中身の線引き、内と外とは
窓猿のときのように殴りかかるわけにはいかない。いつ何の中身を奪われるか分からないからだ。
「人がいないのは、お前の仕業か」
「お前には関係ないだろ。この村はお前の物ではなかったはずだ。なぁ、被告人」
瓶猿は私の事情を知っていた。
「この村だけで済むのなら私の知ったことではない。しかし、いつか私自身に影響を及ぼす初手としてこの村の中身が――」途中で言葉を失った。
家々の間から人々が現れたのだ。しかし一様に無表情だった。両手を垂らし、不器用に前へ進んでいた。生気のない何十人もの人々が歩いていた。皆こちらへ向かっている。
「器は空になるが、中身がなくなったわけじゃない。中身は俺の中。故に器も思い通り。この村は俺の物だ」
逃げよう、そう思った。ここの村人は気の毒に思うが、私とは無関係だ。
瓶猿に背を向けて走りだそうとしたとき、進もうとした一歩先に何かが落下して突き刺さった。
それは高速回転しながら空から降ってきた窓枠、その四隅に足を突っ張っている窓猿だった。
「よう、未遂犯」
窓枠の一角を地面にめり込ませたまま窓猿が言った。
「外の景色の次は、中身の危機か。忙しいな。鳥警察は呼んだか?」
私は窓枠を掴んだ。
「おい!何をする!」窓猿が叫ぶ。
そのまま地面から引っこ抜いて、ブーメランのように窓枠を瓶猿のほうへ投げた。無論、窓猿は窓枠の四隅に足を突っ張ったままだ。
「おいおい!」
叫んだのが窓猿なのか瓶猿なのか分からない。
窓枠が瓶猿にぶつかる瞬間、窓枠と窓猿が消えた。
瓶猿の瓶がググッと後ろに下がる。
「なるほど。運動する物体の中身は、物体そのもの。物体の質量に伴っていた運動エネルギーは宿主を失い、エネルギーそのものが俺にぶつかったわけか。これはこれは。何かに利用できるぞ」
透明な大きな瓶のなか、瓶猿の笑い顔だけが目立った。
その後ろにはゾンビのような村人たちが集まりだしていた。
逃げようと後ろを向くと、そこにも村人が集まっていた。囲まれた。
輪が縮まって中心に追い込まれる。瓶猿との距離も自然、縮まってきた。
「お前には恨みはないんだがな。まぁ、諦めてくれや」
瓶猿は体全体で瓶を左右に揺らして、ごんっごんっと近づいてくる。
私は村人を押しのけて逃げようとした。攻撃こそしてこないものの明らかに私の邪魔をしてきている。そう簡単に避けてくれない。申し訳ない思いで頬を殴っても、よろけるだけですぐに私の前に立ちふさがった。
「くそ!」
瓶猿はすぐそこにいた。
私は瓶猿を蹴った。
「%‘&%%###%(%(“%’)&&&」
嵐のような音がして、体が渦を巻いて瓶猿に吸い込まれるのを感じた。瓶猿が何か言ったようだが聞こえない。
瓶猿と出会ってから吸い込まれるまで5分と経っていない。
朝起きてからはまだ1時間ほど。急展開だ。
匂いと、頬に何かが密着する感触を感じた。
「おう、未遂犯。三度目だ」
窓猿だ。