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アズターナ物語  作者: らんぷ
アズターナとお調子者の巡回兵
6/10

巡回隊長

 巡回隊長である俺は、旅人とはいえこんな辺鄙な村にマジックキャスターがいたので驚いた。

 それでもまだ年端もいかない小娘だ。単に騙っているだけかも知れないし、本物だとしても実力は知れているだろう。


 その時、俺の目が村外れに二つの燃えるような赤い光を捉えた。

 動物ではない。

 魔物だ。

 あれは人を喰らう四つ足の魔物の目だ。


「おめぇーら仕事だあぁぁぁぁ! くそっ、こんなところを襲って来やがるとは!」


 思わず叫んでいた。


「まっ、まっ、魔物がっ、出たぁぁぁぁ!」


 驚き振り返った村の誰もが一気にパニックとなり、手近な家に飛び込んでいく。

 姿形は違っても、どの村人も数年前の事を思い出したのだろう。


「俺もここまでか……」


 四つ足の魔物は単独で動く。

 奴さえ倒せばそれで終わるが、あの大きさはダメだ。

 今までで一番でかい。大人二人分はあるだろう。

 数年前にこの村を襲った魔物は今まで倒してきた中でもずば抜けて強い魔物だった。それでも目の前にいる奴より二回りは小さい。

 当時の俺はまだ一介の巡回兵でしかなかった。隣村は巡回兵と村人の全員が食われ、ここは隊長を含む十名の巡回兵と六人の村人が死んだ。

 奴はそれ以上の強さだろう。

 村壊滅だけは避けたいところだが、厳しすぎる。


 慌てふためく村人と違い、冷静なのがマジックキャスターだという小娘だ。


「グラーカルが、とは珍しいですね」

「グラー? あれはグラーなんとかって名の魔物なのか?」

「違いますよ。こちらではなんと呼ぶのかは知りませんが、あれはグラーカルという動物です。素早いですから気をつけて」

「まあ、確かに動物だったら楽なんだがな」 


 小娘が言うように、その姿には動物、ネコ科の大型動物である黒ヒョウを思わせる部分はある。

 しかし、黒ヒョウとは違う。決定的に違うのはその大きさと暗闇にハッキリと浮かび上がる燃えあがるような魔物特有の赤い目。そして、今回の奴は体のあちこちから出ている鞭のような不気味な触手が生えている事だった。


 それにしてもマジックキャスターは相手の魔力が見えると聞いた事がある。

 魔物を動物と見間違えるようでは話にならない。

 やはり、騙っているだけの使えない子だった。

 つい期待してしまった自分が馬鹿だった。


 多少酔っていたとしも俺等は王国の巡回兵だ。なにより村が魔物に襲われているのをただ見ていたり、逃げでもしたらとんでもない処罰が待っている。


「くそぉ、今回は大外れだぜ!」


 文句を言いつつも部下達が剣や槍を構えながらすぐに俺を中心に布陣を組み始めた。

 見ると、あの小娘だけは逃げもせずに突っ立ったままだ。


「馬鹿ッ! ボケッとしてないでさっさと……逃げろーっ!!」


 途中から絶叫に変わっていた。

 俺の声でこっちを見た小娘に魔物が突然襲いかかったのだ。

 いや、襲いかかったのだと思う。

 燃えあがるような赤い目が一瞬で線となって真っ直ぐ小娘に突っ込んで行ったように見えたのだ。

 ところが、赤い光の線が小娘の手前でドンッと音を立て、弾かれるように角度を変えて消えた。

 唸り声に驚いて振り返ると屋根の上で俺等を睨みつけていたのだ。


「先輩っ、一瞬で後を取られちまってますよ! あんなの勝てませんって!」

「ルシカ、手前ぇも運がねぇぜ。初っ端の仕事があんな化け物とはよ」


 部下が一瞬で背後に回られ完全に逃げ腰だ。

 それにしても小娘が本物だったとは驚いた。

 前もって唱えていたのか、魔物の突進を弾いたのは防御魔法か?

 と言う事は、この小娘は魔法治療師でも攻撃魔法師でもなく防御魔法師なのか?

