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アズターナ物語  作者: らんぷ
アズターナとお調子者の巡回兵
9/10

鉱山正規兵

 残念ながら空にはうっすらと雲がかかってきて、月明かりは望めそうもなかった。

 それでも、まだ陽が落ちたばかりだから辛うじて周りが見えている。

 もうすぐ街道に着くはずだ。

 今日中にラバまで戻って明日は朝からエグ村へ向かう。帰れば魔物の情報が入っているかも知れない、と私達は少し無理をして歩き通していた。

 お腹が減ったけれど、あとちょっとだけ我慢すればゆっくりと食べられる。

 いつもの固いパンしかないけど。


「アズタン、暗くなってきたからはぐれんなよ」

「うん」


 光の魔法があるけれど、ルシカさんが心配してちょくちょく声を掛けてくれているのだ。気持ちを汲んでおこう。


「げっ! まさか!」


 最初に気づいたのは視線の高いルシカさんだった。

 いきなり屈むと情けない顔で「マジかよぉ、光る魔物だらけじゃねぇか」と呟いている。

 背の低い私には何も見えない。

 そこでガサゴソと枯れ草を掻き分け少し小高いところに登ってみた。

 そうすると街道にはたくさんの光が蠢いているのが見えた。


「なんでしょう? でも人みたいですよ」

「え!? そ、そうか、鉱山の連中だ。焦らせんなよ~」


 なるほど。

 お金の元となる粗銀の棒を運んでいたのだ。

 積み荷が盗まれでもしたら大変だ。

 連絡しようにもラバは通れなかったし、私達は先にやる事があった。


「事情を話せば大丈夫ですよね」

「どーかな? 盗賊に間違えられなきゃ良いけど。連中はいつもピリピリしてるって聞くし」


 そうは言ってもこのままここにいる訳にもいかない。

 私達は様子を窺いながらゆっくりと街道へと戻っていく。


 どうやら、街道にいる人のほとんどが粗銀の棒を回収に来ているようだ。数台の荷馬車に街道に散らばった棒を積み直している。

 他は辺りを窺ったり、話し合ったりしている。


「いいか! 粗銀は手つかずだ。馬車を襲った連中は必ず戻ってくる。辺りに注意しろ!」


 あれ? 今、戻っちゃまずくない?

 と思ったら、「あそこに誰かいるぞっ!!」と、こちらを見て騒ぎ出した。

 途端にルシカさんが「見つかったっ!」と小声で叫び、私の手を引っ張る。

 けれども逃げたら余計にややこしくなるだけだ。


「ルシカさん。こうなったら正々堂々といきましょ」


 すっかり暗くなってしまってルシカさんの顔が良く見えないけれど、ポカンと開いた口だけはなんとなく頭に浮かんだ。


「どーすんだよ? 策でもあんのか?」

「ルシカさんにも護身の魔法は掛かっています。手は出せませんから」

「おー、無敵魔法を忘れてたぜ」

「効果は下げてありますけど」

「だ、大丈夫なのか?」

「剣や槍くらいは弾きます。触れる事もできないくらいまで強めていますから安心してください。後はルシカさんの口次第です」

「は!? 俺の口?」

「私のようなガキがなにを言っても信じないでしょ。だったら大人のルシカさんが頑張るしかないじゃないですか」


 ガキと大人を強調した甲斐もあって、ルシカさんは「そ、そうだよな。俺、大人だもんな」と頷き、胸を張ってズイッと前へ出て歩きだした。


「やぁやぁ、ご苦労ご苦労」

「何者だ!」

「俺はカオリム隊のルシカである。密命を受けてやって来た!」


 流石お調子者。

 いきなりなのに雰囲気はもの凄く偉そうだ。


 松明をかざし、私達を油断なく見つめる鉱山の人達。

 おそらく鉱山の正規兵という人達だろう。

 ルシカさんより数段立派な甲冑を着ている。


「カオリム隊? 密命? なに言ってやがる、ただの巡回兵が! それより、後ろにいるガキはなんだ?」


 ルシカさんが身につけている甲冑から素性がばれた。

 けれども、ルシカさんは負けなかった。


「愚か者っ! ここにいるお方は異国の凄腕マジックキャスター。今回の密命にご協力頂い……」

「こんなガキがマジックキャスターだぁ? すっとぼけた野郎だ。とっ捕まえて盗賊団の居場所を吐かせろっ!」

「いや、すんませんっ。ちょ、ちょっと待って……」


 ここで気弱になっちゃダメでしょ!

