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北国の冬

「きゃほぉ~い!!」


「こら……雪音。あまり暴れると風邪ひくぞ」


「えへへっ。だってひろちゃん!見て見て!雪すっごぉい!!」


 俺達は新しく母になった人の実家の北海道を訪れていた。

 妹の雪音と一緒の『家族』になってから初めて訪れるところだ。

 東京育ちの俺は、この寒い大地でよく人が住めるものだと、空港に着いた時点でひとつ身震いした。

 一方の雪音は、降りしきる雪のシャワーを浴びて、楽しそうにはしゃいでいた。

 雪音は真っ赤なニット帽に赤いダウンを着込んでいるが、下に履いているジーパンとスエードのショートブーツは既に雪水でびしょびしょになっている。

 よくもまあ、あんなに濡れて寒くないものだと、思わず感心してしまう。


「寒っ!」


 頬に吹き付ける風が容赦なく冷たい。確かに、建物の中は東京よりも温かいだろう。

 そりゃあ、こんな寒い所で住むんだったら家の壁が厚かったり、ストーブが元気なのも頷ける。

 

 お店に入った瞬間の温もりは北の大地の醍醐味であるとは思うが、そこから出た後に襲う凍てつく寒さは中々耐えられない。

 身震いしている俺を見かねたのか、遊んでいたはずの雪音がゆっくりと俺の方に近づいてきた。


「ひろちゃん、寒いの?」


「うわっ!?ゆ、雪音。それ、冷たいんだけど」


 ぴとっと俺の頬に触れてきたのは、雪音の真っ赤になった冷たい手。

 雪遊びをしていた所為で指先まで真っ赤になっているが、感覚が乏しいのか、あまり気にしている様子が見られない。

 それよりも、空港で母さんに買ってもらった熊の手袋は何処にやったんだ?と問いたい。


「わぁっ!ひろちゃんのほっぺあったかい!」


「違う!雪音の手が冷たいの!」


 このままではお互い風邪を引いてしまう…と思い、慌てて冷たい雪音の手を引き剥がす。

 はぁ、と吐き出す息も白くて凍り付きそうなくらい寒い。

 

 両親は母さんの実家に向かう準備をする為、空港から徒歩5分圏内にあるレンタカーを借りられるところに向かっている。

 今、俺と雪音はその二人の帰りを空港で待っている状態だ。

 たった3歳しか変わらないのに、俺の何百倍も元気そうな雪音がうろうろするのを黙って見ているだけでも寒い。

 温かいダウンと厚手のマフラーまで準備したのに、北の気候を完全にナメていた。


「ひろちゃん、雪ダルマ作ろうよ」


「嫌だよ、寒い」


 くいくいっと俺のダウンを引っ張る雪音を、ちらりと目線だけ動かしてそう言う。

 俺が乗り気じゃないのを悟った雪音は、少しだけ寂しそうな顔をしてバス停前にしゃがみこんでいた。

 粉雪のせいで目を開けていても顔まで冷たくなる。鼻もずるっとなった。

 やばい、これじゃ本当に風邪ひく。

 確か、温泉街があるって聞いたんだよなあ。

 母さんの実家に行った後、温泉入りたいなぁ。

 ふとそんなことをぼんやり考えていると、ひと際強い風と、粉のような雪が大量に頬に打ち付けられる。


「うわっ。吹雪っぽいじゃん!おい、雪音、空港の中に――」


 これ以上外で待ってるのは危険だと思い、後ろのバス停前でしゃがんでいたはずの雪音に声をかけるが、そこにあるはずの小さい姿が見えない。


「雪音っ!?」


 感じた不安に心臓の鼓動が早くなる。まずい。こんな初歩的なミスをするなんて。

 こんな知らない土地で妹とはぐれて、それで雪音にもし何かあったら?

 ちくしょうっ。寒いとか文句言ってないで、雪音と遊んでやれば良かった。

 もしも、雪音に何かあったら、俺は――

 そんなことを、後悔しても遅い。


「雪音ーっ!?」


 もう一度雪音の名前を呼ぶ。すると目の前の駐車場の片隅で赤いニット帽が動いているのが見えた。

 こんなに近くに居たのか、とほっと胸を撫で下ろして俺はその帽子にゆっくり近づく。


「よいちょ。よいちょ」


「は?」


 その光景に俺は思わず固まってしまった。

 背中を丸めながら雪の絨毯の上に女の子座りをしていた雪音は、額に汗をにじませながら一人で一生懸命不格好な雪ダルマを作っていた。


「何してんだ?雪音」


 一生懸命に雪ダルマを作っている背中に声をかけると、俺の声に反応してくるりと振り返った雪音は嬉しそうに微笑み、持っていた雪ダルマを俺に見せた。

 

「あのねっ。これがパパで、これがママで、これがひろちゃんで、これがユキ!」


 石のブロックの上に4体並んだ不格好な雪ダルマを見て、俺は寒さも忘れてぶっと笑ってしまった。


「おい雪音、なんでこんなにみんな顔がくだけてんだ?」


 その雪ダルマにはそれぞれ顔がつけられていたが、パーツが足りなかったのか小石、煙草の残骸、葉っぱなど様々だ。

 お世辞にも可愛い作品とは言えないが、小さな手で必死に作ったのだろう。

 俺の質問には答えない雪音は、今頃になって寒さが身に染みてきたのか、真っ赤になった手をすり合わせていた。


「うぅ…手がつめたい」


 あの小さい手ではあの不格好な雪ダルマが限界だったのだろう。

 雪音はしもやけ気味になっている指先に、小さな口でふーふー息をかけていた。


「それじゃあ逆に冷たいだろ。ほら」


 苦笑しながら俺は、ダウンのポケットの中に雪音の冷たい手をそっと入れる。

 ポケットの中でも握れるような小さな手はとても冷たかった。

 きゅっとその小さな手を握ると、彼女は驚いたように少しだけ目を丸くしていた。


「ひろちゃんのおてて、あったかいね?」


「あっそ」


「あのねっ。ひろちゃん。雪ダルマ作れて嬉しいっ!」


「そっか。良かったな完成して」



 あの不格好な4体の雪ダルマ。

 雪音は、幼いながらに、俺と父さんと『一緒の家族になったこと』を喜んでいるような気がして、俺はほんのり心が温かくなった。

2016.11.05(2016.11.27改稿)

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