ゲーム
とある土曜日――
雪が珍しく俺の部屋に何かを持ってやってきた。
「ひろちゃん!ユキね、友達からゲーム借りたの」
「いいよ。あー、でもテレビにゲーム機繋がないとできないからちょっと待ってろ」
「はーい」」
雪音の友人にテレビゲームが好きな子がいるらしい。
俺は基本リアルの車やF1レースの方が好きだから、そういうテレビゲームにはあまり興味なかった。 2年前に、どこかのお祭りの景品で当たったゲーム機本体が、新品同然のまま部屋の片隅に置いてある。雪音がゲームを持って来なければそのままお蔵入りになっていたかも知れない。
二人で箱の開封式を行い、説明書を見ながらコンセントをテレビに繋いでいく。
雪音はそんな俺の組み立て作業を、わくわくしながら見つめていた。
5分程でテレビとゲーム機本体が繋がり、雪音はわーいと喜びながら友人に借りてきたソフトを入れる。
スポンサー名の後に表示された赤い文字と、ドスの聞いたゲームタイトルの機械音声の読み上げに、俺は少しげんなりした。
「これは女の子がやるゲームかねえ」
雪音が借りてきたのはFBI捜査官の主人公が、街を突然出現したゾンビを銃やナイフで倒していくというゲームだった。R15と記載されており、残酷な描写が含まれていた。
主人公が時々ゾンビにがじがじされている姿や悲鳴はリアルで怖い。
俺が黙ったまま雪音のプレイを後ろで眺めていると、アクションゲーム自体が初めての雪音は「わー」「ぎゃー」と言いながら群がるゾンビに苦戦していた。
何度目かのゲームオーバーの文字の後、救いを求める視線でこちらを見つめてくる。
「ひろちゃん、このゲーム二人で出来るみたいなんだけど、手伝って」
「手伝ってって言われても…俺もゲームなんて初めてだからなあ」
一応説明書に目を通してみるが、操作方法は至ってシンプルだった。こんな事なら、田畑に何でもいいからゲームを借りて練習すりゃよかった。
自分以外のクラスメイトは、知らないゲームの話をよくしていることが多い。
強制的に雪音にコントローラーを渡され、俺までゾンビ退治をする事になった。
雪音の豪快なプレイを見ていた俺は、ふと周囲にある建物の存在に気付く。
「これって、隠れて進むゲームじゃないのか?」
「えっ、隠れんぼできるの?」
「だって大きく動いたらゾンビに見つかるんじゃねーか?」
キャラをしゃがんませて建物の陰に隠れ、近づいてきたゾンビを攻撃すると、意外とダメージを喰らうこともなかった。
新しい攻略方法を見つけたことに、雪音のテンションが上がる。
「うわぁ、ひろちゃんすごい!」
ステルス機能をうまく使えない雪音は、勇敢にゾンビに向かって何度も特攻している。
その度に隣できゃーきゃー騒ぐ雪音の姿は新鮮だった。
テレビで見かけるお化け屋敷できゃーきゃー騒ぐ女子って、こんな気分なのかな?ふとそんなことを考える。
勿論、女子とお化け屋敷なんて入ったことも無いし、それは妄想の領域だが。
「よし、今日はここまで。もうやめよう?」
「うぅ…クリアできなかった」
不満そうな雪音には申し訳なかったが、俺はこれ以上ゲームを続ける体力が無かった。
強制的に電源を切り、雪音にゲームソフトを手渡す。
その夜。
俺はいつもより生暖かい空気に包まれ、寝苦しい思いをしていた。
もしや、今日ゲームとは言え、ゾンビ退治なんてしてたから金縛りって奴か!?
「うーん……」
普段は、あまり夜中に目が覚めることなどないのだが、金縛りかと思い顔を動すと、狭いパイプベッドの隣で、ごそごそ何かが動いている。
何だこれ?その存在に違和感を覚え、ゆっくりと手を左側に動かすと何か柔らかいものに触れた。
更に布団の中をまさぐると、手にむにゅっとしたものが当たる。雪音の胸と同じような。まさか!?
嫌な予感を感じて俺は恐る恐る自分の布団をめくった。すると、俺の身体に抱き着いている雪音が幸せそうな寝顔で眠っている。
「はぁ!?……いてっ」
高さ180cmの組み立てベッドから上体を起こすと天井に激突した。
後頭部を押さえていると、隣ですやすや眠っている雪音がころんと小さく寝返りをする。
何、何が起きた。俺、何もしてないよな?
慌てて自分と雪音の服装を確認するが、服は脱いでない。ナニかした感覚もない。だ、大丈夫……焦るな俺。
恐る恐る隣で眠っている雪を避けて、備え付けの階段からベッドを下りる。
組み立てベッドの下にある勉強机の上で俺は両手を組んで頭を抱えた。
いきなり布団に入っていた雪に気が付かない自分も自分だが、可愛い寝顔を見てしっかり反応している自分の半身を諫めるのも大変だ。
まさか、妹相手に欲情してしまうなんて…こんな恥ずかしい事言えない。
「んーひろちゃーん……」
ベッドの上から小さく弘樹を呼ぶ声と共に、俺の姿が見えなくて不安になったのか、小さくすすり泣く声が聞こえてくる。慌てて階段の途中まで上り、布団をかぶっている雪音の頭を撫でた。
「どうした?雪」
「ひろちゃん、怖いよ……ゾンビが襲ってくる……」
俺が隣にないと安心できないのか……
小さなため息をつきながら残った階段を上り、温かい布団をまくって雪音の隣におさまる。
頭をぽんぽん叩くと安心したのか、雪音はすぐに泣き止み、えへっと笑顔を見せた。
「怖いゲームなんて借りてくるからだろ、今日学校行ったら友達に返してこいよ」
「うん。ひろちゃん寝ないの?」
「あのなぁ……」
上目遣いのきょとんとした双眸に見つめられるが、こんなシチュエーションで寝られるわけがない。
ベッドが広かったら眠れたかも知れない。お互い寝返りしてもここまで密着しなければ眠れただろう。どちらにしてもそれは無理な事だ。
高校のクラスにいる女子より断然可愛く成長してしまった雪音とこれからも寝てしまったら、いつか間違いを起こしそうで怖い。
枕元の小さな目覚まし時計を見るとまだ時刻は朝の4時だった。まだ3時間以上寝れるじゃないか……
「雪、俺今日は下で寝――」
俺が一瞬時計を見ている間に、隣からすーすーと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
雪音は俺の胸元に両手でしがみつきながら、幸せそうに眠っている。
こうも狭い組み立てパイプベッドの上ではあまり身じろぎもできず、観念した俺は大きなため息をついた。
今日は、朝まで一睡もできない。
2016.8.6 蒼龍 葵(11.28)