 とか思っている内にすっかり取り囲まれてしまった。





「いや、それがですね。俺はエグ村に派遣された巡回兵なんですってば」


 大型馬車の中で大の大人が泣きそうな顔で説明している。

 もっとも相手がカオリム隊長より厳つくて迫力のある鉱山の兵士長さんだから仕方がないのかも知れない。

 他にも数名が私達を睨んでいる。


「エグ村に派遣された巡回兵がなんでこんな場所を彷徨いていたんだ?」

「俺、入ったばっかの新入りですもん。隊長の命令は絶対でしょ」

「だからっ、なぜっ、ここにいるのかと聞いているっ!」

「隊長に命令されてアズタンの案内を……」

「この小娘はなんなんだ?」

「だから何度も言うように異国のマジックキャスターですよ」

「お前も頭悪いなぁ。こんな小娘のマジックキャスターを連れてなにをしに来たのかっ、と聞いているんだ!」

「だからフキを探しに」

「フキとはなんだ? 説明しろ!」

「俺が知る訳ないでしょ。行ってもただの草原にしか見えなかったし」


 私が尋問されないのは子供と見られているからだ。


「兵士長、確かに丘向こうの馬車の近くに巡回兵の物らしき馬車があります。ただ……」

「こいつらと同じく触れる事もできないらしいじゃないか」

「はあ。部下も一体どんな魔法なのかすら見当が付かないと……」

「魔法である事は間違いないのだな?」

「はい。系統すら分からないので解除のしようがないと」

「となるとマルグット法国あたりか。魔法にしか興味がないと思っていたが……。銀を狙うにしても、なぜ小娘を送り込んできたんだ? そもそもこんな小娘が本当にマジックキャスターなのか?」


 兵士長さんに話しかけているのは部下の一人なのだろう。

 話の内容からするとマジックキャスターをまとめている人みたいだ。

 それより、こんな簡単な護身の魔法やラバを守っている結界魔法を知らないのが不思議だ。


「ルシカさん、お腹空きましたね」

「馬鹿っ、アズタンには緊張感って物がねぇのかよ? このままじゃ牢にぶち込まれるかも知んねぇんだぞ」

「それは困ります」


「お前等、なにコソコソ話してる!」


「お腹が空いたなぁ、と」

「正規兵をなんだと思ってる……。いや、誰かなにか食わせてやれ。小娘に泣かれてもうるさいだけだ」


「兵士長殿っ、俺も腹減ってんすけど?」

「馬鹿野郎。お前は、まだ尋問が残ってるだろ」


 しばらくすると兵士の一人が美味しそうな香りを漂わせたパンとスープを持ってきてくれた。

 横に座っているルシカさんはお腹をグウゥと鳴らせたまま情けない顔で尋問を受けているけれど、私は遠慮なく「いただきます」と言ってパンを一口大に千切って口に放りこむ。

 思わず「美味しいっ」と声を上げそうになった。

 こんな美味しいパンは森でもなかなか食べられない。

 スープの方は少し塩気がきつい。それでも今までの村の食事から見ればまるっきり別物と言っていいほどの美味しさだ。


「ルシカさん。正規兵さんは良い物を食べているんですね。この柔らかいパンはとっても美味しいです」

「それを今の俺に言うかぁ? ってか、こっそり俺の口に入れてくれ」

「無理ですよ。兵士長さん達が睨んでますから」


 隙があれば私もルシカさんの口にパンを放り込んだだろう。それが出来ないのは私が食べる時に「いただきます」と言ったからのようだ。

 シューラドさん達は何も言わず食べ始めた。もしかしたら何も言わずに食べ始めるのが人のマナーなのだろうか?


