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アズターナ物語  作者: らんぷ
アズターナとお調子者の巡回兵
8/10

腐気

「銀貨ならこっそり持って帰んだけどなぁ。ってか、こんだけばら撒かれたら邪魔にしかなんねぇよ」


 ルシカさんが文句を言いながら道端へと蹴飛ばしていく。

 六頭立ての鉱山用の馬車三台に運ばせていたのだ。

 ひっくり返った荷馬車から零れた直径三センチ、長さ二十センチほどの粗銀の棒が街道を埋め尽くしラバが進めなくなっていた。


「なにかの印が入ってますね」

「それで、どこの鉱山の物か分かるようになってんだ。ちゃんと精製ってのをしてから銀貨になるらしいんだけど、やったらこれだぜ」


 そう言って、自分の首を絞めてみせた。

 鉱山に知らせれば回収に来るのだろうけれど、そこへ行く為のラバと荷馬車が通れない。

 なにより、知らせに行く時間があるなら少しでも早く腐気の場所を探し当てないとならなかった。


 その手がかりを見つけたのだ。

 鉱山の馬車は変異種が街道近くまで進んで来たところを運悪く通りかかってしまったようだ。

 少し離れた場所から点々と北に枯草の帯が伸びていた。

 普通は襲わない草までを変異種は襲ったのだ。

 これをたどれば簡単に腐気の場所にたどり着ける。


「ルシカさん。ここから草原に入りましょう」

「はぁ!? 廃道はまだ先だと思うんだけど」

「幸い針金草が通った跡が残っています。道を探すより楽ですから」

「あ、なるほど。じゃあ俺は残……俺も行きますっ!」


 ルシカさんは辺りをキョロキョロと見渡し、不安そうな顔をしている。

 本当は行きたくないのだろう。ここに留まれば別の魔物に襲われるかも知れないと考えたようだ。

 私としてはどちらでも良いのだけれど、来てくれると視点が高いから助かる。

 遠目から見れば真っ平らな草原にしか見えないけれど、実際に歩いてみると結構な起伏がある。背の低い私では窪地に立ったらどっちへ行けばよいか迷う危険もあるからだ。


「それじゃあ、護身の魔法を」

「なにそれ?」

「身を守る魔法です。さっきくらいの針金草の攻撃力なら余裕ですから」

「おー、俺も無敵になれんのか!」

「私から離れすぎると消えるから気をつけてください。後、待ってもらうラバさんにも」

「置いていったら消えるんじゃ?」

「違う魔法ですから動かなければ問題ないです」


 残った方が良かったとちょっと微妙な顔をしたルシカさんだけど、隊長がスレていないと言っただけあって少しはやる気がある。覚悟を決めたのか力強く頷いた。

 準備を整え、私達は針金草の残した跡をたどって草原へと足を踏み入れていく。


「枯れてるって言っても、やはり歩きづらいな。俺が剣で薙いでいくから」


 帰り道の目印になるからとルシカさんはブンブンと剣を振り、大雑把に枯れ草を刈りながら進む。


「これでも隊長や先輩に少しは剣を教わったんだ。良い練習になるよ」


 前向き発言で頑張るが、それほど進まないうちに剣の振り方が荒くなっていく。

 剣を振った事がない私にもその大変さは伝わってくる。


「はあ……はあ……。くっそ、どこまで振れば……。ってか、そこらじゅう干からびた死骸だらけだぜ」


 所々に木々の生える草原を私達は進んでいく。


 先が見えないだけにルシカさんは気力の保たせようがないのだろう。あれだけ喋っていた口から言葉が出てこなくなっていた。

 魔物化した針金草に襲われた狐や狸、兎といった動物だけでなく、鳥やネズミなどの小動物までが干からびて辺り一面に転がっている。中には魔物の死骸まである。

 さらに普通の魔物では見向きもしない草や木といった植物まで食らいついて枯らせているのだ。やはり、かなりの貪欲さを持った変異種だ。


 時々休憩を入れならが三時間ほど進んだだろうか。

 草原の先に枯れ果てた小さな森らしき物が見え始めていた。



「疲れたーっ! もーっ、一歩も動けねーっ!!」


 着いた途端、枯れ木の根本にルシカさんが倒れ込んだ。

 今日はここまでだ。

 そろそろ野宿の準備を始めないと日が暮れてしまう。

 枯れ枝を集めて火を熾すと、少し離れたところで見つけた大きめの葉をクルリと巻いてコップを二人分作り、そこに魔法で水を溜めてパンを浸す。

 侘びしい夕食だけれど、これを明日の活力にしなければならない。

 そして、星が瞬き始めた小さな森の中で私は火を囲みながらこれからについて話し始めた。

 ルシカさんは力仕事は嫌いでないと言っていたので自分の体は自分で管理する癖が付いているようだ。私の話を聞きながら「しっかり揉みほぐしておかねぇとな」と絶えず腕やら腿やらを揉みほぐしている。


「腐気の場所はそれほど遠くないです」

「どうして分かるんだ?」

「ここまでにかなりの数の死骸がありましたよね。魔物であっても針金草は食事中にほとんど動きませんから」

「そうなんだ。良く知ってんな」

「私のところでは常識ですからね」

「そんだけ針金草の被害が多かったって事か……」

「いえ、一度だけです。知っていてもやった事のない方が多いですよ」

「一回だけ……。まあ、その歳で百戦錬磨って方がおかしいが、自信なくすぜ……」

「対処の仕方と自分の力を知っていれば、自分で手に負えるかどうかくらいは分かりますよね?」

「まだ自分の実力すら知らねぇんですけど?」

「それは自分で努力しないと。今日だってずいぶん頑張ったじゃないですか」

「俺だって男だからな。アズタンみたいなガキに弱いとこ見せる訳には……見せてたな。見なかったって事で。どーも、ちっこいクセにとんでもなく凄ぇから、扱いに困るんだよな」


