
「だから、あの人達はあれが仕事なんだっつの! 頼むから、雪は絶対あんな事他人にするなよ!」
「他人じゃなければいいの?」
あ。しまった。完全に墓穴だ。
雪の目がとてつもなくキラキラ喜びに輝いている。だが、赤の他人に可愛い妹ががベタベタするのを見て居られない。
変な虫をつけないようにするのも大事な兄貴の務めだろ……!
俺はしくじったと思いつつ、雪に他人じゃなければいい。ただしその薄い服は禁止してもらうよう伝えた。
「ぶー。折角彩ちゃんに作ってもらったのにぃ。いいや、時々ひろちゃんだけお家に居る時に着るね」
「はいはい、そうしてください……頼むから父さんにはそんな格好絶対に見せんなよ」
「は〜い」
自分の部屋に着替えに戻った雪を見送り、俺はオムライスに視線を落とした。
「……雪、ホントに胸が全然無いんだな……」
背後に雪が抱きついてきた瞬間、正直背中を押し当ててきたのかと思ったくらいだ。
あのお店に居たメイドさんと比較してしまい心の底では申し訳無いと思ったが、胸の大きい中学生が居るというのは漫画の読みすぎか……と俺は自分を恥じた。
「やっぱり、雪の作るオムライスの方が美味しいや」
ただし相変わらずサービスケチャップの量は多いが……
明らかにオムライスの分量に対してハートマーク描きすぎだろとツッコミたい。