「お前等ぁ、俺の話を聞いてんのか!」






「……って、なにか? 鉱山の馬車が針金草の魔物に襲われてた。で、馬ごと燃やし尽くした、と」

「あれほどの巨大な変異種は私も初めてです。私達を見つけた先には辺りを食らい尽くした跡があります。獣や魔物など干からびた死骸があちこちに転がっていますから」

「そうそう。俺もそれを言おうと思ってたとこだ」


 ほんとにルシカさんは調子良いんだから、と呆れる私の横でテーブルの上のパンにルシカさんの手が伸びようとした。


「すぐに確認しろ」

「はっ」

「素直に話せば余計な時間を取られずに済んだのに。いや、端から小娘が大したことないと思い込んだのが間違いか」


「そうだぜ。俺は何度も言ったんだぜ」


 その一言を言った為に兵士長さんに睨まれ、パン確保は未遂に終わる。

 私の対応に変化が出たのは食事の態度を見てくれたからのようだ。睨んでいた訳ではなかったらしい。

 やっぱりテーブルマナーは大事よね。


「で、それが本当だったとして、お前がマルグット法国の間者ではないとどうして言い切れる」

「証明はできません。魔法が盛んだとは聞きましたが、知っているのはそれくらいですね」


「おい、ルシカ。この小娘はいつもこんな感じなのか?」

「そ、そーなんだよ。よくもまあ、こんだけ小難し事を知ってんだって感心してんだ」


 パンにそ~っと手を伸ばしかけたルシカさんが突然話を振られ慌てて手を引っ込めている。

 ここまで来ればしっかりばれているんだから、正直に話せばルシカさんも美味しいパンを食べられると思うのだけれど。


「歳不相応の知識か……。魔法も特殊のようだし。魔法が使えぬ我々ではさっぱり分からんが」


「兵士長、マジックキャスターを連れてきました。それと、やはりその小娘の言うように干からびた獣や魔物がいたるところに散乱しています」


 その後ろに付いて馬車に乗り込んできたのはの凄く神経質そうな男だった。

 そして、さっき部下と言っていた人や兵士長さんより偉そうな態度だ。

 ところが、私を見て目を見開き、戸惑った表情に変わっていく。


「どうした?」

「いや、失礼した。あり得ん魔力を感じて思わず取り乱してしまった」

「やはり凄腕のマジックキャスターなのか?」

「我の勘違いだった。そうであるな、良くて下級辺りというところか。確かにこの歳で下級クラスというのは驚愕に値するが、幼少の頃の私ですらもう少しあったからな」


 ひゃー、嫌な予感がして思わず魔力を抑えて良かった。でなかったら、とんでもない事になりそうだ。

 あ、パンが一つ減っている。

 隣を見るとやり遂げた感満載のルシカさんが甲冑の下にパンを隠した。

 素知らぬ顔をしてとぼけているつもりだろうけれど、私だけでなく誰の目から見ても違和感ありまくりだよ、いきなり私はパンには興味ありませんって顔で横を向くのは。


「で、下級クラスで人や馬を灰にする事は可能なのか?」

「無理だな。やったとしても数日は要する」

「供述と話が合わないぞ?」

「そもそもが嘘なのであろう。灰となるまで燃やし尽くしたというのに地面には焦げ跡一つ残っていない。となれば答えは我でなくとも導ける。別の場所で燃やしたのだ」

「つまりは仲間がいると?」

「それしかないだろう。違うか?」


 なんか偉そうに私の正体を見破ったとばかりにほくそ笑んでいる。

 範囲限定魔法を知らないのかな?

 しかも、なんか雲行きが怪しくなってきている。


「ちょっと待ってくれよ。俺はアズタンの魔法をこの目で見たんだぜ」

「この男も巡回兵に化けた仲間であろう」

「化けたってなんだよ。ふざけんな!」


 これ以上は堂々巡り。相手の考え方によってはさらに悪くもなるだろう。


「私達を疑うのは仕事柄仕方がないと理解しています。しかし、あらぬ疑いまで掛けられるのは心外です」


 抑えていた魔力を少しずつ解放していく。

 このマジックキャスターは大した実力はないけれど、人の中でどれくらいの力があるか分からない。だから少しずつだ。

 そもそも、外に漏れた魔力を感じて私の実力を見極めたつもりなのだろうけれど、そんな愚者のするような事をするから間違えるんだよね。


 偉そうにしていたマジックキャスターの顔が引きつり、そして、すぐに脂汗を流してガタガタと震え始めた。


「あ、あり得ぬ……。こ、これほどの魔力を、こここ、こんな小娘が……」


 あれ? まだ解放し始めたばかりなのに……


「へ、兵士長っ! こ、こ、こ、この娘は、魔力をたば、(たばか)っている。じょ、上級、いや、とととと特級かも知れぬ。こここ、これだけ言えば分かるであろう。わ、我はひっ、ひつりぇいしゅる」


 そう言い残してマジックキャスターは真っ青な顔で慌てて馬車から飛び降りるとどこかへ消えていった。

 呆気に囚われたのは兵士長さん達とルシカさんだ。


「やれやれ、どうして奴はこうも敵愾心が強いのか……。使いにくくて困る」


 彼の上司であろう人が頭を抱え、そして兵士長さんに頷く。


「どうやらウチの者が失礼をしたようだ。すまぬ」

「いえ、疑いが晴れたようで安心しました」


「どーなってんだ? あのえっらそーなマジックキャスターはどーしたんだ?」


 兵士長さん達は理解してくれた。

 分かっていないのはルシカさんだけだ。


「アズタンという娘。その気になれば我々すら燃やし尽くせると力を見せたのだろう」

「いやいや、アズタンがそんな事する訳ねぇだろ! えーっ、俺も燃やされちまうのか? アズタン、俺はまだ死にたくねぇよぉ」

「落ち着けっ。その気になれば、だ。その気がないからこうやって尋問に付き合ってくれたのだろうよ」


「違いますよ。流石に毎食巡回兵の固いパンじゃ飽きますから」

「ぐはははは。おい、誰かアズタンにもう少しパンを持ってこい。ルシカは満足したようだからいらん、な?」


 ギロリと睨まれたルシカさんは脂汗を流してコクコクと頷くだけだ。

 甲冑の下にまだ一口も食べていないパンを隠しながら。




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