 護身の魔法を掛けてあるから二人が寝てしまっても襲われる心配はない。

 私達はいつしか夢の中へと旅立っていた。




「やべっ、寝ちまっ……アダダダダッ……」


 いきなりガバッと起きあがったルシカさんが途端に悲鳴を上げた。


「おはようございます」

「アダダダッ。うわーっ、こんなガキに不寝番させちまったぜ! すまねぇなアズタン」

「いえ、私もぐっすり眠らせてもらいました」

「良く生きてたな……」

「護身の魔法を掛けてありますから、心配ないと言ったでしょう」

「……すっかり忘れてた」

「まあ、その方が良いのかも知れません。隊にはマジックキャスターがいないと聞きましたから」

「そうだな」

「出発する前にその筋肉痛をなんとかしましょう」

「なんでもありだな。って、マジかよ……痛みが消えて体が軽くなってくぜ」


 すっかり元気なったルシカさんが跳び上がって体のあちこちを確認している。


「凄ぇな。アズタンがいれば無敵だよ」

「無敵ではありませんよ。私以上の者は沢山いますから」


 ダリュエンナを始め、どの種族の族長も私なんかでは足元に及ばない実力の持ち主だ。

 それでも森を作らなければならなかったのは、人は数に物を言わせるからだ。いくら数万の人を相手にできても囲まれれば打つ手は限られる。


「マジか……。マジックキャスターの世界も大変なんだな」

「朝ご飯の用意をしますね」


 メニューは夕食と同じだ。

 というか、二日目から同じものばかり食べている。

 日持ちがするのは良いが日増しに固くなっていく。水に浸して柔らかくしなければ喉を通らない。

 ラバが()む新鮮でたっぷりと水分を含んだ道端の草の方がよっぽどのご馳走だと考えたくなるくらいだ。


「よしっ、行くぜ。道は任せろっ。ってか、それしかできねぇけどな」


 そして昨日と同じように草原の中を進んでいく。




「ここで止まって」

「どした? トイレか?」


 景色は変わらないけれど、この先が腐気の湧いている場所だ。

 なにも知らずに立ち入れば腐気に侵されやがて魔物化してしまう。これが感じられないとは獣と違い人は鈍いようだ。

 半年ほどで元に戻るとは思うけれど、その間にまた針金草みたいな魔物が出ると人々が困るだろう。

 問題はかなりの広範囲だという事。ここからでは一回で浄化は無理だ。中心まで行って一気に浄化しなければならない。


「ここからは私の仕事です」

「って事ぁ、ここがフキとかいう場所なのか? もの凄ぇとこを想像してたんだが、なーんにもねぇな」

「魔物になりたいのであれば数歩進むだけです」

「マジかっ! いや、一歩も進みたくねぇから! ってか下がりたいくらいだぜ。で、どうすんだ?」

「腐気の中心まで行って浄化してきます。ここで待っててください」

「無敵の魔法が消えちまうんだろ? アズタンが魔物になったら、俺、どうすりゃ……」

「その時は走って逃げてくださいね」

「い、今から逃げちゃダメか?」

「構いませんけど、軽蔑はします。私みたいな娘を捨てて逃げたって言いふらします」


 この時点で生きて戻ってくると言っているのだけれど、ルシカさんは気づかなかった。


