ソリ遊び
「ばーば!買い物いってくるぅ!」
俺は母さんの実家である北海道に来て初めて「ソリ」というものを見た。
こちらでは雪の量がかなり多いので、そういうものが無いと連日降りしきる雪に処理しきれないらしい。
ワカサギ釣りとかで使うってのは聞いたことがあるけど、これに人が乗れるなんて知らなかった。
そして、雪音はさっそくそのソリに乗ってはしゃいでいた。
これはもう嫌な予感しかしない。
「ひろちゃん!ソリ引っ張って」
「えぇ?どうすんだよこれ……」
先端に紐がついていて、身長80㎝くらいの雪音はそれに乗ってご満悦だ。
ソリは、大雪を運ぶ為、耐久性には優れているので、小さな子供一人乗ったくらいじゃ壊れない。
俺は雪音の企みが分かり、少しだけ顔を顰めた。
「まさか、俺がコレを引っ張って買い物に!?」
「ひろちゃんゴーゴー!」
雪音はソリの先端についている紐を俺に満面の笑みで渡してきた。こうなったらもう断ることなんて出来ない。
完全に諦めて俺はソリについている紐を腰に当てた。気分はサンタクロースのトナカイ状態だ。
「わーいっ雪がいっぱいっ!!」
ソリの上でお尻を何度も動かしながら、楽しそうにしている雪音を見ると、それくらいのお願いは聞いてやりたいと思う。
俺は玄関で母さんから買い物リストのメモをもらい、徒歩10分くらいでつく近所のスーパーへと向かうことにした。
今日は積雪10センチくらいで、降り積もった雪もそんなに固くない。
そのせいか、ソリも滑りが良くて雪音を乗せたとしても、そんなに重いとは感じなかった。
「よし、行くか」
気合いを入れて、腰に紐を当てながらソリを一気に引く。
勢いよく走るとスピードが出て、後ろに乗ってる雪音はきゃーきゃーと楽しそうな声を上げていた。
しかし、気合いで引っ張るにしてもなかなか体力のいる作業で、スーパーについた時の俺は、かなり汗だくになっていた。
こんなに大変なことをするなら、毎日降り積もる雪をかくのは本当肉体労働だと思う。
俺は北国に生まれなくて良かったとつくづく実感した。
母さんに頼まれたものを購入して、二つになった買い物袋を赤いソリの上に乗せる。
何やらじっとこちらを見ていた雪音の顔を見て、もしや帰りもソリに乗りたいのか?と思い、俺は小さなため息をつく。
「……雪音、帰りはソリに荷物乗せるからな」
だから歩くんだぞ、と暗に言ったつもりだったが、雪音は何を勘違いしたのか、俺の腕をくいくいっと引っ張りながらソリに座るように誘導してきた。
「ひろちゃん、ソリに乗っていーよ?」
「はぁ?」
一体何をどうやったらそういう発想に結びつくのか。小さい子の考えることはさっぱりわからない。
呆然としている俺を無理やりソリに乗せると、雪音はにかっと笑いながら先頭についてある紐を引っ張った。
「ひろちゃんに、ソリ引いてもらってすごく楽しかった!」
どうやら…雪音は俺にソリを引っ張ってもらって楽しかったから、俺にもその楽しさを味わわせてやりたいと考えたのだろう。
だが、俺ですら雪音を引っ張るので大変だったのに、雪音が俺を引っ張れるのは現実的に考えても無理な話だ。
それでも諦めきれないのか、雪音は赤い顔をしながらう~ん、う~んとソリを引っ張ろうとしている。
「う~……動かない」
どう考えても俺の体重を、そんな小さな身体で引っ張れるわけがないのに。
ひっそりと微笑みながら、俺は可愛い行動を見せる雪音に、
「ソリ動いてないぞ」と笑いながら声をかける。
ぷぅと頬を膨らませながら一気に雪音が前進した瞬間、ソリが大きくバランスを崩す。
「ぶはっ!?」
雪音は雪の絨毯の上に尻もちをつき、俺は顔面から雪の中にダイブした。
持っていた買い物袋から転がった野菜と果物が、誰も踏んでいない雪の上に痕を残す。
きょとんとしている雪音はまだ現状を理解できていないようだった。
俺は雪音の一生懸命な様子がおかしくて思わず腹を抱えて笑ってしまう。
「ぶっ…はははっだから無理だって言ったろ。帰りも雪音が乗りな?その代わり、買い物袋しっかり持ってろよ」
「うぅ~ひろちゃんを引っ張りたかったのに……」
優しくて可愛い妹の優しさにほっこりしながら、俺は残りの体力を振り絞って雪音と、買い物した野菜を乗せたソリを引っ張った。
帰り道で雪が積もることは無かったので、ソリの動きは思っていたよりも快適だった。
ガタガタと雪の段差で揺れるソリに乗ったまま雪音が大声で聞いてくる。
「ひろちゃん、ソリ楽しい?」
「あぁ、雪音が楽しいんだったら、いいんじゃないか?」
「良かったぁ!!ひろちゃん、大好き!」
「……意味わからん」
同じ趣味を見つけて嬉しかったのか、それとも雪音が喜ぶことをした俺の行動が良かったのか?
言葉がまだ足りない妹の発言は、いまいちよくわからないが、この北海道帰省旅行が雪音のブラコンの始まりとなった。
2016.11.05 蒼龍 葵