 戦う術はないが防御魔法で仲間の窮地を救う。戦争でもなにかと重宝される存在だ。


 その小娘は恐怖のあまりに立ったまま気絶でも、と思っていたら徐に振り向き魔物を見つめている。

 マジックキャスターには変わり者が多いが、恐怖心がないのか?

 その視線を追うように魔物を見ると、淡く光を発しながら苦しそうな唸り声を上げ始めた。


「先輩っ! ありゃなんすか?」

「知るかっ! 光る魔物なんて俺も初めてだ!」


 部下どころか、俺も目を見開いた。

 ところが、なぜか光る魔物は苦しみ悶えながら屋根から落ちてきた。

 そして、次第にその巨体が縮み始めたのだ。

 なにが起きているのか理解できず、俺ですら剣を構えたまま踏み込む事もできずにその場で様子を窺っていたくらいだ。

 それなのに、なんでこの小娘は平然としていられるのだ?

 自分の魔法に自信があるのか?

 しかし、防御魔法でなにをしたというのだ?


「く、黒ヒョウに化けるのか?」

「いえ、グラーカル。こちらでは黒ヒョウと呼ぶみたいですけど、それが魔物化しただけですよ」

「はあ!?」

「見てください。後ろ足に大怪我をしています。本来であれば腐気などには絶対に近づかないのに」


 見ると確かに後ろ足に酷い怪我を負っていた。

 そこから何度も触手が伸び、なにかに抗おうと藻掻いているように見える。

 やがて淡い光が消えるのにつれてその触手も枯れるように消えていき、本当にただの怪我した黒ヒョウになってしまった。


「でも、このままじゃ可哀想だから」


 小娘のその声と共に怪我をした部分が見る見るうちに治っていく。

 部下の誰もが絶句したまま黒ヒョウを見つめていた。


 そして俺もまた、信じられない物を見るような目でそれをただ見つめていた。

 魔物を治療する事への驚きよりも、目の前で治っていく怪我の方に目を奪われていたからだ。


 俺は、先の戦争で俺はマジックキャスター、つまり魔法治療師の治療を受けた事がある。

 受けた事はあるが、まるっきり違う。

 俺を治した魔法治療師は一番下の下級魔法治療師だ。貴族でも王国正規兵でもないただの平民兵にあてがわれるマジックキャスターだがら、これは仕方がない。

 だからかも知れないが、その治療は長々とした呪文を何度も掛けないと治らない物だった。治療の最中に死んでいく者も多かったくらいだ。


 ところが、小娘は呪文を唱える素振りもなく、見る見るうちに(うみ)が湧きだして傷口が光り輝きながら塞がっていくのだ。

 おそらく上級や特級魔法治療師が使う魔法なんだと思う。

 しかし、それをこんな小娘がやってのけるなど聞いた事もない。もしかしたら何十人もの魔法治療師が隠れて魔法を掛けているのかと疑いたくなるほどだった。


 だが、これで確定した。

 小娘は魔法治療師だ。しかもとびきりの実力を持った。

 けれども、魔法治療師ではその前の魔物が黒ヒョウになったというのが説明できない。そんな話は聞いた事がない。

 その前にもおかしな事が起こった。

 小娘を襲った魔物の軌跡が説明できない。あれは防御魔法のはずだ。

 異系統の魔法を使うマジックキャスターなど聞いた事がなかった。


「ほら、もうお行き。この辺は物騒だからヒト種に近づいちゃダメよ」


 部下だけでなく、どう見ても黒ヒョウも驚いている。

 起きあがっても威嚇すら忘れ、無防備に小娘を見ているだけだ。

 そして、唖然としている俺や部下が見ている前を黒ヒョウはゆっくりと小娘に近づき、その手に頭を擦りつけると踵を返して闇の中へと消えていった。


「し、信じらんねぇ……」


 頭の中は混乱が渦巻いていた。

 この信じられない事をやってのけた小娘の名前をもう一度思い出そうと頭を巡らせる。

 なんて名だったかな? ヤジェジェニャン? 違うな。アズニャンニャン? これも違うような気がする。兎に角、なんとかニャンってくっそ難しい名前だった。


「グラー……黒ヒョウが魔物化したとすれば、これだけでは済まないでしょうね。腐気の場所を突き止めて浄化しないと」


 闇に消えていく黒ヒョウを見送っていた小娘が気になる事を口にした。

