脱出後に出会う、様々な者たち
トマト男爵に手をひかれて裁判所を出た。
どのような経路で出口まで来たのか見ていなかったが、私が入ってきた正門とは違うところから出てきたようだ。
というのも、あたりは乾燥した大地。街並みは見えず土埃が風の経路を示していた。男爵の水分が心配だ。
「男爵、蒸発してしまいませんか?」
トマト男爵はいなかった。私が握っていたのは、みずみずしいトマト。乾燥に耐えかねたトマト男爵は身代わりのジューシーなトマトを置いて、退散してしまったのだろうか。
助けの手を失った私は、見慣れぬ大地を歩くことにした。
せっかくのみずみずしいトマトがあったまってしまう前にかぶりつく。
じゅるり。
いま唯一の水分補給の手段。リコピンが染み渡った。
気温は高いようだが、乾燥しているせいか暑さはあまり感じない。
このままでは逃亡者ということになるのか。正義に助けられたとはいえ、連行され、裁判にかけられたところで逃げ出したのだ。
追っ手がくるかもしれない。
四方を見渡しても建物は何もない。裁判所も見えなくなっていた。
少し歩くと、ぼっこりと盛り上がった部分が無闇にあった。
近くを通るとぼっこりと盛り上がったところには穴があり、その穴には格子窓があった。
ズン、ズン、ズン、ズンと重低音を感じる。
格子窓からはサイケデリックな光が漏れていた。
他のたくさんのぼっこりの穴からも赤や緑の光芒が見える。
格子窓の向こうに、人影がウネウネと、クネクネと。絡み合っているように見えなくもない。
時折、「ふーっ」と盛り上がる人の声。この地下には空間があって、たくさんの人がいるようだ。
出入口は見当たらない。この格子窓から入るのか、もっと離れたところに出入口があるのか。
いくつかの穴を覗きこんだ。
いくつめかの穴を覗きこもうとしたとき、格子窓が内側から弾け飛んだ。
ドゴオオオオオオ!わあああああああ!!おああああああ!
五月蠅い音と、黒い霧が出てきた。
ぶおおおおん、ぶおおおおん。
蠅の塊だった。
驚いて後ろに倒れる。
蠅の塊は、蜂の子を散らすようにいなくなった。
格子窓がなくなった穴を覗いたが奥まで見えず、何の気配もしなかった。他の穴からも盛り上がりは感じられなくなった。
少し歩くとぼっこりと穴はなくなった。また何もない大地を歩く。
すると、獣の匂いが鼻につき始めた。何もない大地に動物的な匂い。匂いはすれど、生き物の姿は見当たらなかった。
空を見上げると、薄い青の空。空色の空。雲もなんにもなかった。
「あー!」
気まぐれで叫んでみる。何もない空間を何かで満たしたくなったのだ。
すると大地が泡立ちだした。
もぞもぞ、ぷちぷち、もにゃもにゃ、そわんぞわん。
大地が薄くめくれ上がる。それにより起きた風はひどく獣臭かった。
ぞおおおわああああ。
大きな絨毯のように大地がめくれ、空へと舞った。その絨毯を見上げると、遮られた太陽の光が四角く縁取られていた。大きな絨毯は四角い継ぎはぎで作られていたのだ。
それを見て、獣臭さの正体が分かった。この絨毯は砂漠モモンガの群れだ。乾燥した大地に住む砂漠モモンガは、仲間と手と足をつないで行動する。仲良しなのだ。背中は砂地模様で大地に擬態する。
砂漠モモンガの群れは風をうけ、大きな空飛ぶ絨毯のように空を漂って、私から離れていった。
砂漠モモンガが飛んで行った方角を見やると、遠くに黒い塊が見えた。
何もない大地に、何かが見えた。
目的地が定まっていない私は、何かがある方角へ自然と足が向いた。
目指すべきかは分からずとも、目指せるものがあれば進んでしまう。それが良い結果をもたらすか、悪い結果をもたらすか、考えることもなく。
足を向けるだけで近づけるなら尚更だ。
近づくとそれは集落だった。
見渡せる範囲に木でできた家が点在していた。寂れているが、朽ちている様子はない。
しかし、人の気配はなかった。
近くの家のドアを叩く。
「すみませーん」
留守のようだ。
少し歩いて、また別のドアを叩く。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんか」
人に会えたからといって状況が好転するものでもないが、人に会いたかった。
少し歩くと、ドアが開いた家があった。声をかけながら、中を覗く。
「ごめんくださーい」
中に人はいなかった。しかし、生活の痕跡があったため廃屋でないことが分かる。
どこの家も留守だ。村人全員でどこかに集まっているのだろうか。
他人の、しかも留守中の家の中をじろじろ見るのも趣味が悪い。ドアを閉めて歩きだそうとすると、そいつはいた。
「中身は全部、俺のもんだぜ!俺が引っ張り出して、零して、吸い取って、中身は空っぽ。空っぽにして、外に出た中身を俺がいただく。中身はどこまで中身?一度に何かに入ったら、それは永遠に中身?いいや、俺が奪えば俺のもの。すべての中身は俺の物」
大きな瓶。私の背の半分以上もある大きな瓶。それに入った、瓶猿だった。瓶猿は体の大きさギリギリの瓶の中で生きる。あらゆるものから中身を奪ってしまう。そういう生き物だった。
「この村の中身は俺がいただいた」