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妹が可愛いすぎて困ってます。  作者: 蒼龍 葵
思春期(弘樹:高校生、雪音:中学生)
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バレンタイン

2月14日。それは、女達の静かな戦場である。


「雨宮さん、これ受け取ってくださいっ」


 俺はその日、一度も会話した事のない女子から呼び出しを受けた。確か、隣のクラスの子だったと思う。

 わざわざ放課後に体育館の裏まで呼び出しを受けた俺は、その見知らぬ子をじっと見つめた。

 彼女は頬を赤らめなが、ら可愛くラッピングされた袋を俺に渡すと、返事を聞く前に全力ダッシュで去っていった。

 お礼を言う間もなく、その渡された袋を見つめる俺を横目で見ていた田畑が、すげえ羨ましい!と声をあげた。

 この男、田畑は中学からのクラスメイトで、高校も一緒で自然と一緒にいる事が多い。


「なぁ弘樹。それ、何個目?」


「え、わかんない。ってか、あの子誰?」


「お前、自覚無いからやべーよ。サウスポーのテニスの王子様!同学年タメから3年まで……有名人なってんだぞ」


「そうかなあ。テニスだって、普通に部活と授業しかやってねーじゃん」


 スポーツ万能、容姿端麗、学力優秀。

 田畑は指折りそう言いながら憎々し気に舌打ちをした。そんなこと俺は思っていないのに。


「お前のファンクラブあるんだぜ?まぁ、お前もあんなに可愛くなった雪ちゃんと一緒に生活してたら彼女なんて出来ねえよな」


「は…はは……」


 確かに、言われてみたら雪音を見ていると他の女子とつい比較してしまう。

 別に彼女が欲しいと思ったことも無いので、今に至るというわけだ。


 高校に入ってすぐ俺は、テニス部から猛烈なアタックをかけられて体験入部として入った。意外とハマるとそれが面白かった為、そのまま入部している。

 勿論、昔からやっていた訳ではないので、選手として大会に出ることはないが、たしなみ程度で仲間と楽しそうに遊んでいる姿が、偶然通った女生徒達をきゅんとさせたらしい。

 モテるためにラケットを握っているつもりが無いという点が、更なる高評価に繋がってしまったのだろう。

 今日が何の日なのかすっかり失念していた俺は、机や靴箱、あちこちに置かれていたチョコレートの山を見てため息をついた。

 俺は甘党では無いので、ある意味拷問に近い。


「しかしそれどーするよ?本命チョコも混じってない?」


「うーん……」


 チョコの山を改めて確認すると、直接手渡されたものの他、手紙まで添えられた可愛い袋まで詰められていた。


「捨てるわけにもいかないし、持って帰るよ。父さんが甘いの大好きだから食べると思う」


「そういう問題かねぇ?雪音ちゃんが怖くなってそう」


 いつも俺の家を心配してくれる田畑に、思い切って疑問をぶつけてみる。


「田畑んとこは妹さんからもらってるの?」


「ないない!うちは妹に相変わらずキモイとかウザイとか言われてんの。可哀想でしょ!?」


 わざと泣いたフリをして俺にしがみつく田畑を、はいはいと宥めながら同じ方向の帰路を辿る。



「ただいま」

 

 静かに鍵のかかった玄関のドアを開けると、いつも並んでいるはずの靴が無い。どうやら、まだ雪音は帰ってきていないようだった。

 俺はほっとしながら二階にある自分の部屋に入り、押し入れのを開けてその中に大量にもらったチョコレートたちを収納する。


 折角頂いた物をすぐに食べないのは申し訳ないが、俺は甘党ではない。

 今日の夜中にでも、父が仕事から帰ってきたら食べれるように後で下に置いておこう。


 手紙が添えられているものは、一応誰からのものか読んでおき、チョコレート以外のものは腐ると怖いので袋から出して置いておく。

 地味な作業をこつこつと続けていたら、一階から雪音が帰ってきた声が聞こえてきた。


「ただいま!」


 俺は悪いことをしている訳ではないのだが、慌てて頂いた手紙を勉強机の引き出しにしまう。だが、急ぎ過ぎて、床に並べていたプレゼントをしまう時間はなかった。

 向かいの部屋に戻って来た雪音は、二つノックした後俺の部屋のドアを笑顔で開ける。満面の笑みを浮かべて「ただいま」ともう一度言ってくる。


「お、お帰り、雪」


 床の上に並ぶ大量のプレゼントの山を見て、雪音は一瞬だけ顔色をなくした。

 しかし、その表情はすぐにぱっと明るくなり、にこにこしながら両手を胸の前で合わせている。


「ひろちゃんの為に、ユキね、チーズケーキ作ったの」


「マジ?それは嬉しい」


 このチョコレートやプレゼントの山をどうしようか鬱鬱していた気持ちが一瞬で吹き飛ぶ。

 雪音の作るチーズケーキは、俺好みの甘さ控えめで絶品だった。

 甘いものは好きではないが、あれだったら1ホールくらい余裕で食べれると思う。


「作りたてだから美味しいと思うの。食べて?」


 俺はプレゼントの山をそのままにして一階へ降りると、雪音お手製のチーズケーキが可愛いお皿に盛り付けられていた。

 

「マジで雪音のチーズケーキ美味い。ありがとな」


「えへっ」


 喜んでケーキを食べる俺を、雪音が真向いで幸せそうに見つめている。

 何かお礼出来ないかなと思い、ふと甘党の雪音にあのチョコレートを、と浮かんだ。


「そうだ、雪音。俺の代わりにあのチョコレート食べていいから」


「いいの?パパが帰ってきたら一緒に食べようかな。ありがとう、ひろちゃん」


 思ったよりも雪音が機嫌悪くなくて少しほっとする。いや、俺が彼女の機嫌を悪くさせるようなことは何もしていないのだから当たり前か?

 貰った経緯はともかく、甘いものが大好きな父さんと雪音が喜んでくれるならそれでいい。

 俺はそう思いながら、雪音が作ったチーズケーキを残さず食べる。それをにこにこ見つめている雪音の本心など、俺が知る由もない。



(ユキがひろちゃんのこと一番知ってるんだから。例え何万人がひろちゃんにチョコレートをあげたって絶対に負けないんだからねっ)



 2日後、あれだけ弘樹の部屋に置いてあったチョコレートの山は、しっかり父さんと雪音の胃袋で処理されたらしい。

 そして、俺が受け取ったハズの手紙達は、いつの間にか引き出しの中から忽然と無くなっていた。



 正直な話、あれを誰から貰ったものかは全く覚えていないので、正直無くなっても困らないのだが、怪奇現象のような気がして少しだけ怖い。

2016.8.7 (11.28)

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