 あれだけ巨大な魔物だったのだ。近くに他の魔物がいるのかも知れない。動物が魔物になったってのは未だ半信半疑ではあるが。


「どういう事だ? なんとかニャン」

「言い難いからって、ニャンは猫みたいなので止めて欲しいです。アズタンで良いですよ」

「アズタン。黒ヒョウが魔物になったのですら信じられんのだが、それは置いておく。それより黒ヒョウだけで済まないとはどういう意味だ?」

「黒ヒョウは特に警戒心が強く、まず腐気には近づきません。

 ですから大怪我をして仕方なく腐気に侵され始めて動けなくなった小動物を食べようと腐気の場所へと踏み込んだと考えるより、大型猛獣同士の戦いの最中、腐気が広範囲にわたって一気に湧いて逃げきれなかったと考えるべきでしょう。

 ですから、最低でももう一頭いる可能性が大きいです」

「フキってのが、良く分からねぇんだが」

「時々発生する魔物化しやすい場所と言えば分かり易いでしょうか?」

「そんな物があるとは俄に信じられねぇが……」


 四つ足の魔物であれば魔物を退治してそれで終わり。あとは死骸をゼッセルの町にある支部へ運ぶだけだ。群れで現れる二足歩行の魔物でない限り、同じ場所に単独個体が現れたという報告はない。

 しかし、あれほどの大きさだったのだ。近くに他の魔物が潜んでいる可能性を捨てきれなかった。

 今回はしばらく留まり、撤収の知らせ待った方が良いだろう。

 またダニ扱いされるが被害が出るよりマシだ……


「小難しい事を知っているようだが、アズタンの国では魔物が頻繁に出ていたのか?」

「どうなんでしょう? でも、時々みんなで見回りとかはしてましたね」

「魔物への対応を知っていた訳か……。そんな国があったとは……」

「みなさんは退治するんですよね?」

「ああ、俺等はそれしか手を知らねぇからな」


「もう、終わったのか?」


 そう言って家の扉を少しだけ開けて声をかけてきたのは、アズタンに俺等をダニと教えただろう男だった。


「安心しろ。今回は犠牲を出さずに済んだぜ」

「やっぱりアズタン様が?」


 この村でやった数年前の魔物退治は倒すまでに三時間もかかったのだ。

 それが僅か数分で静かになってしまった。悔しいが、マジックキャスターであるアズタンが倒したと考えるのは当然だ。実際のところ俺等は何の役にも立っていなかったし。


「違いますよ。巡回兵さんがいたから私も頑張れたんですから」


 アズタンがニッコリ笑ってそう言ったが、それは嘘だ。

 まだ小娘だというのに生意気にも大人に媚びる術を知っているらしい。が、謙虚さを持っているマジックキャスターでもある訳だ。知っている限りマジックキャスターは人を見下す奴等ばかりだったからな。


「俺は隊長のカリオム。よろしくな。ところでだ、アズタンは俺等の隊に入る気はないか?」

「やらなければならない事があるので、ご辞退します」


 村人にダニ呼ばわりされるくらいだ。そして自分の実力くらいは分かってるつもりだ。


「だよな……。やっぱ、凄腕のマジックキャスターからすればお荷物か……」

「そう意味ではなくて、もう少し勉強しないとなりませんから」


 背後の家から村人が次々に「やっぱりアズタン様は神様だ」と出てきた。

 そして俺等には絶対に向ける事がない嬉しそうな笑顔でアズタンを囲み始める。

 

 陰でダニと呼ばれてたんだから当たり前か……

 俺等も心を入れ替えて少しは尊敬される巡回兵にならねぇとな。


「隊長、まだいんのかも知んねぇが、ここには現れねぇだろ。って事ぁ俺等の仕事はこれで終わりだ。さっそくさっきの姉ちゃん……」

「馬鹿野郎っ! 魔物はまだいるかも知んねぇんだ。気を抜くな!」

「はぁ!? なにやる気になってんの? どう足掻いたって俺等はダニの巡回兵だろが。ほら、新入り。さっきの姉ちゃん連れてこい」


 だよな……

 俺一人がいくらやる気になっても所詮クズ集団でしかないか……


 そんな俺にアズタンはとある相談を持ちかけてきた。


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