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ウィンタースポーツ

「北海道スキー教室1泊2日……」


「えぇ~ユキ行きたい!行きたいっ!」


 またあの極寒の地へと赴くのか。しかもスキー?やったことないんだけど、大丈夫か俺?


 このスキー教室の話は、父さんのタクシーに、常連客として乗ってくれる叔母様がくれた割引のチラシらしい。

 通常であれば宿泊・講義料混みで子供料金15000円かかるところが、何と半額で行けるとのことで、かなりお得となっている。


「弘樹、雪音と一緒に行って来るか?飛行機のチケットくらいとってやるぞ?」


「えっ?二人で~??」


 確かになかなか休みが取れない父さんや、後輩指導で忙しいOLの母さんにお願いするのは躊躇われる。

 だからって、この自由奔放の雪音と二人で旅行なんて不安しかない。

 しかし当の雪音は、もう既に心がゲレンデに旅立っているようで、輝いた目でこっちを見つめている。

 

「ひろちゃん!ユキ、行きたいっ!!」


「……はぃはぃ…じゃあ…父さん手配お願いします……」


 父さんに飛行機の手配を依頼して俺は重たいため息をついた。




***********************




「結構人いるんだなあ。雪音、はぐれるなよ?」


「はぁ~い!」


 俺達はチラシしか見ていなかったので、トータル受講人数がどれくらいか全く把握していなかったが、流石雪の国北海道。

 全国各地からこのニセコスキー場を目指して人が集まっている。

 しかもこのスキー教室以外にも、上級者コースの方はプロ級の上手い人達が、黄色い歓声を浴びながら格好良く滑っている姿も見れる。


 受講生はチームごとに分けられ、俺達には年上の綺麗な女性がインストラクターとしてついた。


「よろしくね?私はくすのき 茉莉まりです」


「あ、俺は雨宮 弘樹と、こっちは桜田 雪音」


「……お願いします」


 インストラクターが女性のせいなのか、若干雪音の機嫌が悪かった。

 でもそんなくだらない理由で、変えてくださいなんて言えるわけがない。


 しかも厄介なことに、身長が小さくて普通のスキーの足が合わなかった雪音は、ミニスキーコースに振り分けられていた。

 勿論、俺と一緒に滑れると思っていた雪音は不満ぶーぶーで、俺にまでミニスキーの方に来いと言ってきた。

 俺だってこんな機会滅多に無いわけだし、折角だから普通のスキーを習いたい。

 そう本音を言って雪音の誘いをやんわりと断った。

 それからの雪音は、かなりご機嫌斜めになっていたが、仕方がないと思う。


 気持ちを切り替えて茉莉先生の教えを乞う。

 雪音がミニスキーの方に行ってしまったので、俺はマンツーマンで教えてもらえることになった。


「じゃ、まずはボーゲンやってみましょう。こうやってハの字にするのね……」


「……ハの字、ですか?」


「うん、先端こぶし2個分くらい開けて、内股にしてみて?」


 俺は不器用なのか、スキーの頭がくっついてしまい、後ろに転びそうになってしまった。


「これが基本で、減速をして自分の怖くない速度を保てる滑走方法なの。見た目はダサイと思うかも知れないけど、格好つけて大怪我したってしょうがないでしょ?」


「はい」


 違うチームの人達が、初心者コースの緩い傾斜を少しずつ滑っていく姿を見て、俺もいよいよ実践に移ることになった。


「スピード調整は少しでも怖いと思ったら、かかとを広げて減速すること。拳2個分は忘れちゃダメだからね」


 俺はそろそろと坂に進んでいくと、思っていたよりも速度が出てしまった。


「わっわっ!?」


「弘樹君、ボーゲン忘れてるよ!ハの字ハの字」


 そう言われても……と冷静な判断が出来なくなっていた俺は、転ぶ寸前のところを茉莉先生に助けられた。

 まだ緩やかな傾斜なので、途中からは体制を立て直す。

 何度かその緩い傾斜で練習していたら、下手ながらもそれとなく滑れるようになってきたと思う。

 俺は茉莉先生にお礼を述べて、別の先生に見てもらっている雪音のミニスキーを見に行くことにした。


 ミニスキーの方は、幼稚園児から小学生まで親子連れで、様々な生徒が受講しているようだった。

 1泊2日でインストラクターもついて、しかも雪にあまり触れていない子からしてみたら、相当楽しいイベントだろう。


 雪音もきっと楽しんでいるだろうなと思い、滑っている子供達を見てみるが、目印にしている赤いボンボンのついた少し大きめのニット帽が見えない。


「あれ?先生……雪音は」


「あぁ、雪音ちゃんはさっきトイレに行くって居なくなったけど、随分戻ってこないわねえ……」


 流石に女性トイレに入るわけにはいかないので、俺は先生に雪音に声をかけてもらうよう伝えて、トイレの外で待つことにした。

 先生と一緒に出て来た雪音は、何故か目を真っ赤にして泣いていた。


「ど、どうした雪音……怪我でもしたのか?」


 てっきりスキーで転んで、どっか怪我でもしたのかと思ったら違う、と首をふるふる振っている。


「……うぅっ……ひろちゃんと一緒に遊びたいぃ」


 鼻水を垂らしながらわんわん泣く雪を、よしよしと宥めながら、俺はミニスキーコースの方に行きますと告げた。


 スキー板の長さは違うものの、ミニスキーも結局はさほど手順は変わらず、寧ろこっちの方が安全だったので、下手なりの俺でも雪と一緒に並走して滑れるようになっていた。

 時々勢いよく下まで滑って転んで笑う雪を見ていると、あぁ来て良かったな。としみじみ思う。

 周りは家族連れが多かったので、雪を1人ぼっちにさせて、本当に可哀想なことをしてしまったと反省した。


「ひろちゃん~早く~!」


「はぃはぃ。今行きますって」


 俺は急かされたせいで、雪音のところにたどり着く前に、バランスを崩して転んでしまった。

 その雪まみれになっている俺の姿を見て、雪音がけらけらと楽しそうに笑っている。


「雪音だってさっき転んだろ。よし、時間的に次でラストだから、リフトまで競争だ」


「あ!ずるいよひろちゃんっ!待って」


 傾斜を上がる為にリフトの方まで俺が移動すると、追いかけて来た雪音がぼふっと顔から転ぶ。

 それを見た俺は何やってんだか、と笑いながら手を差し出すと、雪音は嬉しそうにその手に掴まり、へらっと嬉しそうに笑っていた。




 楽しかった1泊2日の北海道旅行だが、初めてのウィンタースポーツに緊張して慣れない筋肉を使ったせいで、俺は「筋肉痛」というものに見舞われた。

 東京に帰ってきてから初めて、湿布というものをあちこちに貼られることになった。

 冷たくて、独特の匂いを放つそれを、雪音は楽しそうに俺のあちこちに貼って、いつまでも笑っていた。

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