脱出劇と、甘いお菓子ができるまで
「はっはー、トマト男爵。今こそ決着をつけようじゃないか。それに、私は悪ではない、お前の対極にいるだけだ」そう言って、こちらに飛び降りてきた。
怪傑縦割りキュウリ。その体は縦に切ったキュウリの半身。断面の種々が丸見えだった。顔のパーツは皮のあるほう、断面ではないほうに集中している。
「正義のおいらを邪魔をするのは、正義の妨げってもんじゃないのかい?」
「私は正義の敵ではない。お前の敵だ。ならば、お前が悪ならば私は正義になる。悪や正義というのは、相対的なものなのか?私はお前の敵だ」
「正義か悪かってのは結果だ。それぞれ個々の問題じゃあない。周りとの関係性で決まるんだ。この話はおいおい話そうじゃないか。なぁ?今は正義を執行中なんだ」トマト男爵は、やれやれといった風に首をふった。
「男爵!頭が!」トマト男爵の頭の後ろが割れていた。先ほどの弾丸で傷ついたようだ。「早く手あてをしなければ、中身が出てしまいます!」ここで私の救世主が倒れてしまえば、私を救う手がなくなってしまう。
「ああ、これは元々。急に水分を取りすぎちまったんだ。過ぎたるは及ばざるが如し、ってな。この場合は違うか?」
パキュンパキュン!
「無駄話は肺活量の無駄。横隔膜のタダ働き。」怪傑縦割りキュウリの体、断面ではないほうから何かが放たれた。トゲの弾丸だ。
「おっと、相変わらず」トマト男爵は口元の片方をあげる。「おいらのビタミンCばかりを狙ったって意味ないぜ。アスコルビナーゼの無駄。酵素のタダ働きだ。おいらの武器はリコピンだ」
「タダ働きではあるまい。それが主力でないにしても、確かに無効化している」怪盗縦割りキュウリは余裕の表情。
「同じサラダ同盟の一員。なんとか仲良くできないものかね」トマト男爵が重心を低く構える。
「サラダ同盟。サラダにトマトとキュウリを付け合わせるこの世界が終わらない限り、この攻防は終わらない」
パキュンパキュン!
赤いトマトが弾丸で破裂する。トマト男爵が、投げ上げたトマト。それはさながら、イカの墨。身代わりトマト。空中でいくつもジューシーなトマトが弾けた。
「静粛に!!!!!」
トマト男爵が間合いを詰めたところで、法廷中の空気が揺れた。「私の顔の難易度はSだ!!!!」ゴリラ裁判長が復活。
「私の裁判を邪魔するものは粛清の対象になる!!!!」難しい顔の難しさが発揮された瞬間だった。その表情で、ゴリラ裁判長が本気だということは誰が見ても、火を見るよりも明らかだった。
「さぁ、ここは戦略的撤退としよう」トマト男爵が小さな声で言った。
身代わりトマトを一気に投げる。怪盗縦割りキュウリに向かって無数の身代わりトマトが投げられた。
ツタタタタタタッ!トゲの弾丸を乱射。空中で弾け飛ぶトマトが煙幕の役割を果たす。
ビシャア!
大玉の身代わりトマトが、怪盗縦割りキュウリの目の前で弾けた。
「腐食トマト。悪の視界を遮るトマトさ」トマト男爵が得意げに微笑んだ。「さぁ、こちらへ」
救いの手にひかれるがままに付いていった。
法廷は、無闇に打たれるトゲの弾丸と、トマト男爵が天井高く投げ上げた時限降下式身代わりトマトでパニックだった。
「しゅくせーーーーい!!!」ゴリラ裁判長はパニックの中、冷静に、迫力あるドラミング。
「くぅ~ん」パピヨン判事は机の下。
ティラノサウルス判事は、もういない。
「…」メガネ魚判事は、もう動かない。
「…」パンナコッタ判事は、ただの生クリームたっぷりの甘いお菓子に戻っていた。