「アズタンが魔物になれば俺が食われる。今逃げたら隊長に殺される。うおーっ、完全に詰んでんじゃねーか!」

「それじゃあ、行ってきます」


 腐気に護身の魔法は効かない。

 浄化の魔法を自分に掛け、草原を掻き分けながら慎重に腐気の中心を探す。

 四キロは歩いただろう。


「ここね」


 多少歪だが半径はおよそ八百メートル。流石にこれだけの広さを持つ腐気は私も聞いたことがない。

 その上、あちこちから濃い腐気が噴き出している。

 これなら黒ヒョウも逃げられないわけだ。

 簡単ではあってもシューラドさんの畑を浄化した時のように無詠唱とはいかない。


「ドラゴン最高位種であるダリュエンナ、その娘アズターナにお力を貸してくださいませ。ドラゴディア ダラス ヴィダヒィア レム サーギュエンティア」


 私を中心に一気に光が広がり腐気を浄化していく。

 それが終わると次は地脈の流れを探っていく。

 これだけの腐気を噴いたのだ。地脈の末端だけではないと予想した通りその上位となる枝までがねじ曲がって絡み合っていた。


「ドラゴン最高位種であるダリュエンナ、その娘アズターナにお力を貸してくださいませ。ドラゴディア ヴィーダ パーティンシュ ジェスラード ジン オビュラシカ」


 周囲一面に弱々しくもねじ曲がった稲妻が走りだした。

 それが次第に解れ、一本の力強い稲妻から細かな稲妻が枝のように伸びて地面を走っていく。


「ルシカさんもシューラドさん達みたいに驚いているのかな?」


 ちょっと臆病でお調子者だけれど、悪い人ではない。

 そんなことを考えながら戻って来ると、ルシカさんが剣を抜いて構えて待っていた。


「くっそおぉぉぉ! 隊長になんて報告すりゃ良いんだよぉぉぉ!」


 そ、そう来ましたか……

 どれだけビビっていたのだろう?

 魔物になったと勘違いしたのか目が点になった私に思いっきり斬りかかってきた。


「へぎょあぁぁぁぁ」


 直後、変な悲鳴を上げながらルシカさんが宙を舞う。

 最大限まで引き上げたままの護身の魔法が掛かっているのを忘れたのかな?




「いや、だってよ。アズタンが行ってしばらくしたら、突然目の前が光ったんだぜ。しかも、だ。まるで空の悪魔が一斉に押し寄せてきたような稲妻の嵐っ。てっきりアズタンが魔物になっちまったのかと……。いや、悪かった……」

「私でなければ、死んでましたよね」

「ほぉんとぉぉぉに悪かった!」


 ここまで頑張ってきてくれたルシカさんをからかっている暇はない。

 あれほどの広さだったのだ。隊長の話と合わせても黒ヒョウや針金草だけでは済まない。

 実際に草原の途中にも干からびた魔物があったくらいだ。

 元凶は鎮めた。後は残っている魔物だけだ。


「急いで戻りましょ」


 これから戻ってもラバのところに着く頃には陽が落ちているだろう。それでも明日は朝からエグ村に帰れる。村に戻れば少しは魔物の情報が来ているかも知れない。


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