手料理
俺は中学に入り、クラスメイトの田畑とすぐに親しくなった。
同じ歳の妹を持つ身として、色々と情報交換をしながら、他愛ない恋愛話をして家までの道を帰る。
途中まで帰る方向も一緒なので、必然的に話は盛り上がる。
「弘樹んトコの妹、まじ可愛いよな。中学はこっちじゃなくて女学校の方に行くんだっけ?」
「当たり前だろ、妹と同じ中学なんて嫌だよ」
雪音のブラコンは、止まる所か年々悪化していた。
未だに俺と一緒にお風呂に入りたがるし、母さん譲りの綺麗な顔立ちで、近所の男の子から相当モテてるのに、一切見向きもしない。
挙句、その振る言葉が決まって「ひろちゃんよりいい男じゃないと嫌」と言うらしい。
兄としては、妹に好かれて嬉しい限りではあるが、この先が心配で堪らない。
雪音がこうなってしまったのは、昔から側に居過ぎたせいなのか?
無言で考え込んでいる俺を見た田畑は、哀れみの目でこちらを見ながら肩をぽんと叩いた。
「苦労してんなお前も。うちの妹なんて親父のことも俺のことも、臭い!キモイ!近寄るなとか!全く、超失礼しちゃう!」
「何でお前女言葉なんだよ。雪音は夜中に俺の部屋に入ってゲームとかしてるから、怖いの何のって…」
「それ、夜這いって言うんじゃね?ゲームがしたいのか、お前と一緒に寝たいのか。どっちなんだろうな」
怖くて確かめた事はないが、もし夜這いで俺のベッドにまで潜り込んで来たら流石に困る。
俺だって一般の男子だ。それなりに女子に対しての性への意識くらいあるんだから。
雪音は少しずつではあるが、年齢を重ねると共に、女子としての肉体へと成長しつつあった。
本人は全く自覚がないから性質が悪過ぎる。
「田畑んトコは、妹さんが一緒に風呂入りたいとか言わねーよな?」
「当たり前じゃん!俺だって恥ずかしくて嫌だよ。もし一緒に風呂になんて入ったら勃っちまいそうで」
「あー確かに……」
それはある。
中学に入り性教育の授業が増えてきたのもあり、男女の身体の違いも大分わかってきた。
だからこそ、尚更雪音と一緒に風呂に入ることが辛い。
「雪が俺と一緒に風呂に入らなくならねーかなあ……」
「お前、それ相当幸せな悩みじゃね?でも、毎日可愛い妹と風呂に入ってたら、お前も彼女作れなくなりそうだな」
他人事だと思い、けらけら笑う田畑が少し憎らしい。
あちらも妹にこっぴどく嫌われて可哀想なのは同情するが、好かれすぎるのも同情してほしい。
途中の交差点で田畑と別れ、俺はため息をつきながら家へと足を向ける。
「ただいま」
玄関を抜けてリビングに入ると、何やら美味しそうな匂いが漂って来た。
「ひろちゃんお帰り!あのね、今日家庭科の授業で”肉じゃが”作ったの。食べて」
「へぇ~すごいな雪。今晩も母さん残業だって言ってたし、父さんも仕事だから夜中だろうし。飯食べるか」
「うんっ!」
母さんのエプロンをつけて、夕飯の支度までするようになった雪音を見ていると、親でも無いのに何故か成長を感じる。
幾つ歳を重ねても、俺に向ける無邪気さは変わらないが、いつか他の男にもそれを向けるようになるのだろうか。
「ひろちゃん、できたよ?食べて」
お皿に盛り付けされた肉じゃがを、俺はありがたくいただきます。と言い箸を進める。
テーブルに頬杖をつきながら、俺の反応を見ている雪音の視線が怖い。
かなり薄味だったが、食べれないわけではなかったので「美味いよ」と感想を述べる。
「ほんと?ひろちゃんのお嫁さんになるから、ユキは料理頑張るねっ!」
「ぐっ……ごほごほっ……」
お嫁さんの言葉に俺は肉じゃがのじゃがいもを思い切り喉に詰まらせた。
咽せ始める俺を見て雪音が慌てて背中をさすってくれる。
「え?ユキ変なこと言ってないよ、ひろちゃんの胃袋を掴む為に料理は頑張りなさいってセンセーも言って応援してくれたんだもん」
目を輝かせながら、嬉しそうにそう語る雪音に訂正を入れる勇気もない。
きっと、その先生は「ひろちゃん」の存在が兄貴だとは思っていないはずだ。
本当に先が思いやられる……
2016.8.4 蒼龍 葵(11.27)